第345話 夏休みも終りに向かって
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望外の幸運により重蔵さんの協力を取り付けられることになった俺達は、一旦専用練習場の話から離れ夏休みの残りの期間をどう過ごすかについて話し合うことにした。夏休み期間も、残り1週間も無いからな。流石に、高校2年生の夏休みの思い出が、ダンジョン探索漬けの記憶だけというのは考え物だ。
お茶で喉を潤した後、軽く息を吐き気持ちを整えてから俺は口を開く。
「専用練習場建設計画の最初の糸口も掴めたことだし、ちょっと話を脱線して残りの夏休み期間をどう過ごすか相談しない? 流石に夏休みの思い出が全部、ダンジョン探索だけってのも味気ないしさ」
「うーん、まぁ確かにそうかもな。高2の夏は血と汗とホコリの匂いに塗れた夏休みだった、か。……うん、ドコの戦場巡りの記録だって言いたくもなるか」
「ははっ、笑えない冗談ね。でもまぁ実際、ダンジョン内は戦場巡りと言えば戦場巡りなんだけど……流石に夏休みの思い出がそればかりというのは考え物よ」
「「「……」」」
俺達は半笑いを浮かべながら互いの顔を見た後、ほぼ同じタイミングで視線を逸らした。うん、自覚はあるんだ自覚は……高校生の夏休みの思い出としては殺伐とし過ぎてたってさ。
しかしまぁ、せめて楽しい夏休みの思い出作りと言っても残り時間もあまり無いからな……沖縄だ北海道だと言った数日掛けた泊まり掛け旅行は難しいだろうな。資金面の話じゃなく、準備期間の問題で。となると……。
「ええと、夏休みの残り日数を考えると、ドコか近場のレジャー施設に遊びに行くとかが妥当、じゃないかな?」
視線を逸らしたまま、俺は二人の様子を窺いつつ行き先を提案してみる。無論、夏休みの定番で山や海に行くというのもあるが、山は……うん、もう十分かな? 海も……お盆過ぎるとクラゲとかがね。
となると、やっぱり無難な所は遊園地等のレジャー施設だろう。
「うーん、まぁそうかな? 只、その手の施設って今の時期は人でいっぱいじゃないかな?」
「まぁ、そうね。私達みたいに、夏休みの最後の最後まで楽しもうって人で混雑しているかもしれないわ。と言っても、この時期に混むのが嫌だとか言ってたら、どこにも行けなくなるわよ?」
裕二の言う事はもっともだが、まぁ柊さんの言うように人混みを気にしてたらどこにも行けなくなるよな。只まぁ、ひとアトラクション遊ぶのに数時間順番待ちする必要があるってのは勘弁して欲しいけど。となると、だ。そこそこ人が少なそうな場所を探さなくてはいけなくなるんだけど……そんな都合が良い場所ってあったかな? 俺達は首を傾げつつ折角の夏休みの思い出作りなんだ、滅多に出来ない体験が出来そうな場所は無いかなと記憶を探ってみた。
その結果……。
「皆で集まって、バーベキューをしよう」
「うん。悩んだ割に結局、ありきたりな感じになったな」
「いやいや、コレでも絞り出した方だよ? 花火大会や夏祭りなんかのイベントがあれば良いけど、近場では近日中にそんな予定はないしさ……」
「まぁ、そうなんだけどな」
肩を竦めながら小さな溜息と共に吐き出した俺の言葉に、裕二は苦笑いを浮かべながら頷く。いやホント、いざ探してみると出てこない出てこない。結局、お疲れ様会ではないが、皆で集まって飲み食いしワイワイ騒ごうと言う事になった。
まぁ時間も無いので、下手に気合いを入れて準備して何かやるよりは気楽で良いかもしれないけどさ。
「それで九重君、皆って言うけど、どの辺りまで声を掛けるつもり?」
「そうだね……美佳と沙織ちゃんには声を掛けるつもりだけど、いっそ館林さん達にも声を掛けて部の皆でって形でやるのも良いかなって思ってるよ」
「部の形でか……そう言えば大樹は、館林さん達も連れて、イベントに行ったんだったよな?」
「うん。二人とも元気そうだったよ。結構ダンジョンというか探索者の仕事に興味を持ったような感じだったし、ダンジョン食材を使った料理を美味しそうに食べてたね」
最後に見た感じだと、自分達も探索者をやるって言いだしそうな感じだったかな? まぁ自分達で悩んでだした結論なら、俺達としては無茶をして怪我をしないように指導する気ではいるんだけどさ。
丁度良いし、1度きちんと話を聞いてみるのも良いかな。
「そっか、じゃぁ声を掛けてみるか」
「そうね。私達は7月以来会ってないし、同じ部の仲間として交流を持つことは大事だもの」
「じゃぁまずは、参加出来るかどうかだけ聞いてみよう。何日にやる?」
参加の有無を確認するにしても最低限、日程は決めておかないとな。
「そうだな……夏休み最終日は流石に厳しいだろうな、やるなら遅くともその前日までじゃないか?」
「となると、30日より前って事よね? バーベキューの材料や道具の準備も今日明日じゃ厳しいでしょうから……2日後が妥当じゃないかしら?」
「まっ、その辺だね」
と言う訳で2日後、夏休みの最後に部員同士の交流を兼ねてバーベキューをしようと言う事になった。場所や時間などの詳細はまだ未定だが、俺は取り敢えず4人に参加出来るかどうかの確認を行おうとメールを送った。参加出来るか意思確認だけは早くしておかないとな。
「……送信っと。で、場所はどうする?」
「ドコか適当な公園のバーベキュー広場とかで良いんじゃないか? あんまり遠い場所だと、行くのが大変だからな」
「そうね、出来れば道具を貸してくれる所だと楽だわ。私達は車は持ってないから、食材だけ持って行く形式の方が良いもの」
「そうだね、ちょっと調べて見ようか」
ネットを使い近くの公園で、バーベキュー道具をレンタルしている所を探す。その結果、大体3000円程出せば、バーベキュー道具を一式貸し出してくれる所を見付けた。
うん、ココなら場所も近いし丁度良いな。
「あったよ。ココなんだけど……どうかな?」
「どれどれ? ああ、良いんじゃないか。そこそこ近場だし、自転車でも行けるだろ」
「そうね。一応近くにバス停もあるみたいだし、移動の足に問題は無さそうだわ。あっ、公園の近くにスーパーもあるみたいよ」
バーベキューを行うのには、丁度良い場所にある公園のようだ。うん、コレだけ整っているなら手ブラで行けるな。
「じゃぁ場所はココで良いね。後は、何時頃に行こうか? それと現地集合にするかとか、集まっていくかとかも決めないと……」
「バーベキューの準備や移動の時間もあるけど、10時位で良いんじゃないか? あんまり早く行ってもアレだしな」
「そうね、そのくらいの時間で良いと思うわ。後、現地集合より1度皆で集まってからバス移動で行きましょう。移動時間も良い交流の機会よ」
確かに、移動時間も交流の機会だよな。俺達なら自転車移動の方が自由度が高く、移動時間もバイク並みに縮められるだろうが、探索者じゃない館林さん達じゃ付いて来れないだろう。
逆にバス移動なら、多少自由度は減るが皆で会話をしながら移動出来る。交流を目的とするならコッチだな。
「まぁ、そうだね。じゃぁ場所はココで、10時に集合って事でいいかな?」
「ああ、いいぞ」
「私も良いわよ」
と言う事で、バーベキューの日程は決まった。
そして話が大体纏まった所で、美佳達に送ったメールの返信が帰ってくる。
「美佳と沙織ちゃんからだ。参加の意思は、ありだな。ん? 会費?」
参加希望の返事と共に日程を聞かれたので、俺は先程決まった日程を送ろうとしたが、メールの最後の方で会費について聞かれたので顔を上げ裕二と柊さんに視線を送る。会費か……。
「会費は幾らかって聞かれたんだけど、どうする?」
「会費か。この程度の額なら誘った俺達が出しても良いけど……」
「駄目よ二人とも、部員どうしの交流って名目なら、先輩だけが全部出すってなると4人が萎縮して居心地が悪くなっちゃうわよ」
俺達の稼ぎからすると大した額ではないので、全額だそうかと裕二と目線で確認し合っていると、柊さんが待ったを掛けてきた。確かに柊さんの言うように、何でもかんでも奢られっぱなしってのも居心地悪いかもな。なので……。
「じゃぁ、美佳達には1人1000円ずつ出して貰って、不足分を俺達が補うって形で良いんじゃないかな? 道具のレンタル代をまかなってると思ってもらえれば、心苦しさもないだろうしさ」
「まぁそれが良いかもな。じゃぁ食材なんかは、俺達の方で一通り揃えるか……」
「あっ、じゃぁ私は家から何か持って行くわね」
とまぁ、そんな感じで会費の話も纏まったので、俺はその旨を書き美佳を始め他の3人にもメールを返送信する。すると美佳からの返信はすぐに来た。
どうやら沙織ちゃんと一緒に居るらしく、二人とも参加するとのことだ。
「美佳と沙織ちゃんは参加するってさ」
「そっか。じゃぁ後は館林さん達の返事だな」
「まぁ急がなくても、今日中には返事が来るわよ」
思いつきではあったが、中々楽しそうな夏休み最後のイベントになりそうだ。
専用練習場やバーベキューイベントの話し合いも盛り上がり、何時の間にかお昼時になっていたので、俺と柊さんはそろそろお暇しようと裕二に断りを入れ席を立とうとした。
だがその寸前、部屋の外に人の気配を感じ腰を上げかけていた俺と柊さんは座り直す。そして……。
「ん? ああ、すまんな。タイミングが悪かったようじゃな」
先程俺達の話を聞いて部屋を出て行った重蔵さんが、少し軽い足取りで戻ってきた。
そして俺と柊さんが帰ろうとしていたのを察したらしく、重蔵さんは軽く頭を下げてくる。いやいや、別に謝るようなことじゃないですよ。
「あっ、いえ。それで、どうしたんですか重蔵さん?」
「先程の件じゃ、一応知り合いの不動産屋に話を通しておいたぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうな、爺さん」
「ありがとうございます」
どうやら、早速話を通してくれたようだ。その上、先程の軽快な足取りを思えば……。
「それでじゃ。話を聞いてみたら、お主等の言っておった条件に合う物件があるそうじゃ。まぁ現地で現物を見て見んことには、何とも言えんがの」
「「「おおっ」」」
俺達は重蔵さんの話を聞き、思わず感嘆の声を上げる。まさかこんなに早く物件候補が見付かるとは思ってみなかった。そもそも専用練習場建設計画は、1~2年後の実現を考えた中長期的な計画のつもりだったからだ。少なくとも高校を卒業してないと、金は持っているとは言え不動産業者も本気にしないだろうと思ってたからな。
それがまさか計画開始初日、計画開始前に候補地が見付かるとは……やっぱりコネって大事だよな。
「聞いた限りだと、場所もそう遠くは無いようじゃ。と言っても、車移動は必要じゃろうがな」
「高速を使って移動するとかって距離じゃなければ、問題ないです。たぶん俺達なら、自転車で移動出来る距離だと思います」
「自転車、のう? まぁ、お主等が大丈夫というのなら大丈夫なんじゃろ」
「ええまぁ、探索者やってるお陰ってヤツですね」
重蔵さんは俺の返答に若干怪訝気な眼差しを向けてきたが、まぁ大丈夫なんだろうと自分を納得させるように軽く何度か頷いていた。普通、車で移動するような距離を自転車で行けば問題ないと言えば、そんな反応にもなるよな。まぁ重蔵さんも、俺達の身体能力がアレな事は把握しているので深く追求はしてこないけど。
とまぁそんなやり取りをしつつ、重蔵さんの話は続く。
「一応向こうさんには、現地を視察してから決めたいと伝えておるから今、下見用の資料を作ってもらっとる」
「資料、ですか?」
「ああ。山と一言で言っても、下見をするとなれば色々あるらしいからの。特に山中では土地と土地との境界線は曖昧じゃ、きちんとした境界を把握しておらんと思わぬ厄介事に巻き込まれる事もある……らしい」
「らしい、ですか」
「生憎と、幸か不幸かワシはその手の問題に巻き込まれた事は無いからの。所詮は他人から聞いた事があるだけじゃよ」
「はぁ……」
確かに良くテレビとかでも、山を見ながらドコからドコまでが貴方の土地ですかと聞かれて、見える所全部だよとか大雑把な返事をしている人はいっぱいいるからな。それだけ把握しづらいって事なんだろうけど……まぁ確かに売買時位は正確に把握出来ないと問題になるか。
俺は気の抜けた返事を返しつつ、山林売買の難しさを改めて実感した。
「それでじゃ、資料を貰ったらお主等に下見に行って貰おうと思っておったのじゃが……お主等の予定はあいとるか?」
「予定ね。爺さん、その資料ってどれくらいで貰えるんだ?」
「元々簡単な調査資料はあるそうじゃから、早ければ明日には貰えるじゃろうな」
「明日か……夏休み期間中に行った方が良いよな?」
「まぁ買うにしろ買わないにしろ、返事は早いほうが良いじゃろうからの。気に入らなければ、また別の物件も探して貰わんといかんしな」
重蔵さんの返事を聞いた裕二はチラリと俺と柊さんに視線を向けた後、少し考えてから返事を返す。
「そっか……じゃぁ3日後、30日なんかは如何かな? 明後日は部活の皆で集まる予定が入ってるから無理だし、夏休み最終日は始業式前の準備に当てたいからさ」
「30日か……まぁ大丈夫じゃろ。では資料が届いたら裕二、お主に渡すから行き方なんかをちゃんと調べておくんじゃぞ」
「ああ勿論、ありがとな爺さん色々手を回してくれて」
「何、この位の事は大した手間でもないわ。ではの、九重の坊主に柊の嬢ちゃん」
「色々とありがとうございました、重蔵さん」
「ありがとうございました」
伝えることを伝え終えた重蔵さんは、俺達のお礼の言葉を軽く手を振り受けながら去って行った。
ふぅ。それにしても最後の最後まで色々と暇にはならない、慌ただしい夏休みになりそうだな。




