第318話 企業にアピール?
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纏めたゴミを捨てた後、俺達はイベントブースコーナーに移動する。イベントブースでは各企業が趣向を凝らした催しを来場者相手に披露しており、かなり賑わっていた。
メインステージのイベントまではまだ時間もあるし、いくつか覗いてみるか。
「ここは、何をやってるブースなんだ?」
と言う訳で、俺はそこそこ賑わっている近くのイベントブースに近寄ってみる。ブースの柵の中では、係員らしき人が30代後半くらいの男性にウレタン製の剣を持たせ何やら説明をしていた。
「両手でシッカリ持ってください。握り方が甘いと、剣を振った時にすっぽ抜ける事もありますので」
「分かりました」
「これから目の前のスクリーンに映像が投影されますので、出現するモンスターに向かって剣を振ってください。うまくタイミングを合わせて剣を振れば、攻撃があてられ倒す事が出来ます」
「はい」
どうやらココのブースの出し物は、ダンジョン探索の体感シミュレーションの様だ。
基本の説明を終えた係員さんは柵の中から出て、パソコンを操作しながら話しかける。
「基本の説明は以上です。倒したモンスターの数によって景品が出ますので、頑張ってください」
「何体倒したら景品が貰えるんですか?」
「5体以上倒されたら景品が出ます。そして10体以上倒しますと景品のランクが上がりますので、頑張ってください」
景品付きか……俺は参加したら駄目だろうな。俺は係員さんと男性のやり取りを見ながら、ココで景品目当てに挑戦するのは大人げないんだろうなと、自嘲的な笑みを浮かべた。
「では始めます」
係員さんのその一言と共に、スクリーンにダンジョン内部の映像が投影される。映し出された映像は探索者視点らしく、軽く上下しながらゆっくりと前進して行く。
映し出されるダンジョン内の映像は薄暗く、ヘッドライトで明るく照らし出される範囲も広くない為、決して視界良好とはいえない。
「……」
ウレタン製の剣を握った男性は緊張した面持ちを浮かべながら、ダンジョンの映像が映し出されるスクリーンを無言で凝視していた。はたから見ていても、緊張し体が硬くなっているのが見て取れる。あれじゃぁ、イザと言う時の動き出しで一拍はタイミングが遅れるな。
そして……。
「!?」
ゆっくりと前進していた足が止まり、ヘッドライトで照らし出された通路の奥に黒い影が映る。アレは……ハウンドドッグかな?
ヘッドライトに照らし出された影は探索者?の存在に気付いたのか、一度咆哮を上げてから全力で突撃してくる。
「っ!?」
急速に近づいてくるモンスターに、男性は焦った表情を浮かべながら、手に持った剣を頭上に振り上げ、モンスターが飛び掛かってきた瞬間、一気に振り下ろした。
その直後、スクリーンの画面に斬撃の軌跡らしき、白いエフェクトが表示され、モンスターが赤いエフェクトを撒き散らしながら、倒れる。
「「「「おおっ!」」」」
「……ふぅ」
一撃でモンスターを倒した男性の活躍に、周りで見ていた観客から感嘆の声が上がる。男性も緊張で詰まっていた胸の空気を吐き出し、若干緊張がほぐれた様な表情を浮かべていた。
しかし……うーん、まぁ、うん。
「凄いですね、一撃ですか……」
「ああ、いえ。偶々タイミングが合っただけですよ」
「いえいえ、謙遜なさらないでください。そのタイミングを合わせるのが難しいんですから……それより探索が再開してますよ?」
「えっ、あっ、ホントだ」
係員さんの称賛の声に、男性は少し照れくさそうな表情を浮かべる。だが、映像が探索を再開し動き出した事を教えられ、男性は表情を引き締めなおし視線をスクリーンに向け直す。
そして、この最初の戦闘で緊張が良い具合にとれたのか、男性は順調にモンスターを倒し続け、あっという間に5体を倒し終え10体超えを目前にした。
「いやー、本当に凄いですね! あと1体倒せば10体目ですよ! 10体を超えれば豪華景品となりますので、最後まで気を抜かず頑張ってください!」
「ははっ、任せてください。もう操作にも慣れましたから、どんどん記録を伸ばしてみせますよ」
「頼もしいお言葉ですね、頑張ってください」
シミュレーションをプレイする男性は、頬を緩ませ上機嫌そうだった。係員に成績を褒められ、周囲で見守る観客からモンスターを倒すたびに歓声を浴びせられるのだ、無理もない。
だがそんな時だからこそ、予想だにしない落とし穴に簡単に人は引っかかる。
「! そこだ!」
男性は突然横合いから出てきた影に向かって、躊躇することなく一息で剣を振りぬいた。剣の軌道を表す白いエフェクトは飛び出してきた影に向かって一直線に走り、狙い違わず影を両断した。
両断、してしまったのだ。
「!? これは……」
男性は両断した影の正体を目にし、驚愕の表情を浮かべた。
何故なら男性が両断した影、その正体は……周囲に赤いエフェクトを撒き散らかした探索者だったからだ。つまり、フレンドリーファイアである。
「あーっ、やっちゃいましたね……」
「こ、これは……」
「残念ながら、味方を倒してしまったので終了です。お疲れさまでした、景品の方をご用意しますので少々お待ち下さい」
突然のシミュレーション終了に唖然とする男性を尻目に、係員さんは多少バツの悪そうな表情を浮かべながらも淡々と景品の用意を始める。
そして周りで見ていた観客も、フレンドリーファイアと言う予想外の呆気ない終わりに戸惑っていた。
「あのっ、えっと、ど、どういう事ですか! あれで終わり!?」
「ああ、はい。残念ながら、味方を倒してしまったので終了です。基本的にダンジョン探索とはパーティーで行うモノなので、連携が上手くいかず誤って仲間を……と言う結末ですね」
「そ、そんな終わり方ありかよ……第一、味方がいるなんて説明は」
係員さんの説明に、男性は今一納得しきれないと言った様子で映像の消えたスクリーンを見ながら愚痴を漏らす。まぁ、簡単に納得出来る様な終わり方じゃ無いのは確かだよな。
そして係員さんは申し訳なさそうな表情を浮かべながら、景品の入ったバスケットを男性に差し出した。
「その……景品です。お好きなのを、お一つお取りください」
「……」
男性は差し出されたバスケットから不承不承といった面持ちで景品を選び取り、柵の中から若干早歩き気味に無言で出ていく。まぁ何とも言えない終わりで微妙な雰囲気が漂うそこは、流石に居心地悪いよな。
うん、ドンマイ。俺は立ち去っていく男性の背中に向かって、表情には出さず内心で慰労?の言葉を送った。
スッキリしない終わりに微妙な雰囲気が流れる中、俺達は見学していたブースから少し離れ先ほど見たシミュレーションについて小声で感想を述べあっていた。
「何かあの係員の人、ワザと同士討ちのミスをするように誘導してたよね?」
「うん。モンスターを倒せた事をベタ褒めしてたけど、アレって注意力を逸らす為の誘導だったよね」
「でも、何のためにそんな事を?」
「豪華景品をあげるのが惜しかったんじゃない?」
確かに、ミスするように誘導している気はしたけど、イベントなので、日野さんの言うように、豪華景品を出すのを渋りはしない……と思う。多分、あの言動もシミュレーションの一部なんじゃないかな? 順調だからと調子に乗らずに、冷静に対処出来るのか、みたいにさ。
まぁ、初心者にいきなりやらせるような内容じゃないとは思うけどな。
「あのシミュレーション、もしかしたら新人探索者育成用のモノかもしれないな」
「えっ、育成用?」
「いきなりダンジョン探索の本番ってより、シミュレーションしてれば多少なりとも心づもりが出来るからな。来訪者向けのイベントとして出してるけど、もしかしたらこのイベントに参加している企業に製品サンプルとしてアピールしてるのかもしれないな」
今の探索者業界は学生系探索者を除くと、有力な個人勢以外の有望株はあらかたダンジョン系企業にスカウトされている。その為に企業が業務拡大の為に新しい人材を採用しようと思えば、非探索者かスカウト条件を満たさない探索者しか残っていない。学生系探索者は一部の例外を除けば、卒業まで手が出せないからな。業績が好調だからと事業拡大をしたくとも、既に有望な人材がいないのだ。故に現在のダンジョン系企業が抱える最たる悩みは、素材収集の戦力になる新人の育成だろう。
なので、あのシミュレーションはそんな悩みを抱える企業をターゲットにした、人材育成商品のデモンストレーションの可能性もある。何せこのイベントでは多くの素人が、進んで商品のデモプレイに協力してくれるのだから……素人が。
「そっか、ココに出店している企業も新人さんを採用したら、一人前になるまで育てないといけないんだもんね」
「確かにそう考えると、イベント出展企業を相手に商売している企業があっても可笑しくは無いですね」
「でも、それにお客さんを利用するのって……」
「まぁ、お客さんも楽しんでるみたいだし、Win-Winで良いんじゃ無い?」
館林さんは若干嫌悪感を示しているが、他の3人はまぁそんな事もあるよねと消極的ながらも肯定的と言った表情を浮かべていた。
そして、次の挑戦者が気合いを入れながら、シミュレーションに挑もうとし始めたのを、生暖かい眼差しで見送りながら、俺達は、メインステージイベントの開始時間が迫ってきていたので、若干後ろ髪を引かれながらその場を後にする。
もう少しでメインステージイベントが開始されると言う事もあり、メインステージ前は人集りで大いに賑わっていた。パッと見、親子連れもそこそこ居るが、一番多いのは俺達と同じ様な年齢の学生達だ。彼等の浮かべる表情は、俺達のように興味津々と言ったモノから、就職先候補として見定めようとした真剣なモノまで十人十色様々といった感じである。
確かに高校卒業後や大学卒業後の就職先にと考えれば、内定を貰えていない就活生には今が最後の時期だもんな。
「結構多いな……」
「それだけ皆、どんな出し物があるのか興味津々って事なんだよ」
「ダンジョン協会のイベントなんかで探索者が出し物をする事は多いですけど、ダンジョン企業がこうしたイベントをするのは滅多にありませんからね」
「一般人からしたらダンジョン企業のイメージって、探索者を雇ってドロップアイテムを採取しているくらいの認識ですからね。具体的に、どんな仕事をしてるのかってのは気になります」
「正直今まで、ダンジョン企業って言われても違いが分からなかったしね。でも今回のイベントに来たお陰で、結構各企業毎に特色があるのがある程度だけど分かったかな。その上で、各企業が力を入れてるイベントって聞いたら、それは皆興味津々って感じで見てみようってなるよ」
確かに、ダンジョン企業が一堂に会して、アピールするイベントは滅多に無いからな。ダンジョン展って感じで食品系の物販は、偶にデパートなんかでやってるけど、企業紹介系のイベントは今まで殆ど無かった。偶に、テレビで探索者芸人を起用した、特番が放送される事があるけど、一般人が凄腕の探索者が活躍するのを、生で見る機会は滅多に無い。
それなのに今回のイベントでは、各企業が自社の威信を掛け、自社所属の凄腕探索者達を動員し、アピールすると言うのだ……嫌が上にも観客の期待は上がると言ったものだろう。
「そうだな……あっ」
俺がまだ誰も登壇していないステージを見渡していると、不意にステージ右側に見知った人物を見付け思わず声を上げてしまった。
「? 如何したの、お兄ちゃん?」
「あっ、いや……アソコに重盛がな?」
「重盛さん?」
美佳に教えるように俺が指差した先、そこにイベントを見ようとする重盛が佇んでいた。先程の事もあり呼び寄せるかと考えていたのだが、重盛の姿を見た美佳達が少々苦手そうな表情を浮かべているのに気付き思わず躊躇してしまう。
そして躊躇している内に、メインステージの壇上に司会者らしき男性と女性のペアが出て来てしまった。つまりタイムオーバーって事だな。俺は重盛を呼び寄せるのを諦め、視線をステージに登壇した司会者の男女に向ける。
「皆様、お待たせしました! コレよりメインイベント、企業所属探索者達によるアピール演技を行いたいと思います!」
「各企業、随所に工夫を凝らした見所満載な演技になっていますので是非、最後まで御覧になっていって下さい!」
「では私達の挨拶はこの辺りにさせて頂き、早速アピール演技を行って貰おうと思います!」
場を盛り上げようとハイテンション気味の司会者達の開幕宣言により、ステージイベントの企業アピール演技が始まった。
はてさて、どんなアピール演技が見られるのかな……。




