第337話 気が抜ける暇が無いな……
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予想通りと言えば予想通りの結果ではあったが、人様に見せられない結果に頭を抱えた後、俺達は気を取り直し次の検査項目の準備を進める。まだ先は長いんだ、どうするか考えるのは全部調べ終わった後だな、うん。
といった感じに、俺達は心に棚を作って問題を棚上げした。
「次にやるなら……上体起こしか前屈にしない?」
連続でトンデモ記録はちょっとアレかなと思った俺は、比較的マシな記録で落ち着きそうな検査項目を提案する。この2つの項目なら、流石にトンデモ記録は出ない……筈だ。
「そうだな。ちょっと箸休め的項目が良いかもしれないな」
「ええ、賛成よ」
俺と似たような心境だったのか、裕二と柊さんも軽く頷きつつ賛成してくれた。ありがたい、流石に連続でトンデモ記録が出そうな幅跳びや垂直跳びは避けたいからな。
と言うわけで、早速計測準備を進める。
「じゃぁ早速って言いたいけど、地面にそのまま寝転ぶのはアレだしね。ちょっと待って……」
俺はそう言って周囲に誰もいないのを確認してから、“空間収納”からヨガマットを取り出す。メジャーを買いに行った時、ホームセンターに売っていたので一緒に買ったモノだ。
クッション性もあり、そこそこの大きさがあるので俺や裕二が使っても余裕がある。
「準備完了っと、先ずは誰から行く?」
「さっき広瀬君が最初だったから、次は私からやるわ。広瀬君、足を押さえてくれるかしら?」
「了解。大樹、時間を計ってくれ」
「任せて」
と言うわけで先ずは上体起こし、腹筋からだ。柊さんはマットの上に膝を立てながら仰向けになって転がり、裕二は柊さんの足を押さえ固定する。俺はスマホを取り出し、タイマー機能を使い30秒でアラームが鳴るように設定した。回数をカウントしながら、時間は見れないだろうからな。
「良し、柊さん準備は?」
「何時でも良いわよ」
「了解。裕二、念のためカウントミスしないように裕二も一緒に数えてくれ」
「分かった、じゃぁ始めよう」
全員の準備が整ったことを確認し、俺はカウントダウンを始める。
「じゃぁいくよ。3,2,1……スタート!」
「っ!」
スタートの合図と同時に柊さんは凄まじい勢いで腹筋を始め、柊さんの足を押さえる裕二も振り解かれないようにと必死に押さえていた。一瞬の停滞も無く、纏めた髪を振り乱しながら柊さんは回数を重ねていく。
そして……アラームが鳴った。
「そこまで!」
「っ、はぁ~終わった」
「お疲れ様、柊さん」
計測終了を伝えた途端、柊さんは大きく息を吐きながらマットに寝転んだ。息を大きく乱したり、お腹を押さえている様子が無い所から、30秒程度では探索者の限界を測るのは難しいようだ。
とは言え、時間無制限でやっても意味ないだろうしな。
「それで私、何回くらいいったの?」
「えっと、125回だったよ。裕二の方は?」
「俺の方も125回だったぞ」
俺と裕二の計測結果が同じだったので、柊さんの上体起こしの記録は125回となった。一秒間に4回以上か……うん。事前に調べていた高校生の平均記録を頭から消しつつ、俺は次の計測の準備を始める。気にしてても仕方ないしな、さぁ次だ次。
柊さんがマットからどいたので、今度は俺が仰向けに寝転がる。
「裕二、計測頼む。柊さん、足をお願い」
「任せろ」
「ええ」
と言うわけで、今度は俺がやる番だ。俺は柊さんに足を押さえて貰い、準備が整った事を裕二に視線で伝える。すると俺の合図を察した裕二が、カウントダウンを始めた。
「じゃぁ行くぞ。3,2,1……スタート!」
「ふっ!」
裕二のスタートの合図と共に、俺は呼吸を止め上体起こしを始めた。腹筋を収縮させ上体を一気に引き起こし、胸の前に置いた両手の肘が両股に触れた瞬間、背筋を伸ばし背中をマットに触れさせる。コレで1回。俺は足を押さえてくれている柊さんを振り解かないように気にしつつ、次第に大きくなっていく風切り音を耳にしながらペースを上げ高速で腹筋運動を繰り返す。
そして、どれくらい繰り返したか分からなくなってきた頃……アラームが鳴った。
「そこまで!」
「っ、はぁ~」
「お疲れ大樹、計測終了だ」
先程の柊さんと同じように、俺も大きく息を吐きながらマットに寝転がる。腹筋を行った事による疲労感は感じないが、押さえ役だった柊さんを振り解かずに済んだと言う安堵と共に気疲れを感じた。
本気でやったけど、全力かと聞かれれば疑問が残る結果かな?
「……で、結果は?」
「俺が数えた感じだと、187回だったぞ」
「私も同じだったわよ」
「187回……」
1秒間に6回以上……か。うん、深く考え込まず次に行こう。
俺は柊さんにお礼を言った後、素早くマットの上から退き裕二に場所を譲る。結果を聞いた俺のアッサリしたリアクションに裕二は何とも言えない表情を浮かべながら、マットに膝を立てながら仰向けに寝転んだ。
「じゃぁ次は俺が押さえ役で、柊さんが計測係だね」
「ああ、頼むな大樹」
「任せて」
と言うわけで3回目という事もあり手早く準備は進み、直ぐに柊さんによるカウントが始まった。
「3,2,1……スタート!」
「ふっ!」
スタートの合図と共に裕二は上体起こしを開始した。高速で腹筋を繰り返す裕二の足を押さえる俺の手には結構な力が掛かっており、裕二がかなり本気で腹筋を行っているのが伝わってくる。
うん。普通の人がこの押さえ役をしてたら、簡単に数mは跳ね飛ばされてたんじゃ無いかな? そして……。
「そこまで!」
「っ、はぁ~」
「お疲れ様、広瀬君」
裕二は俺と柊さんのようにマットに寝転びこそしなかったが、大きく息を吐いて座り込んでいた。
「……結果は?」
「179回よ」
「俺も同じだ」
「179回か……大樹の記録には一歩届かなかったか」
いやいや、179回だよ? ほぼ1秒間に6回ペースじゃん。悔しがる要素がドコにあるの? と言うか、えっ? コレ競い合ってたの?
知らない間に競争?になっていたことに驚きつつ、俺は裕二に話し掛ける
「えっと、裕二? 勝負なんてしてたっけ?」
「ん? いや、別にしてないぞ。只、どうせやるなら何か目標があった方が良いかなと思ってさ」
「あっ、そうなんだ……」
「「……」」
俺と裕二は互いの顔を無言のまま見る。あちゃぁ、何か変な間が空いてしまったな。俺としては計測結果がヤバすぎるので、特に良い結果を出そうという気力は無かったんだけど……どうしよう?
そんな微妙な雰囲気が漂う中、俺達はやはりアレな記録が出た上体起こし計測を終えた。
全員の上体起こしの測定を終えた後、俺達はそのまま前屈の測定を行うことにした。俺は事前にネットで長座前屈測定器の作り方を調べ、段ボールを加工して作った簡易計測器を周囲を確認してから“空間収納”から取り出す。専用の測定器がネット通販で売られていたけど、今回の1回しか使わない物だからな。代用品で十分だろう。
そして2度づつ行った計測の結果……。
「……52cmか」
「……55cmか」
「……49cmね」
「「「……普通だな(ね)」」」
まぁ、妥当な結果である。レベルアップ補正のお陰で常人以上の身体能力を誇っているとは言え、俺達の体の構造自体は普通の人間と同じだからな。別に腕や胴体が伸びるなどと言った、特殊能力(生体構造)は持っていない。
とは言え、今までの測定結果が結果だっただけに肩透かしを食らい拍子抜けしたと言ったところだ。
「うん、何か、この計測結果を見てるとホッとするよ」
「まぁ確かに、平均を少し上回る程度ってだけの結果なんだけどな。今までが今までだったから、安心する気持ちも分かる」
「そうね。でも、この数字は柔軟性に関わる数字なんだから伸びた方が良い数字ではあるわ。柔軟性が上がれば、それだけ怪我をするリスクも減るしね」
「そうだね」
柊さんの言う通り、あまりアレな数値は困るが柔軟性は怪我を防ぐのに重要な要素だ。平均値は超えているものの、柔軟体操などを行い数値を伸ばしていって損はない。
折角ヨガマットを買ったんだから、家でヨガでもやってみるかな?
「さて、とりあえず座ってやる系の計測は終わった事だし……次の測定項目に行こうか?」
「次か……」
「次ね……」
俺達は歯切れの悪い表情を浮かべながら、互いの顔から視線を逸らす。残る計測項目は4つ、立ち幅跳び・垂直跳び・反復横跳び・持久走だ。うん……ヤバい計測結果が出る項目しか残ってないよ。
俺達はどんな結果が出るのか戦々恐々としながら、次に行う検査項目の計測準備を始めた。
「まずは、立ち幅跳びから行こうか?」
「そうだな、短時間で測り終わるモノからやった方が良いだろう」
「それなら、立ち幅跳び・垂直跳び・反復横跳び・持久走って順番で良いんじゃ無いかしら? 手際よく計測出来れば、短時間で終わるわ」
柊さんの案を採用、まず立ち幅跳びから順番に測ることになった。
とは言え、いざ計測となると不安が先に来る。何せ、事前に調べたスポーツテストの平均記録を見ると、立ち幅跳びの記録は大凡垂直跳びの4倍ほどの数字が出ているからだ。垂直跳びの4倍……10mほどの高さがある天井に勢い良く頭をぶつける事もある俺(達)の垂直跳びの4倍である。……何m飛ぶんだよって話である。とまぁそんな不安を抱えつつ、俺達は計測準備を整えた。
「で、誰から行く?」
「「……」」
俺達は互いに視線で牽制しあいながら、誰から測るか順番を譲り合う。正直、トップバッターで測るには不安しかないからな。この広場で距離は足りるのか?ってさ。
だが、何時までもこうしていている訳にもいかないからな。俺は1度目を閉じた後、小さく深呼吸をしてから声を上げる。
「俺からやるよ、計測頼むね」
「「……ああ(ええ)」」
と言う訳で、俺は距離を稼ぐ為に対角線上に引かれた広場の一番端に設置されたスタートラインに移動し、裕二はメジャーを持って50m程先まで伸ばし計測準備を整える。
アソコまで離れていても、もしかしたら飛び越える可能性もあるんだよな……。
「……ふぅ」
「大丈夫、九重君?」
「うん、大丈夫。少し不安はあるけどね」
「無理はしないでね? 計測が出来ないっていうのも、記録なんだから」
「ははっ、了解。心配してくれてありがとう」
不安げな表情を浮かべていた俺に、柊さんが心配そうに声を掛け励ましてくれた。俺は軽く自分の頬を叩き不安を消し、裕二に準備完了の合図を送る。
そして俺は両膝を軽く曲げ、両腕を前後に軽く揺らしタイミングを計りながら……。
「1,2の……3っ!」
俺は腕の振りに合わせ、体を前方に傾けつつ一気に曲げていた膝を伸ばし跳躍した。全身に押し戻そうとする風圧を感じつつ、俺は体の姿勢を崩れないように気を付ける。50mほど先に居たはずの裕二の姿が次第に大きくなっていき数瞬後……俺は裕二の横を通り越えた。
そして……。
「っと!」
数秒と言う短い空の旅を終えた俺は、軽く地面を滑りながら無事に着地を決めた。
そして軽く息を吐きつつスタート地点と着地地点との距離を確認し、俺は声には出さず内心でこう思った。うわぁ、やっぱりやっちゃったよ。
「ふう、予想通りと言えば予想通りだったけど……」
俺は軽く頭を振りつつ、若干重い足取りで移動を始めた。着地地点だったと思わしき場所で、裕二がメジャーで距離を測っているからだ。
はぁ、計測結果を聞きたくないな……。
「どう裕二、結果は?」
俺が計測結果を聞くと、裕二は軽く目を閉じた後ポツリと計測結果を呟いた。
「……凡そ65mだ」
「65……」
片側5車線の道路でも、一っ飛びで飛び越えられそうだ。立ち幅跳びでコレだけ飛べるのなら、アニメや漫画で良く見るあのシーンとかも出来そうだな。ほら、ビルとビルの間を跳びながら移動したり戦闘したりするあのシーン。
まさかリアルに、あのシーンをやれるだけの身体能力が身についていたとは……。
「とんでもない距離を跳んだな大樹、まさか50mを超えるなんてな」
「ははっ、跳んだ本人が一番ビックリしてるよ。それと他人事だけどさ裕二、たぶん裕二も柊さんも似たような距離を跳べる筈だぞ?」
「ははっ、そうなんだよな。はぁ……」
俺と裕二は互いに乾いた笑みを浮かべながら、スタート地点で唖然とした雰囲気を出しながら立っている柊さんに手を振って合図をする。
だが……。
「うん、ちょっとフリーズしてるみたいだね。まぁ気持ちは分らないでも無いけど」
「そうだな。大樹、計測代わってくれ。ちょっと行ってくるからさ」
「頼むよ。柊さんが跳んだ後、直ぐに跳んでくれて良いからな」
「了解、じゃぁ計測頼むな」
裕二はメジャーを俺に手渡した後、柊さんが居るスタート地点へと向かった。
はぁ、これからはトンデモ記録ラッシュか……今から気が重いよ。




