第308話 折っちゃってた、かも?
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いいたします。
美佳との稽古を終え、既に出来上がり気味の飲兵衛達と雑談をしていると、玄関の方から帰宅を知らせる男性の声が響いてきた。
しかし……。
「ただいま……」
声の主は大河兄さんなのだろうが、聞こえてくる声には張りが無かった。
この感じだと、今日の探索は不作だったのかな?
「お帰りなさい、大河。でも、大輔さん達が来るから今日は早めに帰って来てって言っておいたじゃない……」
「ごめんごめん。探索自体は早めに切り上げたんだけど、買取手続きで時間を取っちゃってさ……」
「そう……でも、電話の一本位は入れて欲しかったわ」
「今度からはそうするよ」
迎えに出た真穂伯母さんと、大河兄さんの会話が聞こえる。買取窓口が混む……お盆期間なのにそんなに繁盛するものなのかな? アレかな、会社員系の人とかがお盆休みを利用して探索に来てるとか?
そしてやり取りの声が途絶え暫くすると、俺達がいる居間の扉が開き大河兄さんが姿を見せた。
「ただいま。それと、お久しぶりです」
「おう、お帰り大河。今日も怪我なく無事に帰ってきたな」
「お帰り大河君、お邪魔させて貰ってるよ」
父さんと大和伯父さんが居間に入ってきた大河兄さんに声を掛け、祖父母は軽く視線を向け大河兄さんの姿を確認する。因みに、俺と美佳は軽く頭を下げ会釈で挨拶をしておいた。
大河兄さんは俺達の事を確認した後、軽く居間の中を見渡し少し首を傾げる。多分……。
「大河兄さん、母さん台所で真穂伯母さんと夕食の準備をしてるよ」
「あっ、そうなんだ? ああ、それはそうと久しぶりだな大樹、美佳ちゃん。ユックリしていってくれ」
「ありがとう、大河兄さん」
「お久しぶりです」
言葉では歓迎してくれているのだが、何となく俺と美佳に向ける大河兄さんの眼差しが不安気に揺れているように感じた。
そして内心で大河兄さんの眼差しに首を傾げていると、真穂伯母さんが大河兄さんに声を掛ける。
「大河。もうすぐご飯にするから、早く着替えてらっしゃい」
「あっ、うん。じゃ、じゃぁ、ちょっと着替えてくるんで失礼しますね」
「ああ大河君、別に急がなくて良いからね?」
「はい。じゃぁ、また後で」
と、そんな感じで軽く挨拶をすませた後、大河兄さんは着替えと荷物を片付ける為に居間を後にした。
着替えをすませ居間に戻ってきた大河兄さんを交え、久しぶりに親戚揃っての夕食会が始まった。メニューは伯父さんの家で採れた物がふんだんに使われた物で、素朴ではあるが新鮮で味が濃い野菜が美味しい。特に五目煮などは素材の味が生きており、絶品と言って良い出来だ。
それと……。
「この角煮、美味しいですね。豚肉とは違うみたいですが、何の肉なんですか?」
「それは、大河が持って帰ってきてくれたレッドボアのお肉だよ。イノシシ肉と比べ、肉質が柔いんですけど繊維が確りしているんで角煮にすると美味しいんだよね」
「ああ成る程、ダンジョン産のお肉ですか。確かに柔らかいですけど、食感も確り残ってますね」
そう言って、父さんはレッドボア肉の角煮を美味しそうに頬張る。そう言えば、前来た時は近所の猟師から分けて貰ったというイノシシ肉が食卓に並んでたんだよな。でも大河兄さんが探索者になったから、ダンジョン産のモンスター肉が並ぶようになったって事か。
まぁ美味しいから、どっちでも良いんだけどな。
「そっか、大河君も持って帰ってきてくれるんだ」
「と言う事は、大樹君達も?」
「ええ、良く色々と持って帰ってきてくれるわ。どれも美味しいからホント助かるのよ」
母さんと真穂伯母さんはモンスター肉を使った料理を突きながら、探索者になってから俺達が持ち帰ってきた物について色々と話し合っていた。あの、出来ればもっと小声で御願いします。特に、俺が持って帰ってきたモンスター肉については……。
そして俺と美佳は料理を突きながら、大河兄さんとダンジョン関係の話で盛り上がっていた。
「へぇー、お前達も探索者になったんだ」
「うん、去年の末辺りに友達に誘われて」
「私は今年の誕生日の後になったよ」
「そっか……で、どうだ探索の方は順調か?」
大河兄さんが俺達の探索成果を探るような事を聞いてきたので、俺はこれ幸いと真穂伯母さん達に相談された話題に触れる事にした。
「うん、順調と言えば順調だよ。まぁパーティーの方針として、安全第一に怪我をしないようにってのがあるから、進みは遅いかもしれないけどね」
「お兄ちゃん達、ダンジョンに行く前には修行修行だもんね」
「準備不足で窮地に陥るよりはマシだと思うぞ? それに、この方針のお陰で今の所誰も大きな怪我はしてないしな」
「まっ、そうだよね」
事前準備に時間を掛ける方針を茶化すように言っているが、美佳もダンジョン探索中に怪我を負う事がどれだけ危うい事なのか認識しているので、俺達が取る方針自体を否定する様な事は言わなかった。
しかし……。
「大樹……ダンジョンに行く前に、そんなに修行をしてるのか?」
「えっ? あっ、うん。俺が一緒にパーティーを組んでいる友達の一人が、実家で武術道場をやってるんだ。その伝手で、戦い方のアドバイスなんかを色々と教えて貰ってるよ。な?」
「うん。私もお兄ちゃん達と一緒に色々教えて貰ってるよ」
「……そう、か」
俺と美佳の返事に、大河兄さんは眉を顰め呟くように返事を返してきた。どうやら俺達の答えに、何か考える物があったようだ。
だが、このまま落ち込まれても困るので、俺は慌てて本題について話題を振る。
「そ、そう言えば大河兄さん、伯母さん達に聞いたんだけど、高校を卒業したら探索者一本でやっていくって……」
「……ああ、聞いたんだ」
「う、うん。と言っても、大河兄さんが進学せず就職するって程度の話だから、詳しくは知らないんだけどね」
聞いていた話だと、意気揚々と自慢気に話してくるだろうと思って居たのだが、何故か大河兄さんは意気消沈している感じだった。
……あれ?
「えっと、大河兄さん?」
「ん? ああ、確かにそんな話をしてたよ。最近探索も順調だし、安定して収入も得られるようになってきてたからな」
「へぇー。と言う事は大河兄さんのパーティーは、モンスター肉をメインに採取してるの?」
安定的に稼げるという事は、出現が不安定なスキルスクロールや回復薬等のドロップアイテムではなく、解体ナイフなどを使用しモンスター肉をメインに収集していると言う事だ。
まぁトップクラスのパーティーなら、普通にモンスターを倒しながら探索するだけで稼げるが、そんな事が出来るのは極一部の連中だけである。
「ああ、主に10階層前後、オーク肉をメインに集めている」
「オーク肉か……アレってお肉は豚に似てるから、色々利用出来るから需要高いもんね。極端な値崩れもないしさ」
「お陰様で、日帰りでも安定した収入を得られてるよ」
10階層近くまで潜っても日帰りで安定した収入を得られる、つまり大河兄さんのパーティーは中級探索者パーティークラスであるという事だな。恐らく潜ろうと思えば、20階層近くまでは潜れるだろう。
まぁ潜れるからと言って、安定した収入が得られる訳ではないから需要が高いオークをターゲットにしたんだろうな。
「って事は、大河兄さんはやっぱり進学より探索者一本で行くの?」
「それなんだけどな……」
大河兄さんは何かバツが悪いといった表情を浮かべ、悩むように後頭部を右手でかき始めた。
アレ? 頑なに探索者一本でやるって言ってたから、伯母さん達と揉めてたんじゃなかったの?
「いや、探索者一本でやっていきたいって考え自体は変わらないんだけど、もう少し準備をしてからでも遅くないんじゃないかな……って思いもし始めてるんだよ」
「準備……」
それって、大学卒業してから探索者一本でやっていこうかなって事? アレ? もしかして、もう問題解決してる?
大河兄さんの返事を聞き、どうやって説得しようと思って居た俺は少々肩すかしを食らったような心持ちになった。
「ああ。今は何だかんだ言っても趣味の範囲だからな、仕事としてやって行くには今の自分じゃって力不足を感じてるんだ」
「そうなんだ……と言う事は大河兄さん、大学に進むって事?」
「その選択肢もあるんじゃ無いかな?とは思ってるよ。ただ……」
「……パーティーを組んでいる以上、一人では決められないって事?」
大河兄さんは俺の質問に頷き、小さく溜息を吐く。
一人で物事を決められない、パーティーを組む上でのデメリットだな。パーティー活動に関わる重要事項は、話し合いの上で決定するのが原則だ。確か大河兄さんのパーティーは、同じ学校の友達と組んでるって聞いていた。つまりパーティーメンバーは大河兄さんと同じで、高校3年生だろう。
「元々パーティーメンバー全員で探索者になって、一旗揚げようぜって話だったんだよ。俺も話をした時はイケるイケるって思って、簡単に頷いたのも今思えば悪かったんだよな。なのに今更、俺一人が時期尚早だから辞めようって言って話を聞いてもらえるか……」
「「……」」
後悔の混じった溜息を漏らす大河兄さんの姿を見て、俺と美佳は何とも言えない表情を浮かべた。他のメンバー全員が賛成している方針に、一人強固に反対するような意見を言うメンバー。
どう対処されるかなど、試さずとも分かりきっている。
「……言っておくけど、別にアイツらと仲が悪いって訳じゃないんだぜ? 今日だって仲良くダンジョン探索に行ってたくらいだからさ」
「そう、だよね……」
「ああ。だけど……やっぱり反対しても同意は得られないだろうな」
何が原因で心変わりしたのか分からないが、どうやら、力不足で時期尚早と思っているのは、大河兄さんだけらしい。逆に、他のパーティーメンバーの人は、進学せずに探索者一本、という考えは変わらないようだ。
今の大河兄さんの状況は、一人夢から覚め悪夢を見始めた、そんな所か……最悪だな。
「でも、反対するなら今が最後のタイミングなんだよな……」
「……ああ確かに、進学しようと思うなら今が最後のタイミングだね」
今まで真面目に学校に通って勉強していたのなら、本当にギリギリではあるが今なら大学受験に間に合うかもしれない……まぁ志望校のレベルに依るけどな。
だが、今より後に、進学を判断するようになれば、手遅れになる可能性が高い。このお盆休みが、最後の分水嶺だな。
「もしかしたらパーティーから外されるかもしれないけど、言うしか無いよな」
「……そう、だね」
言いたくないけど言わなきゃなと言った表情を浮かべ、大河兄さんは心ココにあらずと言った雰囲気をにじみ出させていた。
その後、大河兄さんは一言も口を開かず黙々と食事を取り、俺と美佳は中々居心地の悪い思いをした。伯母さん達が持って来た問題解決はしたけど、別の問題が発生したような気がするが……流石にそこまでは面倒見切れないよ。
食事が終わった後、俺達の話を聞いていたらしい真穂伯母さんが、部屋に戻ろうとしていた俺と美佳を呼び止めお礼を言ってきた。いや、解決したというか、勝手に解決していたというか……。
そんな若干座り心地の悪い遣り取りをした後、俺と美佳は両親と別れ縁側で少し話をしていた。
「なぁ美佳、何で大河兄さんは心変わりしたんだろ?」
「そんなの、私に分かるわけ無いじゃん」
「まぁ、だよな……」
伯母さん達の話を聞いていた限り、大河兄さんはかなり探索者業にのめり込んでいた筈だ。現に今日も、俺達が帰省してくると知っていたのにダンジョンに通うほどの熱中振りだしな。パーティー脱退を含め進学を考えている人なら、お盆休みは休もうと言うだろうし……心変わりしたのはつい最近なのだろうか?
「でも力不足を感じるって言ってたって事は、ダンジョンで何かあったんじゃ無いの? モンスターにやられて大きな怪我をしたとか……」
「それも考えたけど、大和伯父さんが今日も無傷で帰ってきたなって言ってたから。それなりに長い間、大河兄さんが怪我を負うような出来事は無かったんじゃ無いかな?」
勿論、大河兄さんが無事で他のパーティーメンバーが大きな怪我を負ったという可能性はあるが、それなら他のパーティーメンバーが一本立ちを辞めようと言い出していない事は変だろう。
と言う事は、つい最近になって大河兄さんだけが心変わりするような出来事があったと言う事だろうな。
「そっか……じゃぁ別の事が原因かな?」
「多分そうだろうな」
「別の原因か……あっ」
「ん? 何か気付いたのか?」
何か思い当たったらしい美佳が、バツが悪そうな表情を浮かべ思い当たった原因を口にする。
「ね、ねぇお兄ちゃん? さっきさ、誰かの視線を感じたって言ってたじゃない? それってもしかして……」
「……あっ」
「「……」」
俺と美佳は互いに顔を引き攣らせ、額から冷や汗を流しながら絶句する。
俺達……何時の間にか大河兄さんの心を折っちゃったのかも……。
依頼完了(無自覚)ですね。




