第320話 中々面白いイベントだったな
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予想通り飲食スペースのテーブルはイベントスペースから流れてきた観客達で満席だったが、運良く席を立った人達がいたので何とか席に着く事が出来た。
とりあえず席も確保出来たし、何か飲み物を買いに行くか。
「じゃぁ何かお茶でも買ってくるから、皆は雑談でもしながらココを確保しといて」
「あっ、お兄ちゃん私も手伝うよ」
「いや、別に一人でも……」
「良いから! 行こ?」
「あっ、ああ……」
少々強引に美佳に手を引かれる形で、俺と美佳は飲み物を買いに屋台スペースへと向かう。
そして皆が座ったテーブルから見えない位置まで離れてから、美佳が少し困ったような表情で話しかけてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「ん? 何だ?」
「さっきのイベントのパフォーマンスを見て、麻美ちゃん達が無意識っぽいんだけど探索者になろうかなーって呟いていたんだ」
なるほど……それを相談したくて強引についてきたのか。
確かに先程のイベントを見ていたら、探索者になるのも良いかなと舘林さん達が思うのも仕方がないかもしれない。ただし先程のイベントで見せられたのは、探索者をする上でのメリット部分だけでしかない。
「なるほどな。一応確認するけど、面と向かって言われた訳じゃないんだよな?」
「……うん」
「じゃぁこの後、イベントの感想を二人に聞いてから、負の面を話しておいた方が良いかもしれないな」
物事の一面だけを見て判断を下したら、後になって別側面を見た時に何であんな判断をしたんだろうって後悔する事があるからな。後悔をしないためにも、出来る事なら両面を知った上で判断を下した方が良い。
幸か不幸か現役探索者である俺達が居るので、舘林さん達が探索者になるかどうかの判断を下す参考になる経験談は豊富だ。……俺の場合参考になる経験談は一部分だけだけどな。
「それ……今話しても大丈夫かな?」
「むしろ、今話しておいた方が良いだろうな。一度決断を下した後だと、心情的に話を聞いても再検討するのは難しいだろうしさ」
決断を下すというのは難しい。それ故に一度決断を下してしまうと、助言や指摘が正しいと思っても意固地になって判断を変えなくなってしまう事があるからな。これが些細な問題における決断ならまだしも、一生を左右してしまうような問題だったら取り返しがつかなくなる。
そんな後々になって、あの時こうしていればよかったと後悔しない様に、助言や指摘は話せる時に話しておいた方が良い。勿論、時と場合を考えてだけどな。
「……そうかもしれないね」
「美佳達からだと話しづらいだろうから俺が話すよ、美佳と沙織ちゃんは傍で聞き役に徹してくれれば良い。舘林さん達も美佳達が同席した方が、美佳達の反応も見つつ話を聞きやすいだろうしな」
そう言うと、少し躊躇する様な表情を浮かべながら美佳は小さく頷いた。
嘘を教えるわけではないが、中には信じがたい話もあるだろうしな。そんな時、同席する美佳達が真摯な表情を浮かべ頷く反応をすれば、俺の話が本当なんだと信じてもらえる可能性が高くなるだろう。
「良し、じゃぁ飲み物を買ってさっさと帰ろう。 3人を待たせてることだしな」
「うん」
と言う訳で、手早く空いている屋台で人数分のお茶のペットボトルを購入し、俺と美佳は3人が待つテーブルへと戻る。因みに、お茶代は俺が出した。
俺と美佳がテーブルに戻ると、舘林さんと日野さんが沙織ちゃんに先程のイベントに出ていた探索者のアピールについて、少し興奮気味に色々話を聞いていた。
まぁ素人目には探索者の凄さを見せつける、分かりやすいアピールばかりだったからな。
「ねぇねぇ沙織ちゃん、沙織ちゃん達もあんな事が出来るの!?」
「え、ええっと……あんな事って?」
「ほら、イベントの最初にやってた重量挙げ! 凄く早く動けるのは先輩達が体育祭でやってるのを見てたから知ってるけど、探索者ってあんな事も出来る様になるんだね!」
「そうだね、まさかあんな小柄な人があんな大きなバイクを持ち上げられるなんて……」
二人の探索者の身体能力の予備知識は、俺達が体育祭でやった演武を基準にされているらしく、先程のイベントにあった動きを見せる系のアピールはあまり刺さらなかったらしい。逆に、重量挙げと言う単純に力を見せるアピールが刺さったようだ。
なので2人は感嘆の表情を浮かべながら、期待するような眼差しを沙織ちゃんに向けていた。沙織ちゃんは何と言って良いか、困ったような表情を浮かべているけどな。
「さ、流石にあの人みたいに、あんな大きなバイクを持ち上げるのは無理かな……」
「ええ、そうなの?」
「探索者なら皆が出来るんじゃないんだ……」
「う、うん。私達はまだ探索者を始めたばかりだから、そんなにレベルが高くないんだ。多分あの人は私達よりも、だいぶ上のレベルなんだと思うよ。探索者はレベルが上がればその分だけ、身体能力にパワーアップ補正が掛かるから……」
沙織ちゃんは期待を裏切ってしまったかなと言った自嘲気味な表情を浮かべながら、自分に同じ真似は無理だと舘林さん達に告げていた。まぁ確かに今の美佳と沙織ちゃんではレベル差のせいで、あの重量挙げをした人と同じ真似はまだできないだろうな。
ん、俺達ならどうかって? ……聞かなくても分かるだろ?
「お待たせ、買ってきたよ」
「はい、一本づつ取ってね」
俺と美佳は買ってきたお茶とおつまみのプチカステラをテーブルに置きながら、空いている席に着く。
「すみません。わざわざ買いに行って貰っちゃって、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「あっ、今お茶代出しますね」
「ああ、良いよ良いよ。コレくらいなら俺の奢りで」
俺はお財布に手を伸ばそうとした日野さんの行動を手で制止しながら、コレは奢りだよと告げる。さほど痛い出費と言うわけでもないし皆、昼食の買い食いで結構お小遣いを使っちゃってた様だしね。
無いとは思うけど、帰りの電車代が……とかってなったら流石に嫌すぎる。
「えっ、良いんですか? 買い出しにも行って貰ってるのに……」
「良いよ良いよ、気にしないで。……と言っても、何でも奢ってやるって訳じゃ無いからな?」
「ギクッ!」
申し訳なさそうな沙織ちゃんに対し、俺の奢りと聞いて一瞬嬉しそうな雰囲気を醸し出しながら目を輝かせた美佳に釘を刺しておく。おい、いま完全にたかる気だったろ?
俺は誤魔化そうと視線を逸らす美佳をジト目で見た後、沙織ちゃん達に顔を向ける。
「はぁ……。それはさて置き、ステージイベントはどうだった?」
「えっ、ああ、はい。中々見応えがあったと思います」
「探索者って、あんな事も出来るんですね」
「小柄な人が、あんなに力持ちだったなんて凄かったです!」
やっぱり館林さん達の印象に一番残ったのは、最初の重量挙げだったらしい。そう言えば、館林さん達に一度もそう言った姿を見せた事無かったっけ。まぁ、普通の学校生活において重量挙げをする機会なんて無いしな。
などと思っていると、興味津々と言った表情を浮かべた日野さんが質問を投げ掛けてくる。
「さっき沙織ちゃんに聞いたら、自分達には無理だって言ってたんですけど、先輩達ならアレって出来ますか?」
「アレって……さっきのバイク上げ?」
「はい、出来ますか?」
「ん、まぁ……出来なくは無いかな? やった事は無いけど」
多分やろうと思えば、自動車くらいなら持ち上げられそうな気はする。まぁ重さ云々より、形状的に持ちにくそうだけどさ。
「本当ですか!?」
「う、うん。まぁ実際にやった事は無いけど、前まで重いって思っていた荷物とかを持っても、今は大して重いとも思わなくなったからね」
カモフラージュ用とは言え、実際泊まり掛けの探索で使うそれなりの荷物を入れたバックパックを背負ってダンジョン探索をしても重いと思った事はないからな。それに、帰り道のドロップアイテムを満載回収した後だと多分、前にテレビで見た山小屋に荷物を届ける歩荷さんの荷物並の重さにはなっているはずだ。そんな物を背負ったままモンスターと戦闘を行っても、背負っているバックパックが重いとは感じないからな。
なので、どれだけの重量物を持ち上げられるのか?と聞かれたら、相当な重さまでイケるだろうなとしか言えない。
「そうなんだ……探索者って凄いですね」
「本人のレベルにもよるけどね。レベルアップすると身体能力に補正が効くから、高レベルの探索者ほど身体能力が上がるんだよ。まぁ日常生活では、余り役に立たない能力なんだけどね」
「えっ、役に立たないですか?」
「だって、大型バイクのような重量物を持ち上げるような状況が、日常生活において度々発生すると思う? 無いよね、そんな事。数年あるいは数十年に1回あるかどうかの状況の為に、必死にモンスターと戦ってレベルを上げる……それは流石に無駄だと思うよ?」
「「……」」
俺の答えに、館林さん達は何とも言い難い困ったような表情を浮かべていた。
まぁもしかすると、数年後にはジムでする筋トレの代わりにモンスターと戦うなんて事になってるかもしれないけどね、何でも商売になる世の中だしさ。
「とは言っても、普段の日常生活で重いと思っていたものが重くなくなるのは魅力的ではあるかな」
「そ、そうですよ。重いモノが重くなくなれば、色々と便利ですよ」
「お使いで買い物に行った時に色々買い込むと、結構荷物が重くなったりしますからね。それが重くなくなるだけでもアリですよ」
「まぁ確かに、そうかもしれないね」
場を和ませようと口にした俺の軽口に、暗くなりそうだった場の雰囲気が何となく和らぐ。但し皆、苦虫を噛み潰したような表情で空笑いを浮かべてるんだけどな。
まぁ兎も角、俺達はお茶とプチカステラを摘まみながらイベントの感想を話し合った。
休憩を終えた後、俺達は企業紹介ブースを中心に見て回った。元々このイベントに来た目的は各ダンジョン関連企業が、どんな仕事をやっているのかを知る事だったからな。大半は真面目……と言うか、ちゃんとした労働条件の会社ばかりで、一部中々に怪しい会社が紛れ込んでいると言った感じだった。まぁ怪しいと言っても、大河兄さんがスカウトされていたようなブラックコンサルタント企業では無く、納品ノルマが厳しいって感じの企業だけどな。例のリアルラック重視の企業みたいに、特定のドロップアイテムを月に何個納品するとかだ。
そして一通り企業紹介ブースを見て回った後、適当に物販ブースを回ってお土産には消え物が良いだろうと考え、オーク肉を使ったレトルトカレーが売っていたので購入しておいた。普段食べ慣れない食材とは言え、カレーならそんなに好き嫌いも分かれないだろうからな。
「まだまだ日差しが強いな……」
「うん、日なたなんて特に暑そうだよ」
「中が涼しかった分、余計暑く感じるかも……」
俺達3人は右手を額に当て目に飛び込んでくる強烈な日差しを遮りながら、暑さで項垂れかけている館林さん達に心配げな眼差しを向ける。多少耐性が上がっている俺達は兎も角、一般人の二人にいきなりこの温度変化はキツいよな。
「二人とも大丈夫か? 少し近くの日陰に避難して、暑さに体を慣らすか?」
「……いえ、日陰に避難しても短時間では慣れないでしょうから先に進みましょう」
「このまま外に居るより、バスとか電車の中の方が涼しいですよ」
「そう、だな。じゃぁ急いでバス停まで行こう」
と言うわけで、項垂れる二人を連れてバス停まで移動したのだが、運悪く駅行きのバスはつい先程出たらしく、次のバスが来るのは10分後だった。しかも、バス停には雨よけの屋根が付いてはいるのだが透明な屋根なので日陰が出来ない。
暑さにヤラレ項垂れる二人がココで十分も待つのは、中々キツいかもしれないな。
「……やっぱり日陰に避難しようか?」
「もう……ココでジッとしておきます」
「また動くと暑いですし……」
まぁ確かに日陰に戻ると言っても、それなりに会場方向に戻らないといけないからな。下手に動くよりココで待つ方がマシか。と、暑さに項垂れる二人の様子を見て不憫に思い、俺は会場で貰った企業広告付き団扇を使って煽ぎ風を二人に送った。
すると……。
「うわっぷ!?」
「ちょっ、先輩!? 風強いですよ! これ、団扇の風量じゃありませんって!」
プラスチック製の安っぽい団扇が折れるギリギリの力でおもいっきり仰いであげると、二人は髪を乱しながら俺の発生させた強風に驚きの声を上げた。因みに、この時に発生した風の強さは、扇風機の中から強はあったんじゃないかな?
最初は驚きの声を上げていた二人も次第に慣れ、動力俺の手動扇風機に張り付いて涼をとり始めた。
「「ああ、涼しーい」」
風を浴びる2人は次のバスが来るまで、暑さとは別の要因で緩んだ表情を浮かべていた。まぁ最後の最後で熱中症に成られたら困るしな、特に疲れるわけでもないしバスが来るまで頑張ろう。
と言うわけで、微妙に締まらない感じになったがイベントは無事終了っと。また明日からは、探索者業に精を出すとしますか。




