第329話 運が良いのか悪いのか
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伸びきったラーメンを完食後、俺達はベースキャンプの撤収に取り掛かった。まぁベッドや陣幕などの物品は手慣れている事もあり直ぐに回収できたのだが、問題はコレ。俺達の目の前に鎮座する、地面に突き刺さった木のバリケードだ。
流石に放置は出来ないよな。
「とりあえず、“空間収納”に仕舞っておくか。何かに再利用出来るかもしれないし、長草みたいな思いがけない使い道があるかもしれないしな」
「まぁダンジョン産の木材だからな、何かしらの使い道はあるだろうさ」
「木、木……家具とか紙にでも加工してみようかしら?」
バリケードの再利用法を考えつつ、俺はサクサクと木を回収していく。
そして5分程で全ての木を回収し終え、ベースキャンプの撤収が完了した。
「良し、終了っと。じゃぁ、装備の最終点検をしてから出発しようか?」
「おう、そうだな。さっさと準備を済ませて出発しようぜ、頑張れば50階層に行けるかも知れないからな」
「だからと言って、無茶はダメよ? ちゃんと途中休憩も挟んで、体調は整えないとダメなんだからね」
「お、おう」
まぁ柊さんの言うとおりだ、裕二の気が逸る気持ちも分からなくもないが、最低限の休憩は取りながら行かないとイザと言う時に影響が出かねない。いくら到達階層更新の為に潜行速度優先とは言え、最低限の安全は確保しておかないとな。
と言う訳で、装備の最終チェックを済ませた俺達は、昨日リス?を見かけた場所から、森の中に入る事にした。リス?がとった怪しい行動の、検証をしないといけないからな。
「じゃぁ出発するけど、昨日のリスの逃亡理由が不明だからいつも以上に索敵は注意して」
「ああ、分かってる。もし隙を狙っているのなら、別のモンスターを倒して気が緩むタイミングを狙ってくる可能性があるからな」
「階段を見つけた瞬間、ってのもあり得るわ」
注意すべき点を指摘し合いつつ、俺達は慎重に森の中へと足を踏み入れる。
さぁて答え合わせだ、面倒は勘弁してくれよ……。
警戒しつつ階段を探し森の中を歩いていると、前方の木の枝に3体のリス?が止まっているのを見つけた。リス?達はすぐに攻撃を仕掛けてくることも無く、ジッと俺達の動向を伺っている。
ん? これはもしかして……。
「隠れて……はいないな」
「あれじゃぁ、奇襲も何もあったもんじゃない」
俺と裕二は昨日考察した、リス?の性質の後者の可能性が外れていたと思った。つまりリス?がとった昨日の行動は、単なる逃走の可能性が高いという事だ。
そしてその推測を確信させるように、暫くするとリス?は俺達に背を向け一気に逃走した。
「あっ、逃げた」
「逃げたな」
「逃げたわね」
俺達は逃げるリス?を見送りながら、当たって欲しくない予想が外れた事に安堵の息を漏らした。
良かった、あのリス?が暗殺系モンスターとかじゃなくて。
「しかし、そうなると何で逃げたんだ?」
「野生の勘で、俺達がヤバいって感じたんじゃないのか?」
「でも広瀬君、それだと今までのモンスターが私達に構わず襲い掛かってきたのはどうしてよ? 私は別に何か、あのリス?だけが私達と闘うのを避けた理由があると思うんだけど……」
そう言えば、今まで俺達と明確に戦うのを避けたモンスターは、29階層に居たオーガだけだったな。でも、アレはボス的な奴だからアレだけが特別なんだと思ってたんだけど……違ったのだろうか?
「別の理由か……もしかして何かしらの識別スキルを持ってるんじゃ?」
「識別スキル?」
「ああ、例えば彼我の戦力差を測るみたいな奴だよ。彼我の戦力差が分かれば、戦う前に逃走する可能性も無くはないだろ?」
「まぁ、確かにな。絶対に敵わないと思う敵に向かっていくより、逃走して自分が勝てそうな相手と闘うってのは普通にありそうだ」
もしあのリス?がスキル持ち、もしくはそれに類する能力を持っているのなら一目散に逃走した事にも説明つくからな。レベル差で言えば、まずあのリス?じゃ俺達に勝つことは出来ないしさ。
「はぁ……とりあえずコレで心配の種が一つ減ったな」
「ああ、と言っても警戒を緩める訳にはいかないけどな。でもまぁ、少しは気が軽くなったよ」
俺達は気を引き締め直し、再び階段を探すために森の中を歩き始めた。
漸く俺達は43階層に向かう階段を見つけた。ただし、探し始めて50分ほど掛かってしまったので俺達の顔には少し焦った表情が浮かんでいた。予定では1階層1時間となっているが、それでは5階層分しか潜れない。1階層50分のペースでは良くて6階層しか潜れず、50階層に達しようとすれば8階層潜らなければいけないのにだ。つまり潜行予定時間内に50階層に到達しようと思えば、最低でも1階層40分以内に攻略しないといけない。
それなのに50分も……これじゃあ50階層到達は無理かもしれない。
「もう少しペースを上げないと、間に合わないかな」
「とは言え、これでも警戒をしつつ急いでるんだぜ? 確かにペース自体は上げられるけど……」
「罠やモンスターの些細な兆候を見落とす可能性が出てくるわね。それは流石に見過ごせないわ……」
「はぁ、結局は運次第って事か……」
どうやら運良く下の階層へ移動する階段がすぐ見つからない限り、俺達が50階層に到達できる可能性は低そうだ。だが折角ここまで来たのだ、行ける所までは行って見よう。
そう考えつつ、俺達は階段を降り43階層へと足を踏み入れる。
「今度は早く階段が見つかると良いんだけど……」
「焦るなよ大樹、あくまで50階層到達は努力目標なだけだ。無理をして達成する必要はないんだ……惜しいけどな」
「ええ。惜しい目標だけど、それにとらわれ過ぎて焦ってると危険だわ」
無自覚に募っていた焦りを指摘された俺は、大きく深呼吸を数度繰り返し心を落ち着かせる。確かに指摘されたように、無理にでも達成すべき目標ではないんだ。もう少し気楽に考え、達成出来たら運が良かったくらいに思っておいた方が良いな。
焦りを自覚し落ち着いた俺は、裕二と柊さんの顔を見ながら軽く頭を下げる。危うく自分の焦りのせいで、二人に危ない橋を渡らせていたかもしれないからだ。
「ごめん。少し焦り過ぎてた」
「いや、気にするな。俺も表に出してこそないけど、急げ急げって気は逸ってるよ」
「私もそうよ、どうしても先へ先へって気が逸ってしまうわ」
「そっか……気を付けないといけないね」
皆で反省を短時間で済ませ、俺達は43階層の探索を始めた。
運が良いのか悪いのか分からなくなってきた、まさか1時間で46階層へ到達してしまうとは。勘任せに適当に歩き回ったのに、43,44,45階層を最短距離で進んでいたらしく短時間で攻略してしまった。遭遇したモンスターにも厄介な敵はいなかったお陰で、足止めも最小限で済んだのは大きい。
……この後、揺り戻しで何か悪い事が起きたりしないよな?
「順調……で良いんだよな?」
「ああ、良いはずだ……多分な」
「あまりに順調すぎて、逆に不安になってくるわね」
短時間で46階層に到達した俺達の顔には、喜びより不安の色の方が色濃く出ていた。人間あまりに順調だと、不安の方が先立つからな。
しかし、あと3時間。50階層に到達できるかもしれない可能性が見えてきたが、あと3時間で4階層攻略しないといけないのだ、不安が湧き出てくるのを抑え付けてでも進むしかない。
「ふぅっ……進もう。上手くすれば、目標達成出来るかもしれないしね」
「ああ、ココで不安がっていても仕方ない。運良くココまで来たんだ、目標は高くだよな」
「ええ、行きましょう。このまま進めれば、十分50階層まで行けるわ」
不安を振り払うように、俺達は自分達を鼓舞し奮起する。
「じゃぁ、出発!」
「「おおっ」」
と言う訳で気合を入れ勢いよく出発したのだが、不安はやっぱり的中した。イタチ?とリス?の10体からなる混成集団が俺達の前に現れたのだ。クソっ、やっぱりこう言うオチかよ!
囲うように展開したイタチ?リス?連合は、俺達が攻撃体勢を取ったと同時にしかけて来た。6体のイタチ?は俺達の周りを高速で駆け回り始め、木の上に陣取る4体のリス?は頬袋を膨らませつつ軽く上体を仰け反らせたと思ったら勢い良く口から何かを吐き出し攻撃してきた。
「おわっ!? 遠距離攻撃!?」
「チッ、あのリス?の攻撃だ!」
リス?から放たれた銃撃の様な攻撃に、俺達は慌てて攻撃を避ける。戦いもせず逃亡するから近接攻撃をしてくる敵だと思ってたのに、まさかの遠距離攻撃持ちとは! 交戦せず逃げていたのは、彼我の戦力差のほかに前衛を務める仲間がいなかったからか!
援護ありの敵とやり合うのは面倒だな……先にあのリス?を叩くか。
「裕二、柊さん! 俺がリス?を叩くから、二人はイタチ?の方を頼む!」
「了解だ、任せろ!」
「そっちは任せたわよ、九重君!」
「任せて!」
素早く役割分担を決め、俺達はイタチ?リス?集団との戦闘を開始した。とは言え、俺の相手は木の上だ。その上、厄介な攻撃手段を持っているので手早く対処する必要がある。
よって、俺がとるべき行動は……。
「フッ!」
「「「「ギュッ!?」」」」
こちらも遠距離攻撃を用いて、素早く対象を排除する事だ。因みに、俺が今回攻撃に用いた手段は、美佳も使っていた投げ矢である。ただし、俺と美佳の間にはかなりのレベル差があるので威力は段違いだけどな。その証拠に、投げ矢を食らったリス?達は命中した頭が弾け飛んでいる。
うん。相手が小さかったとは言え、ちょっとやり過ぎたかも……。
「裕二、柊さん、こっちは終わったよ! そっちはどう、援護は必要!?」
「いや、大丈夫だ! もう直ぐ……終わったぞ」
「こっちも終わったわよ」
そう言って戦闘終了を報告してきた二人の周囲には、6体の血塗れイタチ?の死体が転がっていた。
「思ったより簡単に片が付いたね」
「まぁスピードは速いけど、耐久力はほとんどない敵だからな。武器さえ当てられれば倒せる」
「そうね。まぁその欠点を補うためのスピードなんでしょうけど、まだまだ足りなかったって事よ」
戦闘内容を評価しながら、俺達はモンスターの死体が消えたあとに残されたドロップアイテムを回収していく。今回のドロップは4つ、思ったより出たな。
因みにドロップ品の内容は、コアクリスタルが2つにイタチ肉が一つ。そして、片眼鏡型のマジックアイテムが一つだ。マジックアイテムが出たか……。
「大樹、それはどんなアイテムなんだ?」
「ちょっと待って、今調べるから。“鑑定解析”」
“鑑定解析”を使った結果、モノクル型アイテムの効果が判明した。どうやらこのアイテムは装着者のレベルを基準にして、装着者よりレベルが高ければ赤、レベルが低ければ青く対象が表示されるらしい。つまりコレを使えば、比較的安全な敵と戦う事が出来る様になるという事だ。初めて遭遇するモンスターに対して使えば、戦うか引くかの判断基準につかえる。
これ、ダンジョン攻略の先端を進むトップクラスの探索者チームや初心者探索者チームが欲しがりそうだな。
「どうやらコレは、相手とのレベル差を可視化する道具らしい」
「レベル差の可視化?」
「まぁ危険なモノじゃないから試しにつけてみろよ」
俺はモノクルを裕二に手渡し、試着を勧めた。まぁ実際に使ってみるのが一番理解しやすいだろうからな。
「おお、大樹が赤く光って見えるな」
「赤って事は、裕二より俺の方がレベルが高いって事だな。因みに装着者よりレベルが低ければ、対象は青く光って見えるらしいぞ」
「へぇー、一目見て相手が自分よりレベルが高いか低いか分かるのは便利だな」
裕二は興味深そうな表情を浮かべながら、モノクルを右目に当てたまま辺りを見渡し始めた。残念だけど裕二、辺りにモンスターの気配はないぞ?
と、無邪気に感心している裕二を軽く溜息をつき眺めていた柊さんが口を開く。
「それより、リス?よ。 あのモンスター、遠距離攻撃を仕掛けて来たわよ? さっきまで私達と遭遇したらすぐに逃げだしていたのに……」
「その件か……推測になるけど多分、単独で倒せそうにない場合や前衛がいない場合は逃走するって感じなんじゃないかな? ほら、あいつの攻撃手段って頬袋に入れた弾を高速で打ち出すって奴だったじゃないか。どうもアレは単発仕様だったみたいでさ、短時間では次弾を打ち出す事が出来なかったみたいなんだよ」
「一撃必殺スタイルのモンスターって事? 確かにそれなら、不利と思えば逃走するのも分からなくもないかな……」
今回の戦闘で、前にリス?がとっていた不審な行動の理由に凡そ目星がついたかな。一撃で倒せそうな敵か状況でのみ攻撃を仕掛け、仮に逃亡しても次回で敵の油断を突けると言った寸法なのだろう。
はぁ、厭らしい戦法を使う敵だよほんと。




