第27話 沙織ちゃんとお話
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気持ちを落ち着ける為のコーヒーを一啜りした後、俺は先ず最初に沙織ちゃんにこの質問をした。
「話すのは良いんだけど、色んな面でキツイ話になるだろうけど……それでも聞くかい?」
「? キツイ話、ですか?」
「ああ。グロイ話から鬱になりそうな話まで」
極力平坦な口調を維持しつつ、俺は沙織ちゃんに最終確認を取った。これで諦めてくれると良いんだけど、無理だろうな。
正月早々、和やかな雰囲気をぶち壊す様な話はしたくないんだけどなぁ。
「大丈夫です。私、ホラー映画やサスペンス映画は大好きなので、そう言う話には抵抗ありません」
「あっ、そうなんだ」
「はい。だから、ダンジョンのお話聞かせて下さい」
……こうなると、断る口実が無いな。
美佳の方に顔を向け、話して良いかと視線で確認を取ると、渋々といった様子で頷いた。一応、美佳にはダンジョンに潜った夜に話しを聞かせては居るんだが、こう言う話は苦手だからな。
「分かった。沙織ちゃんが聞きたいのなら、ダンジョンの話を少し話そうか」
「やった! ありがとうございます、お兄さん!」
「でも、食事を終えてからだからね」
「はい!」
話す事になったのは仕方ないとして、流石に食事中に話すのは拙いだろう。
俺達は食事を済ませた後、ドリンクバーで飲み物を注ぎ直し話す準備を整えた。
「さてと、何から話そうか?何が聞きたい?」
「そうですね。ダンジョンてどう言う所ですか? 最近はTVや雑誌で紹介されていますけど、撮影法か演出かは分かりませんが、どうもアトラクション、って感じが強いじゃないですか? 本当はどんな所なんだろうなって」
「なる程」
確かにTVの映像も雑誌の写真ではBGMや効果音、テロップで実際のダンジョンの雰囲気を改変してるからな。モンスターを倒すシーンも、決定的な瞬間はテロップと効果音で誤魔化して、モンスターが消える瞬間だけを映してるもんな。あれじゃ、ゲームだよ。
「そうだね。TVや雑誌との一番の違いは音が無い事かな?」
「音、ですか?」
「そっ、音。TVやゲーム見たいに、ダンジョン内ではBGMは流れないからね。防音性が良いのか吸音性が良いのか分からないけど、ダンジョン内で聴こえて来るのは自分達の足音と呼吸音だけ。今は同一階層の近隣区画に他の探索者も一杯いるから、結構戦闘時の音や話し声の雑音とかが聞こえるけど、彼等から少し距離が空くと本当に足音と呼吸音しか聞こえなくなるんだ」
良く、夜の森を歩くと虫や鳥の声しか聞こえなくて怖いと言うけど、アレの比じゃない。何の音もしない薄暗い石造りの通路を歩いていると、気が変になりそうになる。
裕二や柊さんと一緒にダンジョンに潜る時は、出来るだけ雑談をしながら歩く様にしているくらいだ。不意に会話が止まり黙り込んだ時など、3人ともそわそわして少し挙動不審になったからな。
無音トラップとか無いわ……。
「単独でダンジョンに潜るなんて言う真似、俺には到底出来ないよ。モンスターと戦う前に、無音のプレッシャーで精神の均衡が崩れるんじゃないかな?」
音楽プレイヤーを持ち込んで、環境音でも流していれば少しはマシになるかもしれないが、俺はゴメンだ。今のモンスターが単独でしか出てこない表層階層なら未だ知れず、深い階層では複数のモンスターを引き寄せる誘導音になる可能性もあるからな。
冬休み中に、単独でダンジョン攻略に行かない理由の一つはコレだからな。
「そうなんですか」
「うん。よく、静かな空間に居ると癒されるって言うけど、モノには限度があるって知ったよ」
「……」
「他に実物のダンジョンとの違いって言うと……明るさって言うのもあるかな? 一応、ダンジョンには元々常設してある灯りはあるんだけど、これが薄暗いんだよね。まぁ、常夜灯くらいの明るさだと思ってよ。TVでは照明を焚いて明るさを確保しているし、雑誌に使う様な写真は撮影時に光量にも気を配って最適な状態で撮っているから、そう暗くは感じないだろうけどさ」
常設灯で見えない、と言う訳ではないが、戦闘をする環境として思えば、常設灯の明かりは、暗いと言わざるをえない。最初のダンジョンアタックの時、俺達は超高輝度タイプのヘッドライトを付けて潜っていたのだが、思った以上に使い勝手が悪く、2回目にダンジョンへ潜る前に、ライトの交換と増設をした。
ヘルメットランプを超高輝度タイプから半日は電池が持つタイプに変え、背中のバックパックにランタン型LEDライトを取り付け光源を複数確保した。他にも手持ち用に超高輝度LEDライトや投擲用のケミカルライト等も準備している。灯台か誘蛾灯の様な気分になるが、安全の為にも視認性確保が第一だ。
「今の所、俺の知るダンジョンに関する物はそんな物かな?勿論、今俺達が潜っている低階層についての事だから、もっと深い階層では状況が違っているかも知れないから、余り詳しくは分かんないんだけどね?」
「……写真や映像では分からない事って、一杯あるんですね」
「まぁ、ね。で、沙織ちゃん。他に聴きたい事はあるかな?」
「あっ、はい。モンスターやドロップアイテムについて何かも知りたいです!」
……やっぱり、その事は聞いてくるよね。さて、どう話そうか。
「それじゃぁ、先ずモンスターについて話そうか?えっと、沙織ちゃんはダンジョン協会が発行している機関誌を見た事はあるのかな?ホームページに載ってる奴でも良いけど」
「ホームページ上の物なら」
「それなら、ダンジョンに出るモンスターの種類は大体把握しているかな?」
「はい。興味があったので一通りは調べています」
「じゃぁ、細かい所は飛ばして話すよ?モンスターは基本的に、ダンジョンに侵入してきたモノは無差別に襲う。探索者然り、迷い込んだ野生動物然り」
沙織ちゃんは俺の説明に首を傾げる。
「野生動物もですか?」
「ああ。ダンジョンが出現した当初は、迷い込んだ野生動物がモンスターに変異したんじゃないか?って考えられた時もあったらしいんだ。けど、実証実験をしてみた結果、モンスターはダンジョンから生まれ出てくる存在であり、野生動物が変異した物では無いって結論が出されてる」
「実証実験?」
「多種類の動物を檻に入れて、ダンジョン内で長期間飼育したらしいよ? 他にも、モンスターに対して多種類の動物を襲わせて、負傷あるいは死亡した動物がモンスターに変異するかと言う検証もしたらしい」
沙織ちゃんの顔色が少し曇る。まぁ、確かに余り気分の良い話では無いだろうからね。
でもこの実験の御陰で、モンスターの攻撃を食らって負傷してもモンスターに変異する事は無い、って事が分かったのも確か何だけどな。
嫌だぞ、〇ウイルスに感染したモンスターが蔓延しているダンジョンなんて。
「他にも、モンスターは殺され倒されると、死体は少しの間を置いて消えるんだけど、その際に撒き散らした血は死体が消えても暫く消えないけどね」
「……消えるまでに時間差があるんですか?」
「うん。でも、武器や防具に付いたモンスターの血が消え無いのに、壁や床に付いた血だけが消える所から考えると、死んだモンスターの素材はダンジョンに回収されるんじゃないかな? 新しいモンスターを生み出す為の材料として……」
「材料、ですか?」
結構グロイ話をしてる筈だけど、沙織ちゃんは不思議そうに首を傾げるだけだ。隣に座る美佳なんか、嫌そうにココアを飲んでいるのに。
ホラーやサスペンスが好きって言っていたけど、偉い違いだな。
「モンスターはダンジョンが生み出した擬似生命体じゃないか?って説もあるんだ。そう考えると、色々と説明が付くんだけどね?」
「モンスターが死体ごと消える事とか、ドロップアイテムを残す所がですか?」
「そっ。普通の生物なら死体は残るはずなんだ。現に、ダンジョンに迷い込んでいた野生動物の死体は残っていたらしいからね。それなのに、モンスターは……」
「消える、ですか?」
「光の粒になってね。再利用するから、モンスターを素材レベルまで戻してるって所かな?」
素材レベルまで戻す。リサイクル製品製造の基本だな。鉄然り、紙然り。
「そうなると、モンスターが残すドロップアイテムって……」
「再利用に回さないモンスターの素材を、ドロップアイテムと言う形に再構築してるんじゃないかな?ドロップアイテムを得られる可能性は半々だしさ」
「選別でもしてるんでしょうか?」
「かもしれないね。損傷が激しい倒し方をされたモンスターの方が、ドロップアイテムを残さないって傾向もあるしさ」
アレかな?ボロボロの方が原型が綺麗に残ってる方より、素材に分解し易くリサイクルコストが掛からないって。確かに粉砕や破砕って工程を省ければ、コストは低くなるだろうけど……何か、ケチくさいな。探索者は粉砕機扱いか?
となると、急所を一撃で仕留められたモンスターほど、ドロップアイテムを落とすのか……。って、あれ?良く良く考えると、そうなると俺のスライムに塩を振り掛けて倒す方法って……実はフルボッコの過剰攻撃だったのか?だから、ドロップアイテムの出現率が5割無かったとか?うわっ……ありそう。
すると逆に、今の動きを止めてから急所を突いて一撃で仕留める今の俺達3人の方法が、ドロップアイテムを得るには最適な方法って事か?そう言えば、一刀両断したホーンラビットみたいな物以外は、何かしらかのドロップアイテムを出していたな。
「そう考えると、コアクリスタルや鉱石類が多くドロップするのにも、ある意味納得だな。恐らくコアクリスタルは、モンスターを構成する素材がそのままの形で凝縮し再構築された物かな?」
「だったら、鉱物類は単純変換で再構築された物ですか?」
「多分ね。ローコストで出来る再構築品だからドロップ率も高いんじゃないかな?代わりに、複雑な再構成手順が必要そうなマジックアイテム類は、高コストでドロップ率も低いとかかな?」
うわっ、有りそうな構図だな。
となると、モンスターの損傷具合でドロップアイテムの出現率が決まって、モンスターの質でドロップアイテムの質が決まり、ランダムで種類が決まるって所か?レア物のドロップアイテムを得ようとするなら、高ランクのモンスターを最小限の損傷で仕留め、良い物が出る様に祈りながら運に任せるしかない、と。
俺は頭を抱える。難易度高くない?と。
俺は抱えていた頭を上げ、沙織ちゃんに謝罪する。
「……ゴメン、何かモンスターの話だったのに、脱線してドロップアイテムの話をしちゃったね」
「いいえ。結構興味深い話でしたよ」
「ははっ、そう」
「そう言えばお兄さん。お兄さんが手に入れたドロップアイテムって、どういう物があるんですか?」
「? 沙織ちゃん、気になるの?」
「はい!」
そっか……。と言っても、部屋のダンジョンで得たドロップアイテムを除けば、まだ数回しかダンジョンに潜ってないからロクな物はないんだけどね。
「今の所は、コアクリスタルと鉱物類がメインかな? 後は、3つ4つ回復薬を回収したけど」
スキルスクロールの件はココ(ファミレス)では話さない方が良いな、金を持ってると思われて変なのに絡まれるのはゴメンだ。コアクリスタルや鉱物類は買取価格が安いし、回復薬にしてもそこそこ数が出回っているのでソコまで高価ではないしな。
美佳の奴が何か言いたげな表情を浮かべていたので、視線で黙っている様にと指示を出す。
「マジックアイテムとかは、手に入れてないんですか?」
「残念ながら、運がないみたい」
「そうなんだ、残念。魔法とか使えるなら、お兄さんに見せて貰おうと思ってたのに……」
「ははっ、ゴメンね。でも、魔法はダンジョン内でしか使ったらいけない決まりになってるんだ。仮にダンジョン外で使うにしても、決められた専用の場所で書類を提出してからじゃないと、お巡りさんが直ぐに飛んで来ちゃうよ」
「えっ! そうなんですか!?」
アレ?知らなかったのかな?ニュースの特集とかで触れてたと思うんだけど……。
「あれ? 知らなかったの沙織ちゃん?」
「あっ、はい。すみません」
「別に謝らなくて良いよ、俺も最近協会の掲示板で知った事だし。でも、そう言う事だから、仮に俺が魔法を使えたとしても、直ぐに見せる事は出来ないんだ」
魔法の専用練習所を使うには、事前予約が必要だ。今は購入したスキルスクロールで魔法を覚えた新人魔法使い達が、連日練習場に殺到していて予約一ヶ月待ちの状況らしい。とてもではないが、コネや特別なルートが無い一般人が現状直ぐに練習場を使用する事は出来ない。
まぁ、中にはダンジョン内でブッツケ本番で魔法を試す奴もいるらしいけど。勇者(悪い意味で)だな……。
「そうですか……分かりました」
至極残念といった表情を浮かべているが、事情は理解してくれたのか、沙織ちゃんが駄々を捏ねる様な気配は無かった。
無音の空間に長時間いるのってかなり辛いですよね。




