第340話 突撃、隣の大鬼さん家
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衝撃的な結果を残したスポーツテストから2日後、俺達は予定通り最寄りのダンジョンに足を伸ばしていた。俺は最近美佳達と一緒に来たが、裕二達は体育祭前に利用しただけなので久しぶりになる。
そしてやはり交通の便が良い町中にあるダンジョンという事もあり、学生探索者を中心に夏休み期間中のため利用者の数は多い。
「やっぱり多いな」
「まぁ、夏休みだしね。それにお盆休みも終わってそれなりに経ってるんだし、ココも普段通りに戻ってるよ」
「まぁ、そうだ」
受付窓口まで続く長い行列に並びながら、俺と裕二は愚痴を漏らし合う。つい数日前に盆休みの影響で利用者が減っていた期間を知っているので、余計に長く並んでいるように感じてしまったからだ。
コレが夏休み期間中の、普通の利用状況なんだろうけど。
「でも、コレだけ人が多いとなると予定通りの行程で……ってのは難しいかもしれないわね。移動時間によっては、目標未達成でも撤退する事も視野に入れておかないといけないかもしれないわ……」
「うん、まぁその辺は、臨機応変に対応……って事にしか出来ないと思うよ。もしかしたら、順調に進んで……って事に成る場合もあるんだしさ」
「それはそうだけど……望みは薄いと思うわよ?」
「ははっ、まぁ、ね?」
半目気味で告げられた柊さんの指摘に、軽口のつもりで出してはみたが自分自身でも望み薄い可能性だと思う。とは言え、自分でも言ってるがコレは出たとこ勝負としか言えないよな。
そして俺達は暫く愚痴を漏らしつつ行列に並び、10分程待って漸く利用受付を済ませた。
「ホント、受付を済ませるだけでコレだけ時間が掛かるんじゃぁ、中に入ったらどうなる事やら……」
「順調にいくように祈るしか無いんじゃないか?」
「まぁ、そうだよね……」
柊さんと別れ更衣室で着替えをすませながら、俺は溜息をつきつつ人の多さに辟易とする。予定通り日帰りでオーガの所まで往復出来るか今から心配でたまらない。
その上、オーガの所まで行けたとしても扉の前で企業系探索者等が陣取っていた場合、折角来たのに高速戦闘の練習という目標自体を達成出来ない可能性もある。そうなってしまったら、正に踏んだり蹴ったりだ。
「良し、終わった。行こうか?」
「ああ」
着替えをすませた俺と裕二は更衣室を後にし柊さんと合流後、準備運動を貸し個室で済ませる。基本的な柔軟などの準備運動だけなので大広間で済ませても良かったのだが、かなりの混雑具合だったので丁度空きもあったので借りた。
そして軽く予定行程を確認した後、ダンジョンの入り口がある建物へ移動したのだが……。
「うわぁぁ……」
「……先は長そうだな」
「30分……1時間は掛からないと良いわね」
入り口ゲートまで続く長蛇の列を見て、俺達は思わずウンザリとした表情を浮かべた。折り返し折り返しで建物の中いっぱいに並ぶ人の列、受付前の行列など比べものにならない長さだ。
そして列に並び始め40分後、漸く俺達の入場順番が回ってきた。
「お待たせしました、次の方どうぞ」
係員さんの指示に従い、俺達はゲートの前に進み、ゲート脇の機械に探索者カードをかざす。
「OKです、中へどうぞ。お気を付けて」
「「「ありがとうございます」」」
係員さんに見送られながら俺達は入場ゲートを潜り、ダンジョンの入り口へと進んでいく。
「やっとダンジョン内へ行けるよ……」
「ほんと毎回のことだけど、ダンジョンに入るまでが長いよな」
「何処かのテーマパークみたいに、優先入場券みたいなのを発行してくれないかしら……」
柊さんの提案は成る程と思うが、例えそれを発行したとしても利用者が多くなりすぎ、最終的には意味が無いものになるだろうなと思った。何故ならそれなりのレベルに達した探索者なら、多少の高値で優先入場券が発行されたとしても、1回の探索で簡単にペイ出来るからだ。まぁ、初心者や表層階を主な活動の場にしている探索者達を無視して入場出来るとなればいいものかも?
そんなことを考えつつ、俺は軽く自分の両頬を叩きながら裕二と柊さんに注意を促す。
「それはそうと、そろそろダンジョン内に入るから気持ちを切り替えよう。移動の流れに乗ってる内はまず無いだろうけど、何時奇襲してくるモンスターが居ないとも限らないしね」
「そうだな。今回は何時も行くダンジョンとは違うんだし、不覚を取らないように気を付けよう」
「そうね。何時もと変わらないじゃないのと高を括ってたら、思わぬ事態に陥るって事もあるわ。普段より気を張っているくらいが丁度良いくらいよ」
裕二と柊さんも先程までの愚痴を漏らしていた姿とは違い、気合いを入れ直し真剣な眼差しでダンジョンの入り口を真っ直ぐ見つめていた。
そして俺達はダンジョンの入り口を潜り抜け、ダンジョン探索を開始した。
ダンジョンに入り2時間、探索者達の流れに乗って移動してきた俺達は漸く20階層まで降りてきた。やはり夏休みという事もあり新規参入した学生探索者も多く、7階層辺りまでは普段以上に大混雑していた。だが、10階層を過ぎると大分新規参入した学生系探索者も減り、移動もスムーズになった。
やはりこのダンジョンでも、上手く既存探索者達の活動階層の分散化が進んでいるようだ。
「順調順調……と言っても良いのかな?」
「まぁ、良いんじゃないか? この辺りになってくると比較的混み具合も緩和してきたし、この調子ならこの先もそんなに混まなさそうだしな」
「ええ。移動の列から学生系探索者が大分逸れたから、移動速度も上がって来てるもの。順調と言っても良いと思うわよ」
休憩を取る為、列から離れる探索者達を横目で見ながら、俺達は先へと進んでいく。この程度の行程なら、まだ休憩を取らなくても良いからな。それにこの調子で進めるのなら、あと1時間か1時間半で目標の階層まで行ける筈だしね。休憩を取るのなら、その時で大丈夫だろう。
そして暫く何事も無くダンジョン内を進んでいくと、23階層辺りで探索者達による移動の列が殆どなくなった。どうやらこの辺りからが、このダンジョンに居るトップクラスの冒険者達の活動範囲らしい。階段前広場に企業系探索者達もベースキャンプを張っている姿が、ちらほら見られるしな。
「人が居なくなったね……そろそろ本格的にモンスターの襲撃に備えないといけないかな?」
「そうだな。さっきまでは他にも探索者達が居たから、殆どは他に任せて数回戦っただけですんだけど、これから先は全部自分達で対処しないと……」
「ドロップアイテムが増える……って考えられれば良いんだけど、今回の目的はそうじゃないものね。出来るだけモンスターと遭遇しないように、早く先に進んでしまいましょう」
「そうだね……」
と言うわけで、周りに他の探索者達が居ない事を確認した後、俺達は軽く走りながら先へと進む事にした。勿論、間違っても先日のスポーツテストで出したような速度では無い。精々……マラソン選手ぐらいの速度だ。この辺りの階層まで来れる探索者なら、コレくらいの速度は普通に出せるから大丈夫だろう……たぶん。
そして暫く走って移動していると、26階層の階段前広場でベースキャンプを張っている企業系探索者達を見付けた。25階層の階段前広場にベースキャンプは無かったので、もしかしたらベースキャンプを移動して間もないか、この企業系探索者チームがここの企業系トップの可能性があるな。
「お疲れ様です」
「えっ? ああ、お疲れ様……」
ベースキャンプの前で歩哨として立っていた人が居たので、俺達は軽く挨拶をしておく。無視して進むという方法もあるが、何が原因で仲が拗れて揉め事に発展するか分からないので、礼儀正しく挨拶しておくのも予防策の一環だ。
ただ普段利用しないダンジョンという事もあり、普段見かけない俺達の姿に怪訝気な表情を浮かべていた。まぁ、この階層辺りまで潜ってこれる探索者となると、交流は無くともそれなりに顔見知りと言う間柄にはなるだろうからな。只の新参者……とでも思ってくれれば良いんだけど。変に興味を持たれスカウトとかされたくないしな。
「ふぅ……あの人達で最後かな?」
「だと良いんだけどな。もしまだベースキャンプを張ってるチームとかあるようなら、行って帰るだけになるかもしれないぞ」
「流石にココまで来て収穫無しってのもいやよね。でも、バレることの方が問題だし……」
話し掛けられる前に俺達はベースキャンプの前を早歩き気味に立ち去った後、少し希望の混じった愚痴を漏らす。企業系探索者チームは基本的に、一般探索者チームのように一気に攻略階層を下げることは少ない。堅実に収益や補給路を安定化させた後、次の階層へ移動する傾向が多いからだ。
なので、さっきの探索者チームが企業系探索者チームのトップである可能性は高い。
「まぁ何だかんだ言っても、実際にその場に行ってみないと分かんないし先へ進もう」
「そうだな」
「そうね」
先程のベースキャンプが最後である事を祈りつつ、俺達は先へと進む。
途中何度かモンスターとの戦闘を熟しつつ、俺達は目的地の29階層の扉の前に到達した。ほぼ予定通り、1時間ちょっとでの到達だ。3時間ちょっとでココまで来れたので、普段使うダンジョンよりスムーズに来れたかもしれない。やっぱり23階層以降の人口密度の少なさが原因かもしれないな。
そして目的地を目の前にした俺達は、一斉に安堵の溜息を漏らした。
「良かった、ココにも無い」
「そうだな、どうやら無駄足にならなくて済みそうだ」
「ええ、本当に良かったわ」
俺達は29階層にも、企業系探索者チームのベースキャンプが無い事を確認し心底喜んだ。もしかしたらあるかもと不安に思いつつココまで来たので、無駄足にならなかった事が確定できたからな。
「それにしても、安心したら急に疲れてきたよ」
「まぁ何だかんだ言っても、不安を抱えたままココまで急いで来たからな。気疲れしても仕方ないだろ」
「そうね。丁度良いし休憩を取りましょう、ダンジョンに潜って一度も休憩を取ってない事だしね」
「そうだね」
「ああ」
と言うわけで、俺達は29階層の階段前広場……大扉の前で休憩を取ることにした。ココまで来る途中で他の探索者にも遭わなかったので、擬装用バッグからでは無く“空間収納”から椅子やテーブルを取り出し休憩の準備を進める。
「二人は何飲む?」
「俺は緑茶で頼む」
「私は紅茶でお願い」
「了解」
俺はリクエストに応え、茶菓子のクッキーと各々希望のペットボトル飲料をテーブルにのせる。
「じゃぁ取り敢えず、ここまでお疲れ様」
「お疲れ」
「お疲れ様」
流石にまだダンジョン内なので緊張感を完全に抜くことは出来ないが、懸案事項の一つが無くなったことに対する開放感から思わず労いの言葉が出てしまった。
「ふぅー。それにしても本当に良かった、コレで気兼ねなく練習できるよ」
「ああ。とは言っても、このダンジョンももう少しすれば企業系探索者チームとかがココにベースキャンプを張るようになるだろうし、練習に使えるのも今回限りだろうな」
「そうね。確かに私達が普段通うダンジョンに比べたら攻略が遅れてるとは言え、何時までも後塵を拝するのを良しとしているわけ無いものね。特に探索者企業は、攻略状況がそのまま業界シェアに直結するかもしれないんだし……」
「最悪、シェアを他社に奪われ倒産や吸収合併の原因に繋がるかもしれないからね……」
競争力が無い企業がどうなるかは一目瞭然だ。
しかも今のダンジョン業界は創世間もない黎明期、時間が経つにつれ統廃合は進み、今ライバル企業の後塵を拝したままシェアが確定してしまった場合……うん、先行きは暗いだろうな。そうなりたくなければ、何処かの企業が一歩先んじたと知ったら、全力で後を追い抜かなければならない。そして現在は恐らく、俺達が普段通うダンジョンにベースキャンプを張るダンジョン系企業を含め、数社は30階層を超えているだろうな。
「夏休みが終われば俺達、学生系探索者はそう頻繁にダンジョンに通えなくなるだろうから、企業系探索者の攻略スピードも速くなるだろうな」
「そして、階層移動の時間が節約出来れば、それだけ攻略に時間を当てられる様になるものね」
「ああ、今のダンジョンで攻略に時間が掛かっているネックはそれだろうからな」
つまり、ココを練習に使えるのは今回が最初で最後の機会って事だな。俺は裕二と柊さんの話を聞きつつ、コーヒーを飲みながら目の前に聳える大扉をチラリと眺めた。
そう言えばココのダンジョンのオーガって、ちゃんと俺達の前に出て来てくれるのかな?




