幕間 四拾七話 久しぶりに会った親戚が凄かった
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今年の夏も燦燦と降り注ぐ日差しがキツイ。半年ぶりに実家に帰ってきたけど、この辺りってこんなに暑かったかな?
私は居間のエアコンの前で冷風を浴びながら、キッチンで料理をしているお母さんに話しかける。
「ねぇお母さん。美佳ちゃん達が来るのって、お昼頃だっけ?」
「ええ。今朝連絡を貰った時は、そう言っていたわよ。あっ、でも……今回は休みの関係で一泊しか出来ないって言ってたわ」
「そっか……」
一泊しか出来ないんだ……聞きたい事があるけど難しいかもしれないな。そんな事を思いながら私は軽く眉を顰め、壁に掛けられた時計を眺める。
そしてどうしようかと悩んでいると、居間にお父さんが入ってきた。
「風美香、そろそろ買い物に行くぞ」
「あっ、はーい」
「あなた、買い物に行くならついでにお野菜は少し多めに買ってきて」
「野菜……スーパーの焼肉セットで良いか?」
「ええ、それで良いわ」
お母さんに頼まれ、私とお父さんは一緒に近くのホームセンターへと買い出しに出かける。今日は美佳ちゃん達が来るので、夕食は庭でバーベキューをする事にしたのでその準備だ。
そしてホームセンターとスーパーを回って買い物を済ませ帰宅すると、駐車場に普段見慣れない車が止まっていた。どうやら美佳ちゃん達が来たみたいだ。
「あっ、美佳ちゃん達着いたみたいだね」
「そうだな。風美香、俺は炭を片付けておくから先に野菜を家の中に持って行ってくれ」
「分かった」
お父さんに言われたように、私は買ってきた野菜の入った袋を持って家に上がる。玄関には家族分以外の靴がたくさん並んでいるので、美佳ちゃん達が到着したのは間違いないらしい。
私は野菜が入った袋をお母さんに一言言ってから台所に置いた後、少々小走り気味に美佳ちゃん達が居るであろう客間に向かう。
「いらっしゃい、美佳ちゃん大樹君。大輔叔父さん美春叔母さん、お久しぶりです」
「あっ、風美香お姉ちゃん!」
「久しぶり、風美香姉さん」
「あら、風美香ちゃん。久しぶり、お邪魔してるわ」
「久しぶりだね、お邪魔してるよ風美香ちゃん」
予想通り、客間に居たので軽く頭を下げながら挨拶をしておく。一年半ぶりに会ったけど、美佳ちゃんと大樹君は随分と成長していた。特に大樹君なんて、身に纏う雰囲気が私の同級生達より随分と大人びて……貫禄を感じる落ち着き方をしている。コレって……探索者をやってる先輩に近い雰囲気だ。
暫く大輔叔父さんと美春伯母さんに再会の挨拶を交わした後、大樹君と美佳ちゃんが探索者になったと聞き二人から探索者の実情なんかについて話を聞くことにした。
「来たばかりなのに、急なお願いを聞いてくれてありがとう」
二人を自室に引き入れた私は、テーブル前のクッションに腰を下ろしながらお礼を言う。
「ううん、気にしないで風美香お姉ちゃん」
「お陰で荷物の片付けから逃げられた事だしね」
そんな訳で話しあいは和やかな雰囲気でスタートしたのだが、就職問題の相談を始めると段々と重苦しい雰囲気が漂い始めてきた。まぁ私も先輩にこの話を聞いたときは、中々に怪しい話じゃないかなーと思っていたので、大樹君と美佳ちゃんの話には納得できる部分も多々あった。
うん、自分から振った話だけど間違いなくブラック企業の類だよね。
「先輩には、危なそうな会社だから考え直した方が良いんじゃないんですか?って、助言しておいた方が良いみたいだね」
「うん、それも出来るだけ早めに教えた方が良いと思うよ。今の時期まで就活が長引いているとなると、かなり切羽詰まってるだろうからね。まかり間違ってそんな所に就職する事になったら……」
確かに大樹君の言う通り、この情報は早めに先輩に教えておいた方が良さそうだ。先輩、まだ内定が貰えないって結構焦ってたしね……うん、なんて言ったらいいのかな?
それにしても、二人の話を聞いていると私が本格的に探索者をやるのはかなり厳しそうね。就職のために資格だけ取ればいいかな……と思っていたけど、それなりの能力を得ようと思ったらモンスターとの戦闘は避けられなさそうだし、仲間を集めてチームを組もうにも話を聞いていると気軽に友達を誘うのは……話を聞いた今だと私から誘うのは無理よ。今のご時世なら誘えば乗ってくれるかもしれないけど、覚悟も気構えもない友達をダンジョンに連れていくってのは……酷よね。
「まぁ、焦って決める様な事じゃないか……」
お昼の準備が出来たと呼ばれたので自室を後にし皆で居間に移動している途中、私は小さな声でポツリとそう漏らした。
幸か不幸か私が本格的に就職活動をするまで2年ほど時間がある。その頃になれば、本当に探索者資格の有無が就職に有利になるか不利になるか分かるだろう。それからでも探索者資格を取るのは遅くはない……と思う。
私は右手で目を擦りながら何度も瞬きを繰り返したが、目の前で起きている光景が信じられないでいた。体が凝ったから少し運動すると言って始まった、大樹君と美佳ちゃんの木刀を持ち出しての打ち合い。それは私の常識を壊すには十分なモノだった。人間って……探索者って、あんなに素早く動けたんだ。
そして私達は長いようで短い二人の打ち合いを只々唖然とした眼差しで見守り、心ここにあらずと言った様子のまま縁側で佇む事しか出来なかった。
「仮に私が探索者になっても、2人みたいに動くのは無理よね……」
軽い打ち合いという名の激戦を終え、出ているか定かではない汗を拭い水分補給をしている二人の姿を眺めながら、私は内心をポロリと漏らす。大樹君達の話を聞いて密かに、私も探索者になれば彼らの様な冒険活劇が出来るかも……と淡く思っていたが、目の前の光景を見ればそんなモノは只の妄想でしかないのだと確信する、出来てしまった。もし私が探索者資格を取る時が来ても、無謀な高望みはせず必要なモノだけ得たら手を引こう……と。
そして二人の打ち合いを見終わった後、私は若干暗鬱とした気分に浸りそうになったが、夕食のバーベキューでそんな些細な気持ちは一瞬で吹き飛んだ。何故なら……。
「美味いな、コレ!」
「本当、凄く美味しいわ!」
「美味しい!」
「今まで食べた事の無い美味さだ!」
「こんな分厚いお肉なのに、とても柔らかいわ!」
大樹君がお土産にと用意してくれた、今まで食べた事無いような絶品のお肉が炭火に炙られ香ばしい香りを立てながら次々に焼かれているからだ。こんな美味しいモノを前にして、暗鬱とした気分でいる事なんて無理! ほら、よく言うでしょ? 美味しいは正義って! このバーベキューは、正にそれを体現しているわ!
そしてこのお肉を食べていると、先程諦めたばかりの思いが沸々と込み上げてくる。大樹君曰く、このお肉は凄いレア物で先ず一般市場に出まわる事はない代物で、食べたいと思うのならば自分で取りに行くしかないって。だから……このお肉を食べる為にだけでも探索者になっても良いかもしれないな、と。
「ありがとうね、大樹君。とても美味しかったよ」
「ははっ、喜んで貰えて良かった」
バーベキュー後、大樹君にお肉のお礼を言うと、彼は何でも無いかのように苦笑するような笑みを浮かべていた。因みに後日、このお肉の事を調べて私は目を剥いて驚き大樹君の太っ腹振りに乾いた笑い声を上げる事に成る。いやホント、お土産にこんな高級肉を持ってこないでよ。
そしてその夜は私は美佳ちゃんと自室でお喋りをした後に一緒に就寝し翌日、大樹君達が大輔叔父さんの実家へと向かうのを見送った。それにしても今年の帰省は、大樹君達のお陰で色々と衝撃的な里帰りになっちゃったな……。
大樹達が帰るのを見送った後、俺は一緒にダンジョン探索をしている探索者仲間達に直ぐ様連絡を入れた。相談したい事があるから皆で集まれないか?ってな。
すると返事は直ぐに返ってきて、明日のお昼過ぎに俺達が良く利用するファミレスに集まる事になった。
「……いきなり意見を変えるのは難しいだろうけど、まずはちゃんと向き合って話をしてみないとな」
昨日今日でいきなり意見を百八十度変えるのだ、もしかしたら罵声を浴びせられるかもしれない、もしかしたら喧嘩別れになるかもしれない。だけど、ココが俺達の分岐点である。仲間との関係がと萎縮し言うべき事を言わなかったら、この先ずっと後悔する事になるだろう。だから、皆の為にも自分の為にもハッキリと告げるべきだと、そう心に決め俺は話し合いの場に臨む事にした。今から激しく憂鬱だけどな。
そして翌朝、俺は憂鬱な気分を体現する様に倦怠感に満ちた体を起こす。
「……朝か」
体が泥のように重い。正直このまま横になって眠ってしまいたいが、そう言う訳にもいかない。俺は体を引きずるように居間まで移動し、母さんが用意してくれた朝食を食べた。
そして朝食を食べ終えた頃、母さんが肉の入ったパックを持って俺に尋ねてくる。何でもこのお肉、大樹達が帰省のお土産にと持ってきたモノらしいが、どう言った物なのかと。美春叔母さんは大樹が獲ってきたミノ肉と言っていたらしいのだが……もしかしてミノタウロスの肉か? そうだとすると、随分豪勢なお土産だな。そう思いながら、高級肉の部類に入るモンスターの肉だと母さんに伝える。すると母さんは後でお礼の連絡を入れておかないと、と呟いていたが、改めてお土産の肉を見て違和感を覚えある事に気付き俺は固まっていた。あれ?この混じってるミノ肉って、霜降りミノ肉か? ……うん、見なかった事にしておこう。大樹……超高級肉をお土産に入れるなよ。
俺は自分と大樹の探索者としての差を改めて感じ、俺は随分と調子に乗っていたんだなと溜息を吐いた。……ホント、上には上がいるよ。
「……良し、行くか」
約束のお昼過ぎ、俺は覚悟を決め約束のファミレスへと向かった。大樹達が帰ってからネットを使ってマネージメント会社の資料や噂を集めておいたので、それなりの説得材料にはなると思う。その上、午前中の内に大樹から協会に寄せられていたというマネージメント会社に関する情報も貰えた。その情報を見た時は、マジかよと自分の目を疑ったけどな。だが、ココまで情報が出てくるとなると、少なくとも今誘われているマネージメント会社との契約は考え直させないとマズイ。例え喧嘩になったとしても、その線だけは堅守しないといけないな。
そしてファミレスに到着した俺は、店内を見渡し見知った4人組を見付け近づきながら軽く右手を上げ声を掛ける。
「……よっ、悪いな皆。急に集まって貰って」
「ん? おお、大河か。なに、気にするな。……で、相談ってのは?」
悩みながら来たせいか思ったより到着まで時間が掛かっていたらしく、店に到着したのは俺が一番最後だったようだ。俺は皆に詫びを入れながら席に着き、深呼吸をして気持ちを整えてから口を開く。マネージメント会社と契約するのは辞めようと。
すると仲間達は俺がその事を口にして暫くは意味が分らなかったらしく、ポカンとした表情を浮かべていたが徐々に言葉の意味を理解し戸惑いの声を上げ始めた。
「おいおい、大河。いきなり何を言い出すんだ? お前だってこの話には乗り気だったじゃないか!」
「スカウトの声を掛けられた時、あんなに喜んでたじゃないか!」
「そうだぜ! 探索者で成り上がろうって言ってただろ!」
「ああ、それなのに今更辞めようって……」
一斉に俺を非難する声が口々に上がる。突然の申し出に皆が疑問や不満を抱くのは無理もない、しかしココで口を噤み黙り込む事は出来ない。俺はショルダーバッグから紙を取り出し、不満で一杯と言った表情を浮かべる皆に見せる。
「……帰省で家に来た探索者をやってる親戚から助言を受けて調べた結果だ」
「……調べた? 何をだ?」
「俺達に声を掛けてきたマネージメント会社についてだ、詳しく調べれば調べるだけ怪しい情報が色々と出て来た」
「「「「!?」」」」
皆は俺のその言葉を聞き、怪訝そうな表情を浮かべつつ俺が出した紙に目を通していく。そして暫し無言でマネージメント会社の調査情報が書かれた紙を見た後、信じられないといった疑わしげな表情を浮かべつつ俺を見つめてきた。
「おい大河、これ……ホントの事か?」
「まだ調べ始めて日が浅いから真偽の確認は取り切れてないけど、協会の方にも似たような情報が集まっているから全くの嘘って事は無いと思う。火が無い所に煙は立たぬって言うしな」
「「「「……」」」」
皆はマネージメント会社の調査情報の紙を握りしめたまま、俯きながら考え込むようにして押し黙った。取り敢えず、何故俺がこんな事を言い出したかは理解してくれたらしい。
だが、突然与えられた情報に皆は寝耳に水と言った感じで重苦しい雰囲気が場を包む。まぁ自分達の実力が認められスカウトされたと浮かれていた所に、この情報だ。皆の反応も無理はないか。
その後まともな話し合いは出来ず、一旦各自が話を持ち帰り後日再び話し合おうという事に成った。当然、その話し合いの結論が出るまではマネージメント会社との契約は保留だ。取り敢えずは、良かった良かったってか?
「まぁお陰で、俺の心は折られたけどな」
折られたのが慢心だったのが、不幸中の幸いだったけどさ。
それにしても、このお盆に大樹達と会ってなかったら大変な事になっていたかもしれないな。ギリギリだったけど運が良かったよ、ホント。




