第310話 中々怪しいぞ、この会社
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夕日がもう少しで地平線の彼方に落ち切ると言う頃、俺達は2日ぶりに自宅に帰り着く。良かった、渋滞に引っかかった時は日暮れ前は無理かな?と思っていたが、どうにか日が暮れる前に帰りつけた。
そして車から降りた俺は背伸びをし凝り固まった体をほぐしながら、大和伯父さん家で感じた空気と違って、夕方になってまだ結構な暑さが残っている住宅地の空気に少しウンザリとした気持ちになる。
「やっぱり、こっちは暑いな……」
「そうだね。伯父さん家の方は扇風機ですんだけど、こっちじゃ無理かな……」
「無理に我慢すると、熱中症になるだろうな」
探索者補正がある俺達はとりあえず大丈夫だと思うが、父さんと母さんはマズイだろうな。
と言った感じで、久しぶりの我が家の周辺温度環境について美佳と話していると、母さんから声がかけられる。
「貴方達、もう直ぐ日が落ちそうなんだから、ボサッとしてないで早く荷物を家の中に入れなさい」
「「あっ、はーい」」
母さんに注意され、俺と美佳は急いで車のトランクから荷物を下ろし家の中へと運び込んでいく。その際、久しぶりに入った家は閉め切っていたせいか、空気が少し埃っぽく感じた。
まぁ母さんが一足先に家に上がり家中の窓と言う窓を開けているので、しばらくすれば換気も出来るだろうけど。
「父さん、この荷物で最後だよ」
「そうか、じゃぁ車を車庫入れするから、大樹達はもう家に上がってくれて良いぞ」
「了解。じゃぁ、先に上がらせてもらうよ」
と言う訳で、荷下ろしを終えた俺と美佳は父さんに一言断りを入れた後、家の中へと移動する事にした。ここに居てもする事ないしな。
そして一足先に家に上がった俺と美佳は、玄関先に運び込んでいた荷物の残りを手に持ちリビングへと移動する。
「母さん、荷下ろし終わったよ」
「そう。ありがとう大樹、美佳。じゃぁついでで悪いんだけど大樹、洗い物を洗濯室に出しておいてちょうだい。大きいバッグに纏めて入れてあるから、ビニール袋ごと置いててくれれば良いわ」
「了解」
「美佳はこっちに来て、夕食の準備を手伝ってちょうだい」
「うん、分かった」
母さんの指示に従って俺は洗濯室に帰省で溜まった洗い物を置きに、美佳は夕食の準備を進めていた母さんの手伝いを始める。夕食は帰省に出る前にある程度用意してたらしいから、途中では食べてこなかったんだよな。
そして洗い物を洗濯室に置きリビングに戻ると、車庫入れを終えた父さんが家に上がってきていた。
「父さん、運転お疲れさま」
「なぁに、これくらい何とも無いさ」
俺は帰省期間中、一人運転手を務めた父さんにお礼の言葉を伝える。すると父さんは大した事ないように軽い調子で返事を返してくるが、今日の帰りは渋滞もあったから疲れているはずなんだけどな……。
と言った感じで父さんと立ち話をしていると、食器を持って夕食の準備を進めていた美佳が声を掛けてくる。
「お父さんお兄ちゃん、そんな所で立ち話してないで席についてよ。もうすぐ準備できるよ」
「ん、ああ悪い悪い。いま席に着くよ」
「それにしても美佳、随分早いな。さっき準備を始めたばかりだろ?」
「今日の夕食は簡単だしね。メインは素麺だし、付け合わせは冷凍食品のから揚げや作り置きのポテトサラダだよ」
なるほど、それなら手早く準備できるな。素麺と冷食なら、茹でてチンするだけだし。一瞬、何か文句あるの?と言いたげな母さんからの視線を感じた様な気がしたが、俺と父さんは気のせい気のせいと自分に言い聞かせるように黙って定位置に腰を下ろした。
触らぬ神に祟りなし、藪を突いたら蛇は勘弁だからな。
「「……」」
と言う訳で、俺と父さんは夕食の準備が整うのを大人しく席について待つことにした。
そして待つ事5分、夕日が完全に地平線の彼方に沈み家の外を暗闇が覆った頃、料理が全て出そろい夕食の準備が整う。美佳と母さんが席に着き……。
「「「「いただきます」」」」
皆一斉に素麺を啜りながら食べる。
……うん、まぁ普通においしいな。
「そう言えば父さん、明後日から仕事なんだよね?」
「ん? ああ、そうだぞ。お盆期間で出勤出来る人が居なくてな……」
「そうなんだ……」
今更ながら、父さんの答えに俺は少し疑問を持った。こういう連休期間中どうしても出勤しなければならない場合、普通は独身者が出勤するものなのでは?と。
そして、そんな俺の疑問を察したのか、父さんは箸を下ろしながら口を開く。
「お前が言いたい事は何となく分かるぞ。念の為に言っておくが、今年は日付の関係もあって前半後半に分かれて皆出勤するんだからな」
「……と言う事は、父さんは前半に休みを貰ったって事?」
「ああ、明後日までなんだがな」
それなら不公平感も少ない……のかな?
と、俺が父さんの説明に納得しかかっていると、隣で素麺を啜りながら話を聞いていた美佳が満面の笑みを浮かべながら口を開く。
「じゃぁ明日までは休みなんだね! ねぇねぇお父さんお母さん、どこか行こうよ!」
「行かないわよ。しばらく家を空けていたから、色々片付けもあるんだし……」
「ええっ、折角の休みなんだから出かけようよ……」
「そんなに出かけたいんなら、友達と出かけたらいいじゃない?」
「皆、帰省や旅行でいないよ……」
母さんの回答に、美佳は若干悲しげな表情を浮かべながら意気消沈し沈みこむ。まぁ友達が帰省や旅行でいない中、自分だけがやる事もなく暇を持て余してるともなれば落ち込むよな。
だが、流石に隣で大きな溜息を吐きながら落ち込まれたら鬱陶……居た堪れない。
「……じゃぁ美佳、明日一緒に映画でも見に行くか?」
「!? ……良いの?」
「ああ。俺も暇と言ったら暇だしな」
裕二も柊さんも、お盆期間中は忙しいと言ってたしな。流石に一人でダンジョンに行く事は出来ないから、結局俺もやる事が無い。無論、部屋に籠り引き出しダンジョンで……と言う事も出来なくはないが、何と言うかお盆期間中にやるのは気分的に憚れる。
正月の初夢の様に、また夢に出てこられても困るからな。
「とは言え、いま何が上映されてるか分からないからな?」
「あぁ、うん。その辺は後で調べてみるよ」
「じゃぁ明日、映画を見に行くって事でいいんだな?」
「うん!」
先程までの落ち込んでいた雰囲気を払拭し、美佳は嬉しそうな表情を浮かべる。因みに、そんな俺と美佳のやり取りを父さんは微笑ましそうなにこやかな表情で眺め、母さんは小さく溜息を漏らしながら眺めていた。
その後は特に波乱もなく夕食は済み、俺と美佳はそれぞれ荷物を持って自分の部屋へ向かう。
部屋に戻った俺は、大河兄さんに貰ったマネージメント会社のパンフレットを取り出し目を通す。
「えっと、会社名はアドバンス・サーチャー……進歩する探索者って事か?」
割と良い名前なんじゃないかな? で、肝心の業務内容は……まぁ普通だな。
でも……。
「請負作業中に負傷した場合、当社は責任を負いません、か……」
まだ探索者向けの保険が出来ていない以上、仕方ないのかもしれないけど……お見舞金ぐらいなら出しますよ、くらいの事は書いてあってほしいと思うのは贅沢かな?
俺は不安を少し大きくしながら、パンフレットの続きに目を通していく。
「……マネージメント実績が殆ど書かれてないのは設立間もないから、だよな?」
探索者と言う職業が出来てからまだ1年もたっていない、それを思えば実績の数が少ないのはまだ納得できる。一応実績も書かれている事は書かれているのだが、どう見てもどこかで見た事ある……協会が斡旋している納品依頼と似通っている……納品実績ばかりだ。確かに各企業が必要とされている品の傾向は似ているので、このような実績ばかりが並ぶようになるのは分からなくも無い。
だが、流石に中堅レベルの納品実績(ミノタウロスの肉など)が少なすぎるのでは?と思えてくる。
「まさか会社側の探索者が自分達で受注して、アイテムを納品して会社の実績にしている事とかってないよな?」
万が一の可能性にまで思考が進むと、一気にこの会社が胡散臭くなってきた。
この会社、本当に契約した探索者パーティーの実力に合った依頼を割り振れるのだろうか? 万一の可能性が当たっている場合、ここに並ぶ実績を見るに経営側についている探索者のレベルは良くて中堅の中レベルだろう。判断する探索者の経験も足りず、分析するデータも不足している状態だったら、最悪の事態が起きる可能性は決して少なくない。
最悪の可能性、依頼の難度と探索者パーティーのレベルの読み違いを!
「難易度の低い依頼を高レベルパーティーに回すのならいいが、難易度の高い依頼を低中レベルのパーティーに回したら……」
高確率で重軽傷者、最悪死人が発生する。
……とてもではないが、こんな怪しい会社に大河兄さんを関わらせたくはない。
「マネージメント会社の全てが、こんな怪しい会社って事は無いだろうけど……流石にココは無いよな」
俺は頭を掻きながらパソコンを起動し、パンフレットに書かれた会社HPにアクセスし調べ始めた。HPに書かれている内容自体は、パンフレットに書かれている物とさほど違いはなく多少納品実績が追加されているくらいだった。難易度の低い少数納品の実績だけどな。見方を変えれば、少数納入依頼でも積極的に受注していると受け取れない事も無いが、正直に言ってかなり怪しい。
俺は椅子の背もたれに体重を預けながら、天井をどうしたモノかと仰ぎ見る。
「表面的なものだけを見れば、中小個人事業者からの依頼を中心に扱う会社なんだよな……」
恐らくもう数年もすれば、この辺の法整備も進み怪しげな業者は排斥されるだろう。だがその数年の間に、良いように使われ貪られる探索者の数はどれくらいに上るか……。
自分では手出しできない領域の話なので、俺はどうしようもない現実に悲観し溜息を洩らした。こうなると、大河兄さんとその友人のパーティーだけでも、この手の会社との契約からは手を引いて貰えるように助言するしかないな……。
「大河兄さんは引く気があるみたいだったけど、問題は友人の人達だよな……」
ある意味、順調に稼ぎを上げて気分が高揚し、一番威勢が乗っている時期だろうからな。根拠もなく手を引けと言っても、話を聞いてもらえない可能性は高い。大河兄さんが進学する意思を明示する時が、考え直させる切っ掛けになるだろうから、手を引くように説得するための資料を集め、大河兄さんに送るのが良いだろう。なんだかんだ言っても、俺は部外者だしな。
どんな結末が待っていようとも、パーティーの行く末を決めるのならやっぱりパーティーメンバーで話して決めないと。後になってあの時もっと話し合っていれば……となったら、後悔してもし足りなくなるからな。
「良し、取り敢えず資料集めを始めるか!」
俺は軽く頬を叩き気合を入れ、椅子に座り直しパソコンと向き合った。
ああそうだ、明日映画館に行くついでにダンジョン協会まで足を延ばして、この会社について少し探ってみるか。何か問題を起こしている会社なら、それなりの情報があるかもしれないしな。
大河兄さんが教えてくれたマネージメント会社についてネットで調べ上げていると、扉がノックされ入室を求める声が響いてきた。
「お兄ちゃん、入って良い?」
「ん? ああ美佳か、良いぞ」
「お邪魔しまーすって、お兄ちゃん勉強してたの?」
「いや、ちょっとした調べ物だ。で、何か用か?」
真剣な雰囲気を醸し出しながらパソコンに向きあっていた俺の姿に、少し目を見開き驚いたような表情を浮かべていた。まぁ帰省から帰ってきたばかりなのに、こんなマジな様子で机に向かってたら驚くか。
俺は軽く胸に溜まった息を吐き出し、気持ちを落ち着け美佳と向き合う。
「えっと、明日行く映画の話なんだけど……」
「ん? 何か良いのがあったのか?」
「うん。洋画なんだけど、探索者系俳優がいっぱい抜擢されたらしいアクション映画だよ」
「……探索者が主役のアクション映画?」
おいおい……色々な意味で大丈夫か、その映画?
「CGやスタントマン無しが売りなんだって」
「……まぁ、そうなるよな」
「ストーリーはありきたりらしいけど、アクションシーンがド派手で評判はそこそこ良いみたいだよ」
「……監督か役者がハッチャケたのかな?」
アレか、台本の不備を勢いで誤魔化す系の映画。うーん、見る前からB級臭が半端ないな。
まぁ興味が無いラブロマンス物を見るよりはマシか……。
「分かった、じゃぁそれを見るか」
「うん!」
了承すると、美佳は嬉しそうな表情を浮かべた。
言っとくが、映画代は自分で出せよ? それくらいの稼ぎならあるだろうしさ。
「ああそれと、映画の後で良いんだけど、一か所寄りたい所があるんだけど良いか?」
「寄りたいとこ? どこ?」
「ダンジョン協会支部、ちょっと調べたい事があるんだよ。短時間で済むからさ」
「うーん、まぁ短時間で済むのなら良いよ」
「助かる」
と言う訳で、明日の予定は取り敢えず決まった。
それにしても探索者参加のアクション映画か……あれ?それって異能者バトル物じゃね?




