第319話 アピールは印象に残ったが勝ち
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ステージ中央に居た司会者の二人が脇に移動し、アピール開始の準備が整う。
「それでは皆様、拍手をお願いします! トップバッターを務めてくれるのは、川口探索産業さんです! どうぞ!」
司会者の合図と共に拍手が鳴り響き、軽快な音楽と共に舞台袖から上半身裸の短パン姿の青年が出て来た。出て来た青年は特にボディービルダーのように筋骨隆々と言った訳ではなく、逆に細マッチョと言った筋肉質でもない。多少運動しているかな?と言った程度の、線の細い小柄な青年だ。
……うん、何をアピールするんだ? 肉体美……な訳ないか。
「皆さん、ようこそおいで下さいました! 私、川口探索産業で探索者をやっている羽柴です! 我が社は社所属の探索者達がダンジョンから持ち帰った産出品を、各飲食店に向けて卸している会社です。業務の詳細を知りたい方は、後ほど企業ブースをのぞきにいらして下さい。……さて、コレから皆様には、私共のアピール演技を御覧に成って頂きます。トップバッターを務めます故、分かりやすさを重視したアピールになっておりますのでお楽しみ下さい!」
羽柴さんはヘッドセッドマイクを使いながら、来訪者に対し挨拶と共にコレから行われる演技への期待度を上げていく。確かにトップバッターで、いきなり小難しいアピールをされても盛り上がりにくいだろうからな。分かりやすさ重視と言う方針は、場を温めるのにはありがたい。
そして羽柴さんは観客に向かって軽く一礼した後、舞台袖に向かって手招きをする。すると……。
「では、アピール演技の方を始めさせて頂きます。まずはコレだ!」
スタッフにより舞台袖から台車に乗せられ運ばれてきたのは、大きな藁で編まれた米俵だった。
「私共が皆様にお見せするアピール演技は、重量挙げです! 探索者が力持ちだと世間では良く言われていますが、実際にその姿を目にしたという方は少ないでしょう。ですので、探索者が実際にどの程度まで物を持ち上げられるのか、コレから皆さんにお見せしたいと思います!」
羽柴さんのアピール演技の説明に、観客席から期待や興味津々といった声が上がる。成る程、確かにコレは盛り上がる分り易いアピールだな。線の細い小柄な青年による重量挙げ、探索者になればこれ位は出来るんだぞと見た目で分り易い。
もっと言えば、細身の女性探索者の方がより良いかな?
「コチラに用意させて頂いた米俵は、一俵六十キロに成ります。手始めに、コレを持ち上げてみたいと思います!」
たまにバラエティー番組の副賞として渡されるヤツより、一回り以上は大きく見えるな。
そして口上を終えた羽柴さんは、台車に乗せられた米俵に近づき、無造作に右手で片方の結び目を掴む。
「それでは行きます……よいしょっと」
「「「「ええっ!?」」」」
「「「「おおっ!」」」」
軽い掛け声と共に、羽柴さんは片手で掴んだ米俵を一息で持ち上げた。すると会場のあちらコチラから、驚愕や感嘆の声が上がる。観客も持ち上げられるとは思っていただろうが、まさか片手で持ち上げるとは思っていなかったのだろう。それも、風船を持つように軽々とは。
そして羽柴さんは米俵を持ったまま、ダンベル代わりだとばかりに腕を曲げたり広げたりと言った筋トレの動作を繰り返す。
「どうですか? 探索者になると、この位の重量物なら軽々と扱う事が出来ます!」
「凄ぇ……」
「米俵をあんなに軽々と扱えるなんて……」
「でもさ、本当にアレ中身入ってるのか?」
「そうだよな、ちょっと疑わしいよな」
感心する観客達の声の中に、本当に重いのかと言った疑問の声が少しずつ混じりあう。まぁ、そう言う疑問が湧くのは仕方が無いか。
すると羽柴さんは分かっていますとばかりに米俵を台車の上に置いた後、軽く観客席を見回してから口を開く。
「皆さんの疑問、ごもっともかと思います。ですので、どなたか実際にこの米俵を持ち上げてみませんか? あっ、探索資格をお持ち者の方は申し訳ありませんがお控え下さると助かります」
羽柴さんは米俵が本物かどうか検証しようと言い出し、観客に対し挑戦者を募り始めた。そのさい探索者は遠慮してくれといっているが、これはまぁ当然の提案だよな。多分、探索者と一般人の違いを分かり易く見せたいんだろう。
そして暫し待つと、観客席のあちらコチラから手が上がり始める。
「沢山の方が手を上げて下さっていますね、ご協力ありがとうございます。ではそこの方、ご協力をお願いします。ステージの上に上がってきて下さい」
「よっしゃ!」
羽柴さんに指名されたのは、ステージの近くに居た大柄の男性だった。見るからに力自慢と言った感じの男性で、何かしらかのスポーツもしくは普段から筋トレ等をやっているのだろう。
そして男性は促されるままにステージに上がった後、気合い十分と言った様子で米俵の前に進みでる。
「それでは、お願いします。……腰を痛めたりしないように、ユックリ持ち上げて下さいね。決して、無理はしないで下さいよ」
「ははっ、これ位余裕だよ……せいやっ!」
そう言って男性は腰を落とし、両手で米俵の両側の結び目を握り気合いの入った掛け声と共に一気に胸の高さまで持ち上げた。
羽柴さんの忠告を全く聞いてないな、コイツ。
「「「「おおおっ!」」」」
大柄の男性が米俵を持ち上げた事に観客は感嘆の声を上げるが、大柄の男性は一瞬苦しげな表情を浮かべ直ぐに米俵を地面に降ろした。……もしかして、やっちゃった?
羽柴さんも男性の異変を察したらしく、心配げな表情を浮かべながら小声で話し掛ける。
「……だ、大丈夫ですか?」
「あっ、ああ、大丈夫だ。この米俵、ちゃんと中身の詰まった本物だったな」
「えっ、あっ、はい。そう、ですね」
「疑って悪かったな、この後も頑張ってくれ……」
そう言い残し、大柄の男性は非常にユックリとした動作でスタッフに付き添われながら舞台袖へと去って行く。大柄の男性が去った後の舞台では何とも言い難い微妙な空気が流れ、羽柴さんも困り途方に暮れたような表情を浮かべていた。
だから、ユックリと持ち上げるように忠告されてたんだよ。
ちょっとしたハプニングのせいで、舞台には微妙な雰囲気が流れたが、司会者の二人のフォローのお陰で持ち直した羽柴さんは、アピール演技を続けている。幸か不幸か大柄男性のお陰で、米俵が本物である事が証明されたので、その後に出てきたモノが偽物であると言う疑いは、出てこなくなった。
まぁあんな光景を目にしたら、あの男性がサクラだなどとは思わなくなるよな。
「では最後になります、お願いします」
最後のトリとして持ち込まれてきたのは、千ccを超える二人乗りの大型クルーザーバイクだった。
うん、デカいな。
「最後はこのバイク、約四百キロほどの重量があります」
「おい、嘘だろ? あんな大きなバイクを持ち上げるのか?」
「いやいや、流石にアレは……」
「ナナハンだって、起こせても持ち上げるのは無理だぞ……」
観客の中から心配する声が上がり、会場全体に不安の響めきが起きる。コレまでのアピールで、色々持ち上げるのを見てきたが、流石にアレは無理だろうと言った声だ。中には、このイベントを見に来たらしい、探索者資格を持った学生も混じっている。確かに、探索者になって日の浅い初心者探索者では、レベルアップ補正が少ないから、まだあの重さは無理だろうな。
そんな観客達がザワつく中、羽柴さんは今まで以上に表情を引き締め気合いを入れ、バイクの横に立ち……。
「では……行きます! せいっ!」
気合いの入った掛け声と共に、羽柴さんは渾身の力を込めバイクを抱えた。
しかし流石に大型バイクは重いのか、中々持ち上がらない。だが羽柴さんは諦めておらず、顔を真っ赤にしながらバイクを持ち上げようとしていた。すると、自然と観客達から……。
「ぐぬぬぬぬっ!」
「頑張れ! 気合いを入れろ!」
「今までやれたんだ、今回もイケるぞ!」
「動いた、動いた! もう少しだ!」
「だけど、無理するなよ!」
ステージの周りにいた観客達が、周りにつられ一斉に羽柴さんに声援を送り始めたのだ。
そしてその声援に背中を押されたのか、羽柴さんはバイクを抱えたまま思いっきり上体を反らし……僅かながらバイクを地面から浮き上がらせた。
「おりゃぁぁっ!」
「「「「おおっ、浮いた!」」」」
羽柴さんは観客の浮いたという感想を聞き、直ぐにバイクを地面に戻しバイクにもたれ掛かり肩で息をしながら右腕を天に向け……咆哮を上げた。
「しゃぁぁぁっ!」
「「「「うおおっ!」」」」
「凄ぇーぞ!」
「良くやった!」
羽柴さんの上げた万感の思いを込めた咆哮に合わせ、観客達が一斉に盛大な拍手と共に羽柴さんを褒め称える。無理だと思われていた大型バイク上げ成功させたのだ、観客達の中には尊敬の眼差しで全力を出し切り疲れ切った羽柴さんを眺めている者が多数いた。
そして羽柴さんは暫く観客達の声援を受けながら息を整えた後、スタッフが持ってきたパイプ椅子に座りながらアピール終了の口上を述べ始める。
「ど、どうでしたか皆さん? お楽しみいただけでしょうか?」
「ああ、凄かったぞ!」
「格好良かったです!」
観客達は大満足と言った表情を浮かべながら、全力を尽くした羽柴さんを称賛した。
「はははっ、ありがとうございます。では、コレにて私共のアピール演技を終了とさせて頂きます。企業紹介ブースには我が社のブースもありますので、時間がありましたら是非お立ち寄り下さい。この場では詳しく紹介出来ませんでしたが、我が社の業務内容などを詳細にご説明させて頂きます。それでは僭越ながら、トップバッターを務めさせて頂いた川口探索産業の羽柴でした」
観客に向かって、椅子に座ったまま軽く一礼した後、羽柴さんはスタッフに肩を貸して貰いながら、観客達の称賛を背に受けつつ舞台袖へと去って行った。企業紹介アピールとしては薄かったかもしれないけど、会社名と共に、羽柴さんの活躍が強烈に印象に残る、良いアピールだったかな。これなら興味を持った人が、後で川口探索産業のブースを覗きに行くかもしれないな。もしかすると、トップバッターだったから、アピール演技では無く、人を印象に残させる戦略だったのかもしれない。
さて、トップバッターがコレなら後の企業のアピール演技も期待出来そうだな。
最後のアピール演技が終了し、舞台脇に控えていた司会者二人が中央へと進み出て来た。正味1時間ほどのイベントだったが、中々見応えがあったな。
「はい、ありがとうございました! と言うわけで、コレでアピール演技は全て終了、ですかね?」
「そうですね。各企業ともに、色々趣向を凝らしたアピール演技で見所満載でした!」
「まさに、探索者ならではと言った演技ばかりでしたからね」
司会者達の言うように、アピール演技イベントは見所十分の内容だった。羽柴さんの重量挙げアピールから始まり、定番の探索者同士の模範演武アピール、面白新体操団体、変わり種でスーツを着たスタッフによるプロジェクターを用いたガチ企業紹介などと言う物もあった。ガチ紹介が変わり種という時点で、何か可笑しな気もするけどな。
兎も角、退屈はしないステージイベントだった。
「では別れるのが惜しいですが、コレにてステージイベントの方は終了とさせて頂きます。夕方にはもう一度ステージイベントを行いますので、見逃した、もう一度見たいという方は、是非足を運んで下さい。それではお集まり頂いた皆様、ありがとうございました!」
「今回のステージイベントに参加して頂いた企業は全て紹介ブースに出店されているので、御興味を持って頂けたのでしたら是非のぞきに行って下さい」
「「よろしくお願いします!」」
別れの挨拶の言葉と共に司会者の二人が深々とお辞儀をした事で、ステージイベントは全て終了した。興味本位で見始めたイベントだったけど、中々面白かったな。
俺はステージイベントが終了した事で周りの人集りが崩れ始めたので、美佳達に俺達も場所を移そうと話し掛ける。
「取り敢えず、さっきの飲食スペースに移動しないか? ずっと立ちっぱなしだったし、疲れただろ? 飲み物でも飲みながら、少し休憩しようか?」
「そうだね、皆行こっか?」
「うん……でも、席が空いてるかな?」
「確かに、ココに居た人が一斉に移動し始めましたからね」
「でも、喉も渇いたし……行くだけ行ってみようよ」
と言うわけで、俺達は休憩を取る為にテーブルがある飲食スペースまで移動する事にした。まぁステージイベントを見ていた観客が結構流れているので、座れるかどうか定かじゃ無いけどな。




