第31話 ゴブリン討伐
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翌週、柊さんの手元に剥ぎ取りナイフの査定通知が届いた。査定額は167万5千円。かなり高額だったので、一瞬売ってしまおうかと悩んでいた柊さんの姿が印象的だったな。まぁ、誘惑を振り切って剥ぎ取りナイフをゲットしていたけど。
「で、モンスター肉を回収するのは良いんだけど、柊さん。そろそろ保冷バッグが一杯なんですけど?」
「だな。もう、この位で良いんじゃないか?」
「そうね。そろそろ切り上げるわ」
聞き分けてくれて、ホッとする。
遭遇するモンスターが集団で出現する様になったので、モンスター肉の回収量も3階層以前とは桁違いに増えている。換金時に空間収納の事を誤魔化す為に、偽装用に保冷バッグを持ってきては居るのだが、これが直ぐに一杯になるんだよ。俺と裕二が持つ35L容量の保冷バッグは、モンスター肉でパンパンだ。1つ2~30kgはあるかな?
モンスター肉が満載の保冷バッグを空間収納にしまい込み、俺達はダンジョンの出口を目指す。その道すがら、俺達はある話題を深刻な表情を浮かべながら議論する。
「さてと……そろそろ下の階層に下りたいんだけど……どうする?」
「下の階層か……」
「何れは降りるつもりではいるけど……アレを見るとチョッと躊躇するわね」
「アレ、ね」
実力的には集団戦闘にも慣れて来たので特に問題はないのだが、俺達が下の階層に躊躇している理由は柊さんの言うようにアレ。下の階層から上がってくる探索者達の姿だ。
青褪め何度も嘔吐を繰り返しただろう酸っぱい匂いのする探索者、焦点の合わない眼差しで虚空を静かに眺め続ける探索者、乾いた笑みを貼り付けた陽気な探索者、達観した表情を浮かべた探索者、他にも様々な反応を見せる下層階から上がってくる探索者達の姿を見ていると足踏みしてしまう。
「大樹、7階層以降からは人型のモンスターが出てくるんだよな?」
「ああ。上の協会事務所の掲示板に貼られている、簡易階層別モンスター出現分布図にも載っていたしな。間違いないと思うぞ」
「……ゴブリンよね?」
「多分」
俺達のテンションは一気に下がる。
ゴブリン、120~130cm程の大きさの人型モンスターだ。漫画やゲーム等では雑魚の様に描写されるモンスターだが、実際にはかなりの難敵と言われている。獣型モンスターと違い、棍棒などの人と同じ武器を使い襲って来るらしい。
人型のモンスターが人と同じ様な武器を持って、明確な殺意を持って襲ってくる。獣型のモンスターの討伐に慣れた探索者でも、初遭遇時には動揺しケガを負う事が多いとの事。
「でも、目的の物を手に入れるには下層階に潜るしかないわ」
「まぁ、そうなんだけどね」
「ダンジョン探索を続けるのなら、何れは向き合う問題だからな。何時までも人型モンスターを避けていく訳にもいかないだろ?」
裕二の言うとおり、何時までも避けている訳にもいかない問題だ。人型モンスターと言えば、パッと思い付くだけでもオークやオーガ、コボルトなんて言うものが思いつく。
「そうだな。よし、何時までもウジウジしていてもしょうがないな。次にダンジョンに潜る時は、7階層以降に潜ってみようと思うけど……?」
「良いんじゃないか?まぁ、最初は用心して3回に分けた方が良いな。最初は精神的に、かなりキツい衝撃が来るだろうし」
「そうね。一人がゴブリンを相手にしたら、残り二人で護衛しながらダンジョンの外に出た方が良いと思うわ。初めてモンスターを討伐した時の事を思えば……」
「まぁ、そこら辺の対応は実際にゴブリンを討伐してから決めよう」
最初にハウンドドッグやホーンラビットを討伐した時の事を思えば、柊さんの提案は得心がいく。人型モンスターを切り殺した時、自分が平常心のままで居られる等コレっぽちも自信がないからな。
全員一斉に精神的ショックを受けて、注意力散漫な時にモンスターの襲撃など受けたくない。それを思えば、最初の時は1階層の帰り道まで柊さんがモンスターを討伐していなかったのは運が良かった。
「そうね。実際にゴブリンを討伐してみないと、どの程度精神的ショックを受けるか分からないしね」
「そうだな。それ程ショックを受けないのなら、手間を考えると1日で済ませたいからな」
「だな」
生き物を切る感触にも、流れ出す血にもある程度なれているので、初討伐時よりは精神的ショックを受けないかもしれない。そうなれば、ゴブリン目当てに3回、3週間も掛けてダンジョンに通うのは手間だからな。
ある程度話が纏まると、俺達は少し足早に最短距離でダンジョンを抜け出す。
因みに、モンスター肉は査定で10万円近くの値段で引き取られ、俺達の懐を温めてくれた。
6階層までを最短経路で抜けた俺達は、7階層に続く階段の前で立ち止まった。
ここから下の階層ではゴブリンが、人型モンスターが居る。そう思うと、中々最初の一歩が踏み出せない。同じように躊躇している二人に、俺は意を決し声を掛ける。
「行こう」
「ああ」
「ええ」
返事の声が些か硬いが、俺は一呼吸いれ階段に足を踏み出す。
階段の下には、俺達より先にこの階に到着したであろう探索者チームが居た。俺達は彼らに軽く会釈をした後、7階層の探索を開始する。仕掛けられているワイヤートラップ等を鑑定解析を駆使し回避しつつ、慎重に探索を続けると柊さんが声をかけて来た。
「……気配があるわ、気を付けて」
「ゴブリン?」
「まだ、分からないわ。でも、近付いてくるスピードが獣型のモンスターに比べてだいぶ遅いわ」
「……と言う事は」
「ゴブリンの可能性があるな」
裕二はそう言って、小太刀を鞘から抜き両手で構える。俺も背中からホットソース入のウォーターシューターを取り出し、加圧を始めた。
「柊さん、場所は分かる?」
「右斜め前……多分あそこの通路を右に曲がった先にいるわ」
柊さんは手持ちライトで、前方の丁字路の右側を照らしながら説明する。
「待ち伏せ……かな?」
「そうかもしれないな。柊さん、対象までの距離は分かる?」
「まだ結構離れてるわ。でも、さっきも言っていた様にコッチに段々近付いて来てる」
「となると、只の遭遇戦か」
俺達は互いに顔を見合わせ頷きあった後、其々の武器を何時でも使える様に手に持ち、素早く丁字路手前の壁に張り付く。
俺はバックパックから伸縮式の棒が付いた鏡を取り出し、鏡を右の通路の先が見える様に床スレスレに出す。
「裕二、明かりを」
「おう」
裕二はバックパックからケミカルライトを取り出し、明りを点け右通路の奥に姿を隠したまま投擲する。緑色に明るく発光するケミカルライトは、くるくる回りながら薄暗い通路を照らしつつ奥まで飛んでいく。俺はその様子を鏡越しに確認しながら、柊さんが見付た気配の持ち主の正体を確かめる。
そして、通路の奥にいた気配の持ち主の姿を確認した。体毛の無い緑色の肌をした小柄な体型に、木の棍棒と腰ミノ。
「……ゴブリン」
「間違いないか?」
「ああ。教本に載っていた特徴と一致し、鑑定解析の結果もゴブリンだった」
「そうか……武器は?」
「ここから見える範囲では手に持った棍棒だけ。飛び道具を持ってないから遠距離攻撃の可能性は低いかな?勿論、遠距離攻撃が可能な魔法スキルを持っている可能性はあるけどね」
用心の為に鏡を使ってまで確認を取っていたが、どうやら只のゴブリンだったらしい。弓等の遠距離武器を持つゴブリンや魔法を使うゴブリンではなかった。
「柊さん、伏兵の可能性はあるかな?」
「……この周辺で感じられる気配は、あのゴブリンだけよ」
「そう」
柊さんの探索の結果を聞き、俺は鏡をバックパックに収納した後、ゴブリンがいる通路に出た。手持ちのライトを通路の奥に向け、ゴブリンを照らし出す。
どうやら向こうもコッチに気が付いたみたいだ。大声を上げながら棍棒を構えコッチに向って走り寄って来る。浮かべる表情は鬼気迫っており、血走った目には明確な殺意が宿っていた。
俺はウォーターシューターを構え、ゴブリンが射程に入った瞬間引き金を引く。銃口から真紅の液体が発射され、ゴブリンの顔面に命中。ゴブリンは勢いそのまま地面に転がる。その際、手に持っていた棍棒が宙を舞い俺達に飛んで来たが、慌てる事なく余裕を持って回避した。
ゴブリンはコレまでのモンスター達と同様、ホットソースがかかった顔を押さえ悶えている。苦悶の叫び声を上げながら激しく暴れ、何度も頭を通路の床に打ち付けていた。時間が経つに従い暴れる動きも弱々しくなっていき、遂には気絶したのか呻き声も上げずに沈黙する。
「ゴブリンには効果アリ……だな」
「ホント凶悪だよな、ソレ」
「まぁ、今の所はね。でも流石に、スライムには効かなかったけどさ」
「まぁ、アレはな」
ゴブリンが沈黙した事を確認し、裕二はホットソース入りウォーターシューターの威力に呆れ気味に感心する。まぁ、今の所殆どのモンスターに抜群の効果を発揮しているからな。例外は、全身粘性体のスライムだけだ。アイツ等、ホットソースを吸収してたからな。
「さてと、ゴブリンも沈黙した事だし、トドメは誰がやる?」
「……私が殺るわ」
「柊さんが?」
「良いでしょ、私でも? 何か問題でもあるかしら?」
「いや別にないけど……」
柊さんは槍を構え、ゴブリンに近付いて行く。槍を倒れたゴブリンの首元に沿え一度深呼吸をした後、一気に首元目掛けて突き刺した。槍は何の抵抗もなく首に突き刺さり、貫通。ゴブリンの首から少量の血が噴き出し、体が一度大きく跳ねる様に痙攣した後に力が抜け動かなくなった。
目を閉じ数回深呼吸を繰り返した後、柊さんは無言でゴブリンに突き刺さる槍を抜き、穂先に付いた血を振り飛ばす。
「柊さん、大丈夫?」
「ええ、覚悟していた分、それほどショックは大きくないわ。大丈夫よ」
「……それなら良いんだけど」
「心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫よ」
柊さんの表情は多少青褪めてはいる物の嘔吐しそうな様子もなく、少し時間を置けば大丈夫だろうと思えるものだった。柊さんは血の付いた槍の手入れをしつつ、気持ちを落ち着かせているようだ。
ここで剥ぎ取りナイフを使わないのか?と聞くのは酷だよな。
「で、どうする裕二? 一旦、上に帰るか?」
「……その方が良さそうだな。無理に進んでも、手痛いしっぺ返しを食らうだけだ」
「いえ、大丈夫よ。このまま探索を続けましょう?」
「……柊さん?」
俺と裕二が念の為にココで撤退しようかと話し合っていると、柊さんが待ったを掛けてくる。青褪めていた顔色も血色が戻り通常時と変わらないが、柊さんの目は爛々としていた。
「テンションが上がって多少興奮状態にあるけど、精神的ショックがどうのこうのって言う事はないわ」
「……」
「それにね、近くに新しい気配がするのよ」
「!?」
「突然発生した気配だから、多分リポップしたモンスターの気配よ」
俺と裕二は柊さんの話を聞き、各々の武器に手をやり周辺を警戒する。
「場所あっちで、数は3つ。真っ直ぐコッチに向かって来ているから、多分私達に気付いているわ」
柊さんは丁字路の左側の通路、つまり今俺達が居る場所の反対側を指さす。俺は手持ちのズームライトのレンズを伸ばし通路の先を照らした。すると、かなり先ではあるが確かに、こちらに向かってくる人影を見付ける。恐らくアレが、柊さんの言うモンスターだろう。
「逃げるにしても近すぎる上、コチラを認識しているようだから、まず間違いなく追ってくるわ。どちらにしろ、戦うしかないわ」
「みたいだね。裕二」
「ああ。殺るしか無さそうだな」
「じゃぁ、まず先手を打とう」
俺はバックパックから胡椒玉を取り出し、モンスターに向かって投擲する。胡椒玉はモンスター達の進路上に落ち、中身を撒き散らした。モンスター達の動きが止まり地面に蹲るのを確認し、俺達はモンスター達目掛けて走り出す。
ある程度近寄ると、モンスターの姿が見えた。3体ともゴブリンのようだ。
「柊さん! 援護お願い!」
「了解! ……エアーブロー!」
柊さんの風を吹かす魔法によって、ゴブリン達の周辺に浮遊していた胡椒が、彼方に吹き飛ばされる。行動を阻害する障害が取り除かれた俺と裕二は、ゴブリン達が態勢を整える前に切り込んだ。俺は1番右端に居たゴブリンに狙いを定め、不知火を首目掛けて走りながら振り抜いた。不知火の刃はゴブリンの首に食い込み、首を両断。血の噴水と共に、ゴブリンの頭部が宙を舞った。裕二もゴブリンの間を走り抜きながら、左右の小太刀を巧みに使い、ほぼ同時に2体のゴブリンの首を切り飛ばす。
結果、俺と裕二が走り去った後には、血を吹き出す首の無いゴブリンの死体が3つ出来上がった。
「……」
「……」
「大丈夫?」
中々凄惨な光景である。
俺と裕二は無言でお互いの顔を見合せた後、胸に溜まった息を吐き出した。心配そうに俺達の顔を覗き込む柊さんに、俺と裕二は苦笑を漏らしながら力ない笑みを返す。
「……帰ろう」
「……ああ」
ゴブリンから出現したドロップアイテムを回収した後、俺達は足早に7階層から立ち去った。やっぱり人型モンスターを斬り殺すのは、思っていた以上に精神的にくる。下層階から上って来た探索者達の、あの様な様子も納得と言う物だ。
その証拠に帰路の途中、5階層で遭遇したレッドボアの群れの突進を避けそこね、軽い打ち身程度とは言えケガを負った。精神的ショックで、注意力が散漫になっていた証拠だな。
安全を第一に考え無理はしない、この時その事を俺達は改めて心に刻み込んだ。
獣型でなれていても、人型を切れば流石に動揺しますよね。




