第342話 高速戦闘における課題
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訓練を開始した俺達は先ず、牽制の為に標的のパンチングバルーンを囲う様に周囲を駆け回る。動きとしては普段より少し速い程度だが、慣れない速度域での移動のせいで攻撃に移るタイミングが掴みづらい。何度か攻撃しようとしたのだが、いざ攻撃をと思った瞬間、攻撃範囲の端に裕二や柊さんの陰が映り込み手が竦んでしまう。連携攻撃の際に隙を見せないようにと、攻撃範囲が重ならない様にギリギリのタイミングで練習していた弊害だろう。
やっぱり、ぶっつけ本番で高速連携攻撃とかしなくて良かったな。
「裕二、柊さん」
「ああ、分かってる。速度が上がったせいで、タイミングがズレてるな。下手をすると同士討ちになるぞ……」
「速度が上がった分、攻撃に移るタイミングを普段より早めないとダメね。今回は隙を作らないようにギリギリを狙うじゃなく、先ずは連携攻撃を成功させる事を念頭に多めにマージンを取った方がよさそうよ」
「そう、だね。じゃぁ取り敢えず……それでやろうか?」
「おう」
「ええ」
と言うわけで、先ずは攻撃を成立させることを主眼に置き攻撃を仕掛けることにした。俺と柊さんはタイミングを合わせ、牽制攻撃としてパンチングバルーンの左右から同時に仕掛ける。柊さんは速度と進路を維持したまま槍をパンチングバルーンの中心目掛けて繰り出し、俺は柊さんと進路が交わらないようにとパンチングバルーンの頭上を跳び越しながら前転して体を上下を逆転させ刀をパンチングバルーンの頭頂部目掛けて振り下ろす。
ああ勿論、寸止めだからな? メインの攻撃は裕二だし、バルーンだから傷つくとすぐ割れるしさ。
「裕二!」
「広瀬君!」
「任せろ!」
そして俺達が寸止めしパンチングバルーンから離れると同時に、正面から素早く近づいた裕二が両手に持った小太刀をそれぞれ振るい右上から左下、左上から右下へと振り抜き切り裂く。裕二に切り裂かれたパンチングバルーンは、大きくも短い破裂音を響かせながら4つに分かれ飛び散った。
しかし……うーん、動かない的が相手でコレじゃぁな。
「……これは要練習、だね」
「そう、だな。ちょっと速度域を上げただけでこの体たらくじゃ、全力でってのは難しそうだな」
「今まで練習してこなかったもの、練習が必要なのは当然よ」
俺達はあまり芳しくない結果を前に、若干暗い表情を浮かべながら頭を抱える。まだ普段の1,2割増しの速度でこの体たらくなのだ、全力……いや、7,8割増しにしたらこの調子だと事故が起こりかねない。仮に武器が体に当たらなくとも速度が速度なだけに、ぶつかった衝撃だけでも相当なものになるだろうからな。
そして芳しくない結果に終わったのでもう一度、1,2割増しの速度域で練習をしてみた結果、先の経験もありギリギリ及第点と言える結果を出せたのだが……魔法やスキルを使用しなくての結果でコレだ。
「飛び道具系の攻撃を混ぜて練習するのは、まだまだ先の話だね」
「ああ、今の練度じゃ飛び道具を織り交ぜての戦闘は無理だろうな。仲間の動きをロクに予測出来てない……感覚の修正が追いついていないんだ」
「そうね。でも、1度慣れてしまえば問題ない……と思いたいわね」
確かに柊さんの言うように、慣れてしまえば今までと同じ感覚で連携攻撃も出来るようになるだろう。だが、それにはそれ相応の時間を掛ける必要がある。
少なくとも、1日や2日そこらかで習熟出来るものでは無い。
「まぁ今回の目的は、高速戦闘についての調査訓練……何が出来て何が出来ないかの把握なんだし、何が出来ないかを確認出来ただけ良し、としても良いんじゃ無いかな?」
「まぁ、な。課題を見付けたら改善すれば良いだけの話なんだが、うーん」
「全て調べきるにしても、今回用意した標的の数や時間じゃ足りないわね」
1、2割の速度増で及第点レベルに慣れるだけでも標的が2つ必要で、日帰りすることを考えると時間もあまりない。今回用意してきた標的は10個しか無く、複数体の敵を想定した練習は出来そうに無い。
だが……。
「そうだね。でも今は兎も角、徐々に速度を上げて全力で動いた場合の状況を確認しよう」
「まぁ元々それが目的でここに来たんだしな……ココまで手こずることになるとは思ってもみなかったけど」
「全力か……事故を起こさないように気を付けないといけないわね」
俺達は顔を見合わせながら軽く溜息を吐きつつ、次の標的であるパンチングバルーンを見据えた。
徐々に速度を上げながら試し試し高速戦闘を行ってきたが、標的のパンチングバルーンもいよいよ最後の1つになった。現状で試せた高速戦闘の速度域は普段の凡そ2.5倍、全力の7割程度と言った所だ。
コレでも、慣れない中頑張ってるんだよ?
「いよいよ最後の1つか……どうする? 最後の1つだし、全力でやってみる?」
「そうだな……と言いたいけど、危険性が高い行為だぞ」
「ええ。今の速度域での連携だけでも、何度かぶつかりそうになってヒヤリとする場面が何度もあったわ」
俺の提案に、裕二と柊さんは眉を軽く顰めた。自分で言っておいて何だが、俺自身も危ない選択だとは思っている。7割程度しか力を出していないとは言え、既に普段の2.5倍の速度が出ているのだ。流石にこの短時間では、感覚の補正が追いついていない。恐らく全力を出せば、普段の3倍近い速度で動けるだろうが、その速度域でまともに連携を取って動けるかと聞かれたら……正直不安しか無いな。現状で事故は起きてないが、それは徐々に慣らしながら速度を上げたからであり、急激に普段の3倍の速度で動いたら……致命的では無いにしろ何かしら事故が起きる可能性は出てくる。
「確かに、本当なら試さない方が良いんだろうけど……」
「次回、今のような条件でココが使える保証は無いしな……」
「確かに別の場所で練習をするにしても、せめて1度は全力を試しておいた方が良いわよね。今回ここに来たのだって、全力だとどれくらい動けるかを確かめる為なんだし……」
安全性を取り現状維持を図るか、今後の練習の為に危険性を覚悟しつつ一歩踏み込むか……二者択一。俺達はどうすべきか頭を悩ませる。
そして暫く無言で悩んだ後、俺達は顔を見合わせながら1つの結論を出す。
「確かに危険はあるけど、今後の為にも当初の予定通り全力だとどれくらい動けるのかは確認しておこう。全力が分からないと、今後の練習で支障が出るしさ……」
「……そうだな。ただし、やるにしても安全性の高い連携でやるぞ。大して身にならなくなるかもしれないが、事故が起きる可能性は極力排除しておきたい」
「そうね……それなら私も賛成よ。最悪、全力がどの程度かを把握さえ出来れば良いんだし、準備不足である以上無理の上に無茶を重ねる必要は無いわ」
と言うわけで、安全性が高い動きを中心に全力を出して高速戦闘訓練を行うことになった。正直不安だが、当初の目的でもあるし確認しておかなければ、今後の訓練で支障が出るからな。
訓練中に思わず把握し切れていない全力を出し、制御しきれず大暴走……嫌すぎる。
「じゃぁ、安全第一で頑張ろう」
「おう」
「ええ」
俺達は気合いを入れ、広い部屋の真ん中に1つだけ立つ最後のパンチングバルーンを見定めた。
パンチングバルーンに向けて武器を構えながら、俺達は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。正直に言うと、オーガと戦う時より緊張している実感があるな。
今から行うのは慣らし不足な全力の高速戦闘、どうなるかやってみないと分からないと言った代物だ。
「さて……始めるけど、準備は良い?」
「ああ。言うまでも無いが、極力互いの移動経路が交差しないように気を付けろよ? 交差する回数が減れば、それだけ事故が起こる可能性は減るんだからな」
「ええ。後、攻撃に移るタイミングも気を付けないと危ないわ。今回は急激に速度域が上がるから、念には念を入れてマージンを今までより大きめに取っておいた方が良いわね」
「うん。それと攻撃後の動きもだね、制動距離も考えて互いに距離を取ろう」
口頭で注意事項を確認しつつ、俺達は集中力を上げていく。更に……。
「今回は大樹がメイン攻撃担当だな」
「うん。そして裕二と柊さんが牽制役だけど……」
「今回は大した動きを期待しないでね。あくまでも安全第一……少し雑な牽制になると思うわ」
「攻撃タイミングをミスって怪我を負うよりマシだよ。まぁそう言う訳だ大樹、俺も気を付けるけど大樹も攻撃のタイミングは気を付けてくれよ?」
「了解、二人が離脱したのを確認してから仕掛けるよ」
動きの最終確認を済ませ、俺達は準備完了した。
そして数秒の沈黙が広がった後……。
「行くよ!」
「おう!」
「ええ!」
俺達は覚悟を決めた表情を浮かべながら、全力で標的目掛けて動き出す。
先ずはダンジョン内で出せる全力の動きを確認する為、部屋の中を縦横無尽に駆け回る。平面的に床だけを駆けるのでは無く、俺達は時には壁や天井も足場にしてパンチングバルーンにドコからでも攻撃を仕掛けられるようにと立体的に動き回った。
俗に言う三角跳びや壁キックと呼ばれる動きを多用し、漫画やアニメのキャラクターのように動き回っている。スポーツテストをした時に出来るとは思っていたが、本当にココのように天井が高く広い部屋でも出来るとはな……。
「「「……」」」
そして俺達は半目で表情が抜け落ちた表情を浮かべながら無言で部屋の中を縦横無尽に動き、自分でやっておきながら自分達の行いに達観し呆れていた。出来るとは思っていても実際に出来てしまうと、何だかな……と言った気持ちである。
そして1分程部屋の中を駆け回った後、俺達は互いの顔を見て視線で慣らしはこの位で良いだろ?と合図を送り……。
「フッ!」
「ヤッ!」
先ず裕二がパンチングバルーンの真上の天井に足から着地し、小太刀を両手に構え急降下し頭上から襲い掛かる。間合いに入った裕二は両手に持った小太刀を降り下ろし、パンチングバルーンの両脇をすり抜けるように振り下ろした。仮にパンチングバルーンが円柱形ではなく人型だったら、両腕が肩から切り飛ばされている。
そして小太刀を降り下ろした格好で着地を決めた裕二が素早くバックステップでパンチングバルーンの前を離れると、入れ替わるように右側から柊さんが一気に間合いを詰め、下肢を切り払うように低い姿勢を保ちながらパンチングバルーン目掛けて槍を振るった。
「大樹!」
「九重君!」
裕二と柊さんの声に応えるように俺はパンチングバルーンの正面から素早く近づき、頭上に構えた刀を一気に振り下ろしパンチングバルーンを唐竹割りに。斬り裂かれたパンチングバルーンは破裂音を響かせながら、左右に分かれ飛び散った。
うーん、全然ダメだな。
高速戦闘訓練を終えた後、俺達は飛び散った、パンチングバルーンの残骸の片付けを行う。そこまで細々とした破片は無いので、回収作業はすぐに終わったけどな。
そして回収作業が終わった後、俺は先程行った高速戦闘訓練の反省会を行う事にした。
「さて、確認作業兼訓練も一先ず終わったけど……色々問題点が出たね」
「そうだ……問題続出だな」
「残りの夏休み期間は、慣熟訓練漬けにした方が良いかもしれないわね……」
俺達は先程の訓練の結果を思い出しながら、多くの課題が出たことに溜息を吐く。予想していた課題とは言え、あまり当たって嬉しい予想では無いからな。
「先ず第1の課題は、俺達自身が高速戦闘の速度域に慣れていないって事だな。幾ら肉体的には動けても、思考が追いついてなかったら意味が無い」
「まぁ、その問題は数を熟せば自然と解決出来るさ。数を熟すのに時間が掛かるだろうけどな……」
裕二の言う様に、時間を掛けて慣れるしか解決方法はない。幸い大雑把ではあるが全力で動いても制御自体は出来ているので、比較的簡単に解決出来る類いの課題だ。
「第2の課題は、高速戦闘時の連携問題だな。安全マージンを多く取ってるから仕方ないけど、隙が多すぎる」
「それも慣れるしかないわよ、練習を重ねて安全マージンを減らして隙を消すしか無いもの」
柊さんの答えに、俺は頭を縦に振って同意する。第一の課題と同様、数を熟せば解決出来る問題だからな。だが問題は……。
「第3の課題は……練習場所どうしよ?」
「「……」」
今回の訓練で分かったことだが、全力で高速戦闘の練習を行おうとすれば、それ相応の訓練スペースが必要になってくる。今回訓練を行った29階層は、オーガやその配下と同時に戦うと言う事もあり、それなりの広さが確保されていた。だがその広さを以てしても、俺達が全力で動くと手狭さを感じてしまうのだ。今回だって、アニメや漫画のキャラの動きを再現したいからとわざと壁や天井を使って跳んだり走ったりしたのではなく、全力で動くと壁や天井を使わないとすぐに壁にぶつかりそうだったからである。
……うん、ホントどうしよう?




