幕間 四拾八話 イベントに参加してみたモノの
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容赦なく降り注ぐ日差しに露出している肌が焼かれる感覚にウンザリしながら、私と涼音は早歩き気味に駅を目指していた。待ち合わせの約束の時間まではまだ余裕はあるけど、少し早めに到着し体を冷やしておきたいしね。
この暑さで汗だく……と言うわけでは無いけど、美佳ちゃんのお兄さんも来るので気になるモノは気になる。
「それにしても、今日も暑いね麻美ちゃん……」
「そうね。まぁ、夏だから仕方は無いけど……」
「はぁ、クーラーが効いた所で涼みたいな……」
「駅に行けば……」
涼音の愚痴を聞き、私はコレから行く駅舎の姿を思い出し頭を左右に振った。あの駅にはエアコン設備は無かったな、と。
日差し除けは出来るだろうけど、エアコンは電車に乗るまでは無理かな。
「駅は無理ね。駅の近くにコンビニがあった筈だから、皆がまだ来てなかったらコンビニで涼みながら時間を潰しをしよう」
「そうだね、賛成。じゃぁ麻美ちゃん、早く行こうよ!」
「ああっ、ちょっと涼音! 待ちなさい!」
涼めると知って走り出そうとする涼音を押さえながら、私も先程よりも速くなった足取りで駅を目指し歩き始めた。もう、この日差しの中で走ったら余計に汗をかくわ。
そして私達が待ち合わせ時間より少し早く駅舎が見える位置まで来ると、既に駅舎には日差しを避け誰かを待つ男女3人組の姿を見付けた。
「……残念だけど涼音、どうやら私達が一番最後だったみたいよ」
「ええ、コレでも結構早めに到着したのに……」
「言っても仕方ないわ。それより待たせちゃってるみたいだから、早く皆と合流しましょう」
「はぁーい」
予定と違ってコンビニで休めなかった事に多少落ち込み気味の涼音の背中を押しながら、私達は涼めなかった事を残念に思う気持ちを表に出さないように申し訳なさげな顔で美佳ちゃん達と合流する。
「お待たせしました!」
「すみません、遅くなりました!」
「いやいや、まだ集合時間前なんだから気にしなくて良いよ。それよりもおはよう、館林さん日野さん」
「えっ、あっ、おはようございます」
「お、おはようございます」
私達の到着に初めに気付いた先輩、美佳ちゃんのお兄さんが気にしないでと穏やかな表情を浮かべながら挨拶をしてくれた。こういった姿を見ると、人の良いお兄さんって感じなんだけどな。体育祭でのアレは、今でもかなり衝撃的な光景だ。
そして一言二言先輩と挨拶を交わした後、私と涼音は美佳ちゃん達と久しぶりの再会を喜ぶ。
「あっ、麻美ちゃん涼音ちゃん! 久しぶりだね、おはよう!」
「おはよう、麻美ちゃん涼音ちゃん」
「えっ、ああ、おはよう美佳ちゃん沙織ちゃん」
「お、おはよう、美佳ちゃん沙織ちゃん」
美佳ちゃん達の無事な姿を見て、私は内心で密かに安堵する。ちょくちょく連絡は貰ってたけど、実際に無事な姿を見ると見ないとでは違うから。暫く会ってなかった友達が……とかになってなくて本当に良かったよ。それにしても、今月に入ってから美佳ちゃん達はダンジョンに行ってばかりだったから、こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりだな。
そして暫く美佳ちゃん達と久しぶりの再会を喜んでいると、何時の間にかそれなりに良い時間が過ぎていたらしく少し渋い表情を浮かべた先輩に止められ、予定していたのから一本遅れた電車に乗り込んだ。
目的の駅で降りた私達は、時刻通りにロータリーに来たバスに乗り込みイベント会場最寄りのバス停まで移動する。私達と同じイベントに向かう人が多いのか、バスの中はそこそこ混んでいた。そのお陰か、車内のエアコンの効きが微妙だったな。
そしてイベント会場に到着した私達は
「それじゃぁ、外を軽く回ってから会場内に入ろうか?」
皆の意見を纏めた先輩の言葉に、私達は軽く頷き同意した。いや、だってココまで漂ってくるタコ焼きや焼きそばの焼ける香りがもの凄く気になるもの。買うかどうかは別にしても、何があるかは見て回りたいじゃない? なので真夏の日差しが燦々と降り注ぐ中、私達は会場の外に設置してある物販ブースを見て回った。途中で買ったタコ焼きは皆でシェアして食べたけど、中々美味しかったよ。
そして外周ブースを回っている途中、突然先輩が知らない男の人に声を掛けられていた。軽く紹介して貰った所、先輩のクラスメートの人らしく先輩がこのイベントの事を教えていたらしい。
「ねぇ、美佳ちゃん。あの人ってどういう人?」
「さぁ? 私も今初めて紹介して貰ったから、どういう人かまでは……」
「そうなんだ。それにしては随分親しげな感じなんだけど……」
美佳ちゃんが今まで知らなかったという事は、広瀬先輩や柊先輩みたいに部室に来た事も無いから多分、親しいクラスメートって関係なんだろうな。
暫く先輩と重盛先輩がじゃれ合った後、一緒に見て回らないかと誘われていたものの重盛先輩は一人で見て回るからと去って行った。申し訳ないけど、重盛先輩が同行を辞退した時、私は正直ホッとした。流石にいきなり良く知らない人、それも男性と回るのは緊張するもの。
「悪かったね皆、いきなり」
「いえ、気にしないで下さい。こんなに人が集まっているイベントなんですから、知り合いの一人や二人にくらいは会ったりしますよ」
座り心地悪げに軽く先輩が皆に謝った後、私達は再び外周ブースを見て回り最初の位置、会場入り口まで戻ってきた。三十分程だったけど、やっぱり炎天下の中を歩いて回ると汗が吹き出るな。早く会場内に入りたい。
「はい、入場券貰ってきたよ。皆、一枚ずつ取ってくれ」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「「「ありがとうございます」」」
先輩が入場券を貰ってきてくれたので、私達は漸く会場内に入った。ああ、涼しーっ! もうココから出たくない! 私と涼音は近くのソファーに腰を下ろし体の火照りを冷ましながら、文明の利器の恩恵を噛みしめた。
体を冷やした私達はどんな出し物があるのだろうと期待に心躍らせながら、分厚い扉で仕切られた会場内に入り驚く。何故なら、会場内は外にも負けない、もの凄い人々の熱気で包まれていたからだ。入り口の側から沢山のダンジョン探索系企業のブースが立ち並び、奥には物販ブースや屋台ブース、イベントステージなども見える。美佳ちゃんからの話を聞いて、軽い気持ちで行ってみたいと言って来てみたが、気合いを入れて見て回ろうと思った。
と言う訳で、まずは企業紹介のブースから軽く会場内を一周し見て回る。最初に何がどこら辺にあるか把握した方が、見て回る時間配分がしやすいしね。
「私達のような学生さんも、いっぱい見に来てるね」
「あの人達って、学校を卒業したら探索者でやっていこうと思ってる人達かな?」
「さぁ? でも将来の進路の参考にと考えてたら、このイベントはどんな会社があるかを調べるには良い機会よ」
「そうだね、テレビCMに出てるような企業もブースを出してるし」
先輩に引き連れられる形で、私達は企業ブースを見て回る。それぞれのブースには数人の私達より少し年上くらいの学生さんが立ち止まって案内人さんから説明を真剣に聞いており、私達はその説明を漏れ聞いたり、ブース前の求人募集要項が書かれたプラカードを眺めたりしていた。
先輩も私達が立ち止まり求人募集要項のプラカードを見ていると、横から色々と為になる説明をしてくれる。ホント為になる説明だったわ、上手い話は落とし穴があるって事よね。先輩の親戚が引っ掛かりそうになったマネージメント会社の話なんて怖すぎるわ……。
物販ブースは外周で見て回った時と似た感じだと思ったけど、プロ仕様のものが多く並んでいて値段も相応にプロ仕様だった。美佳ちゃん達も探索者を始める時にバイトして貯めたお金で装備一式を買い揃えたそうだが、オークションで中古品を揃えるのがやっとだったらしい。まぁココに並ぶ装備品の値段を考えたら、中古品で揃えるだけでもかなりのお金が飛びそうだ。私達が探索者をやろうと思って装備一式を揃えようとしたら……中古でも一式揃えられるくらいお金あったかな?
「話を聞いていると資格取得自体は難しくなさそうだけど、ダンジョン探索を始める為の前準備が大変そうね。特に資金面が……」
「うん。美佳ちゃん達みたいにバイトして事前に稼いでおかないと、装備を揃える事も出来なさそうだよね……」
私と涼音は3人の後ろについて物販ブースを見て回りながら、探索者を始めるまでの初期投資の負担の大きさに小さく溜息を漏らした。話を聞いていると、武器は物販ブースに並ぶ高価なもの等ではなくホームセンター等で購入出来るものでも良いみたいだが、他に揃えるものも多く必要な物を揃えるだけで10万円近く掛かりそうだ。一端の探索者になれば得るものも多いそうだが、出て行くのも多そうだな。
私達も美佳ちゃん達みたいに探索者になって一緒にダンジョン探索をしようかな、と密かに持っていた気概が折れそうになった。
会場内に入ってからずっと漂ってきていた空腹を刺激する香りの元に、私達はやってきた。あちらコチラから絶賛する声が聞こえ、人々の顔には笑顔が絶えない。
また、一緒に絶望したような表情を浮かべながら、涙を流しつつ屋台飯を食べている人も一定数いた。うん、屋台ブースエリアは一度嵌まったら抜け出せない泥沼かな?
「「「「美味しい~!」」」」
最初の屋台飯、オーク肉のフランクフルトを食べた私達は思わず美味しさのあまり絶叫を上げてしまった。確かにコレまでも何度かダンジョン食材を使った料理を食べた事はあるが、これは今まで食べた中でも上位に来る美味しさだ。お肉の美味しさは勿論、炭火で燻された脂の香りが食欲を大いにそそる。普通の屋台飯より割高だが、最初のお店の料理でコレなら他のお店にも大いに期待が掛かる。
それからの私達は急いで屋台エリアを見て回り、目につく美味しそうなものを買い漁った。
「……買い過ぎじゃないか?」
「そんな事無いよ!……って言いたいけど、確かに少し買い過ぎたかもしれないね」
「美味しそうなのが一杯あったから、色々目移りしちゃいましたからね……」
「ええ、どれも美味しそうでしたからね……」
「買い過ぎたかも……」
テーブル一杯に所狭しと広げられた美味しそうな匂いと湯気を立てる屋台飯の数々に、私達は美食への期待感と欲望のままに無作為に買い過ぎた事に対し若干の後悔の念に苛まれた。これ食べきれるのか?や、コレ全部で幾らになるんだ?と言った感じだ。とは言え、買ってしまった物は仕方無い、美味しく全部食べるのがせめてもの礼儀かな。後の事は……後で考えよう。
そして私達は買ってきた屋台飯の数々を満面の笑みを浮かべながら食べきった。
「ごちそうさま」
「はぁ、美味しかった」
「お腹一杯だね」
「どれも美味しかったです」
「美味しかった……」
大満足だった。どの料理も美味しく、何が一番か甲乙付けがたい。コレ等が食べられただけでもこのイベントに来た甲斐があった、私は食べ終えたパック類を片付けながらそう思った。
そのせいで、先輩にこの後のステージイベントを見にいく前にイベントブースを見て回ろうと言われた時は、内心で“あっ、忘れてた”と思ってしまったのは秘密だ。
ステージの上で、羽柴さんと言う線の細い小柄な男性が四百キロほどあるという大型バイクを持ち上げ、重量挙げアピールをしていた。先輩達が体育祭で見せてくれたアレのお陰である程度耐性があると思っていたんだけど、こう言った形で探索者の凄さを見せつけられると思わず目を見開き驚愕の表情を浮かべてしまう。
チラリと側にいる先輩の横顔を見てみると、そこには一切の驚きの表情は無く、寧ろ詰まらなそうな表情を浮かべていた。と言う事は、先輩達もアレ出来るんだ。
「凄かったね、麻美ちゃん! あんな重い物を持ち上げられるなんて!」
「そ、そうね……」
涼音は興奮したように目を輝かせながら先程の事を話し掛けてくるが、私は先輩の浮かべていた表情を思い出し素直に共感する事が出来なかった。体育祭のアレを見ているので、先輩達が学校にいる探索者の中でも一歩飛び抜けた能力を持っていると言うのは何となく想像出来ていたが、先程の表情を見るにアレも単なる片鱗でしか無いのではと言う考えが浮かぶ。
そして私は探索者になった時の自分の姿を想像し、その想像の中の私は自動車を軽々と持ち上げていた。……うん、絵面的にアウトじゃ無いかな。
「あぁ、終わっちゃった」
「そう、だね」
全企業のアピールが終了し、撤収に入ったステージを見ながら涼音が残念そうに呟く。私も凄いとは思ったけど、最初の先輩の表情を思い出しドコか冷めた目で見ていた感じがする。
そして少し休憩を取ろうと飲食スペースまで戻って、お茶を飲みながら先輩達や美佳ちゃん達の経験談を聞く事になった。今回のイベントで探索者の良い面を知ったんだから、悪い面も知って置いた方が良いと。それから所々伏せられていたが、私と涼音は色々と話を聞いた。ダンジョン内探索者襲撃、被害者のその後、ゴブリンを超えられなかった探索者達、ダンジョン内で物資不足に陥った探索者グループ、意思疎通の不備で嫌々連れて来られた探索者の悲劇等々、思わず眼を逸らしたくなるような話の数々だ。だが、もし私達が探索者になったら、私達も遭遇するかもしれない出来事の数々でもある。
それから私達は再び企業ブース中心に見て回り、各企業がどんな仕事をしているのかを学んだ。
「今日のイベントで見た事知った事、俺が話した経験談なんかをよく考えてから、本当に探索者をやるかどうかを決めてくれると良いかな?」
そして先輩は帰り際、私と涼音に向かってそんな事を呟く。探索者になるメリットとデメリットの両方を知った上で探索者になるかどうか決断を下せ、先輩はそう言ってるんだと思った。
確かに今回のイベントで見た物だけを基準に考えれば、探索者になるのも悪くないと私も思う。でも先輩の話を聞いた後だと、探索者になるのは辞めておいた方が良いんじゃ無いかと考える自分もいる。探索者になるかどうか決めようと思って参加した筈のイベントだったのに、これじゃ余計に迷っちゃうよ。




