第313話 限りなく黒に近い灰色だよ
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戻って来たおじさんは椅子に腰を下ろし、目を閉じ軽く小さく息を吐く。そんなに気持ちを整えてからじゃないと、話し始められないような事が判明したのだろうか?
……判明したんだろうな。
「お待たせしました、ご相談の件の調査結果が判明しましたよ」
「あ、ありがとうございます。えっと……」
「ああ、すみません。まだ名乗ってませんでしたね。私、ココの係長をしています飯田と申します」
おじさん、飯田さんが軽く頭を下げつつ自己紹介をしてくれたので、俺も少し慌てつつ簡単な自己紹介をする。相談申し込みの時に探索者カードは呈示してあるが、相談する者の礼儀として名乗り返しておかないと拙いだろうからな。
「ご丁寧にありがとうございます、僕は九重と言います。で、こっちは妹です」
俺の紹介に、美佳は飯田さんに向かって軽く頭を下げる。
「……お二人はご兄妹ですね」
「はい。妹も探索者なので、今後協会に相談する事もあるでしょうから、今日は見学がてらに相談の付き添いに来てもらってます」
「そう、ですか……」
俺の回答に飯田さんは一瞬、眉を顰め少し渋そうな表情を浮かべた。まぁ、相談内容が相談内容だからな。飯田さん的には、“お前、妹にこんな裏事情を見せるつもりか?”って事なんだろうな。でも探索者をこれからもやっていく以上は、知らなかった事で悪い事に巻き込まる可能性はある。知っていれば回避できる事なら、ココで裏事情を見せる方が美佳の為になるだろう。
それに、美佳も既にこの件の概略は把握してるしな。
「それで、飯田さん。相談した結果の方は……」
「ああ、すみません。調査結果の方なんですが……」
飯田さんは小さく唾を飲んだ後、意を決したように口を開く。
「法的な話で言えば、黒に近いですが白です。ですが……」
「ですが?」
「会社としてみればアウトですね。軽く調べたところ、複数の探索者パーティーからこの会社に対する相談……被害報告が協会に上がっています」
「被害、報告ですか?」
「はい」
飯田さんは持ってきた書類を、俺達に見える様に机に広げる。広げられた書類には、探索者達の悲痛な叫びが記載されていた。
曰く、実力に合わない納品依頼を無理やり押し付けられた。
曰く、複数の納品依頼を押し付けたのに、納期が過ぎたからと違約金を請求された。
曰く、マネージメント契約を解除しようとしたら、契約期間中の解約だからと高額な解約金を請求された。
等々、悲痛な叫び声の数々に俺と美佳は頬を引き攣らせ、目を見開き唖然とした。まさかまさかの結果である。いや。正確に言えば予想通りと言えば予想通りなのだが、まさかここまで悲惨なことになっているとは思ってもみなかったのだ。
これで法的にはセーフ?冗談だろ……。
「い、飯田さん……」
「言いたい事は分かります。これほど被害報告が上がっているのに、何故違法ではないのか? 何故ダンジョン協会が動かないのか?という事ですよね?」
「「……」」
確認を取る様な飯田さんの言葉に、俺と美佳は無言のまま頷き同意する。
すると飯田さんは、申し訳なさと情けなさが入り混じった表情を浮かべながら、大きな溜息を吐きながら事情を話してくれた。
「まず違法性が無いと言うのは、探索者達がマネージメント会社と交わした契約の中身自体には、これと言った違法性が無い事にあります。あくまでも内容は、依頼斡旋によるマネージメント料の取り分、依頼失敗時の違約金の支払い、契約期間内の解約金等々、法的規則を守った一般的なモノですからね」
「じゃ、じゃぁ実力に合わない納品依頼を無理やり押し付けられたという件は……」
「会社側は納品依頼を斡旋しているだけで、斡旋された納品依頼を受けるかどうかの最終決定権は探索者側にありますからね。実情がどうであれ契約的には、最終的にその斡旋された依頼を受けた探索者の責任になります。まぁ依頼を斡旋する際、実力に合わない納品依頼を斡旋したと言うのは……会社側の不手際として追及できるかもしれませんが……」
「ランク内の実力差が問題になる……ですか?」
俺の質問に、飯田さんは頭を縦に振った。
「その通りです。ランクはあくまでも探索者の実績を評価して公布されるものですからね。同ランクの探索者であっても、実力にはピンキリの差があります。このマネージメント会社の場合、契約の際に保有ランクを申請し、その保有ランクに沿った納品依頼を斡旋する形になっていますので……」
「実力に合わない=ランクに即していないにはならない、という事ですね?」
「ええ。ですので、明確に依頼の斡旋を失敗した……とは言えないのですよ」
ランク制度の不備……とも言い切れないか。実際にダンジョン協会の職員がダンジョン内まで同行して、個別に探索者の実力を見定めてランク付けをする訳にもいかないからな。そうなるとやっぱり現状の様に、探索者が持ち帰ったドロップアイテムの実績で評価するしかないか。
しかし、この判別方法では実力以上に運に左右されるからな……。
「もし納品依頼斡旋時に、明確に脅迫ととれる発言があれば話も変わるんでしょうが……」
「言葉少なく雰囲気だけで圧力をかけて、脅迫ととれる様な言質は取らせていない、ですか?」
「ええ。被害を訴える探索者達に聞いても、誰も明確な脅迫ととれる発言は聞いていないそうです」
「空気を読んで察する日本人、だったという事ですね……」
「ええ、はぁ……」
悪い方に転がった……いや、悪用されたと言った方が良いだろうな。例えば、“この依頼を受けて貰えなかったら……”や、“誰かこの依頼を引き受けてくれないかな……”等と目の前で呟かれ嫌とは言えなかったのかもしれない。
うん。ダメなものはダメと言える人間にならないとな。
とりあえず大河兄さんには、あの会社は黒に限りなく近い灰色の会社であると教える事を決心しつつ、もう一つの疑問について飯田さんに尋ねる。
「じゃぁ協会は何故動かないんですか? 例え違法ではなくとも、実際に探索者から被害者が出ているんですよ? 探索者が不利益を被っている以上、ダンジョン協会として何か動きがあっても良いと思うんですが……」
「それはそうなんですが……協会としては動くに動けないんですよ」
「? 動くに動けない、ですか?」
飯田さんは困ったような表情を浮かべながら、自嘲気味の苦笑を漏らす。
「ええ。明確に違法行為を犯している訳ではない会社に対し、ダンジョン協会としては強制監査などを行う事は出来ません。それにそもそも、ダンジョン協会にはその手の権限が与えられてないんですよ。ダンジョン協会の管轄は、あくまでも探索者やダンジョン産出品の管理運用ですからね」
「……つまり?」
「ダンジョン協会としては、権限が無いので打つ手なしです。無論、警察や関連省庁には報告を上げているので、何かしらかのアクションはあると思うんですが……」
「……直ぐには動けない、と?」
「ええ。こう言っては何ですが、お役所仕事なので動くにしてもそれ相応の根回しと準備期間が必要になりますからね」
俺は飯田さんの回答に、額に手を当てながら俯き小さく溜息を吐く。予想通りと言えば予想通りの展開だよ。これ、国が問題解決に着手した頃には手遅れになっていて、既に被害者の探索者が暴発して会社に乗り込み殲滅していたとかって事件に至るんじゃないか?
そうなったら、世間が探索者に向ける視線がとんでもない事になるぞ?
「……ダンジョン協会単独では、何か出来ないんですか?」
「そうですね、この手の問題を周知させる啓蒙活動位ならできるとは思うんですが……」
「……それも時間が掛かるんですか?」
「ええ、何事にも手順と言うモノを踏まなければなりませんからね。特にこの件では企業も絡んでいますので、下手な啓蒙活動を行うと問題のない企業も同一視され白眼視されかねません。啓蒙活動を行うにしても、きちんと下調べと準備を行ってからにしないと……」
ちゃんとした企業が謂れのない煽りを受けて倒産する、か……。
確かにその可能性がある以上、探索者に絶大な影響力を持つダンジョン協会としては簡単には動けないよな。衝動的に動いた結果、問題の無いマネージメント会社が多数潰れ、問題のある会社はお金を持って高飛びした、とかいう結末になったら目も当てられない。
「……成る程、分かりました」
「すみません。現在のダンジョン協会の体制では、この手の問題でお力になる事が出来そうにありません」
「いえ、こちらこそ急な相談なのに丁寧な対応をして下さってありがとうございます」
俺は椅子に座ったまま深々と頭を下げ、飯田さんに感謝の意を示す。それと隣で唖然とした表情で俺と飯田さんの話を聞いていた美佳も、俺につられ慌てて頭を下げていた。
いやホント、突然訪ねてきた高校生相手にココまで丁寧な対応をしてくれるなんて思ってもみなかったよ。って、あっそうだ。
「あの、この資料って頂く事は出来ますか? 知人の説得に使いたいのですが……」
「すみません、こちらの資料は個人情報も含まれますので持ち出しの方はちょっと……」
「あっ、そうなんですね」
「はい。ですが、その知人の方にも相談窓口の方に来ていただければ、資料をお見せする事自体は出来ますよ?」
「ああそれなんですが、その知人は少し遠方におりまして……」
飯田さんの誘いに、俺は少し困った表情を浮かべる。流石にココまで大河兄さんを引っ張ってくるわけにもいかないからな……。
「そうですか、ではお近くの協会支部を訪ねる様にお勧めしてください。こちらの資料は協会内の共有資料となっていますので、どこの協会支部でもご覧になって頂くことが可能です」
「そうなんですか! じゃぁ知人には、近くの協会支部を訪ねる様に伝えておきます」
「是非そうして下さい。個人的な意見ですが、流石にこの会社との契約はお勧めできませんから」
「そう、ですよね、必ず伝えておきます。今日は相談に乗っていただき、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそお力になれずに申し訳ありません」
俺達は互いに深々と一礼しあった後、相談室を後にした。
ふう、これは急いで資料を纏めて大河兄さんに送らないと拙いぽいな。
相談室を出た後、俺は近くの休憩スペースのベンチに腰を下ろし、大河兄さんに簡単な警告メールを出しておいた。近日中にパーティーメンバーを説得すると言っていたので、早めに知らせておいた方が良いだろうからな。ネットでも調べれば情報自体は出てくるが、ダンジョン協会で実際に被害相談が上がっているとなると信憑性が段違いに上がる。説得材料としては、実際の被害者に会って話を聞くのと同等の価値があるだろう。
まぁ、コレでも説得を聞いて貰えないとなると詰みだけど。
「良し、送信完了っと。昨日集めた資料は後で送るとして……美佳、待たせたな。買い物の続きに行くか?」
「……いやいやお兄ちゃん、流石にそんな気分には成れないよ」
一仕事終えた俺は、同行して貰っていた美佳に買い物の続きをしようと声を掛けたが、美佳は顔の前で力無く右手を振りながら疲れ切った表情を浮かべていた。
さっきの件で、精神的に疲労困憊って感じかな?
「そうか? 俺としては、気分転換の為にも見て回るだけでも良いと思うんだが……」
「何か買うつもりがあるのなら、そうなのかもしれないけど……何も買わないしね」
「うーん、じゃぁ何か奢ってやるよ。折角の休みなのに、ココまで付き合って貰ったしな」
流石に美佳のテンションが下がり過ぎていると思えたので、俺はアメを与えて元気づけようと画策する。まぁ奢ると言っても、食べ歩き用のファストフード系食品とかだけどな。
無論、先程のウインドウショッピングで美佳が欲しそうに見ていた、新作アイテムとかを買ってやるとかは無しだ。
「えっ、良いの!? じゃぁ!」
「言っとくけど、食い物系だけだぞ? さっき欲しそうな目で見ていた新作とかは無しだ」
俺の奢りという言葉を聞き、美佳は落ち込んでいた雰囲気など瞬時に脱ぎ去り、目を輝かせお強請りしてきそうだったので即座に牽制を入れておく。ココで変に妥協すると、落ち込んでいれば何でも奢ってくれると思うかもしれないからな。
すると美佳は不満げな表情を浮かべ、ぽつりと一言漏らす。
「……お兄ちゃんのケチ」
「ケチじゃ無い、欲しいのならもう少し計画的に資金運用をしろ。入ったら入っただけ使ってたら、その内ガチで破産するぞ?」
「ううっ……じゃ、じゃぁケーキで」
「ケーキだな。じゃぁドコか近場の店にでも……」
若干諦めが悪そうな表情を浮かべる美佳を尻目に、俺はスマホで近場にあるケーキ屋を検索しようとした。すると、それを見た美佳が元気よく手を上げながら口を出してくる。
「はい、お兄ちゃん! 私、友達に美味しいって評判を聞いたお店があるの! この近くだった筈だから、そこに行きたい!」
「そうか? じゃぁ、そこにするか……」
「うん、決定! じゃぁ善は急げって事で、出発!」
と言うわけで、先程の落ち込み具合は何だったのかと言う元気な姿を見せる美佳に引き連れられ、俺達はダンジョン協会を後にしケーキ屋へと向かった。
ただこのケーキ屋、美佳の友達が美味しいと評判しているだけあって、店内の客層は九割が若い女子という何とも居辛いお店だった。ケーキ自体は美味かったけどな。




