第323話 盆明けのダンジョンで
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予定通り備品の買い出しついでにダンジョン協会で情報を仕入れた翌日、俺達は久しぶりに馴染みのダンジョンへと足を運ぶ。お盆休み期間明けという事もあり、この前来た時より若干人混みは少ない気もするが中々の賑わい具合だ。夏休み後半戦という事もあり、学生の比率が多目かな?
そんな人混みを端から眺めながら俺達はバスロータリーを出た後、受付事務所前に設置されている掲示板を眺めていた。何を眺めているのかというと、良く取引されるドロップアイテムの買取価格一覧表だ。
「うーん、やっぱり少しずつ低階層で得られるドロップアイテムの買取額が下がってきてるな」
「探索者の数が増えれば得られるドロップアイテムの数も増えるからな、そこら辺はしようが無いと思うぞ? まぁ新人探索者が金銭面で苦労しない程度に、最低取引価格は設定した方が良いとは思うけどな」
「そうね。マジックアイテムやスキルスクロールなんかのレアドロップ系はあまり値崩れしてないけど、早々手に入らないからレアドロップだもの。新人さんじゃレアドロップが出るまでモンスターとの連戦、なんて真似はまず出来ないでしょうしね。そうなると、必然的に資金的に苦慮する事にもなるわ……」
久しぶりに見た買い取り価格一覧表であるが、中々に悲惨な内容だった。買取価格が下がるという事は、それだけ多くのダンジョン産物品が世間に供給され浸透しているという事ではあるが、流石に値下がり幅が大きい。これじゃぁ今から個人や小規模グループで探索者をやろうとするには採算的に厳しく、初期投資も中々回収出来ないと新人が減る事に繋がるかもしれない。
探索者業を裕二が言うように新規参入者の生活を守る為にも、最低買い取り価格を決めた方が良いだろうな。
「こうなってくると、今活躍している以外の個人事業主系探索者は減って、新人はダンジョン企業に所属し探索者デビューって言う流れになるかもしれないな……」
「確かに、採算が取れるまでの活動資金が豊富にプールしてある……とかじゃないと個人じゃ厳しいかもしれないな。特に学生じゃ、そんな豊富な資金を持っているヤツなんてまぁ居ないだろう」
「運が良ければ最初の探索でレアドロップをゲットして初期投資を回収……って事もあるでしょうけど、まぁそれこそレアケースでしょうね。そんな博打みたいな事をする人が居ないとは言わないけど、余程のリアルラック持ちか自意識過剰な考え無しの極少数派よ」
ドロップアイテム買い取り価格一覧表を眺めてるだけで、何となく探索者業界の先行きが不安になってくる。
勿論、意図的にこう言う流れに持って行っている可能性も無くも無いが……。と、そんな事を考えていたせいか、俺は思わずポツリと考えを漏らしてしまう。
「……もしかして、探索者年齢の引き上げを狙ってるのかな?」
「? ああ、なる程。そう言う考え方も出来るな」
「? そうね、そう言う可能性も無くも無いわ」
俺の漏らした一言を切っ掛けに、裕二と柊さんも俺が考えた可能性に行きついたらしく、同意するように頭を軽く上下に振った。
言わなくて良い一言を漏らした自分の凡ミスに溜息をつきつつ、俺は周囲を気にしつつ小声で自分の考えを口にする。
「学生で探索者をやる事が採算に合わないのであれば、学生で探索者をやるヤツは減るかもしれない。そうなると、探索者をやる為にはダンジョン企業に就職って形になるけど……」
「企業の雇用条件に高卒って項目が入っていれば、自然と年齢が上がるだろうな。高卒の時点で18歳は超えているだろうし」
「ダンジョン企業には新人育成支援名目での補助金や税制面で優遇措置を設ければ、人を新たに雇わせるメリットを与えられるわ。新人の参入が無くなって、今の好景気を下支えしているダンジョン業界が衰退するような事は国も望まないでしょうしね」
あくまで推測でしか無いが、ダンジョン公開初期に武器取得制限で学生……18歳以下の探索者業への参入を抑えたかったものの失敗に終わった国は、次善策として段階的にドロップアイテム買取価格を下げ探索者の収入を絞り、学生の乏しい経済面を突き参入年齢を遅らせようと画策しているのでは無いか。
また副次的名目として、個人事業主系探索者の人数を絞り各探索者企業に大部分の民間探索者を社員という形で管理させ統制し易い様にしようとしているのかもしれないな。
「探索者育成を目的とした学校を作るって話もあるらしいし、本格的に今みたいに学生が自由に参入出来る状態に制限を掛けたいのかもしれないな」
「まぁ、そうかもな。学生探索者が負傷し学業に支障が出てるって話は良く聞くし、何れ規制が掛かるのは既定路線だろうな」
「そうね。今はダンジョンが出現してそれほど経っていない混乱期だからって事でハッキリしないままになってるけど、落ち着いたらその辺が問題になるのは確実だもの。その解決策をって、事なのかもしれないわ」
未成年探索者対策に、探索者専門の学校が出来るにしても恐らく数年は掛かるだろう。だが今から買い取り価格を徐々に絞っていけば学生探索者は成功しにくいと言う流れができ、学生探索者の新規参入を減らせるかもしれない。
そしてダンジョン企業が補助金目当てだろうが雇用を確保してくれれば、業界を衰退させずに高校卒業後に探索者を目指すという流れを作る事が出来るかもしれない。
「まぁ誰の思惑か自然の流れかは別にして、買い取り価格が低下しているってのは実際問題だよな。俺達は良いとしても、低階層がメインの美佳達にはキツいだろう」
「そうだな。まぁ実力的には問題ないだろうから、数を熟せばそれなりに稼げるだろうが……」
「経験値稼ぎを兼ねて、たまに私達に同行させてあげた方が良いかもしれないわね」
安全の為とは言え、俺達が美佳達に階層移動制限をしている以上、今の買い取り価格では活動資金的に苦しいだろうから、それなりの補填はしてやった方が良いだろうな。
一応、たまに出るレアドロップ品のお陰でそこまで活動資金に困窮してない……無駄遣いで小遣いには困ってたけど。
「夏休みが終わる前に、美佳達を誘って一度探索に行くか……」
「そうだな。大樹が合格って言った美佳ちゃん達の姿見たいし、それも良いかもな」
「そうね。私も気になるから、一緒に探索に行くのも良いかもね」
と言う訳で美佳達の予定次第だが、夏休み中に一度皆でダンジョン探索に行こうという方向で話は纏まった。
そして俺達は、一通り掲示物に目を通してから掲示板を離れ入場受付へと向かった。
受付を済ませた後、俺達は更衣室で着替えを済ませ借りた個室で準備運動を行いながら、今日のダンジョン探索の最終行程確認を行っていた。流石に30階層超え探索のミーティングを、共用スペースでするのは拙いからな。
それに昨日協会で手に入れたダンジョンの情報も、伝達ミスで各々に語弊が無いか潜る前に確認しておきたい。情報共有はきちんとしておかないと、いざという時に問題になるからな。
「……と言うのが昨日協会で仕入れた情報だ。問題ない?」
「問題ない、昨日貰った報告内容と違って無いぞ」
「私の方も問題ないわ」
幸い、連絡ミスは無かったらしい。俺は軽く安堵の息をつきながら、今回の目標について口を開く。
「良かった、じゃあ取り敢えず今回の到達目標は40階層って事で。途中、柊さんが欲しがっている草を採取するから、30階層までは最短コースで進もうと思うけど……」
「それで良いと思うぞ、今回は40階層に到達する事がメインだからな。俺の方は特にコレと言って欲しいドロップがあるわけじゃ無いから、30階層までの道筋で寄り道は無しで大丈夫だ」
「ごめんなさい、私の為に。夏休み期間を逃すと、次にいつ来れるか分らないから……」
俺の進行予定を聞き、裕二は問題ないと頷き、柊さんは申し訳なさげな表情を浮かべながら軽く頭を下げる。
「良いよ良いよ、気にしないで柊さん。何度もモンスターを倒さないとドロップしないレアドロップアイテムってわけじゃ無いんだから、休憩がてらの寄り道だよ」
「そうそう、気にしなくて良いよ。文字通り道草を食うだけなんだしさ」
「……ありがとう二人とも」
俺と裕二が気にする事無いと軽く右手を左右に振りながら気軽げに伝えると、柊さんは申し訳なさそうな表情を払拭し笑顔を浮かべてくれた。
そして情報の擦り合わせと準備運動を終えた俺達は装備品の最終確認をした後、ダンジョンの入り口がある建物へと移動する。
「普段より少し少ない……か?」
「そうだな……まぁ少しは少ないな。とは言っても、入場まで15分待ちコースって所じゃないか?」
「そんな物じゃ無いかしら? まぁ、ココの列が少ないって事は、中も少ないかもしれないわね。そうだったら早めに先に進めるから、結構な時短になりそうね」
思ったよりダンジョンの中に入っている人が少なさそうで、俺達は少し喜ぶ。人が多いと最短コースで階層移動しようにも、前を行く探索者達のせいで時間を食うからな。
暗黙の了解で、ダンジョンで階層移動する際に列の流れに乗って移動する時は、前のグループとは一定の距離を開け進む事になっている。グループ間のいらない諍いを防ぐと共に、モンスターが襲撃してきた際に迎撃行動を取るスペースを確保する為だ。列が密集していたせいで武器が振るえず怪我を負った、では意味がないからな。
「そうだね、この分だと予定より1時間位は早く到達出来るかな?」
「そうだと助かるよ、正直移動の流れに乗って動くのが一番時間を食うんだよな……」
俺と裕二は少し期待を込めながら、ダンジョンの入り口へ視線を向けた。延々とダンジョンの中を探索者の背中を見ながら進むのは、中々に暇だからな。時々、先を急いでるんだから走ってくれよと思う事がある。
そんな事を思いつつ入場の列に並んで待っていると、推測通り15分程で俺達の順番が回ってきた。
「OKです。お気を付けて」
「ありがとうございます」
ゲートの側に控えていた係員さんのお見送りを受けながら、俺達はダンジョンの中へと足を踏み入れた。さぁて久しぶりのダンジョン探索だ、気合いを入れていこう。
俺達はダンジョンの中を順調に進み、2時間程で20階層まで降りて来れた。予想というか期待通り、ダンジョンの中を進む人も普段に比べ少なく普段よりスムーズで、途中で流れを抜ける探索者チームも多くスピードアップしたからだ。
普段もこの位の時間で来れたら良いんだけど……夏休み期間中は無理か。
「順調順調、予想より早くココまで来れたな」
「どうも、企業系探索者チームが普段に比べて少ないみたいだ。お陰で10階層を過ぎた辺りからスピードが上がったな」
「企業系が少ない……お盆休みの代休期間中って事なのかな?」
代休……ああそうか、会社自体がお盆休みにならないのなら、一度に社員皆で休むんじゃ無く休みをズラして交代で取ってるって事か。それなら確かに、普段より企業系探索者チームが少ないのも納得だ。流石に20階層以降にベースキャンプを設置するような企業なら、交代要員も豊富?だろうから何時もと変わらない体制だろうが、ベースキャンプを設置しないような企業なら小規模もしくは探索自体が休みかもしれないな。
「そうかもね。まぁ兎も角、人が少ないのなら好都合なんだし、先に進もう。今なら普段より早く到着出来そうだしね」
「そうだな、早く進めばそれだけ新エリアの開拓に時間を回せるからな。特に今回は初めてのエリアで野営しようとしてるんだ、早めに到着して周辺把握を十分にして安全確保をしておきたい」
「そうね、休むのならもう少し進んでからでも大丈夫だものね」
と言う訳で、俺達は早々に20階層を後に先へと進む。この辺りになってくると学生系探索者チームも数を減らし、企業系探索者チームも補給物資をベースキャンプに運ぶ輸送部隊が十数組しか見受けられなくなってきた。お陰で先程まで以上の移動スピードで、俺達はダンジョンの奥へと進んで行く。
そして余りに順調な為、走りながら思わず俺の口から楽観的な言葉が漏れる。
「この調子なら、30階層までは後30分といった所かな……」
「おいおい大樹、そんな事を言ってると……」
「……広瀬君、どうやら手遅れみたいよ」
噂をすれば影と言うのだろうか、俺達の進行方向の先にビッグベアが5体出現し道を塞いでいた。一瞬、裕二と柊さんが俺を咎めるような眼差しを向けてきたが、俺のせいじゃ無いと無罪を主張したい。偶々、そう偶々愚痴を漏らしたタイミングで遭遇しただけなんだって。
そう思いつつ、俺は二人の視線を避けるようにビックベアへと武器を抜きながら躍りかかる。出てくるタイミングが悪いんだよ、この熊共が!




