第309話 マネージメント契約だったのか……
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大人達の宴会もお開きになり、全員が布団に潜り込んでいた深夜。日付が変わるかどうかといった頃に、俺は家の外に誰かが出る気配を感じた。コンクリートジャングルから離れた郊外という事もあり、夜は比較的涼しかったので窓を開けていたお陰で気付けたのだろう。
まぁ敷地の外から入ってきた気配ではないので、泥棒という訳ではないと思い寝直そうとしたのだが……。
「……ねぇ、お兄ちゃん? 気付いてる?」
「……何だ、起きてたのか?」
「うん」
人の気配を感じ目を覚ましたらしい美佳が、同じように起きた俺に小声で話し掛けてきた。
因みに、父さんと母さんはお酒が入り深く眠っているので、少々の事では起きる気配はない。と言っても、大声でしゃべるのは駄目だろうけどな。
「まぁ家の中から外に出る気配だからな、泥棒って事はないだろ。もしかしたら、何か畑に関する作業で出たのかもしれないぞ?」
農家さんの一日には余り詳しくないので、もしかしたら夜遅くにしないといけない作業があるのかもしれない。日が昇る前から収穫作業をするとかって話は、テレビで良く聞くしな。
まぁ伯父さん達も結構お酒が入っていたので、夜間作業をしようとしていた様には見えなかったけど。
「そうかな……」
「まぁ実際の所は分からないけどな、気にしてもしょうがないぞ」
「それはそうだけど……」
引っ掛かりを覚えないという訳ではないのだが、態々確認しに行くような事でもない。別にこちらに害意を向けてきているわけでも無いしな。
そして俺は目を閉じ、寝直そうとしたのだが……。
「……お兄ちゃん」
「……ああ分かってる、多分コレは大河兄さんだな」
俺は閉じかけていた目を開き、庭に出た気配が荒々しい足音を立てながら激しく動き出したのを感じ取った。
コレは……夜間稽古か?
「「……」」
俺と美佳は暫く天井を無言で眺めた後、両親を起こさない様に静かに布団から起き上がり部屋を出た。流石にこんな荒々しい気配を垂れ流されたら、気になって寝るに寝られない。
それに食事会の席で大河兄さんが浮かべていた達観した様な表情も思い出し、無茶な自主練をしているのでは無いかと言う心配心もある。大河兄さんが決断をした原因が俺達の稽古に有るのなら、全くの無関係とは言えないからな。
「「……」」
俺と美佳は気配を消しながら、コッソリと庭が見渡せる縁側の雨戸納めの陰から顔を出し、荒々しい気配の主の姿を確認する。
それは当然のように、大河兄さんだった。
「……ふぅぅっ、ふぅぅっ」
庭では大河兄さんが、先端にL字形の継手が付いたガス管を剣道に似た振り方で振り回していた。こう言っては何だが、大河兄さんの振るうガス管の太刀筋は雑だ。別に刃物では無いので刃筋を立てる必要は無いが、振り方が大雑把で隙が大きく、技巧タイプの敵が相手だと反撃を食らう可能性が大きい。
そして素振りをする大河兄さんの呼吸が荒れている様だが、よく観察してみると疲労からくる物では無く、焦りからくる物のようだ。
「……ふっ!」
大河兄さんは仮想敵目掛けて大きく踏み込み、相手を叩き潰すように力一杯上段からガス管を振り下ろした。
……うん、やっぱり力を込める為だろうが振りが無駄に大きくなっており雑だ。あれじゃぁ、下手をするとカウンターを食らってしまうな。
「「……」」
俺と美佳は暫く大河兄さんの稽古……憂さ晴らしを見届けた後、気付かれる前に縁側を離れ家の中へと引っ込んだ。怪我をするような無茶はしなさそうなので、とりあえずはそっとしておこう。
それに、大河兄さんに見付かったら何と声を掛けたら良いか分からないしな。
家の中に引っ込んだ俺と美佳は、両親が眠る客間に戻らず誰も居ない薄暗い居間に移動した。流石にあんな大河兄さんの姿を見た後だと、部屋に戻っても直ぐには眠る事が出来そうに無いからな。少しお喋りでもして、気分転換をしておかないと。
と言うわけで、庭にいる大河兄さんにバレるわけにはいかないので月明かりだけの薄暗い居間に腰を下ろした俺と美佳は、大人達を起こさない様に小声で雑談に勤しむ事にした。
「やっぱり、大河お兄ちゃんが心変わりした原因は私達だよね……」
「そうだろうな。あの様子を見るに、俺達の稽古を見ていた視線は大河兄さんで間違いないだろう」
「「はぁ……」」
部屋も暗いが俺達の心境も中々に暗い。特に狙ってやった訳ではないが、見方によっては俺と美佳は大河兄さんの夢を叩き潰したと言う事だからな。伯父さん達の希望は聞いていたので、何とか折り合いを付けて和解してくれたらと、大河兄さんとの間に立つつもりで色々と下準備はしていたが、まさか時間潰しの稽古で土台を崩す事になるなんて……。
直接何かしたわけではないので、大河兄さんに謝るに謝れない状況に俺達は臍を噛む。ココで俺達が無遠慮に謝ってしまったら、大河兄さんの決断を馬鹿にするようなモノだからな。それは大河兄さんの神経を逆なでするに等しい……ブチ切れられても可笑しくない。
「ねぇ、お兄ちゃん。今度大河お兄ちゃんと顔を合わせた時、どんな顔をすれば良いのかな?」
「……分かんないよ。でも、間違っても同情するような顔はするなよ?」
「……うん」
表現はアレだが、上を見て自分では及ばないと挫折した人に、心を折らせた人が申し訳なさげに同情的な表情を浮かべるなど、傷ついた心の傷を抉る行為でしかない。
ましてや、それが身内ともなれば……。
「……俺には出来るだけ普段と変わらず、腫れ物に触れるような感じを出さないようにするくらいしか思いつかないよ」
「……そう、だね。変に意識してぎこちなく接するよりは、何も知らないですよって感じの方がまだマシだよね」
「「……」」
何とも言えない、苦々しい表情を浮かべた俺と美佳は、結局は出たとこ勝負って事だなと達観した。
俺……ちゃんと明日、大河兄さんの顔を見れるかな?
「寝るか……」
「うん。と言っても、寝られる自信がないかな……」
安心しろ美佳、俺も無い。とは言え、何時までもココにいたら、夜間稽古と言う憂さ晴らしを終えた大河兄さんとバッタリと遭遇するかもしれない。流石に顔合わせは、もう少し時間を置いてからにしたい。
そんな訳で俺と美佳は両親が眠る部屋へと戻り、眠れる気はしないものの布団に潜り込んだ。明日は二人揃って寝不足かもな……。
翌朝、何時の間にか寝るには寝れたモノの、寝不足気味である事には変わらず若干の眠気が残っている。美佳も俺と同様に、眠気と憂鬱が混じった表情を浮かべていた。
そして暫しの間を置き、居間に勢揃いした皆で朝食を取る。当然、大河兄さんも一緒だ。
「いやぁ美味しいですね、このキュウリの浅漬け」
「そう言って貰えると嬉しいわ、このキュウリは家で取れたモノを漬けてるのよ」
「こっちのトマトはどうだ? 最近、新品種に手を付けてるんだよ」
「どれどれ……うん! 小ぶりですけど、瑞々しくて甘みが強いトマトですね」
「そうだろ?」
大人組は和やかな雰囲気で食卓に並ぶ自家製野菜の料理に話を咲かせている。
逆に、俺達子供組はと言うと……。
「「「……」」」
一切の会話が無く、黙々と箸を進めているだけだった。ひたすら気拙い食卓である。
先にテーブルに着いていた大河兄さんに朝の挨拶を交わしたまでは良かったのだが、それから大河兄さんは一切口を開かず、時折何とも言えない感情が入り交じった眼差しをチラチラと俺と美佳に向けてくる。幸い向けられる眼差しに敵意は含まれていないが、何とも言えないもどかしさが湧き上がってくる。コレならいっそ、思いっきり愚痴を漏らしてくれる方がマシだよな。
「「「……」」」
流石にそろそろ気拙い沈黙を保つのも限界なので、俺は軽く息を飲み込んでから思いきって大河兄さんに話し掛ける。
「た、大河兄さん」
「……何だ?」
「えっと……」
大河兄さんが向けてくる無気力なハイライトの消えた瞳に、俺は思わ気圧される。だが話し掛けたのに何も無いでは流石にアレなので、軽い話題を振ることにした。
「その、昨日は余り詳しく話を聞けなかったんだけど、探索者一本でやっていこうと思ってたって言ってたけど、それって何処かの探索者系企業に入ってやるつもりだったのかな? それとも、パーティー単位で起業って事だったの?」
「ああ、そう言えば辞めるって言って話が終わっていたから、そこら辺は話してなかったな。 ……俺達の場合、そのどちらでも無いよ」
「?」
大河兄さんは自嘲気味の苦笑を浮かべながら、首を傾げる俺達に話してくれた。
「俺達がやろうとしてたのは、マネージメント会社との契約だよ」
「それって、マネージメント契約ってこと?」
「ああ。パーティー単位で起業した後、マネージメント会社と契約して企業案件なんかを斡旋して貰う予定だったんだ」
「斡旋……」
「基本は他の探索者と同じようにダンジョン探索を進めて、マネージメント会社が斡旋してきた仕事……企業が依頼した特定のアイテムを収集して納品するんだ」
ダンジョン協会経由でも、企業からのアイテム納品依頼を受注する事は出来る。ただし、依頼は不定期的なもので安定的なモノだとは言いづらい。大手の企業なら独自に探索者を集め、自社でアイテムを安定供給出来る体制を整える事も出来る。だが中小企業や個人経営店などでは、とてもでは無いが採算が取れず真似出来ない。その上、中小企業や個人経営店がダンジョン協会に納品依頼を出しても、条件が合わなければ探索者が依頼を受けてくれるとも限らず安定供給というのは難しい。
そして、そんな状況を改善する為に生まれたのが、企業と探索者を繋ぐマネージメント会社だ。間にマネージメント会社が入るので、ダンジョン協会に納品依頼を出すより費用は掛かるものの、納品依頼は確実に探索者に受注して貰えるので安定供給が見込め、探索者もマネージメント料を取られるものの実入りの良い納品依頼に有り付けると言った寸法だ。
「トップクラスの探索者パーティーでも無いと、企業からの指名依頼なんて貰えないからな。かと言って、ダンジョン協会が斡旋する採取依頼は基本早い者勝ちで、中々美味しい採取依頼にはあずかれない。そうなってくると、依頼を斡旋してくれるマネージメント会社と契約しようって話になるんだよ」
「でも大河兄さん、採取依頼となるとアイテムの納期も決められるよね? 納期を守る為にって、無茶をしなきゃイケない場合も出てくるんじゃ……」
「確かに納期を守れなかったら違約金が発生する場合もある。だが心配するな、基本的にそのパーティーの実力にあった案件しか回ってこない仕組みになってるよ」
「……」
正直に言って、俺にはその実力にあった案件の割り振りというのが怪しく感じる。仮にその実力によってと言うのが探索者ランクを基準にしているのなら、余り当てにならない気がするからな。同ランクの探索者と言っても、それこそピンキリだ。運良くドロップ運に恵まれ実績を重ねたパーティー、地道にモンスターとの戦闘を繰り返し実績を重ねたパーティー……戦闘力という面で言えば後者の方が高くなる。
当然、モンスターが溢れるダンジョン内では、戦闘力が高くなければ負傷率は跳ね上がる。歴史の浅い探索者という職業、そうそう適切な案件の割り振りなど出来るのか疑問だ。
「何だ大樹、マネージメント会社に興味あるのか?」
「う、うん。まぁ、そこそこにはね」
「そっか……じゃぁ帰る前にパンフをやるよ。興味があるなら、それを見てみると良い」
「あ、ありがとう大河兄さん……」
興味が有るか無いか聞かれたら、一応はある。もしかしたら、以前のスカウトの中にマネージメント会社の物も有ったかもしれないな。
その後、この話題を切っ掛けに何とか大河兄さんも調子を取り戻し、気拙い雰囲気は霧散し久しぶりの親戚どうしの会話を楽しんだ。
朝食を食べ終わり暫く経った頃、荷物とお土産の野菜を車に積み込み俺達は伯父さん達に見送られ出発しようとしていた。昼前に父さんの実家を出れば、夕方くらいには家に帰り着けるからな。
「今度来る時は、もう少しユックリ出来るようにするよ」
「それじゃぁ、また年末に顔を出しますね」
「大河兄さん、頑張って」
「お邪魔しました」
車に乗り込んだ俺達は、口々に別れの挨拶をすませていく。
そして伯父さん達、俺達に向かって手を振りながら別れの挨拶をする。
「そうだな、今度はもう少しユックリしていくんじゃぞ」
「皆元気でね、また来るんだよ」
「今度来る時は、ユックリと酒盛りしような」
「今度来る時は、もっと色々なお料理を用意しておきますからね」
「おう、大樹と美佳も頑張れよ」
と言うわけで、別れの挨拶も終わったので俺達は父さんの実家を出発した。
長かった様な短くも濃いお盆帰省もコレで終りか……お盆休み自体はまだ続くけどな。
実入りのい良い案件を求めてマネージメント会社と契約を結ぶ探索者パーティー……欲目をかき不相応な依頼を受けないと良いんですけどね。
 




