第336話 スポーツテスト?
お気に入り29570超、PV57700000超、ジャンル別日刊71位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて連載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版に発売中です。よろしくお願いします。
コミカライズ版朝ダン、コミックス第一巻が12月7日に発売されました。よろしくお願いします。
休息日を挟み、予想外の長距離遠征探索を終えた3日後、俺達3人は自転車に乗って地元近くの山中に作られた市営の多目的広場に来ていた。自転車で山登りと聞くと辛そうに聞こえるが、探索者だと普通に漕ぎ上れるので問題は無い。
因みに多目的広場とは言っても、トイレと駐車場が有るだけの切り開かれた広場の事なんだけどな。お陰で昨日の今日だけど、貸し切り利用の予約も簡単に取れたよ。
「到着っと。……うん、何も無いな」
「そこそこ整備されてるだけマシってモノさ、雑草が生えっぱなしじゃないだけ大したもんだよ」
「そうね」
俺達の前には、土がむき出しの何も無い広場が広がっていた。広さ的には、ちょっとしたイベントや野球ぐらいなら出来るかな?
「コレで1日専有利用5千円か……」
「今まで使ったこと無いから高いか安いかは分らないけど……まぁ無茶苦茶高いって訳じゃないし気にしても仕方ないさ」
「まぁ、そうなんだけどね」
俺達は市役所で預かった鍵を使い駐車場の入り口に張られたチェーンを開け、自転車を駐車場に止めた。現地に管理事務所も無いので、利用者が預かった鍵を使い解錠する形式のようだ。
因みに利用申請をしに役所へ行った時、高校生の俺達だけで使うと言ったので担当者さんに疑わしげな眼差しで利用目的を聞かれたが、素直にレクリエーションでチョットした運動をするだけだと伝えてある。一応、嘘は言っていない。
「さて、今日丸一日利用出来るけど、さっさと済ませちゃおうか」
「そうね。事が事だし、人の気配が無いうちに済ませた方が良いわ」
「そうだな、じゃぁ早速始めよう」
と言う訳で、広場に対する感想もそこそこに俺達は準備を始めた。念の為、広場に管理用の監視カメラ等が設置されていないか確認を行う為、ぐるりと広場と周辺を一周する。
幸いというか、トイレ以外に何も施設が無いお陰か監視カメラは設置されていなかった。
「カメラは無し、後は人の目だけど……」
「近くには誰もいないぞ。この辺りの山も登山客が来る様な山って訳じゃないし、まぁ大丈夫だろう」
「とは言っても、注意はしておいた方が良いでしょうね」
山中とは言え、未舗装の道の先にある場所と言う訳では無く、舗装された峠道の途中という場所なので、ドライブ中にフラリと立ち寄ってみた、と言う事も無いわけじゃ無いからな。
柊さんが言うように、今いないからと気を抜いていると思わぬ目撃者が出てしまうかもしれない。コレから行うことを考えれば、目撃者を誤魔化すのが面倒なので気を付けないとな。
「良し、じゃぁコレで準備完了かな」
「ああ、そうだな。じゃぁ早速始めよう」
「ええ、始めましょう」
事前準備を終えた俺達は、気合いを入れながら広場に移動した。
手ぶらだとアレなので、擬装用に持ってきていたバッグから俺は一枚のA4用紙を取り出す。
「えっとスポーツテストの項目は、50m走・立ち幅跳び・ボール投げ・持久走・シャトルラン・反復横跳び・垂直跳び・背筋力・握力・上体起こし・前屈……」
「ボール投げ・シャトルラン・背筋力・握力は今回やらなくて良いんじゃ無いか?」
「そうね、その4つはなくても良いかもしれないわね」
スポーツテストで行う項目を読み上げていた俺は、裕二と柊さんの意見を聞き賛成する様に頷く。ボール投げはココじゃ狭すぎて計測不能だろうし、シャトルランもたぶん終わらない。背筋力と握力はネットで調べてみたが、市販されているモノでは計測可能な計測機器が無いので正確な計測不可だ。どっかの工業用計測器ならいけるかな?
「その4つは除外して良いね。じゃぁ、そう言う訳で残りの7個を計測しよう。先ずは……」
「定番の50m走からで良いんじゃ無いか?」
「私もそれで良いわ」
と言うわけで、早速50m走の準備を始める。バッグからホームセンターで買ってきた100mメジャーを取り出し、先端にペグを打ち伸ばして行く。
うん、そこそこ広い広場だけど100mは無いな。70m~80m四方って所か?
「良し、準備完了。誰から測る?」
「俺から行こう。大樹、計測頼むな」
「了解。柊さん、スタートの合図お願い」
「任せて」
と言う訳で、俺はストップウォッチを持ってゴール地点まで移動する。その間に裕二は軽く体を解し、スタート地点に無駄な力を抜いた状態で真っ直ぐに立つ。クラウチングスタートのように構えないのかなと思ったが、別にダンジョン内で陸上競技をやるわけではないし構えなくても良いかもなと納得する。
そして裕二の準備が整った事を確認し、スタート位置の隣に立った柊さんは右手を高く上げ……。
「用意……スタート!」
「ふっ!」
一気に腕を振り下ろした。同時に祐二は弾かれた様に急加速しながら走りだし、瞬く間にゴールまでの距離を縮めてくる。
そして……ゴール。
「おおっ!?」
速いとは思っていたが、改めて数字と言う形で見てみると思わず驚きの声が上がる。
その驚きの結果は……。
「ふぅ……どうだ大樹? 俺の記録は?」
「ははっ、凄い記録が出てるよ裕二……2.57秒だって」
「……2.57?」
裕二も明確な数値として聞いた自分の記録に、一瞬目を見開き驚きの表情を浮かべていた。まぁ無理も無いよな。軽く調べた限り、ダンジョンが出現する前の高校生の50m走の平均は7.5秒くらいだ。
それが半分以下のタイム……時速換算で凡そ70km/hは出ている計算だ。うん、人間辞めてるよな。
「……ヤバいな」
「うん、ちょっと人様の前で披露するにはヤバいタイムだね」
「「……」」
いきなり出た、ヤバいタイムに俺と裕二は何とも言えない表情を浮かべながら押し黙った。
そして俺と裕二は互いの顔を見つめ合った後、軽く頭を左右に振って気持ちを切り替える。
「とりあえず、続行しよう。今回は、自分達の上限を知る為のテストなんだ。どんなにヤバそうな結果がでても、とりあえず最後までやろう」
「そ、そうだね。自分達の上限を知る為にやってるんだから、最後までやらないと……」
「ああ」
「「……」」
どうやってもヤバい結果が並びそうな予感をヒシヒシと感じながら、俺は裕二にストップウォッチを渡し柊さんが待つスタート地点へと移動する。
はぁ、柊さんに結果を教えるのも気が重いな。
「どうだった九重君、広瀬君の記録は?」
「……2.57秒だったよ」
「……2.57秒? 50mを?」
「うん」
裕二の記録を聞き、柊さんは信じられないモノを耳にしたという表情を浮かべる。まぁ、初耳ならそう言った反応になるよね。
暫し唖然としていた様子だったが、軽く咳払いをし柊さんはスタート地点に立った。
「えっと、大丈夫柊さん? 調子悪いなら、俺が先に走るけど……」
「大丈夫よ。ちょっと衝撃的な結果だったけど、あの速さを見たら確かにタイム自体は妥当だもの」
「う、うん、まぁそうかもね……」
確かに走る姿を見ていれば、妥当なタイムであると納得は出来る。納得は出来るが……衝撃的なんだよな。
そしてスタート位置に柊さんが立ったのを確認した後、俺は裕二にスタート準備が整った事を軽く手を振って伝える。その後俺は先程の柊さんと同様、スタート位置の横に立ち右手を上げる。
「良い、柊さん?」
「ええ、お願い」
「じゃぁ、用意……スタート!」
「ふっ!」
俺が手を振り下ろすと同時に、柊さんは走り出した。先程の裕二と同様に、柊さんはゴール目掛けて加速していく。その姿は傍目で見ると、裕二と同じ様な速さに見える。コレは、柊さんも50m2秒台かな?
そしてゴールまで一気に駆け抜けた後、柊さんはタイムを計測していた裕二に駆け寄り驚きの表情を浮かべた。どうやら、またヤバめな記録が出たらしい。
「よっ、お待たせ大樹。今度はお前の番だぞ」
暫く待っていると、裕二が俺の元にやってきた。穏やかそうな表情を浮かべている様に見えるが、ドコか達観した様な表情にも見える。
「……やっぱり、柊さんもヤバめな記録が出たのか?」
「……ああ、2.78秒だってさ」
「2.78……凡そ65km/hか。原チャより速いな」
裕二よりはマシだが、柊さんも人目に晒すのは憚られるタイムだ。こんなタイム公表したら、誰に何を言われるか分かった物じゃ無い。
こうなると、走るのが怖くなってくるな。
「……まぁ、なんだ? 頑張れ」
「頑張れって何をだよ……」
「まぁ、色々とな」
「……」
裕二の何とも言えない励ましを受けながら、俺はスタートラインに立つ。軽く息を吐きつつ気持ちを切り替え、精神を落ち着かせ集中力を上げていく。体から余分な力みを抜き、何時でもスタートを切れる体勢を整える。
「良いか、大樹?」
「うん、大丈夫」
「じゃぁ行くぞ、用意……」
声と共に、裕二が右手を挙げる気配を感じた。何時でもスタートの声に反応出来るようにしながら、俺は平常心を保ちつつ体に余計な力みが入らないように気を付ける。瞬発力が必要な場面では、余計な力みはロスに繋がるからな。
そして数瞬の間を置き……。
「スタート!」
「ふっ!」
短く息を吐き出しながら、俺は地面を力一杯蹴り一気に体を押し出し走り出す。体をその場に押しとどめようとする力、空気抵抗で加速が緩もうとするが、俺はその前に再び地面を蹴り加速を続ける。一歩、二歩、三歩と地面を蹴る度に速度は増していき、ゴール地点でストップウォッチを持つ柊さんの姿が大きくなっていく。
そして俺は加速を緩めないまま速度が乗った状態で、柊さんの目の前にあるゴールラインを駆け抜けた。
「っと!」
ゴールラインを駆け抜けた数瞬後、俺は盛大に土煙を上げながら地面を滑りつつ全力で制動を掛けるが中々止まらない。地面を踏み抜けば直ぐに止まれるだろうが、流石に借りている広場を抉るわけには行かないからな。
そして俺は広場ギリギリで、どうにか速度を殺し止まることが出来た。ふぅ、もう少しで雑木林に突っ込むとこだったよ。
「……」
「あ、あの、柊さん? タイムを教えて欲しいんだけど……」
タイムを聞こうと柊さんの元まで歩いて戻ると、柊さんが唖然とした表情を浮かべながらストップウォッチを見つめていた。
うわっ、この反応……ヤバいタイムが出たみたいだな。
「柊さん!」
「! ああ九重君。ごめんなさい、ちょっとボーッとしちゃった」
軽く肩を叩きながら声を掛けると、漸く心ココにあらずと言った感じだった柊さんの意識が戻ってきた。そんな衝撃的なタイムだったんだ……。
「いや、別に良いけど……それで、俺のタイムは?」
「タイム? タイムは……」
柊さんは一瞬言い淀んだ後、一度手元のストップウォッチに落としてから顔を上げ俺にタイムを伝える。
「……1.98秒よ」
「……はい?」
「だから、1.98秒なのよ!」
「ま、マジですか……」
柊さんの悲鳴のような叫び声と共に伝えられたタイムに、俺は思わず口を開け唖然としてしまう。柊さんの反応から、かなりヤバいタイムだとは思っていたが……更にヤバいタイムだった。
1.98秒って……凡そ時速90km/hだぞ!? ドコのスポーツカーの加速だよ!
メジャーを片付けながら裕二の元に移動した俺と柊さん、俺達の様子に怪訝気な表情を浮かべていた祐二。だが俺が言い淀みながらタイムを伝えると、裕二は顔を右手で押さえながら空を仰ぎ見る。
うん、その気持ち良く分かるよ。
「……頭痛い結果だな、おい」
「そうだよな。とてもじゃないけど、3人が3人ともこれじゃぁ人に言えない記録だよ……」
「探索者だから……って言い訳も通用しないわよね、これじゃ」
今まで“全力で”と言う場面が無かったので、これ程俺達の身体能力がヤバいことになっているとは思っても見なかった。普段の生活で支障が出ていないのは、慣れから無意識に自分の身体能力をセーブしていたのだろう。
そう言えばダンジョン出現初期の頃、調子に乗って引き出しダンジョンで一気にレベルを上げた時、急激に身体能力が上がったせいで細かな制御が追い付かず色々と苦労していたなと俺は思い出した。
「普段の生活やダンジョンの中でもコレまで通り、人の目がある場面で“全力”は見せない方が良さそうだね」
「そうだな。コレまで通り隠していた方が、変な騒動を引き寄せない為にも良いだろう」
「ええ、態々見せつける必要も無いんだし、コレまで通り“全力”は出さないでおく方が良さそうね」
俺達は軽く溜息を吐きつつ、疲れた表情を浮かべながら軽く頷きあった。探索者補正があるので、それなりに凄い記録が出るとは思っていたが、こんなヤバい記録が出るなんて思っても見なかったよ……特に俺の記録。
しかし、今抱える一番の心労は、コレで今日予定しているスポーツテストの項目一つ目だと言う事だ。後6つもか……。




