第311話 無駄遣いはダメ
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昇った太陽の日がカーテンの隙間から差し込み、俺の顔に当たったことで目を覚ます。昨日は遅くまで例の会社の事をネットで調べた後に眠ったので、寝不足気味で少し眠たい。
まぁ眠気より、昨日の調べ物が気掛りでおきる頭痛の方が気になるけどな。
「……やっぱり、アウトだよな」
昨日調べ終えた時点でアウトという判断を下したが、一晩寝て頭を冷やせば別の結論が出るかとも思ったが、寝起きではあるが結局アウトだろという結論に至る。何故なら、調べた限りでのネット評判が玉石混淆で中々のモノだからだ。
創設間もない事を差し引いても、星評価をしたら実質1~2じゃないか?
「基本的に探索者は自己責任だから怪我なんかの保障が無いのは別にしても、依頼難度の見積もりが甘かったり納期が厳しいのは駄目だろ……」
ネット掲示板などに、この会社のマネージメントで納品依頼を受けた探索者パーティーの悲哀や悲鳴が幾つも掲載してあった。
曰く、自分達のパーティーの実力にそぐわない難易度が高い依頼が回された。
曰く、パーティーの実力に不相応な依頼を断ったら、割に合わない安い依頼しか回されず干された。
曰く、無理矢理高難度依頼を回したのに、納期が遅れたとして違約金を払わされた。
曰く、依頼遂行中に負傷したが、一切お見舞い金等の気遣いが無かった。
良く見ればサクラと分かる軽い言葉で書き連ねられた辻褄合わせの高評価評の中に、これらの重い言葉で書き連ねられた低評価評が目立たないように混じっていた。こんな問題が起きるだろうなと思っていた問題が、実際に起きてしまっていると言う事だ。マネージメント力が無いんだろうな。
まぁ今の所、最悪の中の最悪の事態が起きたという書き込みは無いのだけが幸いだ。恐らく創設間もないからこそ、上級探索者パーティー向けの高難易度依頼が来てないだけだろうが。時間が経てばヤバいぞ、この会社。
「伝えづらいけど、大河兄さんに黙っておくってのは無いよな……」
既に考えを改めているとは言え本人に向かって、貴方が選んだこの会社は最悪ですよ!とは、流石に言い出しづらいよな。まぁ大河兄さんのパーティーが、考えを改める一因には成るだろうけどさ。
でも、調子に乗っていて情報収集を怠った自分達の手落ちに絶望するんじゃ無いかな?
「でもまぁ、知らずに進んで谷底に落ちるよりはマシか……」
伝えた時の大河兄さんの反応が気になって、俺の胃がキリキリするけどな!
とまぁ、寝起きから胃に悪い事を考えながらベッドから起き上がり、俺は憂鬱げな表情を浮かべながらカーテンを開け広げ燦々と輝く太陽を眺めた。
顔を洗いリビングへ足を入れると、母さんが台所で片付けをし父さんがソファーでテレビニュースを見ていた。美佳は……まだ起きてきてないみたいだな。
扉が開く音に反応し父さんと母さんの顔がコチラを向いたので、俺は軽く手を掲げながら声を掛ける。
「おはよう父さん、母さん」
「ああ、おはよう」
「おはよう大樹、朝御飯食べる?」
「うん」
軽く父さんと母さんに返事を返した後、俺はテーブルに座る。
そして暫く待っていると母さんが朝食、トーストとベーコン目玉焼き、トマトサラダとコーヒーを出してくれた。うん、ザ・洋朝食って感じのメニューだな。
「ありがとう、頂きます」
「どうぞ、召し上がれ。それはそうと大樹、美佳は起きてた?」
「うーん、どうだろ? 特に部屋の方から音はしてなかったから、まだ寝てるんじゃ無いかな?」
「そう……そろそろ美佳も起きてきてくれると、一緒に片付けが出来るんだけどね」
母さんは少し困り顔を浮かべて天井、美佳の部屋がある方を向いて小さく溜息を漏らす。まぁ一人一人片付けるのは面倒だろうからね、1回で片付けられる方が良いに決まっている。
俺は、ベーコン卵をのせたトーストを囓りながら、早く降りて来いよと、未だ寝ているであろう美佳に、念を送っておいた。……一応言って置くが、念と言っても、テレパシー系のスキルとか持ってないからな?
「そう言えば大樹、二人で映画に行くとか言ってたけど何を見に行くか決まったの?」
「話題?らしいアクション映画を見に行くよ。ついでに何ヶ所か、買い物に寄ってくるって感じかな?」
「そう、じゃぁお昼は用意しなくて良さそうね」
「うん、昼はどこかで食べてくるよ」
と言った感じで母さんと遣り取りをしながら朝食を食べ進めていると、美佳が眠たげな表情を浮かべながらリビングに入ってきた。
ん?さっきの念が届いたのかな?
「おはよう……」
「「おはよう」」
「おはよう美佳、そんな眠そうな顔してないで顔洗ってきなさい。朝ご飯用意しておいてあげるから」
「……はーい」
母さんに促され、美佳は眠そうに小さく欠伸を噛みしめながらリビングを出て行く。
そして顔を洗って眠気も覚めた美佳が戻ってくると、母さんが並べていた朝食を食べ始めた。
「それにしても、遅かったな美佳」
「うーん、そうだね……ちょっと夜更かしし過ぎちゃったかも」
「夜更かし? 何やってたんだ?」
「帰省から帰ってきたって、皆に連絡を入れてたの。そしたら話が長くなって……」
何でも帰宅のお知らせと一緒に、今度行くイベントの話題で盛り上がったらしい。どうやら皆イベントを随分楽しみにしているようで、特に出店にどんなモノがあるか気になっているようだ。
勿論、会社説明の方も気にはなってるらしいが比重は出店の方が重いらしい。
「そっか。じゃぁ、今度のイベントは気合いを入れないとな」
「ちょっとお兄ちゃん、気合いを入れるって何に?」
「何にって……そりゃぁ食べ歩き?」
「それって、皆に奢ってくれるって事!?」
美佳は何か期待したような表情を浮かべながら、少し身を乗り出すように俺の顔を覗き込んでくる。そんな美佳の様子に、俺は小さく溜息をつきながら軽く右手の人差し指で美佳の額を押し返す。
「まさか。館林さん達になら兎も角、お前や沙織ちゃんは自分でそれなりに稼いでるだろう?」
「ええっ……」
「今まで頑張ってきたんだ、それ位の蓄えはあるだろ?」
「……」
……えっ、何? その嫌な沈黙は?
俺はバツが悪そうな表情を浮かべ視線を逸らす美佳の様子に、軽く頬が引き攣るのを覚えた。
「もしかして使い切ったのか?」
「ううん、流石にそれは無いよ! 必要分はちゃんと別にして管理してるよ、ただ……」
「……ただ?」
「お小遣いに回せる分が、残り少なくなっちゃって……」
美佳は観念したように、懐事情を暴露した。
必要経費分を別に管理しているのには安心したが、稼げるようになったと言って金遣いが荒くなるのはなぁ……。
「お前、その辺はもっとちゃんと管理しろよ……」
「してるよ! でも、女の子はお兄ちゃんが思ってるより色々と買う物があるの!」
「……」
そう言われると何とも言えないので、俺は困ったような表情を浮かべながら額に手を当て軽く溜息をついた。
「じゃぁ、今日の映画行きは辞めておくか? お小遣いが少ないなら、行かない方が良いんじゃないか?」
「映画代ぐらいなら大丈夫だよ。でも、ダンジョン食材を使った出店を回るんだったら、流石に心許ないかな……って」
「まぁ確かに、ダンジョン食材を使った料理は高いからな……」
原材料が原材料だからな、ダンジョン食材を使って利益を出そうと思えば、出店料理とは言えそれなりの値段になってくる。そんな料理が並ぶ出店を巡ろうと思えば、お小遣いが残り少ないという美佳からしたら財布の中が心配だろうな。
まぁ普段から、もっと節約しておけよとは言いたいけど。
「だからさ……」
「まぁ、盆休みが明けたらダンジョン行き頑張れよ」
「ええっ……」
「必要経費分は残してあるんだろ? それなら他人の財布を当てにする前に、まずは自分で稼げよ」
ダンジョン探索に使う道具の補充分を買ったから、ダンジョン行きの交通費が無いと言うのであれば貸すのも吝かでは無いが、お小遣いが無いと言うだけなら自分で稼げば良い。美佳と沙織ちゃんは、一般的な新人探索者に比べかなり恵まれた探索環境にいるんだからさ。無理をしないでも安定して稼げる、コレが出来る新人探索者なんてまず居ないんだぞ?
因みに俺達の事は反則気味なので、例外として棚上げしておく。
「ううっ……」
「唸っても泣いてもダメだぞ。カツカツの貧乏生活が嫌なら、普段から無駄な買い物はせず節約を心掛けろよ。必要経費分を除いても、それなりに貯金する余裕はあるだろ?」
「う、うん。そう、だね……」
意気消沈した美佳は、無念そうな表情を浮かべながらトーストを囓る。そんな美佳の姿を俺と母さん、そして父さんは若干呆れたような眼差しで眺めた。自分で自由に出来る大金が手に入って、身持ちを崩したと言うのは良く聞く話だが、今の美佳はその一歩手前って所だからな。
コレで必要経費分も残さず使い込んでいたとかなっていたら、家族揃って大説教大会待ったなしだっただろう。ギリギリセーフって所か?
「まぁ、何だ? とりあえず、朝食を食べ終わったら出掛けよう」
「う、うん……」
出かける前から美佳のテンションが駄々下がりのようだが、コレは仕方ないよな。朝から説教染みてしまったが、コレから出かけるのでそこで機嫌を直して貰うとしよう。
俺は美佳より一足先に朝食を食べ終え、出かける準備を始めた。ダンジョン協会に相談する時に見せようと準備した、例の会社のネット評判を纏めた資料等を纏めたりしてな。
朝食を食べ終え、暫く準備する時間をとってから俺と美佳は家を出た。相も変わらず燦々と降り注ぐ太陽のお陰で、辺りの気温は既に三十度を超えている。ほんと、同じような日差しの強さでも、地面が土かアスファルトかで大違いだよな。
「暑い……」
「大丈夫か、美佳?」
「う、うん。大丈夫……」
日差しの強さに項垂れる美佳に、俺は心配げに声を掛ける。無理をして炎天下を歩いていると、熱中症で倒れたりするからな。必要ならどこか近くのお店に一時避難し、体を冷やし涼むのも必要だ。
そんな風に心配していると、美佳は俺に顔を向け、ジッと見つめた後に、ポツリと漏らす。
「……ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは何で、そんなに平気そうな顔してるの?」
「ん? まぁ……鍛えてるから?」
「私も一応、探索者として鍛えてるんだけどな……」
「鍛錬不足と言うか、レベルやスキル不足だな。レベルが上がれば多少耐性は上がるし、耐熱スキルを習得したらこれ位の暑さなんか気にならなくなる」
その内、温暖化する日本の気候に適応する為に探索者になろう……とかって流行るかもな、最近の夏の暑さは異常だしな。
熱中症対策に探索者なのか、探索者になったから熱中症にならないのか……どっちだろうな?
「……何か狡い」
「そうでも無いぞ? 耐熱なんてスキルがある以上、ダンジョンを進む先でそれが必要になる場面があるかもしれないって事だ。今はまだ探索者の黎明期だから低階層でもそこそこの稼ぎになるけど、何年も探索者を続けるのなら何れはそのスキルが必要になる場所まで進まないといけなくなるかもしれないんだ。時間が経てば、探索者の平均レベルも上がるだろうし、効率的な探索方法も確立されるだろうしな」
「あっ、そっか」
「まぁダンジョンに潜り続けていたら、自然に身につくさ。オマケで、夏なんかが楽に過ごせるようになる」
軽く探索者をたしなむ程度の者なら、そのオマケにこそ価値があるかもしれないけどな。
と言った感じで、暑さを誤魔化すようにそんな話をしながら俺と美佳は駅を目指して歩みを進めた。映画館があるのは、電車で数駅先の街だからな。探索者の体力なら歩いて行けない事も無いが、流石にこの炎天下の中を歩いて行くのは遠慮したい。
そして電車に乗って移動し、俺と美佳は映画館がある目的の町に到着した。
「到着っと。で、美佳? 映画は何時から始まるんだ?」
「えっと……後三十~四十分って所かな? ユックリ歩いて行けば、十五分前くらいには映画館に到着できると思うよ?」
「そうか、じゃぁ町を散策しつつユックリ行くか」
「うん」
やはりお盆期間という事もあって、町中は中々の人で溢れていた。俺と美佳は人の波に流されないように気をつけつつ、映画館がある方へと移動していく。
「到着って、ココも人が多いな……」
予定通り、上演時間十五分前に映画館に到着したのだが、中は思った以上に混雑していた。特に親子連れの姿が多い。
「お盆休み中だからね、皆この機会にっておもうんじゃないかな?」
「まぁ、そうだよな。特に子供連れだと、休日じゃ無いと親も連れてこれないしな。……なぁ美佳、コレって席取れるか?」
「うーん。一応、子供向けの夏休みアニメ映画とは違うから、多分大丈夫だと思うよ?」
「そっか……とりあえず受付に行って確認してみるか」
人の多さにチケットの売り切れも覚悟して受付で聞いてみたのだが、拍子抜けするほどアッサリとアクション映画のチケットを購入出来てしまった。うん、無駄に気合いれて聞いた分なんか恥ずかしい。
俺は頬を指先で掻いて気恥ずかしさを誤魔化しつつ、飲み物を購入してから上映会場へ入っていった。この映画が面白いと良いんだけどな……。




