第29話 クラスメートからの勧誘
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冬休みも終わり、学校では3学期の始業式が行われていた。
寒風吹きすさぶ寒空の下、隙間風の吹き込む体育館に生徒達が集められ校長が長々とありがたいお話をしている。生徒達は細かく体を揺すり、寒さに耐えながら早く校長の長話が終わるのを心待ちにしていた。俺も、その内の一人だ。
「……以上です」
やっと校長の長話が終わった。一人で15分も良く喋れる物だと感心する。
校長が壇上を降り、司会進行をしていた教頭が始業式を進めていく。体が冷え切っているので早く教室に戻りたいと思っていると、15分後全ての始業式のプログラムが終了し解散した。
教室に戻った俺達はエアコンの電源を入れ、暖をとりつつホームルームを行う。教壇に立ち教室の中を見回した担任は、溜息と共に第一声を吐き出す。
「さてと……何で包帯巻いてる奴らがコンナに多いんだ?」
担任の言う通り、クラスメイトの半数近くが大小の違いはあれど体の1部に包帯を巻いていた。包帯を巻いていない生徒の幾人かも、担任の声に反応し顔を明後日の方向に逸らす。
「……お前ら、ダンジョンに行っていたろ?」
教室内に沈黙が広がる。
冬休みが始まる前、2学期の終業式の時にダンジョンへは行くなと言う話がされていたからだ。
「確かに明確に禁止している訳ではないけどなぁ、怪我をしてくるなよ怪我を」
担任は頭を左右に振りながら、頭痛がするのか額に手を当てていた。まぁ、担任としたら担当生徒の半数近くが包帯を巻いている光景など、悪夢でしかないだろうな。
「一応確認しておくぞ、後遺症が残る様な怪我は負っていないだろうな?」
担任の確認の声に反応し、包帯を巻いている生徒達は一斉に顔を縦に振る。担任はそれを確認し、ホッと胸をなで下ろしていた。
「そうか。ふうっ……まぁ良い。この件に関してはこれ以上追求しないでおくが、お前ら。冬休みの宿題はやって来ているだろうな?」
包帯組が一斉に顔をそらす。コイツら、やって来なかったな。
俺は冬休み中ダンジョンへ行く事も無く、美佳の受験勉強に付き合っていた事もあり、全て終わらせていた。裕二や柊さんも同じだった様で、宿題は問題ないようだ。
担任も生徒達の反応にある程度予想が付いていたのか、溜息を吐きながら提出率の低い冬休みの宿題を回収していく。
「宿題の最終期限は来週の頭までだからな。早めに提出する様に、内申に響くぞ」
提出率の低い宿題を回収した担任は、脅し文句の様に内申の事を口にし出す。幾人かは顔色を変え反応を返すが、多くは楽観している様な雰囲気を醸し出していた。
そんな生徒達の様子を見取った担任は何も言わず、ホームルームの締めにかかる。
「今日は始業式だからコレで終わりだが、明日から3学期が本格的に始まるからな。休みボケを引きずって遅刻しない様に」
廊下が話し声や足音で俄かに騒がしくなる。どうやら他の教室は既にホームルームが終わった様だ。
「じゃ、日直。号令を」
「はい。起立……気を付け、礼」
挨拶と同時に、一斉に俺達は担任に頭を下げホームルームを終了する。担任は数少ない提出された宿題を纏めた後、足早に教室を去っていった。
担任が去った後の教室で、生徒達は様々な動きを見せる。
さっさと荷物を纏め帰宅する者、部活や他のクラスの友達との予定を確認する者、教室に残り友達と雑談を始める者と様々だ。俺は裕二と柊さんと合流しこの後の予定について話し合う。
「さてと、始業式も終わった事だし、この後どうする? このまま裕二の家に寄って行く?」
「俺はそれでも良いぞ?」
「でも、まだ午前中よ? 昼食を取ってから、お邪魔した方が良くないかしら? それに、一度家に帰って荷物を置いてくるのも良いわ」
「そう言われてみれば、そうかもね。じゃぁ、裕二。一旦解散して、午後から裕二の家に集合って事でも大丈夫か?」
「大丈夫だ」
「じゃぁ、決まりだな。今が11時少し過ぎだから……14時頃に裕二の家に集合って事でどうかな?」
「それで良いんじゃないか?」
「私も大丈夫よ」
「ちょっと良いかな、九重くん、広瀬くん、柊さん」
俺達の午後の予定が纏まりかけていると、横から声がかけられる。
顔を声がする方に向けると、右手に包帯を巻いた優しげな容貌の男子生徒が立っていた。確か野口……だったか?
「何か用か?」
「うん。ちょっと3人に聞きたい事があってね」
「聞きたい事?」
あまり親しく話した事がないので、野口の言う聞きたい事の予想が付かない。俺達が首をかしげていると、野口は本題を切り出す。
「3人さ、ダンジョンには潜ってみる気はない?」
「「「はぁ?」」」
ダンジョン?何で?一応俺達はクラスの中で、ダンジョン反対派って事になってる筈なんだが?
「ダンジョン? 俺達が? 何でだ?」
一瞬、俺達が既にダンジョンに潜っている事がバレたのかと思ったが、野口の口振りからしてどうやら違う様だ。俺達が首をかしげていると、野口は理由を語りだす。
「実は俺達、クラスの友達同士でパーティーを組んでダンジョンに潜っているんだ。でも、冬休み中の探索でメンバーから怪我人が出てさ、今補充メンバーを探しているんだよ」
「俺達に、その怪我をしたパーティーメンバーの代役をして欲しいって話か?」
「うん」
うんって、随分軽く言ってくれるなコイツ。
ダンジョンに興味があって、内実をよく知らない奴なら二つ返事をするかもしれないけど。素直に、この誘いを受ける事は出来ないなと俺は思った。正直、話が怪しすぎる。
今から探索者カードを申請して探索者に成ろうと思えば、発行試験と手続きで2週間近くは掛かる筈だ。つまり、その怪我をしたメンバーは最低でも2週間以上ダンジョン探索に復帰出来ない怪我を負ったと言う事。パーティーメンバーがクラスメイトと言う話が本当なら、入院する事無く登校している所から恐らく怪我は骨折なのだろう。
中級の回復薬を使えば単純骨折程度ならすぐ治るはずだが、出回っている数がまだ少なくそこそこ高い。回復薬を使って怪我を治していない所から考えるに、野口達の稼ぎはそれほど良くないのだろう。下の階に、無理に突撃でもしたのか?
不審に思い、俺は野口に鑑定解析をかけた。
名前:野口康史
年齢:16歳
性別:男
職業:学生
レベル:7
HP:85/85
EP:45/45
うわっ、低っく。って、言う程でもないのか?
今の状況だと、普通はこんな物か。でも、このステータスなら気を抜かなければ、1,2階層でもそう大きな怪我は負わないと思うんだけど……。
俺はチラリと野口の手の包帯を見る。
「勿論、報酬は山分けさ。俺達のパーティーは結構多くのモンスターと戦ってるから、ドロップアイテムを得る機会が多いから結構稼げるよ?」
「ふーん」
「あれ? 3人とも、興味なさそうだね?」
「まぁ、正直興味ないな」
俺が断りを入れると、裕二と柊さんも同意する様に顔を縦に振る。
「そっか。そこら辺のバイトより、短時間でそれなりに稼げるんだけどな……」
野口は頭を掻きながら、どう俺達を説得しようか悩んでいるようだ。
モンスターとの戦闘が多くドロップアイテムを多く確保出来ると言う事は、探索者が1階層当たりの適正数を超え活動している現状では下層に突撃して戦闘を行わないといけない。無理な攻略を行っているのだろう。
こいつ等、その内引き際を間違えて全滅しそうだな……。まぁ、怪我をしてもダンジョン攻略を諦めない所を見るに、俺達が忠告しても聞く耳を持たないだろうな。
「まぁ、興味がないんじゃ仕方ないね。時間を取ってゴメンネ」
野口は意外にアッサリと俺達の勧誘を諦め、手を振りながら教室に残っている他のクラスメイトに声をかけに行った。その際、俺の耳に届いた野口の舌打ちの音は気のせいだと思いたい。爽やかな笑みを浮かべていたけど、アイツ実は腹黒か?
野口が離れた後、俺達は足早に教室を出た。
上履きを履き替え昇降口を出た俺達は、先程の野口の勧誘について話す。
「さっきの野口の話、二人はどう思う?」
「断って正解だろう」
「そうね。彼等、かなり無茶なダンジョン攻略を行ってるんじゃないかしら?」
俺が振った話に二人は、俺の対応に文句はなかったようだ。
「それは、包帯を巻いていた連中全員に言える事じゃないかな?」
まさかクラスの半分近くが怪我を負っているとは、思っても見なかったからな。どんなダンジョンアタックをしたんだか。
ゲームと違って、デスペナ払えばやり直せるって訳じゃないのに、良くケガを負う様なリスクの高い探索が出来る物だ。いくらレベルが高くても、俺にはそんな真似出来ないよ。
「一度でもモンスターと戦闘すれば、ゲームじゃ無いって事は分かりそうな物だけどな」
裕二の言う通りだろう。俺も、初めてモンスターを不知火で切った時の感触は今でも覚えている。トテモではないが、あの感触をゲームの物だとは思えなかった。
「でも、野口君の口振りからはそういった物は感じられなかったわよ? 寧ろ、ゲームを楽しんでいるように感じられたわ」
「そうだね」
あれではまるで、珍しいアトラクションを体験して来た、とでも言いたげだったからな。とてもではないが、命懸けで何かをやって来たと言うような感じではなかった。
一歩間違えばモンスターやトラップの返り討ちに会って、死んでいたかもしれないんだけどな。
「だがそれは、野口に限った話じゃないぞ?ダンジョンに潜る探索者の大半は、ゲーム感覚だろ」
「そうね。そうでなかったら、幾ら世論に煽られているからと言ってこれ程ダンジョン攻略がブームになる事はないわ」
「確かに」
モンスターを倒せばアイテムが得られ、EXPを貯めればレベルアップする。ゲーム感覚になるのは仕方ないのかもしれない。
そこまで考え、俺は思わず溜息を漏らす。
「っと。まぁ取り敢えず、この話はこの辺りで終わりにしよう。この後一旦解散して、14時に裕二の家に集合って事で変更ないよね?」
話している間に、何時の間にか分かれ道に差し掛かったので、俺は二人の確認を取った。
「ああ」
「ええ」
「じゃぁ、また後で」
俺は二人と別れ自宅への帰路に就いた。
野口の話に出鼻をくじかれた様な形になったが、久し振りに重蔵さんの稽古を受けるのだ。気合を入れ直さないとな。
自宅への帰り道、同じ様に始業式が終わった美佳と合流し一緒に帰宅した。家に居た母さんに昼食を用意して貰い食べた後、休憩を取りながら準備を整え時間を見て裕二の家に向かう。
そして予定の時間に裕二の家に到着した俺と柊さんは、道場で重蔵さんに遅い年始の挨拶をする。
「大分遅れましたけど、あけましておめでとう御座います」
「おめでとう御座います」
「あけましておめでとう。九重の坊主も柊の嬢ちゃんも久しぶりじゃな。練習はサボっとらんかったか?」
「はい。素振りだけですけど、毎日していましたよ」
「私も」
「そうかそうか」
重蔵さんは俺と柊さんの返事に気を良くしたのか、そばに置いていた竹刀を手に取り立ち上がる。
「どれ、早速一つ立ち合うかの?九重の坊主」
「はい」
「構えい」
「はい」
俺は立ち上がり、壁に掛けてある竹刀を手に取り重蔵さんと立ち会う。
「何処からでも掛かって来るが良い」
「行きます!」
で、威勢良く始めたのは良かったのだが、新年早々1発目の稽古は何時もの如く俺が重蔵さんに叩きのめされ終了した。
はぁ、何時になったら重蔵さんから1本取れる様になるんだろうな。俺は同じ様に重蔵さんに叩きのめされた柊さんと一緒に、重蔵さんとそれなりに立ち会う裕二を見ながら溜息を吐いた。
クラスメイトからのダンジョン攻略パーティーへの勧誘です。
すぐに飛び付くと……。




