第307話 下準備は確りと
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします
頬に手を当て心底困ったと言った表情を浮かべる真穂伯母さんの姿に、俺と美佳は思わず気まずげな表情を浮かべつつ視線を向け合う。おそらく真穂伯母さんは、俺と美佳に大河兄さんを説得して貰いたかったのだろう。大学には行っておいた方が良いんじゃない?っといった感じで。
なのに、その説得役と見込んでいた俺と美佳が探索者をやっていた……俺達のせいじゃないよね?
「えっと、真穂義姉さん? 大河君、本気で探索者で生計を立てようとしてるんですか?」
「ええ、困った事に本人はその気みたいなのよ。今一緒にダンジョンに行っている探索者友達と一緒なら、探索者一本でやっていっても問題ないだろうって……」
「……そう、ですか」
父さんは何とも言えない表情を浮かべ、腕を組みながら考え込むように天井を仰ぎ見ていた。その浮かべる表情を読み取るに、若者が夢に向かって邁進する姿は応援してやりたいと言う気持ちと、年長者として止めるべきかもしれないと言った感情のせめぎ合いが行われているようだった。
父さんも俺と美佳が探索者をやっているので、探索者がどういった仕事なのか触り程度は把握しているからな。まぁ俺達の場合、一般的な参考になるか分からないけど。
「……なぁ大樹、美佳。一度、お前達が大河君と話してみてくれないか? 同じ探索者をやっている者どうし、俺達が知っている風に話すより大河君と話が合うかもしれない」
「あぁ、うん。そう、かもしれないね……」
「う、うん……」
丸投げ?とも思わなくもないが、父さんの言う事も一理あるので、俺と美佳は不承不承と言った表情を浮かべながら頷く。流石に俺達の立ち位置的に、進んで大河兄さんを説得するとは言い出し辛いからな。最悪、説得する為に言った事が全部自分に跳ね返ってきそうだしさ。
その後、少々微妙な空気になってしまった為、とりあえず俺達は用意されている客間に車に積んでいた荷物を降ろす事にした。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。如何するの?」
「如何する、って言われてもな……。先ずは大河兄さんに話を聞いてからじゃ無いと、何とも言えないよ」
車から荷物の運搬中、美佳が少し不安げな表情を浮かべながら、この後の大河兄さんへの対応について相談してきた。だが、聞かれても俺としては何とも言えない。
まさか俺達が大河兄さんを叩きのめして、「この程度の腕で探索者を生業としようだなんて、片腹痛い! 身にそぐわない大望など抱かず、大人しく進学しておけ!」的な事は出来ないし、したくもない。先ず大河兄さんに話を聞いて、何でその結論に至ったかを確認しておかないと……。
「そう、だよね。でもそうなると、私達の事もそれなりに話さないと駄目だと思うんだけど、どこら辺までしゃべっても良いの? 風美香お姉ちゃんに話したような感じで良いの?」
「風美香姉さんに話した内容は、探索者の仕事がどんな感じなのかって触り程度の話だったからな。でも大河兄さんの場合、大河兄さん自身が経験を積んだ探索者だからな。それも、探索者一本でやっていこうとしているレベルの探索者なら、変な事は言えないだろうな」
少なくとも、美佳よりは探索者としての経験は長いだろうからな。戦闘力が有るか分らないけど。
だがその場合、それなりに探索者として話をしないといけないだろう。とは言え、流石にダンジョン内での事や訓練の内容を全て包み隠さず、てのは無理だけど。重蔵さんと幻夜さんの訓練なんて予備知識無しに聞けば、ただの虐待か拷問にしか聞こえないだろうからな。って、良くアレを投げ出さずに熟せたよな……俺達。
「……そうだな、重蔵さんの道場で普段どんな訓練をしてるのか、ダンジョンをどのくらいの階層まで潜ったのかとかは話しても良いと思うぞ」
「割と普通な内容だね。でもそれだと、大河お兄ちゃんを説得出来るかな……?」
「うーん、じゃぁそうだ……良し、あの事を話してみるか」
大河兄さんの経験次第だが、そこそこヘビーな話をしてみよう。話した上で、それでも探索者一本でやって行くという意思が崩れないようなら、流石にそれ以上は俺達としてはお手上げだ。申し訳ないが、家族でじっくり話しあい、互いが納得がいく結論を出して貰うしかない。
「あの事って?」
「こないだの出来事が、もっと重くなった話だよ。探索者を続ける以上、如何しても避けられない話だからな。とは言え、大河兄さんも長く探索者をやってるみたいだから既知の話かもしれないけど」
「……」
美佳は俺が何の話をしようとしているのか分かったらしく、表情を僅かに強ばらせ口を閉じる。美佳にとってあの事はかなり衝撃的だったのに、それより更にヘビーな話ともなれば、この反応も仕方ないだろう。
だがまあ、話すかどうかは先ずは大河兄さんの話を聞いてからだな。しなくて済む物なら、しないでおきたい類いの話でもある。
「おおい大樹、美佳。何時までもそんな所に突っ立ってないで、早く荷物を運び込んでくれ」
「えっ、あっ、はーい!」
「ごめんごめん、今持ってくよ」
足を止め話し込んでいた俺と美佳に父さんが早く運び終えろと声を掛けてきたので、これ幸いと重苦しくなった雰囲気を払うように美佳は小走り気味にに荷物運びを再開した。
大河兄さんとの話がどんな話し合いになるか分からないが、出来れば悪い方に流れないと良いな。
荷物運びを終え祖父母や真穂伯母さんと話をしていると、畑の見回りを終え帰ってきた作業着姿の九重大和伯父さんに、俺達は帰省の挨拶をする。
そして大和伯父さんを交え世間話をしつつ居間で互いの近状報告をしていると、やはり大和伯父さんも大河兄さんの件で頭を悩ませていた。
「そうか、美佳ちゃんと大樹君も探索者をやっているのか……」
「はい。去年の末からやってます」
「そして美佳ちゃんは誕生日を過ぎて直ぐからか……やっぱり若い子達の目から見るとダンジョンは魅力的なんだな」
「そう、ですね。資格取得年齢に達した生徒の大半が、資格を取りに行ってますから。むしろ年齢が引っ掛かってる一年生以外では、探索者資格を取っていない生徒の方が少数派ですよ」
「……そんなに浸透してるんだな」
俺から最近の学校事情を聞いた大和伯父さんは、右手で眉間を揉みながら深い溜息を漏らしていた。大和伯父さんの反応を見るに、まだ探索者という職の歴史は浅く世間的に……特に子育て世代を中心とした層には馴染みが薄く、子供に進んで欲しい進路の内には含まれていないんだなと実感する。
考え方が古いというわけでは無いが、やはり親としてはギャンブル性が高い職より安定した職に就いて欲しいと思うモノなのだろうな。企業所属になればまだマシだろうが、個人でとなると……やはりリスクは一般的な職に比べ高いだろうな。よし、大河兄さんにはその視点からも話して見るか。
「今はまだ物珍しさが先行しているかもしれませんが、あと数年もすれば世間の認知も進み一般的なモノになると俺は思います。ダンジョンから産出される品も、結構普通に町中でも目にするようになりましたからね」
大和伯父さんの家に来る前に立ち寄ったファミレスでも、ダンジョン食材を使ったメニューが期間限定とは言え普通に食べられたからな。食材の供給が安定化し、後数年もすればグランドメニューにダンジョン食材料理が並ぶのも当たり前の光景になりそうだ。
「そう、かな?」
「はい。噂レベルですけど、ネットニュース何かでも国が探索者育成の学校を新設しようとしているなんて話も目にします。徐々にですが、確実にダンジョンや探索者と言った存在に適応しようと社会全体が動いていると思いますよ」
「……」
大河兄さんと話す前に、伯父さん達にも双方が歩み寄れるように下準備しておかないとな。一方的に妥協を求めたら、確実にシコリが残り後になって反発が起きる可能性が高いしさ。その反発が原因で、伯父さん達と大河兄さんとの間に溝が出来るような事態を俺は見たくないからな。
だからこそ、双方が妥協出来る余地を作るように下準備はしっかりしておきたい。
「しかしだな大樹、逆に言えば今すぐにやる必要は無いんじゃないか? お前が言うように数年もかかるんなら、別に大学を出てからでも……」
「確かにお祖父ちゃんの言う事にも一理あるかもしれないけど、その頃になったら探索者需要もある程度満たされるだろうから、大河兄さんが探索者として身を立てようとしたら今より厳しい状況になってるかもしれないよ?」
大吉お祖父ちゃんが顎を手で触りながら、社会制度が整ってからでも遅くないのでは?と尋ねてきた。企業所属の探索者を目指すのならばその選択肢も悪く無いが、個人で身を立てるのなら実力がある探索者が少ない過渡期である今がチャンスがあるとも言える。
もっとも、大河兄さんの所属するパーティーが、通っているダンジョンに挑む探索者の中でトップグループに属しているのなら話は変わってくるんだけど……多分そうじゃ無いよね。
「うーん、難しいの」
「そうだね。まだ大河兄さんがどういうつもりで探索者としてやっていくと言っているのかを聞いてないから、どっちが良いとは言えないよ」
大吉お祖父ちゃんは納得しているような納得していないような表情を浮かべ、テーブルの上に置かれたお茶を飲んだ。
そして俺は壁に掛けられた時計を一瞥した後、真穂伯母さんに声を掛ける。
「そう言えば真穂伯母さん、大河兄さんっていつ頃帰ってくるの?」
「大河? 最近は十九時前には帰ってくるんだけど、今日は大樹君達が来るから早めに帰ってくるように言って置いたから、そんなに遅くはならないと思うわ」
「十九時か……」
今回の帰省では明日には帰らないといけない予定なので、もしその時間帯に帰ってくるとしたら大河兄さんと深く話をするのは難しいかもしれないな。
そんな事を思いながら、俺は下準備をしながら大河兄さんの帰りを待った。
夏という事もありまだ日は高いが、そろそろ良い時間になり始めたので伯母さんと母さんが夕食の準備を始めていた。既に父さんと大和伯父さん、祖父母は居間でツマミを摘まみながら酒盛りをしている。
因みにその間に、俺と美佳が何をしているかというと……。
「えぃ!」
「うーん、間合いの取り方が少し遠いかな? 普段使っている得物と間合いが違うのは分かるけど、間合いの違いを短時間で修正出来るように訓練しておいた方が良いぞ」
「分かってるよ。でも、難しいよ……」
広々と広がる庭先を縦横無尽に使って、稽古を兼ねた模擬戦をしていた。大河兄さんが帰ってこない事には話し合いも出来ないし、大人達の酒盛りに参加する気にはなれないので手持ち無沙汰になったのだ。スマホゲームで暇を潰すのもありだが、折角帰省で来ているのにスマホゲームに夢中というのも味気ない。
と言う事で、二人で出来る暇潰しを考えてみた結果、模擬戦をやる事になったのだ。
「まぁそこら辺は、色々な長さの物を試しに振って覚えるしか無いな。経験を積み重ねれば、二、三回振れば得物に応じて適切な間合いに修正出来るようになる。探索者の体力があれば数は熟せるから、時間を見付けてやってみると良い。因みに、練習道具のオススメは伸縮棒だ」
「伸縮棒……ああ、そう言えば昔、お兄ちゃんいっぱい伸縮棒を壊してたね」
「……彼等の犠牲のお陰で、俺は間合いの修正能力と力加減を覚えられたんだよ」
いやー、懐かしい。調子にのって思いっきり振ったら、簡単にヘシ折れたんだよな伸縮棒って。探索者スペックで瞬間的に力を加えると、急激な荷重増に耐えきれず折れるんだよ。だから振っても折れないようにする力の加え方ってのを覚えるまで、俺は百均で購入した伸縮棒を何本も折ったんだよな。
もしかしたら伸縮棒を買っていた百均では、俺に伸縮棒君って渾名が付いてたかも……。
「うーん、じゃぁやってみるかな」
「やる時は、毎回適当に伸び縮みさせろよ。決まった長さでやっても、余り意味が無いからな」
「わかってるよ、そのくらい」
美佳は少し不愉快げに頬を膨らませながら、素早く踏み込み木刀を俺目掛けて打ち込んでくる。先程指摘された間合いの差もキチンと修正されており、良い打ち込みだ。
まぁ、躱すのは余裕なんだけどな。
「むーっ、当たってくれても良いじゃん」
「馬鹿を言うなよ、当たったら痛いだろ?」
「お兄ちゃんなら当たったとしても、上手く衝撃を逃がすから何時も無傷でしょ?」
「それはそうだが、道場じゃ無いんだ。父さん達に木刀が当たってる姿を見せるのは、心配させるから駄目だろ?」
残念そうな表情を浮かべながら要望を出す美佳に、俺は素知らぬ顔で面倒だと言い要求を却下する。刃が無い木刀なら当たった瞬間、力が加わった同じ方向に飛べば衝撃は逃せる。演武なら派手に見えるので演出としてやっても良いが、こんな観客もいない模擬戦でやる事ではない。
と、美佳とそんな遣り取りをしながら模擬戦をしていると、不意に距離はあるが俺達を見ているような視線を感じた。
「ん?」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、何か視線を感じたんだけど……?」
「? 誰も居ないよ?」
「だよな……」
モンスターが発するような敵意は感じなかったので、恐らく偶々俺達の模擬戦が見えた誰かのモノだったのだろう。誰が見ていたのか気にはなるが、まぁ気にしても仕方が無いか。
俺は軽く頭を振った後、美佳に模擬戦の終わりを告げる。
「……そろそろ戻るか」
「うん」
俺と美佳は木刀を車に片付け、家の中へと戻った。
それにしても大河兄さん、早く帰ってくるような感じだったのに、何時帰ってくるんだ?
難しい事ですが、相互理解を深めて、どうしても譲れないところ以外は我慢し妥協しあうのって大事ですよね。




