第304話 会社員は大変です
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俺達の間に何とも言えない気拙い沈黙が流れた後、風美香姉さんが小さく咳払いをし話の流れを戻そうとする。と言っても、話の本筋は大して変わってなかったんだけどな。
「で、話は戻るんだけど、探索者って具体的にどんな事をする仕事なのかな?」
「……風美香姉さん」
「……風美香お姉ちゃん」
俺と美佳はそれで良いの?と言った眼差しを、思わず風美香姉さんに向ける。何事も無かったかのように流すには、中々な話題だと思うんだけど……。
「仕方ないじゃ無い、そう言う物はそう言う物だって考えるしかないもの。今は一部の企業が先走って……先行して新たな試みをしているだけよ。今後、探索者という存在を組み込んだ新しい労働法が法制化されたら、他の企業も同様の採用基準を設けるかもしれないわ」
「それは……確かに」
ダンジョンが出現して探索者という存在が生まれた以上、社会構造も探索者が居る事を前提に構造変化し始めている。となると、何れ労働法も探索者ありきの形に改変されるのは必然だろう。それまでの間に……と考える悪質な企業は居るだろうけどな、潰れてしまえそんな企業。
まぁ風美香姉さんの言う様に、個人で起業せず既存の企業に就職しようと考えているならば、ある程度妥協は仕方ないか……。
「分かった。取り敢えずこの話はおいておくとして、具体的にどんな話が風美香姉さんは聞きたいの?」
「ええっと取り敢えず、資格取得試験の話や装備品を揃える初期投資に幾ら掛かるとか、基本的な話からお願い出来るかな? 大樹君達の経験を踏まえた、体験談的なのが聞きたいの」
「分かった、最初の最初からだね。要点を纏めて話していくから、何か疑問点があったらその都度質問して」
「うん、それでお願い。よろしくね大樹君、美佳ちゃん」
「「うん」」
この場で結論は出せなさそうなので、一先ずこの話題は棚上げし風美香姉さんの聞きたがってる話をする事にした。と言っても、一般的な話せる内容だけだけどな。重蔵さんプロデュースの訓練や30階層近くの話なんかは、さわりを話しただけで絶対に引かれるから駄目だろう。
と言うわけで俺と美佳は、当たり障り無い話を要点を纏めながら風美香姉さんに語り始めた。
風美香姉さんに探索者に関する話を始め、途中で美玖伯母さんが飲み物を持ってきてくれたので一時中断したが、ほぼノンストップで話は続いていた。
改めてコレまでの事を思い出しつつ話して見ると、思った以上に色々と出てくる。勿論、話せる範囲だけに限ってもだ。
「へー、ダンジョンの中でそんな事がおきるんだ……」
「何度も言うけど、これもその内の一つってヤツだからね?」
「分かってるわ。でも、色々な事に注意してないと危ないわね」
「そうだね。でも、探索者同士のイザコザよりは幾分かはマシだよ」
モンスターが相手なら倒せば良いし、トラップなら適切に対処すれば問題ない。でも、探索者が相手のトラブルは面倒の一言に尽きた。仮にモンスターに追い詰められ危ない場面に陥っていたとしても、善意で助けたにもかかわらず、余計な手出しをしたと逆恨みする相手だっている。下手な対処をすれば怨恨が残り、それ以降の探索では何時再び相見えるのか気にし続けなければならないからな。かと言って、目の前で窮地に陥っている探索者を見捨てたら見捨てたで後味が悪くなり、最悪トラウマ案件だ。
まぁ助けたら助けたで、この間の美佳達のような件もあるけどな。
「でも、大樹君達の話を聞いていると、気軽に探索者になる!とは言いづらいわね」
「明確に探索者になるって意思と覚悟があるなら無理に止めはしないけど、曖昧な状態なら止めておいた方が良いよ。中途半端な状態で探索者になったら、多分後悔すると思うから」
「うん、私もそう思う。風美香お姉ちゃん、誰かに誘われたからって感じで探索者になるのはやめておいた方が良いよ、絶対」
「う、うん。二人がそこまで言うなら、流されてなる事はしないって約束するよ。でも……」
俺達の話を聞いたお陰で、風美香姉さんも流されて探索者になるのは拙いと思ってくれたようだ。だけど、探索者資格の有無が就職に関係してくるようになったら……と言う感じで言い淀む。
まぁ就職活動において、何十社も受けたのに一社も……と言う話を良く聞く。そうなってくると、少しでも就職に有利になる資格として探索者に……と言うのも諦めがたい気持ちになるのも分からなくも無い。その辺の決断は後々の世間の動きを見て、としておいた方が良いのかもしれない。
「風美香姉さん、結論は急がなくても良いと思うよ。資格の有無を採用基準に含めるのを、法律で規制する動きになるかもしれないんだしさ。それに採用するに当たっての副作用の面を考えれば、逆に資格を持っているから採用しないって動きになる可能性もあるしね」
「えっ……資格があると採用しない?」
「うん、ほら考えてみてよ。もし探索者資格を持つ社員を無理が利くからって酷使した場合、後になって報復される可能性も考えられるんじゃないかな? 仕事を過剰に振って酷使するって事は、逆に言えば功績を立てて直ぐに出世するかもしれないって事だよ? 昔酷使した部下が上司になる……怖いよね?」
「……確かにそうよね」
過剰な仕事を振っていた元部下が功績を挙げて自分の上に立つ、この恐怖に耐えられる者は中々居ないだろう。仮に元部下から過剰な仕事を振られ抗議したとしても、“昔、自分もXXさんに同じ量の仕事を振られましたよ?”や“自分に出来たんですから、XXさんも当然軽く熟せますよね?”等と言われるのが目に見えている。この場合、自業自得と言えば自業自得なんだけどな。
だがそうなってくると、自分達と同じ能力の非探索者を採用した方が良いと考える企業が出てくる可能性は大いにある。その辺も含めて早く法制化した方が良いだろうな、資格の有無による不公平な雇用が増加する前に。
「幸い風美香姉さんは2年生なんだし、もう少し様子見をしても良いんじゃ無いかな?」
「そう、ね。就職活動を始めるのはもう少し先だし、もう少し様子を見ても良いかもしれないわね」
「そうそう。もし近年中に法制化されなくても、どっちに動くかの流れは見れるだろうし……急いで結論を出すのは勇み足になりかねないよ」
就職に有利になるという曖昧な噂を元に手を出したら、探索者資格保有者は採用されづらいと言う世情になった、では元も子もないしね。職業として探索者を目指すのならば兎も角、就職に有利な資格として欲しいのなら目標レベルも低いので特別急ぐ必要は無いと思う。
そしてレベル10位が目標なら、ダンジョンが混雑期でも無い限り短期間のパワーレベリングで無理なく到達出来るレベルだ。もっとも、引率役がマトモな探索者ならと言う前提ではあるけど。うん、就活生向けパワーレベリングパックとか、その内はやるかもしれないな。
「風美香、大樹君、美佳ちゃん。そろそろお昼にするわよ」
「あっ、はーい!」
俺達を呼ぶ美玖伯母さんの声が、部屋の外から聞こえてきた。少し驚きながら返事を返す風美香姉さんの姿を横目にしながら部屋の壁に掛かった時計を確認してみると、何時の間にか正午を過ぎていた。どうやら俺達は、結構長々と話し込んでいたらしい。
「と言う訳みたいだから、取り敢えず話はココで一旦中断しましょう」
「中断て事は、昼食を食べ終わった後にまた?」
「うん、今回は大樹君達が余り長居出来ないみたいだしね。折角だから、出来るだけ話を聞きたいかな……」
まぁ特に何という予定があるわけでも無いので、別に良いけど……。
「美佳は良いか?」
「うん。久しぶりに風美香お姉ちゃんとも会えたんだし、今回はお話してようかな。それに……」
「ああ、そうだな」
今度館林さん達に探索者について話す時の練習にもなる、って所かな? 風美香姉さんを練習台にするような形になるので、美佳は若干言い出しづらそうな表情を浮かべていた。
まぁ理由は兎も角、本人も望んでいるんだし特に気にしなくても良いと思うぞ。
「まぁそう言う訳で、風美香姉さん食事後もOKだよ」
「ありがとう大樹君、美佳ちゃん」
と言うわけで、話も纏まったので俺達は風美香姉さんの部屋を後にし、皆が待つ居間へと足を向けた。
俺達が居間に到着すると、既に父さんや母さん達6人は既に席に着いていた。その姿に俺達は少し慌てて、空いている席に腰を下ろす。
因みに、昼食はそうめんと天ぷら、鶏の炊き込み御握りが用意されていた。
「さて、皆揃った事だし食べようか?」
「ええ。じゃぁ「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
と言うわけで、美玖伯母さんの声を合図に久しぶりに親戚一同揃っての食事会が始まった。最初は皆食べる事に集中し言葉少なかったが、次第に腹も満たされると話が盛り上がってくる。
話題の中心は勿論、俺と美佳が探索者になった事だ。
「そうか、大樹君と美佳ちゃんは探索者をやってるのか」
「大丈夫なの二人とも、探索者は良く怪我をするって聞くけど……」
「今の所は大きな怪我も無いから大丈夫よ優義兄さん、姉さん」
「とは言え、心配は心配なんですけどね」
俺達が探索者をしている事を問われた父さん達は、心配げな表情を浮かべる美玖伯母さんと優伯父さんに、少し不安げな表情を浮かべつつ心配ないと口にする。確かに細かな怪我を含めると、探索者全体の負傷率は結構高いからな。
まぁ初心者を抜けた中堅の探索者ならそれなりに経験を積んでいるので、現状を踏まえ進退を正しく決める判断力もあるので早々大きな怪我は負わない。その上、中堅にもなるとそこそこ懐にも余裕があるので、探索者として見栄えを気にし目立つ怪我は回復薬で治療し表面上負傷しなかったように見せているのが多い。負傷した姿で地上に帰ってくる探索者と、無傷(見た目だけ)で地上に戻ってくる探索者なら、後者の方がベテランの強者風に見えるからな。ヘッドハンティングで企業にスカウトされようとしている探索者は、他の探索者よりそこら辺の見栄えを特に気にしている。
「と言う事らしいけど大樹君、美佳ちゃん。本当に大丈夫?」
「うん。パーティーを組んでる友達と一緒に、かなり慎重に進めているから大丈夫だよ」
「それにダンジョン以外でも、素振りや模擬戦なんかの訓練もしてるから」
「素振りに模擬戦? お前達、何処かの道場で習ってるのか?」
「うん。俺がパーティーを組んでる友達の家が、代々武術道場をしてたからソコで教えて貰ってるよ」
「まぁ」
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、俺達が剣道等の武道を習ってると思ってるようで感心した様な表情を浮かべている。だがしかし、実際は二人の想像の斜め上であるガチガチの実戦武術だ。
思い返してみると、探索者スペックが無かったらダンジョン探索前に模擬戦で再起不能になってたかもしれないな……。
「「……大樹?」」
「えっ、あっ、ごめん。ちょっと、ぼーっとしてた」
コレまでの訓練を思い出し少し遠い目をしていると、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに心配されてしまった。いけないいけない、訓練内容がバレると余計心配されるから気を付けないと。
話したら確実に皆に辞めろ!と言われる自信がある。
「そう言えば風美香、大樹君達に聞きたいって言ってた話は聞けたか?」
「うん、凄く参考になったよ」
「そっか。しかし、就職に探索者資格が有ると有利になる時代か……少し前まで思いもしなかったな」
「優義兄さん、それはどんな話なんです?」
「実はだな大輔君……」
父さんは優伯父さんから先程の風美香姉さんの話を聞き、少し頭痛そうに溜息を漏らす。
「今の就職事情って、そんな話になってるんですか……困ったな」
「ああ、やっぱり大輔君のところもかい?」
「はい。ウチの会社でも多くの若手の社員がこのダンジョンブームに乗って、探索者になってるんですよ。確かに探索者になって、話にあったように身体能力が上がり仕事の効率が上がったって言う話を聞いてます。ですが……」
「怪我を負って欠勤する社員が増えて、個人の作業効率は上がっても全体の作業効率が落ちた、かな? その上、怪我の治療跡を色濃く残した社員が外回りに出るから、取引相手から心配する声や苦情なんかが入るようになったかい?」
「はい。今では大分改善していますが、やっぱり……」
父さんと優伯父さんは、再び困った物だと言いたげな表情を浮かべながら深い溜息を漏らす。どうやら、企業勤めの会社員が探索者をする上で色々と弊害が出ていたようだ。確かに会社の仕事の多くがチームで熟すモノである以上、一人でも欠けると他の社員に負担が偏ってしまう。まして怪我の治療での欠勤ともなれば、一日二日だけの事で終わるモノでも無い。
回復薬という裏技もあるが、怪我の大きさによっては1度の初級回復薬使用では間に合わない場合もある。そうなると、中級や上級などの回復薬か時間を掛けて治すしか無い。
「労働法の改正や社の労働規約が改正されたら、少しはマシになるかもしれないんだけどね」
「副職の禁止とかですか?」
「ああ」
そんな父さんと優伯父さんの話を横耳で聞きながら、俺達3人は先程の話で出した推測があながち間違いでも無いかもしれないなと思いながら、気拙気な表情を浮かべながらそうめんを啜った。
会社の仕事はチーム全員でやるモノなので、個人の作業効率が上がっても全体の作業効率が落ちたら意味ないですよね。




