第338話 スポーツテスト終了
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唖然としていた柊さんが正気を取り戻した後、立ち幅跳びの計測を再開する。まぁいきなりあんな記録が出てしまったので、次に計測する柊さんは若干萎縮しているように見える……何だか申し訳ない。
そして軽く深呼吸を繰り返し心を落ち着かせ準備が整った後、柊さんが右手を挙げ俺に合図を送ってきたので、俺は頭上で丸を作り応えた。
「……どうか控え目な記録が出ますように」
思わずそんな言葉を口から漏らしつつ、俺は膝を曲げ両腕を振ってタイミングをとり始めた柊さんの姿を眺める。
そして腕を振り始め数秒後……柊さんが勢いよく跳んだ。
「おお、凄ぇ……」
柊さんが空を舞う姿を眺めながら、端から見ると俺の跳ぶ姿もこう見えたのかと思わず感嘆の声が口から漏れる。高さや滞空時間は勿論だが、スタート地点から俺の所まで跳んでくる早さが凄い。コレはアレだ、ジップラインで勢いよくゴールに滑り込んでくる人を間近で見る感じだ。
そして短い空の旅を終え、柊さんは俺が待機していた50m地点の少し後ろに着地する。
「……どう九重君、私何mくらい跳んだの?」
「えっと、大体52mって所だね」
「52……」
俺の記録よりマシとは言え、大台の50m越えだ。柊さんは何とも言えない表情を浮かべながら、スタート地点にいる裕二の姿を眺めていた。うん、まぁ自分のやった事だとしても引くよなコレ。
そして暫く自分が跳んだ距離を確認しながら沈黙した後、柊さんはポツリと漏らす。
「……探索者って凄いわね」
「……うん、そうだね」
黄昏れたような表情を浮かべる柊さんの横顔を見て、俺にはそう答える事しか出来なかった。
立ち幅跳びの計測を終えた後、俺達は3人揃って何とも言えない表情を浮かべながら互いの表情を伺い合っていた。
「65m……」
「59mか……」
「52mね……」
計測を終えてみると、全員50m越えの大記録だった。他の探索者がどれ程の記録を出せるか分からないが、明らかにトンデモ記録である。
現状では、絶対に公表出来ない記録だと俺達は頭を抱えた。
「……次の計測をしよう」
「ああ」
「うん」
このまま考え続けても気が滅入って慢性的な頭痛持ちになりそうなので、気持ちを切り替え次の項目の計測に取りかかる。次の計測は垂直跳びだ。
計測方法は簡単、メジャーを持って真っ直ぐ跳び上がるだけ。かなり適当な計測方法なので、正確な計測とは言えないが大体の記録は分かる。
「じゃぁまずは……」
「俺から行こう」
「そう、じゃぁ裕二から始めようか」
と言うわけで、裕二から計測を始めることになった。
メジャーの先端を地面に固定し、本体を裕二に持って貰う。先端はペグで固定しているが、勢いで抜けそうなので足で補強として踏んでおく。コレで準備は完了、後は裕二に跳んで貰うだけだな。
「準備完了っと、良いよ裕二。跳んじゃって」
「おう。じゃぁ……いくぞ!」
俺がゴーサインを出すと、裕二は軽く前傾姿勢を取りながら膝を曲げる。
そして……跳んだ。
「ふっ!」
「おー」
裕二の跳躍に合わせ、メジャーは軽快な音を立てながら勢い良く伸びていく。天に昇っていく白いメジャーのラインのせいで一瞬、裕二の姿がロケットの打ち上げに重なって見えた。
うん。立ち幅跳びの結果から予想出来たけど、随分高く跳んだな。
「っと。どうだ、上手く測れたか?」
「ん、ちょっと待って……うん、大丈夫。一応測れてるみたいだ」
「そうか。で、結果は?」
「えっと、15mくらいかな?」
裕二の垂直跳びの結果は、凡そ15m。ビルの1階層分が大体3mなので、ビル5階相当の高さまで跳び上がった事になる。……うん、深く考えず次に行こう。裕二は俺から計測結果を聞いた後、小さく息を吐きながらメジャーから伸びたラインを巻き取っていく。
そしてメジャーを巻き終わった裕二は、次の計測者である柊さんにメジャーを渡した。
「跳んでも良い?」
「うん、大丈夫だよ柊さん」
「じゃぁ、いくわね。 ……ふっ!」
柊さんも先程の裕二と同様に、軽く前傾姿勢を取りながら膝を曲げる。
そして……小さく息を吐きながら跳んだ。柊さんもメジャーのラインを勢いよく引きながら、先に跳んだ裕二とほぼ同等の高さまで舞い上がる。
「っと。どう?」
「ちょっと待ってね、うーん……13mかな?」
「13mか……」
柊さんは計測結果を聞き、どこか納得……達観した様な表情を浮かべながら淡々とメジャーを巻き取っていく。どうやら柊さんは諦めた……アレな結果に折り合いが付いたらしい。
そして俺は柊さんからメジャーを受け取り、計測の準備を進めた。
「まぁ、何だ? 頑張れよ大樹」
「ああ、うん。じゃぁいくよ……ふっ!」
計測補助を裕二に任せ、俺は軽く深呼吸をし心を落ち着かせる。
そして軽く前傾姿勢を取り膝を曲げ……勢いよく跳び上がった。メジャーのラインから勢い良く吐き出され、一直線に天に向かって伸びていく。上昇も1秒程で終わり、一瞬上空で停止したので俺は軽く頭を左右に振って辺りを見渡してみた。山の中という事もあり辺りは木々で覆われ見にくくなっていたが、若干ではあるが木々の高さを超えていたので山の下の光景が見えた。
「……」
普通に木の高さを超えたことに、俺は思わず達観してしまう。うん、まぁ立ち幅跳びの結果を考えればこうなるよな。
そして一瞬の無重力浮遊を終えた俺は、重力に引かれ地面へと戻された。
「……どう大樹?」
「17m……って所だな」
「17mか……」
裕二より少し高い、ビル5、6階相当って所か。もう驚き疲れたよ、ホント。
計測結果を聞きつつ、俺も小さく溜息を吐きつつメジャーの片付けを行った。
1m間隔で地面に3本のラインを引き、反復横跳びの準備を整える。
「良し、準備完了っと。今度は俺からやるから、誰か時間と回数を数えてよ」
「誰かと言うより、残り2人で数えた方が間違えなくて良いだろうな。反復横跳びって、結構数えるのが面倒だしさ」
「そうね。見落としや見間違えをし易い項目だものね、反復横跳びって」
確かに反復横跳びって、焦りや疲れのせいで結構ラインを超えたり踏んだりしてなかったりする事があるからな。2人で数えた方が間違えも少ないか。
と言うわけで、計測は裕二と柊さんの両方で行って貰うことにした。
「1,2,3,1,2,3っと、良し準備良いぞ」
俺は数回軽く反復横跳びの練習を行ってから、計測担当の二人に準備完了と伝える。普段しない動きだからな、軽く動きを練習しておかないと足捌きが混乱して出来ないかもしれないからな。
そして合図を受けた裕二と柊さんは、時間をセットしたスマホを俺に見えるように向けながらカウントダウンを始める。
「じゃぁ、始めるぞ。3,2,1……スタート!」
「っ!」
俺は裕二のスタートの合図と同時に、反復横跳びを始める。最初は丁寧にラインを跨ぐように越え、瞬時に切り返しを行う。数回動作を繰り返した俺は徐々に速度を上げ、跳躍のリズムを早めていく。
だが、跳躍を繰り返す度に土埃が舞い上がり、次第に俺の足下は土煙で覆われてしまった。
「ストーップ! 計測中止だ大樹、土埃で足下が確認出来ない」
裕二の計測中止の知らせを耳にし、俺は跳躍の速度を落とし停止する。
「ええっ、ッて言っても、確かにコレじゃぁ計測出来ないか」
俺は足下に盛大に立ちこめる土煙を目にし、計測中止も仕方が無い状況だなと納得する。足下に引いていたラインも消え、跳躍の為に蹴った地面もそれなりに抉れている。
うん、土埃が原因じゃ無くても中止した方が良いな。
「反復横跳びの計測は辞めよう、ココじゃ計測出来ないみたいだしさ」
「ああ、目立つ被害が出る前に辞めよう」
「そうね……」
と言うわけで、反復横跳びの計測は急遽中止となった。まぁ床がコンクリートとかなら出来るかもしれないが、良く良く考えてみれば垂直跳びでも10数m跳び上がる脚力だ、土の地面が耐えるのは少し厳しいだろうな。
手遅れ感はあるが、中止は妥当な判断と言える。
「となると、残る計測項目はあと一つだね……」
「持久走だな」
「女子1000m走と男子1500m走の事よね」
高校生の平均で言えば、女子が凡そ5分ちょっと、男子が6分半ほどで走りきれる程度だ。コレを探索者がやるとなると……50m走のことを考えると愉快なことになりそうだな。
「まぁ、とりあえず準備しようか」
「そうだな」
「ええ」
俺達は先程の反復横跳びの事を忘れようと、持久走の準備を始めた。
広場の中央部を使って、一辺が50mになる正方形の持久走用のコースを作った。と言っても、正方形の頂点に目印の大きめの石を置いただけだけどな。
まぁ兎も角、コレで一周200mのコースが完成したって事だ。
「良し、出来た」
「最後の項目だ、さっさと計測して終わらせてしまおう」
「ええ、誰かが来る前に終わらせましょう」
と言うわけで、早速持久走を始めようという事になった。先ずは、走る距離が短い柊さんからの計測だ。柊さんが走る距離は1000m、特設コース5週分だ。
もし50m走のペースで走れたとしたら……走りきるのに1分も掛からないだろうな。
「準備は良い、柊さん?」
「ええ、良いわよ」
「じゃぁ行くよ? 用意……スタート!」
俺はスタートの合図と同時に、スマホのタイマーを押した。柊さんはスタートの合図と共に、急激な加速をしながら走り出す。うん、50m走の時と然程遜色の無い加速だな。
しかし……。
「ああ、やっぱり」
「まぁ、狭いからな」
コースの狭さがネックとなり、柊さんはコーナーを曲がる為に折角加速しスピードに乗ったのに、直ぐさま減速していた。これじゃぁ、持久走って言うより50mシャトルランだな。
もっと一辺が長い、もしくは陸上競技場のトラックのような場所なら、トップスピードを維持したまま走れるだろうに。コレは、予想していたタイムより時間が掛かるかもしれないな……。
「この広さだと、加速減速加速減速の繰り返しだな」
「コースが正方形ってのも、悪く働いてるな。円形なら……遠心力で吹っ飛ぶか」
「地面踏み割って曲がれば耐えられるかもしれないけど、流石にそれはダメだろうな」
「ああ、ダメだな」
ようするに、この広場程度の広さでは俺達が全力で走るには狭すぎるという事だ。
柊さんが苦しそうに走る姿を見ながら、俺と裕二は眉を顰めた。
「いっそ、ジャンプしながらコースを回るかな?」
「立ち幅跳びの結果を考えると出来ないって事は無いだろうけど、それって持久走では無いだろ?」
「まぁ、そうだね」
どうすれば素早くコースを回れるかを裕二と考えて見たが、この広さでは難しいと言う結論に達した。どうやら柊さんと同じく、上手く加減速を繰り返すしか無いようだ。
うん……これ持久走か?
「あっ、最終周だ」
「何だかんだ言って、まだ1分も経ってないんだよな」
「うん。でも……」
チラリと視線をスマホのタイマーに落とすと、一分を越えていた。当初の予想では、柊さんなら1分を切れると思っていたのだが、加速減速の繰り返しを強要されるこの狭いコースでは無理だったようだ。
そして柊さんは苦々しい表情を浮かべながら、ゴールラインを越えた。
「お疲れ様、柊さん」
「ええ。でも、コレくらいの距離なら疲れないわ。それで、結果はどれくらい?」
「1分7秒。残念だけど、1分を切れなかったね」
「そう……」
柊さんは結果を聞いて、振るわなかった記録に少し残念そうな表情を浮かべていた。
そして俺はスマホを柊さんに渡し、裕二と一緒に特設コースのスタートラインに立つ。
「じゃぁ柊さん、記録頼むね」
「ええ、二人とも頑張って。中々難しいわよ、このコース」
「ははっ、さっき柊さんが走ってる姿を見てたからね。分かってるよ」
「そう。じゃぁ準備は良い? 用意……スタート!」
柊さんのスタートの合図と共に、俺と裕二は一斉に走り出した。男子の持久走は1500mなので、このコースだと7周半する必要がある。
俺は隣を走る祐二を意識しながら、加速と減速を繰り返し周回を重ねていく。だが、周回を重ねる度に僅かずつではあるが、裕二との差が開いていった。レベルで言えば俺の方が裕二より上なのだが、この狭いコースでは如何にロス無く加減速を繰り返すかが肝なので、身体制御能力で裕二に軍配が上がっているという事だな。
「っ!」
裕二にリードされた事に少し焦った俺は、更に加速して裕二との差を埋めようとしたが、結果としては逆効果だった。無理な加速で減速の際のロスが増えた分、ますます裕二との差が開いてしまう。
そして裕二と一歩分ほどの差を作られたまま、俺達はゴールラインを走り抜けた。
「ああ、負けた!」
「残念だったな大樹、無理な加速をしたのが敗因だったな」
勝った裕二は得意げな表情を浮かべ、負けた愚痴を漏らしつつ俺は悔しげに顔を逸らした。
「お疲れ様二人とも、接戦だったわね?」
「ははっ、そうだね。それで柊さん、結果は?」
俺は負けた悔しさを誤魔化すため、何でも無いかのように振る舞いつつ柊さんに結果を聞く。
「広瀬君が1分23秒で、九重君が1分23秒ちょっとよ」
やっぱり当初の予想より遅くなったか……まぁ十分な速さだけどさ。
とは言え、とりあえずこれでスポーツテストは全項目終了だな。はぁ……頭痛い記録ばかりだよ。




