第322話 お盆期間中の報告会 その2
お気に入り28530超、PV53920000超、ジャンル別日刊40位、応援ありがとうございます。
コミカライズ版朝ダン、マンガUP!様にて連載中です。よろしければ見てみてください。
小説版朝ダン、ダッシュエックス文庫様より書籍版電子版にて発売中です。よろしくお願いします。
裕二の武勇伝に感心しつつ報告を聞き終えた後、今度は柊さんがお盆期間中の報告を始める。と言っても柊さんの場合、基本的に実家のお店の手伝いをしていたそうで特出した報告は無いそうだ。
特出したモノは、だそうだ。
「へー、新メニューを出したんだ」
「ええ、最近は激辛がブームらしいから、取り敢えず1品作っておこうって事よ」
「それで激辛か……それで、どんなメニューなの?」
「簡単よ。普段出してるラーメンに自家製の辛みオイルを混ぜるだけだもの」
えっ? それは……確かに簡単だけど、新メニューと呼んで良いものなのだろうか? 新メニュー用に新しいスープを作ったとか具材を……とかって話じゃ無いの?
そう思いながら俺が首を傾げながら考えていると、柊さんが苦笑を浮かべながらネタばらしをしてくれた。
「九重君の疑問も尤もだと思うわ、そんな簡単な作り方で新メニューと呼んで良いのかって事でしょ? 安心して、それなりに手間の掛かったモノだから。他所のお店じゃ、暫くは真似出来ないでしょうしね」
「そうなんだ……どんな手間が、ってのは聞いても良いのかな?」
普通、この手の料理の味を決める調味料は企業秘密だからな。仲が良いとは言っても、教えてくれるかどうかは微妙な所だ。特に新商品とも成れば、先ず教えてくれないだろうな。
しかし……。
「別に聞いて良いわよ。作り方自体は、普通の辛みオイルと大差ないしね」
「えっ、良いの? 聞いておいてなんだけど、秘密とかじゃ無いのかな?」
「秘密と言えば秘密だけど、問題ないわ。香り付けに使うオイルが特別製なのよ」
「特別製のオイル?」
特別製のオイルってなんだ?海外製か?等と俺が首を傾げながら疑問を浮かべていると、何かに気付いたらしい裕二が軽く目を見開き驚きの表情を浮かべながら口を開く。
「もしかして、それってダンジョンの30階層辺りに生えていた草が原料のオイルじゃ……?」
「正解よ広瀬君、あの草から油を抽出精製して辛みオイルに使っているの」
「ああ! 特別製の油って、あの草か!?」
俺は二人のやり取りを聞いて、手を打ちながらハッと思い至る。そう言えばあの草、多分に油分を含んだ非常に燃えやすい性質をしていた。刈り取った草を柊さんが持ち帰っていたが、何に使うのかと思って居たがこう言う使い方があったのか。
確かにあの草を絞れば、それなりにオイルを抽出する事も出来るだろうな。
「協会とかに確認してみたらね、あの草から抽出出来るオイルは人体に無害で食用も可能だったのよ。何かに使えないかって考えてたら、丁度テレビで辛みオイルの作り方が流れてたから試しに作ってみたの。そうしたら……」
「上手くいったと?」
「ええ、エッセンシャルオイルを作る方法で草からオイルを精製して、取り敢えず唐辛子を入れてみたのよ。そうしたら完成まで普通一月はかかるのに、たったの一時間で完成したわ」
はい? 一月かかるモノが一時間で完成? 流石にそれは時短し過ぎなのでは……どう言う事だ?
「どうもあの草から抽出したオイル、香り付けというか香りや辛みと言った成分が移り易い性質をしているみたいなの。そのお陰で、短時間で辛み成分や香りを抽出できたみたい」
「そんな性質があったんだ……精々アルコールなんかの代わりに燃やすぐらいしか無いと思ってたよ」
「持って帰ってきた草を全部精製しても百グラムもオイルを抽出出来無かったから、燃やす用途で抽出しようと思ったらトン単位は持ち帰ってこないと使えないわよ。流石にダンジョンの奥深くまで潜って、トン単位で草を持ち帰るのでは割に合わないわ」
確かに柊さんの言う通りだな、トン単位の草だけを持ち帰るのは流石に割に合わない。オイルに精製してから持ち帰ると言う方法も無くは無いかもしれないが、30階層近くまで精製用の機材を持ち込み精製作業をするか……トップクラスの探索者チームが辛うじて到達可能な階層で行うってのは現状では無理だ。その上、燃えやすい可燃性の草が周囲にあるのに火を使うのは論外だろう。
柊さんの言う通り、例え製法がバレても暫く他の店が真似するのは無理だな。
「確かにそうだね……。それはそうと、その草オイル?を使うと時短以外に何か利点はあるの?」
「ええあるわよ。試しに普通の油を使った辛みオイルと比べて試してみたけど、風味も辛さも段違いだったわね。しかも、一滴垂らすだけでラーメンの味を特に変えずに十分効果的に辛くなるから一杯当たりコストも普通のラーメンとそう変わらないわ。まぁ使う唐辛子に拘ったりせず、私が草を取ってくればだけどね」
また暫くダンジョン探索で、柊さんの素材採取が探索に加わるって事か。まぁ前回のオークと違って、通り道で簡単に採取出来るから良いけどさ。
うん、今のダンジョン事情だと草と言っても超高級品だよな。
「確かに購入するとなれば、コスト爆上がりだろうね」
「その上現状だと、潜って草を獲ってこれる探索者はまず居ないだろうからな……」
「そうなのよ。と言う訳で二人とも、悪いんだけど今度ダンジョンに行く時は少し草を集める時間をちょうだい。夏休みが終わったら、暫く草がある所まで行けないでしょうから、出来るだけ集めておきたいのよ」
そう言いながら柊さんは俺と裕二に向かって頭を下げ、草を採取する時間を取って欲しいと頼み込んできた。俺と裕二は顔を見合わせた後、軽く頷き合って返事を返す。
「うん、まぁ良いよ」
「俺も良いぞ。通り道にあるし、そう時間も掛からないだろうしな」
「ありがとう、二人とも。後で家の新作ラーメンをご馳走するわ」
新作ラーメン……話に出て来た激辛ラーメンだよな。俺、辛いの苦手なんだよな……まぁ話の種だし、ご馳走になるか。裕二は平気そうと言うか……嬉しそうだな。
一通りお盆休み期間の報告会も終わり、俺達は次回の探索について話を始めた。夏休みも後半戦、泊まりがけで探索出来る期間も残り僅かって事だからな。
出来るだけ潜行階層を伸ばす方針で行きたい、次の長期休暇といったら冬休みだからな。
「じゃぁ次のダンジョン探索は、明後日出発って事で良いかな?」
「ああ、明日でも良いけど多少なりとも準備期間はあった方が良いからな」
「そうね、私も減ってる保存食なんかを少し買い足しておきたいわ」
ダンジョンへ行く日はそう揉める事も無く決まり、ドコまで潜るかという話になった。
「この間は34階層まで行けたんだし、40階層ぐらいまで潜れるんじゃ無いかな?」
「そうだな、特に面倒な地形や敵が居ないのなら40階層を目標にしても良いかもしれないな……」
「でも40階層になると、この間までベースキャンプを張っていた30階層から10階層も離れる事になるわ。40階層付近の階層でベースキャンプを張るとなると、時間的に周辺の安全確保が出来るか少し不安よ」
「「「うーん」」」
コレまでの経験から移動予定時間内に40階層付近までは行けるとは思うが、柊さんが言う様に40階層付近の階層で安全にベースキャンプを張れるかが不明だ。コレまでは30階層……見通しが良く何度も訪れていて直ぐに上の階層に避難出来るように退路を確保した状態でベースキャンプを張っていたからな。
「それじゃぁ探索者に公開されてるか分らないけど、潜る前に階層の情報を協会で調べてみよう。有料かもしれないけど、事前情報が一切無いのよりはマシだしさ」
「そうだな、行く階層に出現するモンスターの情報とかがあれば助かるかな」
どの程度の情報が出てくるか分らないが、出現するモンスターや階層の雰囲気等の情報が出てくれば儲けものだ。まぁ最終的には自分達で確認作業はしなければいけないんだけどな。
とは言え、どこら辺の階層がベースキャンプを張るのに適しているか当たりを付けられる情報が出れば良い。大型より小型のモンスターの出る階層の方が見張りをする時は厄介だからな。
「じゃぁ明日、買い物がてら協会に聞きに行ってみるよ」
「一人で良いのか大樹、俺も一緒に行こうか?」
「いや、只聞きに行くだけだし俺一人で十分だよ。まぁ情報を聞くのにお金がかかる場合は、割り勘にしてくれると助かるけどな」
「勿論、その場合は割り勘で良いぞ。柊さんもそれで良いかな?」
「ええ、勿論。三人で共有する情報なんだし、お金が必要な場合は割り勘して当然よ」
と言う訳で、情報があるかどうかは不明だが俺は明日協会を訪ねる事にした。探索者が良く集まる階層の情報はある程度公開されているが、30階層以降ともなればそもそも情報自体があるかどうか……自衛隊や警察の探索者チームなら到達し情報を持っているかもしれないが、そうなると情報閲覧に規制が掛けられている可能性はある。自衛隊や警察に所属する探索者に限る、とかな。
でもまぁ、行くだけ行ってみよう。
「ありがとう、じゃあ何か分かったら連絡するよ」
「頼むな、大樹」
「お願いね、九重君」
明後日のダンジョン行きの話が纏まり裕二と柊さんが帰った後、俺は美佳と家に遊びに来た沙織ちゃんを部屋に呼んで話をする事にした。
先程決まった、今までの階層移動規制緩和と新しい階層移動規制に関する話だ。
「えー、何だ。この間のテスト……探索の結果発表をするぞ」
「えっ? あっ、規制緩和してくれるの!?」
「待て待て、落ち着け」
部屋に呼んだ事に怪訝な表情を浮かべて二人は、俺の話がこの間のテスト結果の発表だと分かり期待に満ちた表情を浮かべ詰め寄ってきた。結果発表を待たせたのは悪かったけど、落ち着けって。
俺は二人を落ち着けて元の位置に座らせた後、テスト結果を口にする。
「結論としては、合格だ。3人で話し合った結果、10階層までは行っても良いだろうって話になった」
「「……!? やったぁ!」」
俺の合格と言う声を聞き、美佳と沙織ちゃんは両手を挙げながら歓喜の声を上げる。そんな2人の様子を見ていると、待たせに待たせた結果になってしまい申し訳なさが込み上げてくる。
お盆休み期間が入ってなければ、もう少し早く結果を伝えられたんだがな。
「……とは言え、無制限に10階層まで潜って良い訳じゃ無いからな?」
「「……えっ?」」
「7階層からは人型モンスター、ゴブリンが出てくるんだぞ?」
「「!?」」
2人は無制限に潜れるわけでは無いと聞き不満げな表情を浮かべたが、ゴブリンが出てくると聞き表情が一瞬引き攣り不安気に目が揺れた。
「2人にゴブリン討伐の経験があるのは分かっている。だけど人型のモンスター、ゴブリンに攻撃出来ず大怪我をする探索者は大勢居るんだ。ここを超えられるかどうかが探索者を続けられるかどうかの一つのボーダーラインになっているくらいだしな」
「「……」」
「だから2人には、暫く7階層でゴブリン討伐に慣れて貰いたいんだ。最初は1体、次は2体って言った感じでな」
「「……」」
不安げな表情を浮かべ合って、互いに顔を見合わせ様子を探り合う美佳と沙織ちゃん。恐らく、以前の探索でゴブリンを倒した時の事を思い出しているのだろう。暫く2人は見つめ合った後、同時に頷き俺の方を向く。
「分かった。暫くお兄ちゃん達の言う様に、7階層でゴブリン討伐に慣れるようにする」
「以前の事を思えば、確かにお兄さん達の言う様にいきなり10階層まで潜るのは危険ですもんね……」
そう言う二人の目には、確りと覚悟を決めた色が浮かんでいた。
うん、コレなら少し経験を積めば大丈夫かな。
「理解してくれて助かるよ。一応言っておくけど、俺達もゴブリン討伐に慣れるまで結構な時間が掛かったんだからな? 2回や3回で慣れるようなモノじゃ無いんだ、焦らず慣らして行けよ。無理をするのは怪我の元……怪我で済めばまだ良いんだからな?」
「うん」
「分かりました」
どうにか新しい決まりに納得してくれたようだ。コレでゴブリン討伐くらい楽勝だよとか言って、嫌と言われたらどうしようかと思ったよ。確かに実力的にはゴブリンぐらい二人の敵では無いのだが、精神面には懸念が残る。
周りと比べ焦る二人の気持ちも分からなくは無いが、衝動に駆られ無理した結果……と言うのは御免被りたい。つい最近、そんな実例も目にしたばかりだからな。
「さて、それじゃぁ俺からの話はコレで終わりだ。二人とも、ダンジョン探索は無理はせず慎重にな?」
「うん、分かってる。怪我したりしたら、お父さんやお母さんに心配させちゃうもんね」
「私も気を付けます」
「ああ、そうしてくれると俺達も安心だ」
二人は心配するなと言いたげな表情を浮かべ、俺も信じてるからなといった表情を浮かべ応えた。
さて、伝える事も伝えたし明後日からはまたダンジョン探索だな。




