第349話 お楽しみ食材開封
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スーパーで買ってきた食材を一通り食べ腹の準備が整った後、俺は満を持して持ってきたクーラーバッグを開封する。最初っから食欲溢れる状態で空きっ腹に入れるのも良いけど、良いモノだからこそ、ある程度落ち着いてから食べる方がより味を楽しめるってものだろう。
と言う訳で、俺はクーラーバッグの中身を皆に見せる。
「お待たせしました、今日のバーベキューお楽しみ食材の第1弾だ!」
「「「「おおっ!」」」」
「まっ、バーベキューならソレだよな」
「そうね」
クーラーバッグの中身を見て、1年生組から歓喜と驚愕の声が上がる。逆に中身のモノを見慣れている裕二と柊さんは、特に驚いた様子も無く肉を食べながら平然としてるけどな。
因みにクーラーバッグの中身は、お約束のミノ肉とオーク肉の盛り合わせだ。採取者が現地調達してるから問題ないが、この盛り合わせ市場価格だと万を超えているだろうな。
「それなりの量は持ってきたから皆、遠慮せず食べてくれ」
「「「ありがとうございます!」」」
「ありがとう、お兄ちゃん! コレ美味しいんだよね!」
喜んでいる美佳に盛り合わせを渡すと、早速網の上に肉を並べていく。炭火に炙られ肉達はしだいに表面に油を浮かべていき、ポタポタと油を炭火に落とし芳醇で香ばしい香りを撒き散らし始める。
そして肉が焼ける香りは時間が経つに従ってドンドン強くなっていき、俺達のバーベキュースペースだけに限らず周辺にも拡散していった。
「……なんか俺達、注目されてないか?」
「そう……だな。ドンドン視線が増えていってる様な気がするな……」
「増えていってるのよ……」
肉が焼き上がっていくに従い、俺達に向けられる視線は増加する一方だ。だが幸いなのは、向けられる視線の種類が敵意や嫌悪の眼差しでは無いと言う事だろうか? まぁ網の上で焼ける肉達に対する羨望や欲求の眼差しなので、ある意味危機感を感じる視線だけどな。
流石にクーラーボックスには、売るほどの量は入れてきてないぞ。
「うんうん、もう焼き上がったかな……」
「そうだね。あまり焼き過ぎると折角のお肉が固くなっちゃうし、もう良いんじゃないかな?」
「レアも美味しいって言うし、もう良いんじゃない?」
「そうだよ、食べちゃおうよ」
「「「「……!」」」」
香ばしく焦げた表面、沸騰する表面に浮かんだ油、食欲を激しく掻き立てる香り、美佳達は我慢出来ないとばかりに一斉に箸を延ばしていく。
そして焼けた肉にタレを付けて……。
「「「「うーん、美味しい!」」」」
一斉に顔をだらしなく綻ばせ、至福だとでも言いた気な表情を浮かべた。お気に召して貰えた様で良かったよ。俺は美味しそうに肉を食べる1年生組の姿を見ながら、満足げな表情を浮かべた。
しかし……。
「肉を食べ始めてから、一層向けられる視線が強くなったというか重くなったと言うか……」
「美味そうに食べて見せつけやがって……って所だろうな」
「只でさえ匂いで食欲を刺激されてるのに、あの子達が目の前で美味しそうに食べてたら……ね?」
一切周りの視線を気にせず食べていく美佳達とは対照的に、俺達は居心地の悪さを感じつつ焼き上がった肉を食べていく。だが、味は美味しい筈なんだけど、今一肉が美味しく感じられない。
こうなってくると、折角用意したとっておきが出しにくいな。
「そう言えばお兄ちゃん、クーラーバッグにもう一つ何か入れてなかった?」
「えっ? ああ、確かに入ってるけど……」
肉を頬張っていた美佳が、何かを思い出したかの様にクーラーバッグを見ながら俺に尋ねてきた。確かに入れてはいるけど……と、そこまで考え複数の視線が集中している事に気付く。視線の元は、何か期待していると言いたげな雰囲気を出している沙織ちゃん達だった。
俺は観念した様に小さく溜息を吐いた後、クーラーバッグに入れていた最後のモノを取り出す。
「……はい、お楽しみ食材第2弾」
「! お兄ちゃん、それって……」
「ああ、そのそれだ」
「おお、お兄ちゃん太っ腹! まさかそれも用意してくれていただなんて!」
「「「?」」」
ガッツポーズをとり喜ぶ美佳と美佳の興奮具合に困惑気味な表情を浮かべる沙織ちゃん達、俺の持ってきたモノの正体を知っているか知らないかの差だな。俺は困惑する沙織ちゃん達に美佳の様に騒がない様に一言忠告した後、取り出したモノの正体を教える。
「これはミノ肉の霜降り肉だよ。中々手に入らないレア物で、さっき食べたミノ肉より何倍も美味しい代物だよ。まぁ流石にコレは量が用意出来なかったから、1人1切れ2切れかな?」
「本当に美味しいんだよ、それ! 食べたら絶対に皆、驚くから!」
「う、うん」
美佳の気迫に押されたのか、沙織ちゃん達は騒ぐ事も出来ず黙って頷いていた。まぁ下手に騒がれるよりは良いけど美佳、お前は少し落ち着け。
「ちょっとは落ち着け」
「! 痛っ! 何するのお兄ちゃん!」
「いや、興奮のし過ぎだって。見てみろ、沙織ちゃん達、引いてるだろ??」
「……あっ」
俺は正気を取り戻させる為に、軽く美佳の頭にチョップを落とした。手加減を間違えると大変な事になるので、本当に注意を払ってだ。
そしてチョップは十全に機能し、興奮気味だった美佳を落ち着かせる事に成功した。まぁ沙織ちゃん達の引いた表情を見たのが、一番の冷や水だったんだろうけどな。
「ごめん」
小さく謝った後、美佳は自分の晒した醜態を思い出し、恥ずかしそうに頬を隠しながら俯く。沙織ちゃん達は苦笑を浮かべながら美佳を励まし始めたので、俺はそんな彼女達の姿を見ながら、匂いにつられて美佳の機嫌が直れば良いなと思いながら霜降りミノ肉を焼き始めた。
そして、コレは効果覿面だった。肉を焼き始めてすぐに、先程焼いていたミノ肉を上回る美味しそうな香りが立ち始め、羞恥心で落ち込んでいた美佳も顔を上げ、網の上の香ばしく焼き上がっていく肉に視線が釘差しに……。
「「「「……」」」」
誰かの垂唾を飲む音が聞こえた。霜降りミノ肉を焼き始めてから、先程まで五月蠅いと感じる程に賑わっていたバーベキュー広場が妙に静まりかえっている。逆に、俺達に向けられる視線は更に重さと熱を増していた。
そして……。
「よーし、焼けたな。皆、食べて良いぞ」
「「「「頂きます!」」」」
美佳達は一斉に箸を延ばし、満面の笑みを浮かべながら霜降り肉を頬張った。
「「「「……」」」」
霜降りミノ肉を食べ蕩けた様な表情を浮かべる美佳達に、周囲から物理的な圧力を感じる視線が向けられるも、美食の幸福感に浸る美佳達には一切影響を及ぼさない。対して俺達は居心地が悪いどころか、即座に帰りたいと思うほどの居心地の悪さを感じていた。
結論、周りに沢山の人がいる時にはダンジョン産のお肉……特に霜降りミノ肉なんて焼く物ではないって事だな。
霜降りミノ肉騒動から少し時間が経ち、バーベキュー広場も落ち着き元の賑わしさが戻ってきた。確かにレア物の肉ではあるが、香りだけであそこまで影響が出るとは思っても見なかった。網で焼いていた霜降りミノ肉を全て食べ終えた瞬間、周辺から一斉に怨嗟の眼差しが向けられたからな。あの瞬間、俺はダンジョン内でモンスターを警戒しながら食事を取ってる方がまだマシだと心底思ったよ。
そしてバーベキューは肉パートも終わり、お楽しみ食材第3弾、今度は柊さんがクーラーバッグを開く。
「じゃぁ、今度は私ね。と言っても締めに近い感じのモノだけど」
そう言って柊さんのバッグから取り出したのは、ラーメンセットと言うべきモノだった。
「麺を茹でなきゃいけないから、少し時間を貰うわね」
柊さんはバッグに入っていたアルミ製の両手鍋に水を入れ、位置を調整し炭を一カ所に集めた網の上に置く。炭が一カ所に集まると火力が増すので、それほど待たずにお湯も沸くだろう。
そして待つ事10分ほど、鍋のお湯が沸いた。
「じゃぁ、始めるわね」
そう言うと、柊さんは麺を解しながら沸騰した鍋の中へと入れた。割り箸で麺が固まらない様に混ぜながら、クーラーバッグから発泡素材の使い捨て丼と大型の真空断熱水筒を取り出しスープを注いでいく。茹で上がった麺をスープの入った容器に入れ、具材が入ったタッパーをクーラーバッグから取り出しラーメンの上に乗せていく。
そして最後に、ガラス瓶に入った透明な液体を一回し振りかけ……完成した。
「はい、お待たせ。ひいらぎ屋特製、辛旨ラーメンよ」
「辛旨……想像してる辛旨ラーメンより赤くないね」
「まぁ、ね。例の調味油のお陰で、殆ど見た目に変化を出さずに辛味を足す事が出来たのよ。でも、見た目に反して辛味はあるわ。調味油を足せば辛味を増す事が出来るから、辛味が足りない様なら言ってね」
「成る程……」
俺は受け取ったラーメンを嗅ぎ、香りを確かめる。確かに豚骨ベースのスープの匂いの中に辛そうな香りがするので、辛旨ラーメンなのだろう。丼の縁に口を付け、俺は慎重にスープを啜っていく。
「辛っ!? ……って、あれ? 辛味がすぐに引いたな」
「でしょ? この調味油が足してくれる辛味は鮮烈な辛味を感じさせるんだけど、殆ど後を引かないスッキリとした辛味なのよ」
「確かに後を引かない、スッキリとした辛さだね。辛さの切れが良いお陰で、スープの旨味を感じられるよ」
一瞬予想外に鮮烈な辛味に驚いたが、食べ慣れてくると後を引く美味さだ。他の皆も、最初は辛さに驚いていたが、今では美味しそうにラーメンを啜っていく。
そして気が付くと、何時の間にか俺の持つ丼の中からスープの一滴も残さず無くなっていた。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「お粗末様です……と言えば良いのかしら?」
「ははっ、そうかもね」
俺は柊さんにラーメンの感想を述べながら、空の容器を片付ける。例の草の抽出油から調味油を作ったと言う話は聞いてたけど、確かにコレなら人気出そうだな。美佳達も美味しそうに食べてたし、幅広い年齢層から支持を得られそうなラーメンだ。
まぁ原材料の調達が面倒なので、暫く他の店では真似出来ないだろうな。
「さてさてラーメンも食べ終わった事だし、そろそろ俺の持ち込み食材もお披露目とするかな」
「ああ、そう言えば裕二も何か持ってきてたな。何を持ってきてたんだ?」
「そう焦るなって……ほら、コレだ!」
裕二はクーラーボックスを開け、中から緑色の球体を取りだした。うん、見事な編み目をしたメロンだ。
……スイカが出てくると思ってたよ。
「メロン……」
「家に一杯届いてな、幾つか貰ってきた」
どうやら季節柄、裕二の家にお中元の品として届いたモノらしい。どうりで、高そうな金色のブランドシールが貼られている筈だ。
……あれって一玉、幾らするんだ?
「ちゃんと冷やしてるから美味いぞ」
「美味しいぞって、どうやって食べるんだ? こう言う場合は丸々持ってくるんじゃなくて、一口大にカットして持って来るモノじゃないのか?」
「確かにそれなら食べやすくはなるけど、折角の美味い果汁が漏れ出ちゃうからな。半分にカットして食べるのが、一番美味いぜ」
「半分、ね」
そう言うと裕二はクーラーボックスの中から鞘付きのフルーツナイフを取り出し、メロンを空中に放り投げ一瞬で縦に両断し受け止めていた。
おいおい、料理漫画とかで見る曲芸染みた調理をリアルにするなよ。
「ほら。熟し具合も良い感じだし、美味しいぞ」
「あ、ありがとう……」
俺は戸惑いつつ裕二から、半分に切られたメロンとスプーンを受け取った。確かに断面を見るに、程良く熟していて美味しそうだ。でもな、その前のとんでも曲芸がな……見てみろよあの人。裕二がやってる空中斬りを目撃したみたいで、目を丸くしてコッチを見つめたまま固まってるぞ?
俺は目を伏せ固まってる人に内心で謝りつつ、食後のデザートとしてメロンを食べ始めた。うん、甘くて美味しいなコレ。
炭やゴミを片付け、借りたバーベキューセットと水道の鍵を管理事務所に返却し終えた俺達は、満足げな表情を浮かべながら公園を後にする。急遽思いつきで計画したバーべキューだったが、中々満足のいく夏の思い出作りになったかな。
俺達はバスを待ちながら、今日のバーベキューの感想を口にする。
「結構充実した一日になったな、何と言うか……リフレッシュ出来たって感じだ!」
「そうだな。最近はダンジョンの中ばかりだったから、こうしてお天道様の下でバーベキューってのは良いモノだ」
「ええ、こうして皆でワイワイ騒ぐのも良いものね」
「美味しかったし沢山遊んだし、今日は楽しかったよ!」
「急な集まりでしたけど、参加して良かったです!」
「はい。霜降りミノ肉、美味しかったです!」
「ラーメンも美味しかったですし、メロン半玉は食べ応えありました!」
概ね皆、今日のバーベキューは満足いったという感じらしい。まぁ少々トラブル?みたいなのもあったが、穏やかに過ごせた一日だったからな。夏休み最後の思い出作りとしては、及第点以上だろう。
後は……専用練習場予定地の下見だな。リフレッシュも出来た事だし、最後の最後まで気を抜かずに頑張ろう。




