第305話 霜降りミノ肉は偉大なり
お気に入り25790超、PV46210000超、応援ありがとうございます。
朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
微妙に何とも言えない感が漂う食事も終わり、俺と美佳は再び風美香姉さんの部屋で話の続きをしようと腰を上げようとする。就職関連の話題を上げたせいで、折角の昼食会の雰囲気を暗くし居づらかったってのもあるしな。
だが腰を上げた俺と美佳に、風美香姉さんから待ったの声を掛けられた。
「ああ、ちょっと待って大樹君、美佳ちゃん」
「? 何、風美香姉さん?」
「お話の続きも良いんだけど、ちょっと動きを見せて貰えないかな?」
「動き? ……ああ」
一瞬、風美香姉さんが何を言っているのか、意味が分からなかったが、直ぐに思い至り、俺は納得顔を浮かべながら、美佳に視線を送る。すると、美佳も、風美香姉さんの言った事の意味を察したようで、如何するといった表情で、俺に向き返してきた。
つまり風美香姉さんは、俺達の探索者としての動きを見せて欲しいと言っているのだ。まぁ、百聞は一見にしかずっていうしな。
「話を聞いていると、実際に大樹君達がどんな風に動けるのか気になるのよ。確かに今ならテレビやネット動画なんかで、探索者をやっている人が動く姿は良く見るわ。でも、生では見た事が無いから……」
「確かに生で見るのと画面越しじゃ、迫力とか臨場感が違うもんね。風美香お姉ちゃんが気になるって言うのものも分かるかな……」
「まぁ別に良いけど、見ていてそんなに楽しいモノじゃ無いと思うよ? 派手な動きは出来ないから、探索者の動きって言っても基本的にジミになるだろうし……」
やるとすれば余り目立ちたくないので、この家の庭でとなる。だが、派手に動くとなれば流石にこの家の庭ではスペースが足りない。出来るとすれば、良くて軽い美佳との殺陣か素振りが良い所だ。
風美香姉さんが望んでいるような、探索者らしい動きというのは難しいかもしれない。
「そんな派手なヤツは望んで無いから良いよ、ちょっとだけ実際の動きを見てみたいなーって思ってるだけ」
「うーん、それなら良い、のかな?」
ジミかつ探索者らしい動きか……凄く早く動く殺陣? 別の意味で派手かもしれないな……。と言うわけで俺は、となりで気合いを入れ意気込んでいる美佳に視線を送る。
こんな感じに話は纏まったけど良いか?と。
「うん、良いよ」
「という事らしいよ、風美香姉さん」
「ありがとう大樹君、美佳ちゃん」
そんなわけで、食後の腹ごなしにと俺と美佳は庭で軽い殺陣をする事になった。
えっと、確か車に素振り用の木刀を入れてったよな……。
擬装用に車に乗せていた素振り用の木刀を持って庭に出ると、縁側には風美香姉さんの他にも観客がいた。と言うか、全員興味津々といた面持ちで、俺と美佳の殺陣が始まるのを飲み物片手に待っていた。
おいおい見世物じゃ……見世物か。
「何で皆そろってるの?」
「気にするな。お前達の話を聞いていたら、どんな殺陣をやるのか気になっただけだ」
「……ああ、そうなんだ」
若干不満げな眼差しで俺が尋ねると、良い笑顔を浮かべた父さんが何でも無いように答える。昼間っからお酒でも飲んでいるのかと疑ったが、どうやら素面らしい。
はぁ、まぁ良いか……。
「とりあえず美佳。はい、コレ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「準備は良いか?」
「うん、ちゃんと着替えもすませたから良いよ」
俺が渡した木刀を受け取った美佳は、先程までの服装と違いTシャツとハーフパンツと言う動きやすい姿に変わっていた。
「先ずは軽く準備運動からだな。車移動で少し固まってるだろうし」
「はーい」
と言うわけで、軽く準備運動を済ませた後、俺と美佳は、適度に距離を開け、木刀を構え対峙する。普段は、槍をメインで使う美佳も、重蔵さんの指導で、色々な武器をある程度は使える様に、仕込まれている。曰く、“得物は選り好みせず、周囲にあるモノを上手く活用し、ある程度は戦える様にしておけ。自信が持てる、得意な得物が有るに越した事はないが、特定の武器が無いと戦えない、と言うのは論外だ”との事らしい。
確かに、幾ら大切に使ったとしても武器が消耗品である以上、いつかは使用限界が訪れ失われる。それが戦闘中に起これば最悪、素手でもある程度戦える様で無いと己の身さえ守れないからな。
「美佳、俺が受けに回るから好きに打ち込んでこい。あっ、勿論ある程度は加減しろよ?」
「はーい、分かってまーす」
俺の指示に、美佳は軽い口調で返事を返してくる。
因みに、この時言っている加減とは、得物である木刀が折れたり周辺のモノを壊すような事をしないようにと言ったモノだ。俺と美佳が加減無しに普通の木刀で打ち合えば、一合打ち合っただけで木刀がヘシ折れるか爆散するからな。まして破片が風美香姉さん達の方に飛んでしまったら、大惨事間違い無しだ。
「大樹、防具は着けないのか?」
「えっ? ああ今回は軽い殺陣だからね、特に防具は必要ないかな?」
「だが、まぐれ当たりとか有るだろうし危なく無いか?」
「美佳が相手なら大丈夫だよ」
無装備で殺陣を始めようとする俺達に、父さんが心配し声を掛けてくる。まぁ木刀、堅い棒で打ち合おうってのに全くの生身でってのは見てる方からしたら不安だよな。
なので、俺は見学者達を安心させるように余裕に満ちた表情を浮かべ告げた。すると、それを見ていた美佳が不満の声を上げる。
「えぇー、それって私じゃ相手にならないって事!?」
「違う違う、同門同士の殺陣だから動きが読めるって事だよ」
「……本当に?」
「ああ、別に美佳の事を舐めてるって訳じゃ無いよ」
美佳は不満げな表情を浮かべながら何かを思い出したかのように溜息を吐き、軽く頭を左右に振って気合いを入れ直し奮起したような表情を浮かべる。
俺の不注意?が原因だが、とりあえず気持ちの切り替えは出来たみたいだ。
「美佳、始めはユックリ目から始めて徐々にスピードを上げていくぞ」
「うん、じゃぁ行くよ!」
「おう、来い!」
「やぁっ!」
と言うわけで、俺と美佳の殺陣が始まった。初手は美佳の素早い踏み込みからの、俺の頭部を狙った唐竹切りだ。俺はそれを右手で持った木刀を頭上に構え打ち込まれた瞬間、軽く木刀を斜めに傾け打ち込みの力を流し美佳の木刀を俺の体から逸らす。この時、木刀同士を打ち合った大きな甲高い音が鳴ってしまった。俺は受け流しの結果に不満を覚え顔を少し顰め、美佳は俺の脇を抜け俺の背後に回り構えを取り直す。
そして美佳が再度切り込もうとした時……。
「ちょ、ちょっと待った!」
「「?」」
父さんが焦った表情を浮かべつつ、慌てた様子で俺と美佳の殺陣を中断させた。
そして俺と美佳は父さんの慌てように驚きつつ、不思議そうな表情を浮かべながら中断した理由を問い掛ける。
「如何したの、お父さん? まだ、始まったばかりだよ?」
「いやいや、いやちょっと待ちなさい美佳! 何なんだ、今の打ち込みは! いきなりあんな勢いで大樹の頭を狙うなんて!?」
「あんな勢いって……結構ユックリ打ち込んだよ、私。ねぇ、お兄ちゃん?」
「ああ、別にそんなに力も込めてなかったしな」
「「「「「「「……」」」」」」」
俺と美佳の何て事無いといった感じの返答に、父さん達見学者達は表情を引き攣らせながら絶句していた。そんな父さん達の姿を見て、俺と美佳は顔を見合わせた後、視線を逸らしながらバツが悪い表情を浮かべる。普段の稽古の時よりユックリとした打ち込みだったのが、どうやら父さん達にとってはそれでも衝撃的過ぎる光景だったようだ。そう言えば家の庭では、余りこの手の殺陣はやってなかったからな。
しかし、こうなると俺達がとれる選択肢は二つ。続けるか、止めるかである。
「「……」」
俺と美佳は暫し無言で視線を交えた後、互いに得物を構え直し殺陣の続行を選択した。
こうなったら、毒食らわば皿までだ。もっと凄い殺陣を平然と終える姿を見せて、この程度探索者なら普通だと誤認させてしまおう。誤解が解けた時が心配だが、とりあえず今を乗り切ろう。
俺と美佳の殺陣が一通り終っても暫くの間、父さん達見学者の皆さんは心ココにあらずと言った様子で唖然とした表情を浮かべていた。
まぁ無理も無いか、当初予定していた殺陣より大分派手になったからな……有耶無耶に出来たけど。
「えっと……風美香姉さん?」
「は、はい!」
「とりあえず探索者になると、こんな感じの事も出来るようになるんだけど……参考になった?」
「う、うん。凄く参考になったよ……」
「そう、それなら良かった」
若干怯えているような雰囲気の風美香姉さんは、カクカクと頭を高速で上下するという少々挙動不審げな動きを見せつつ引き攣った表情を浮かべながらお礼の言葉を口にする。
やっぱり行き成り見せるには、刺激が強すぎたみたいだな……。
「それはそうと皆、もう殺陣は終わったよ。何時まで唖然としてるの?」
「「「「「「……はっ!?」」」」」」
未だ、唖然とした表情を浮かべている父さん達に、活を入れるつもりで、少し力を入れて声を掛けると、目をパチクリさせながら、漸く正気を取り戻した。まぁ、正気というか、悪夢から覚めたと表現した方が、良いかもしれないけど、特に祖父母。
「た、大樹、美佳……」
「大樹君と美佳ちゃんが……」
正に、顎が外れんばかりの驚きようと言った所だろうか? まぁ久しぶりに会った孫が、超人的殺陣を見せたんだからな。最近のテレビは探索者の凄技的特集とかがあるから、先程の殺陣程度なら偶に放送されるモノでさほど珍しくは無い。だが、良く知る身内が……とも成れば驚きもひとしおと言った所なのだろう。
なので、俺と美佳は祖父母に敢えて軽い調子で話し掛ける。
「凄いでしょ、お祖父ちゃんお祖母ちゃん! 探索者になって、色々稽古したから出来るようになったんだよ!」
「知り合いに武術道場を開いている人が居たから、前に見栄えする殺陣を教えて貰ってたんだよ」
「あっ、ああそうだな。凄かったぞ、二人とも……」
「ホントに、ビックリしたわ。あの大樹君と美佳ちゃんが、こんな凄い事が出来るようになるなんて……」
隠し芸が成功したといった感じで話し掛けたお陰か、まだ若干唖然としているモノのどうにか受け入れて貰えた。実際は祖父母が、事態を飲む込む前に強引に納得させたって感じなんだけどな。
そして今度は、何か悩ましげな表情を浮かべている優伯父さんと美玖伯母さんに話し掛ける。
「優伯父さん、美玖伯母さん。どうでした」
「えっ、ああ。凄い……その一言しか言えないな」
「そ、そうね。正直動きが速すぎて、最後の方は何をやっているのか分からなかったわ」
「ははっ。そっか……じゃぁ見栄えを良くするには、もう少しそこら辺の改善が必要だね」
「もっと広い場所だったら、見栄えする大技を使えるから見やすかったんだけど……」
俺達の戦闘力に関して疑問を抱く前に、如何すれば殺陣の見栄えが良くなるかといった感じに話を誘導し、優伯父さんと美玖伯母さんの思考を逸らす。混乱していたり緊張している時に、1度思考が逸れると中々戻ってこないからな。このまま深く考える前に、有耶無耶になってくれると助かる。
そして最後に、父さんと母さんに話し掛けようとしたのだが……動揺すると父さんと溜息を吐く母さんと言う姿が目に入った。
「えっと……」
「大樹、美佳……お前達、実は凄かったんだな」
「はぁ……やり過ぎよ、貴方達」
「ははっ……」
父さんは遠い目をしそんな事を呟いているが、母さんは家の庭でやっているのを偶に目にしていたようで耐性があったらしい。父さんだけが仲間外れになっていたような感じになり、若干気拙い雰囲気になってしまった。
別に父さんに秘密にしていたって訳じゃ無いんだけど……タイミングが悪かっただけだよ、うん。
微妙な雰囲気も、時間が経てば何時かは消えていた。と言うか、微妙な空気を気にするよりも食欲を満たす事を優先したって感じかな?
何故なら、今俺達の前には霜降りミノ肉がバーベキューコンロの網の上で美味しそうに焼けているからだ。
「美味いな、コレ!」
「本当、凄く美味しいわ!」
「美味しい!」
「今まで食べた事の無い美味さだ!」
「こんな分厚いお肉なのに、とても柔らかいわ!」
祖父母と伯父さん一家は、俺達が持ってきたお土産の肉をとろけそうな表情を浮かべながら、満面の笑みを浮かべながら一心不乱に頬張っていた。
やっぱり人間、腹が満ちれば些細な問題は気にしないものなんだな。
「本当、美味しいわねコレ。ありがとうね、大樹」
「ありがとうな、大樹。しかし、本当に美味いなコレ」
「今回は偶々手に入っただけだよ、流石に何度もってのは難しいけどね」
「レア物だからね。それにしても久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しい! ありがとうね、お兄ちゃん!」
両親も霜降りミノ肉を頬張りながら、満面の笑みを浮かべつつお礼の言葉を口にする。どうやら殺陣の件は、ミノ肉バーベキューのお陰で完全に有耶無耶に出来たらしい。そう確信した俺は安堵の笑みを浮かべながら、和気藹々?とした雰囲気の中でバーベキューを堪能した。
いや本当、お土産にミノ肉を用意してきて良かったよ。
食欲の前には、少々の問題など気にしていられませんよね。ましてや、御馳走が目の前にあれば……。




