第312話 中々……で良いのかな?
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俺と美佳は薄暗い通路を通り、指定された席に座って映画が始まるのを待つ。けっこう上映開始時間ギリギリだったので、先に入っているお客さん達の迷惑になるかもと心配したが無用の心配だった。
何故なら……。
「なぁ、美佳? この映画って、そこそこ人気あるんだよな?」
「う、うん。ネットでの情報だと、その筈だよ……」
「……コレでか?」
俺は半目で美佳を見つめた後、劇場内を見回し表情を曇らせる。
何故なら、今から上映が開始されるというのに、劇場内には両手で数えられる程度の人影しか無いのだ。これでは、とても人気がある映画とは思えないよな。すると美佳は……。
「……ユックリ見れるから良いんじゃ無いかな」
見つめる俺から顔ごと視線を外し、頬を指先で掻きながら誤魔化す。
そんな美佳の様子を見た俺は小さく溜息を吐いた後、この映画は期待出来ないな……と思った。
「……まぁ、そうだな。ココまで来たんだ、精々楽しむとしよう」
「そうそう。今は偶々人が少ないだけで、映画自体は面白い筈だよ……きっと、多分、恐らく」
「……」
到底、期待出来る様な反応ではない。
と、そんなやり取りを美佳としていると、劇場内に上映開始を知らせるブザーが響き照明が落とされていく。
2時間ほどで映画は終わり、見終えた俺と美佳は映画館の近くにある喫茶店で休憩を取っていた。何だかんだ言っても、2時間近く椅子に座りっぱなしと言うのはそれなりに疲れるからな。
と言うわけで、パンケーキセットを摘まみながら俺と美佳は先程見た映画の批評をしていた。
「……まぁ、中々面白かったんじゃ無いか?」
「うん、アクションシーンは謳い文句通り、中々派手で見応え有ったよね」
「アクションシーンはな。まぁ、ストーリー自体はありきたりだったけど」
正直最初は期待していなかった分、見終えた感想は中々良かったんじゃ無いか?と言うモノに落ち着いた。まぁ面白かったかと言うと、話は別だけどな。
因みに先程見たストーリーのあらすじは、某諜報機関に所属する主人公が、麻薬密輸組織を撲滅する為に奮闘すると言うモノだ。
「とは言え、組織が専有するダンジョンでレベルを上げた主人公が、単身で麻薬組織撲滅ってのは流石に無理があるストーリーだと思うぞ?」
「でも一応、バックアップ班みたいなサブキャラ達は居たよ?」
「そうだとしても、正面戦闘を全て主人公に丸投げって構成は無しだろ。幾ら単体戦力が高くとも、大幅に逸脱してるって訳じゃ無いんだからさ。多勢に無勢、数で押されたら流石に高位探索者でもヤラれるって」
とは言え、ストーリーの最初の方は密売組織の下っ端相手に、主人公が派手なアクションで無双してたけどな。
廃工場のような場所で主人公が下っ端相手に、3次元立体移動しながらの銃撃戦をするシーンは中々見応えがあった。三角飛びで壁を一気に駆け上がり、天井の鉄骨に逆さに張り付いての銃撃……映画本編が始まる前に、最初に“この映画では一切のワイヤーアクションやCGを使用していません”とテロップで注意書きがあったので、多分本当にやったのだろう。
「ねぇ、お兄ちゃん? あの映画であったような動き、お兄ちゃんでも出来る?」
「ん? まぁやった事は無いけど、練習すれば出来ると思うぞ。勿論、お前でもな」
「私も?」
「身体能力的に言えば多分な、まぁやる意味はあまりないだろうけど……」
ダンジョン内で無闇に探索者が全力で飛び上がると、痛い思いをするだけだからな。如何してもやりたいというのなら、それなりに練習してからにした方が良いぞ。
「そっか……今度やってみようかな?」
「やるなら、最初はユックリ調子を確かめるようにやれよ。あと、柔な壁とかでやると穴が空くからな」
「……えっ?」
「気付いてないのか? 板壁くらいなら多分お前でも簡単に蹴り破れるぞ、まぁ試すような事じゃないけどな」
因みに俺達なら、コンクリート壁くらいは蹴り砕けるだろうけどな。無論、後始末が面倒なのでやらないぞ。
「う、うん、分かった。それはそうとあの映画、魔法スキルなんかの攻撃的なスキルとか使ってたけど……アレって良いのかな?」
突然の事実の突きつけに少し困惑気味の表情を浮かべる美佳は、話の流れを変えようと映画の演出で使われたのだろうスキルの話を振ってくる。
にしても、攻撃系スキルの使用か……。
「あの映画は洋画だからな、向こうの国でのスキル使用に関する法律がどうなってるのか分からないから、何とも言えないよ。無論、映画撮影で許可を取っては居るだろうから良いんだろうとは思うけど……日本じゃ良くてグレーゾーンだろうな」
「そうだよね」
ストーリーの中盤以降は、出て来た敵の幹部が手の平から火の玉等を飛ばしていたので、CG未使用なら先ず間違いなくスキルを使っている事になる。アレが火魔法スキルのファイヤーボールなら、的に当たったら盛大に燃え上がるからな。無防備な一般人に当たったら良くて大火傷、悪ければ焼死だ。間違っても、人に向けて使うような物では無い。
だからこそ日本では原則、ダンジョン外での攻撃性があるスキルの使用は禁止されている。
「まぁ魔法スキルを使ったシーンは編集で繋いだような感じだったから、実際には何も無い所に向かって使ったんじゃ無いか?」
「うーん、確かに言われてみれば変な繋ぎ方してたよね。基本的に魔法使ったシーンは、役者さん単体のアップだったよね……」
「ああ。役者が2人以上画面に入った状態だと魔法は使わず、基本格闘って感じの映画だったからな」
アクション映画という意味ではそれでも良いのだろう、魔法主体と思わしき敵が近づくと一切魔法を使わず殴り合うと言う展開はどうなんだろ?とは思うけどな。
安全の確保という都合もあるだろうが、映画としては微妙だった。
「そんでもって最後のシーン……」
「アジトが大爆発で決着って……割とある締め方だったよね」
「脱出シーンは中々良かったけどな」
ラストシーンは、対面したボスと一戦やりあった後にアジトが大爆発するというお決まりだった。次々爆発しながら崩壊していくアジトから、主人公が探索者由来の身体能力で3次元立体移動でガレキを避けながら脱出するシーンは中々に見応えがある。進む通路の床が抜け落ちあわや転落か!?と思われたシーンで、落ちるガレキを蹴って通路に戻るシーンは正に探索者の身体能力有ってのものだと思えた。
ただ……。
「でもやっぱり、シナリオの力不足を探索者アクションと爆発で補ったって感じかな?」
「そうだね。アクションシーンは印象に残ってるけど、内容が面白かったかっていわれたら……まぁ可も無く不可も無くって感じだよね」
「だな、まぁ時間潰しには成った映画だったかな?」
結局この映画の評価は、見所はあるものの面白くは無いがつまらなくも無い、と言った何とも言いづらい結論だった。もう少しシナリオが確りしていれば、面白い物になったのかもしれないな。
だがこの映画の出来を見るに、今後は俳優系探索者が多く映画に出てくる様になるだろうなと言う可能性は感じられた。最初はアクション系ばかりだろうけど。
喫茶店での休憩を終えた俺と美佳は、予定通りウインドウショッピングに繰り出した。と言っても、金欠気味の美佳が何か目的があって買うと言う訳では無く、只ぶらついて見て回るだけなんだけどな。
ダンジョンに行くようになってお金が入ったからって、無駄遣いしすぎなんだよ。
「あっ、新作が出てる! 良いな、コレ……」
「……買わないからな?」
「わ、分かってるよ! ちょっと呟いただけじゃん……」
「いや、何か物欲しそうな視線を感じたんだけど……」
「き、気のせいだよ!」
美佳は俺の指摘に少し不機嫌そうな表情を浮かべ、誤魔化すように俺に背を向け少し足早に歩き出す。
だがな、美佳? ショウケースのガラスに写るお前の顔に、買ってくれないかなと言う表情を浮かべてるのを俺は確かに見たからな? だがまぁ……。
「悪い悪い、美佳はそんな顔してなかったもんな」
「ふっ、ふん、そうだよ! 私、そんな顔浮かべて無いからね!」
「そうだな。じゃぁ、もうちょっと見て回った後、俺の寄りたい所に行っても良いか?」
「……それってダンジョン協会だよね?」
「ああ、ちょっと調べたい事があってな」
俺の前を歩いていた美佳が足を止め振り返り、少し不安そうな表情を浮かべていた。
「大河お兄ちゃんの件だよね?」
「ああ、軽く調べたら中々怪しい会社みたいだからな。ダンジョン協会の方で、何か情報を掴んでないか聞いておきたいんだよ」
まぁダンジョン協会に尋ねて直ぐ情報が出てくるようなら、注意対象として元々扱われていた会社って事だろうけどな。……そんな会社では無い事を願う一方で、そんな会社なら大河兄さんの説得材料になるなと言う思いもある。
まぁどちらにしろ、現時点までで調べ上げている情報だけでもアウトな会社なんだけどな。
「じゃぁお兄ちゃん、今から行こ?」
「ん? 良いのか? 別にまだ買い物していて良いんだぞ?」
「何か買うって訳じゃないし、別に良いよ。それに早めに調べて、大河お兄ちゃんに知らせてあげた方が良いんでしょ?」
「……ああ、確かに早めに送ってあげた方が良いだろうな」
もし大河兄さんが今日明日で仲間を説得するのだとしたら、早めに資料は送って置いた方が良いだろうしな。資料を送った時点で遅かったのでは、意味が無い。今の時点で手元にある資料を送っても良いが、ダンジョン協会から直接聞いた情報を添えていた方が信憑性は上がるしな。
「じゃぁやっぱり、先に行こうよ。その後に時間があれば、また見て回れば良いんだし」
「そうか? じゃぁ、行くか」
「うん」
と言うわけで、俺と美佳は買い物を一時中断し先にダンジョン協会へ向かう事になった。
まぁダンジョン協会は、ココからさほど離れていないので移動自体は直ぐだけどな。
ダンジョン協会に到着した俺と美佳は受付で相談の予約を入れた後、時間までの暇潰しを兼ねて久しぶりに協会公式ショップに足を伸ばしていた。
「うわぁ、色々あるね!」
「ダンジョン探索で使う品は、ココで一通り揃える事が出来るぞ。……高いけどな」
公式ショップという事もあり、実際にダンジョン探索で使用する探索者達の意見を聞き揃えられた品々なので使い勝手自体は良い。ただ問題を挙げるとするなら、荷物固定用のロープ1つをとってもプロ価格になっている事かな?
確かに探索者は高給取り?なので買えない事は無いだろうが、探索者を始めたばかりの初心者には厳しい価格帯でもある。
「うわっ、本当だ……高い」
「それは、羽毛の寝袋か……」
と、並べられた商品に表示された値段を冷やかしながら俺と美佳は店内を歩き回る。店員さんから見たら、買う気が無いのに冷やかすだけ冷やかす迷惑な客だったろうな。
そして、暫くショップを冷やかしていると時間も過ぎ……。
「大変お待たせしました。それで、ご相談とは?」
和やかな笑みを浮かべた眼鏡を掛けた係員のオジサンさんと、俺達は相談室の机越しに対面していた。チラッと見えた胸元の名札プレートに、係長と書かれているのは気のせいだと思おう。
俺は持ってきていた大河兄さんに貰ったパンフレットを机に出し、オジサンに相談事を打ち明ける。
「知り合いの探索者が、コチラの会社とマネージメント契約をしようかと思っていると相談を受けました。それで自分なりに調べてみたんですが、ちょっと業務内容が怪しい会社みたいなんですよ。それで、もしかしたら協会の方で何か把握している情報があるんじゃ無いかと思って……」
「マネージメント契約ですか……。ちょっと失礼しますね、コチラを拝見させて頂きます」
そう一言断りを入れてから、オジサンは俺が持参したパンフレットに目を通し……眉を顰めた。
「成る程……確かに少し怪しい会社ですね。分かりました、少々お待ち下さい。何か報告が上がってきてないか少し調べて見ます」
「よろしくお願いします」
オジサンは俺と美佳に向かって軽く一礼した後、調べ物をする為に一旦席を外した。
そして俺と美佳は軽く息を吐き、緊張で凝った体を解す。
「ふぅっ、何でいきなり係長が顔を見せるんだ? 普通、こう言う時は一般職員が相手してからだろ……」
アレか? この間のランクアップのせいで、俺達の名前が協会に知れ渡ってるとか? 俺は自分の知らない所で、自分達の事が広まっているのではないかと少し不安になった。只の優秀な探索者として名前が広がっているのなら良いが、特大の隠し事がある身としては……勘弁して貰いたい事態である。
そして五分ほど待っていると、先程まで和やかな笑みを浮かべていたはずのオジサンが、眉を顰め少し厳しい顔付きで数枚の紙束を持って戻ってきた。




