第348話 ダンジョン内での食事事情
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網の上には肉や野菜が並べられ、香ばしい香りを立てながら焼き上がっていく。そんな肉達を、俺達は涎が垂れそうな表情で皿と箸を持ちながらジッと眺めていた。
早く早く、さっさと焼き上がれ……。
「そろそろ焼き加減も良い感じか……?」
「そうだな。鶏や豚はもう少し焼いた方が良いだろうが、牛肉は大丈夫だろ」
「じゃぁ焼き過ぎも良くないし、牛肉は食べ始めちゃいましょう!」
「「「「頂きます!」」」」
柊さんの言葉を合図に、良い感じに表面に煮え立つ脂が浮き上がりコンガリ焦げ目の付いた牛肉に皆一斉に箸をのばしていく。只でさえバーベキューの良い匂いが充満する空間にいて、目の前で焼き上がっていく様を見ていれば空腹も限界だよな。
その証拠に、美佳達も当初の様に俺達に遠慮した様子もなく、美味しそうに肉を次々と頬張っていく。
「うーん、バーベキューって良いよな」
「ああ。何でか知らないけど、外で食べるとなると何時もと違ってより美味しく感じるんだよな」
「やっぱり食事には、シチュエーションや雰囲気なんかが大事って事よね」
俺は追加の肉を網にのせながら、美佳達が幸せそうな表情を浮かべ食べている姿を見て、急だったがバーベキューをやって良かったなとしみじみと思った。
そしてそれは、どうやら俺だけの感想ではなく、裕二や柊さんの感想でもあったらしい。
「ここ暫く家の外での食事というと、ダンジョンの中での食事ばかりだからね。こうしてのんびりと食べられるってのは、本当に気が休まるよ」
「同感だ。ダンジョンの中での食事となると、常に警戒し続けてなくちゃならないから、全然気が休まらないからな。アレは食事と言うより、気分転換を兼ねた栄養補給だよ、ホント……」
「とは言え、その気分転換を兼ねた栄養補給だって、ちゃんと毎回取れてた私達はまだマシな部類なのよね」
「「「はぁ……」」」
今とダンジョン内での食事シーンを比べ、俺達は思わずその激しい落差に溜息が漏れた。柊さんの言う様に、ダンジョン内でちゃんと食事を取れるだけマシなのだが、やっぱり比べると思わずね……。勿論、ダンジョン内で快適な食事を求めているわけではないが、食事時間くらいは気が抜ける時間であって欲しいというのは人情ってものだろ。
そんな俺達が漏らした澱んだ空気を察したのか、美佳達が肉を突く箸を止め不思議そうな表情を浮かべ俺達を眺めてくる。
「どうしたのお兄ちゃん? 何か落ち込んだ雰囲気出してるけど……もしかして美味しくなかった?」
「ああ、いや。そんな事は無いぞ? ただちょっと、最近の食事事情を思い出してな……」
「食事事情?」
美佳は俺の返事に不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げる。まぁ説明が足りないので、そんな表情になるよな。字面のまま聞いただけだと、家の食事に問題があるって言ってる様に聞こえる。ほぼ同じ食事をしている美佳からしたら、こいつは何を言ってるんだ?となってしまう。
なので、俺は苦笑を浮かべつつ美佳達に補足説明を行う。
「ああ、食事事情っていっても、家でのじゃないぞ? ダンジョン内でとる食事の事だ」
「そっちの事か……ビックリしたよ」
「ははっ、言葉が足りなかったな。悪い悪い」
俺は胸の前で軽くて手を振り誤魔化す。
そして誤解も解けた所で、ダンジョン内での食事事情という言葉に、探索者関連の事に興味を持っていた館林さんが食いつき詳細を尋ねてきた。この間のイベントの時、探索者に成るか成らないか迷ってる感じだったから参考にしたいのだろう。
「九重先輩。ダンジョン内での食事事情を思い出して……って事ですけど、ダンジョン内ではどんな食事を取ってるんですか?」
「あっソレ、私も気になります」
「「……」」
館林さんに続いて日野さんも聞きたいと口を開き、口にこそ出していないが美佳と沙織ちゃんも興味津々といった眼差しを向けてくる。まぁ、中々聞ける様な話じゃないからな。
俺は裕二と柊さんに視線を向け軽く確認した後、苦笑を浮かべながら二人が頷くのを見て口を開く。
「そうだな……まぁ一言で言うと気の抜けない食事だな」
「気の抜けない……警戒を続けながらって事?」
「ああ。ダンジョン内では食事中や睡眠中だからと言って、モンスターが襲撃を仕掛けてこないってのはないからな。ダンジョン内にいる限りは、常に警戒を続けていないと痛い目を見る事になる。だから食事といっても、実態は気分転換を兼ねた栄養補給ってのが良い所だな。特に俺達の様な少人数パーティかつ、人気の少ない階層まで潜っていると余計その傾向が強い。美佳達の様にまだ浅い階層だと、周りに沢山のパーティーがいるから多少警戒が疎かになっても他のパーティーとの連携で切り抜けられるから、食事や休憩時に少しは息抜きも出来てるんじゃないか?」
「……そう、だね。それなりに警戒はしてるけど、お兄ちゃんが言う様に食事が栄養補給に感じるほど警戒し続けながらって感じじゃないかな」
俺の言葉に美佳と沙織ちゃんは自分達の時の事を思い出し、若干居心地悪げな表情を浮かべた。警戒が足りてないんじゃないか?と聞かれている様なものだし、事実警戒が足りていないと言う自覚もあるのだろう。
俺はそんな2人の様子を見て苦笑を浮かべつつ、折角の楽しい食事会なのに落ち込まれても困るのでフォローを入れる。
「まぁ今の段階でソコまで求められないだろうから、おいおい身に付けていけば良いさ」
「そうだな。それに基本日帰りの探索なら、空腹を誤魔化す程度の軽食で十分だ。他のパーティーが近くにいる……階段前広場とかでとれば問題ないだろうな」
「そうね。それに満腹になるまで食べると眠気が来て集中力が落ちるから、どちらにしろ手早く空腹を誤魔化せる程度にとれれば十分よ」
「そう、だね。うん、コレからは食事の時でも気を抜かない様に気を付けるよ」
「私も気を付けます」
俺達3人でフォローしたのが効いたのか、落ち込んだ雰囲気を纏っていた美佳と沙織ちゃんの表情が明るくなる。まぁ美佳達が泊まり掛けの探索をやる気になったら、事前に俺達がやった様な練習させた方が良いだろうな。幻夜さんのところに放り込む……いや、自分達がモンスター役をやるか。となると、やっぱり専用練習場計画は進めた方が良いかな。
そんな事を思いつつ俺は美佳と沙織ちゃんから視線を外し、気まずげな表情を浮かべる館林さんと日野さんに顔を向ける。
「ええっと、ごめんごめん。ちょっと話が脱線しちゃったね」
「あっ、いえ……」
「ははっ……そう言えば質問は、どんな食事をしてるかだったね? さっき美佳達に言ったのは、ダンジョン内でする食事に対する姿勢の話だから。今度は、どんな物を食べてるかについて話そうか」
「は、はい。お願いします!」
「お願いします!」
少々場に残る気まずげな雰囲気を打ち払おうと、館林さんと日野さんは俺の振った話に食い気味に食いついてくる。俺もこの微妙な雰囲気は早く払いたいので、2人の食い気味な反応は気にせず話を進める。
「さっきの話でも出たけど、基本的に日帰り探索をする場合は、お握りやサンドウィッチなんかの軽食だね。出来るだけ簡単に食べれて、容器や包装なんかのゴミを出さないもの」
「でも、それだけで足りるんですか? 探索者ってモンスターと戦うから、消費も激しくお腹が減るものなんじゃ……」
「確かにエネルギー補給は重要だよ。でも満腹になるまで食べると柊さんが言ってた様に、眠気なんかで集中力がそがれちゃうからね。モンスターとの戦闘やトラップを看破する場合において、集中力を欠くことは怪我やそれ以上の事態を招く恐れがあるんだ。腹八分、空腹じゃなくなる程度で十分なんだよ。それに1度に食べなくても、カロリーバーみたいな補助食品を食べたりすれば凌げるからね」
「成る程、確かにそれなら1度で満腹になるまで食べる必要はありませんね」
裕二や柊さんの指摘を分かり易く解説すると、館林さんと日野さんは納得した様に頷いてくれた。
「日帰り探索は、その日で終わるからね。ダンジョン内での食事と言っても朝は普通に食べて出発するし、夕食も帰り道か帰宅して食べるから、実質昼の一食を我慢すれば良いだけなんだ。多少量が少なかったり、美味しくなかったとしても我慢は出来るものだよ」
「一食だけなら……そうですよね」
「でも逆に、泊まり掛けの探索となると話が変わってくるんだよ」
「「「「?」」」」
俺の語るダンジョン内での食事模様に納得していた所に、正反対の話を出され館林さんと日野さん、ついでに美佳と沙織ちゃんも揃って首を傾げた。
そんな4人の姿に俺は小さく笑みを浮かべながら、話を続ける。
「日帰り探索では一食、数時間の我慢をすれば良いだけだけど、泊まり掛け探索となるとほぼ丸一日ダンジョンに潜ったままになるんだ。その間、常に周辺を警戒し続けなければいけないとなるとかなりストレスが溜まるんだよ」
「……何となく、分かります。私も普通の部屋だったとしても、丸一日閉じ込められたら息苦しく感じちゃうと思います」
「そうだね。例えるなら……厳しい家庭教師にマンツーマンで丸一日講義を受け続ける感じかな? 一挙手一投足に厳しい視線が向けられていて、休憩を取るにしてもそれとなく監視の眼差しを受け続ける……」
「うわっ……確かにそれはストレスが溜まりますね」
俺の例え話を聞き、美佳達は一斉にそのシチュエーションを思い浮かべたのか心底嫌そうな表情を浮かべた。まぁ控え目に言っても、嫌すぎるシチュエーションだよな。
ソレはともかく、これで何となくどれくらいストレスが溜まる状況なのかは理解して貰えたとは思う。
「そんなストレスが溜まる状況で、どうにか気分転換をとなると、やっぱりちゃんとした食事をとるのが一番のストレス発散になるんだよ。ダンジョン内だと、下手に大声を上げたり暴れたりするとモンスターを呼び寄せる事になりかねないからね」
「そうだな。ダンジョン内では温かくて美味しい飯、ソレを食べる事が一番のストレス発散だったな」
「更に言えば、甘いデザートがあれば文句なしね」
「「「「へぇー」」」」
俺達の万感の思いの籠もった感想に、美佳達は若干引いている様な表情を浮かべていた。まぁ、いきなりこんな事を熱く語り出したんだから無理は無いと思うけど、実際に体験したら美佳達も共感してくれると思うぞ? ホント、ダンジョン内では食べる事くらいしか楽しみはないからな? 良いドロップアイテムを得た時も嬉しくて嬉しくてテンションは上がるけど、ストレス発散に繋がるかは……まぁ人次第か。
とは言え俺達の場合、“空間収納”スキルのお陰で荷物に制限が無いので、他の探索者達に比べダンジョン内でも充実した食事が取れてるんだけどな。それでも完全にストレスが発散とはならない事を考えると、他のパーティーのストレスの溜め込み具合は……お察し下さいと言った感じだな。
「泊まり掛け探索だと、何回も食べる事になるからな。ストレスが溜まる環境下で1食は我慢出来ても、何食ともなると中々厳しい。勿論、慣れれば我慢する事は出来るだろうけど……」
「そう簡単に慣れる様なものじゃないな。かと言って、無視するには影響が大きい」
「その上、持って行くにしても何をどれだけ持って行くかが難しいのよ。荷物に制限がある以上、何でもかんでも持って行くわけには行かないしね。温かいものとなると、加熱調理器具も持ち込まないといけないから、他の荷物も圧迫するし……私達の様な少人数探索者パーティーの長期滞在はきついわね」
自分達の事を棚上げしつつ、一般的な探索者の食事事情を話しておく。俺達のだと参考にならないからな。
「そうそう、企業系とかならある程度バックアップ体制も整ってるから、もう少し食事事情はマシっぽいぞ。ただし勤務って形で、長期間ダンジョン内の拠点に滞在させられるけどな」
「お兄ちゃん達の話を聞いてる限り、ダンジョン内での長期滞在はかなり辛そうだけど……」
「実際、会った事のある企業系探索者パーティーの人達も辛そうな表情をしてたぞ。でも、何とか我慢は出来てるって感じだったな。多分、少人数パーティと比べてまともな食事だからじゃないか?」
「そっか……ダンジョン内では食事って重要なんだね」
「ああ。食事時間はダンジョン探索中で、気は抜けないけど気が休まる時間だからな。数を増やせないなら、質を上げるしかない」
とは言っても、簡単に質を上げられないから皆苦労してるんだけどな。
俺は焼き上がった肉をつまみ上げ、皿のタレを付けて頬張りながらそんな事を思った。いや、“空間収納”を持ってて良かったよ、ホント。




