第301話 やっぱり稼げてなかったか
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
俺は独特な雰囲気に飲み込まれそうになっていた美佳と沙織ちゃんの肩を叩き、呆気に取られたような表情を浮かべていた二人の目を覚まさせる。あんまり真剣に考えすぎて、変な影響を受けて貰っても困るしな。今はまだ、そう言う人達が居るんだという認識程度で良い。
……何れは、色々と直視する必要はあるけどな。
「そろそろ行こうか?」
「……うん」
「……はい」
意気消沈した表情を浮かべ、美佳と沙織ちゃんは6階層へと続く階段へと重い足取りで歩き出す。精神的に余裕が出来るという事は、今まで余裕が持てずに見逃してきた事が目に入るって事だからな。辛いだろうが、探索者を続けるなら慣れていかないといけない事だ。
そして俺達は階段前広場に屯する探索者達を後目にしながら、一歩一歩階段を上っていく。
7階層の階段前広場で少々足を止めたものの、特にトラブルも無く俺達は順調にダンジョンを上っていく。探索者達の移動の流れに乗って最短コースを歩いていたと言う事もあり、帰路でモンスターと遭遇する事は無かった。たまに移動の流れが遅くなったり戦闘音が聞こえたりもしたが、俺達が直接モンスターと戦うような事は無かった。
「平和だな……」
「お兄ちゃん。コレは平和じゃ無く、暇って言うんだよ」
「何にもありませんからね」
つまり何が言いたいのかと言うと、移動中は凄く暇だったと言う事だ。無論、周辺警戒はしていたけどな。前を歩く探索者パーティーの背中を見ながら、ただただ特に景色も変わらない薄暗い通路を歩いて行く。探索では無く移動なので、中々に精神的にくるものがある。
俺達は若干ウンザリとした表情を浮かべながら、当たり障りの無い雑談をしながら規則的に足を動かしていた。
「そう言えば美佳、沙織ちゃん。盆明けの休みって、何か予定ある?」
「お盆明け? うーん、今の所は……特に無いかな?」
「私も、特には無いですね。でも、何でですか?」
俺は道中の暇潰しの話題として、盆明けのイベントについて二人に話す。
「へー、そんなイベントがあるんだ」
「それって企業説明会……なんですか?」
「軽く調べてみたけど、ソコまで堅いイベントでは無いみたいだよ。ダンジョン食材を使った屋台……出店なんかも出るみたいだしさ。勿論、企業説明を通じて有望な探索者が居れば招き入れたいって考えはあるだろうけどね。とは言え、先ずは知名度が無いとね」
俺の説明を聞き、二人はイベントに興味が湧いてきたらしく興味津々と言った表情を浮かべていた。まぁ大規模……うん、大規模だな。ダンジョン関連企業が共同開催する大規模なイベントは、黎明期という事もあり中々無い。そこそこの規模のイベントなら、ダンジョン協会が広報活動の一環としてたまにやっているんだけどな。
そんなイベントが近くである。行けるのなら行ってみたいと思うのが、人情というものだろう。
「世間一般が持つダンジョン企業のイメージと言えば、探索者を雇ってドロップアイテムを集め市場に流す会社ってイメージしか無いからな。具体的にどう言う活動をしているかは余り知られていないから、求職活動やスカウトをしても活動内容が良く分からず結構な人が二の足を踏むってケースが多いみたいだ」
「まぁ誰も、何をしているか分らない会社に入りたいとは思わないよね」
「ですね。どんなに社員に対して良心的な会社でも、知られていなければ一括りで良く分からない会社扱いですから」
それはそうだろうなと言いたげな表情を浮かべながら、2人は納得したというように頷く。宣伝不足というか……まぁ、それを改善しようとしている動きがこのイベントなんだろうけどな。イベントを通じて、自社に興味を持つ者が少しでも増えれば……と言ったところだろう。
進学せず探索者を目指す高校生や卒業を控える大学生とかなら、選択の一つの切っ掛けにはなりそうだ。
「まぁ兎も角、盆明けにそのイベントがあるんだけど、俺は行ってみるつもりなんだけど2人はどうする? 企業説明の他に出店もあるみたいだから、食べ歩きを兼ねていくのも良いかなと思ってさ。暇なら一緒に行かないか?と思って予定を聞いてみたんだけど……」
俺がそう尋ねると、2人は顔を見合わせてから、嬉色の表情を浮かべながら元気よく返事を返してきた。
「行く!」
「私も行ってみたいです!」
「そうか、じゃぁ3人で行ってみるか」
と言うわけで、盆明けの休みにあるダンジョン企業が合同開催するイベントに行く事が決まった。こうなってくると、裕二と柊さんにも声を掛けて皆で行くのも良いかもな。
そんな事を考えつつ、俺達は雑談をしながら薄暗い通路を歩き続けた結果……何時の間にか入り口近くまで戻ってきていた。何か話してると、あっという間に時間が経つな。
ダンジョンから出た俺達は更衣室で着替えをすませた後、ドロップアイテムの査定をして貰う為に買取窓口がある建物へと移動する。
その途中で……。
「……アレは、梶原君達かな?」
「えっ? あっ、本当だ。無事にダンジョンを出れたんだ」
「そうだね。でも……」
俺達は軽食が取れる休憩室スペースでテーブルに着き、深刻そうな表情を浮かべ何か話し込んでいる梶原君達の姿を目にした。無事にダンジョンの外に出れたようで俺達も安堵したのだが、どうにも様子がおかしい。顔を横に振り申し訳なさそうな表情を浮かべる倉田君と筒井さん、悔しそうに拳を握り俯く梶原君、何が起きているのか理解出来て居なさそうに困惑する川原さん。
しかも、梶原君達の近くに座る、他の探索者パーティーの何とも言えなさそうな表情を見るに、かなり深刻な内容を話しているらしい。たぶん……。
「探索者を続けるかどうか話し合ってるのかな……」
「……そう、じゃないかな」
「まぁ、あんな事があったばかりだからな……」
美佳と沙織ちゃんはその光景を、悲しげな表情を浮かべながら眺めていた。俺としてはよく見慣れた光景の一つではあるが、美佳と沙織ちゃんにしてみれば助けたパーティーが直後に解散する相談をしている光景を目にすることは今まで無かったのだろう。それが、運が良かった事なのか、悪かったのかは分らないけどな。
とは言え、何時までも眺めていて気持ちの良い光景では無い。
「2人とも、そろそろ行こうか? 何時までもこうして立ち止まって彼等を眺めているってのも、野次馬みたいで悪いからね」
「うん……そうだね」
「はい……行きましょう」
梶原君達に気付かれる前に、若干重くなった足取りで俺達はその場を後にする。
そして買取窓口の近くに設置してある発券機で整理券を受け取った後、美佳と沙織ちゃんは空いてる席に着き心底疲れたと言いたげな深い溜息を漏らした。
「はぁ、何だかな……」
「どうした美佳、そんなに深い溜息をついて」
「だって、お兄ちゃん。折角助けたパーティーなのに、あんな事になるなんてさ……」
「確かに残念な結果にはなったかもしれないけど、全員無事にダンジョンから出られたみたいだから良いじゃないか。あの時、俺達の助けが間に合っていなかったら、最悪は何人か帰って来れていなかった筈だ。それを思えば、全員で戻って来れただけ幸運だよ」
精神面は分からないけどな。俺は探索者を辞めパーティーを解散する事になったとしても、まだマシな結末だと美佳と沙織ちゃんに教える。美佳と沙織ちゃんは俺の話を聞き、納得したような納得出来ないような複雑な表情を浮かべながら俯き黙り込んでしまった。2人も俺の言っている事自体は理解出来るのだろうが、感情が追いついてこないといった感じなんだろう。
そして暫く黙り込んでいた後、ゆっくり顔を上げた沙織ちゃんが口を開く。
「そう、ですよね。全員で戻って来れただけでも、運が良いんですよね。探索者なんだから……」
「……ああ」
「……厳しいですね、探索者って」
「そうだな……」
再び沙織ちゃんは黙り込み、膝の上に置いた手を握りしめた。
暫く何とも言えない雰囲気が俺達の間に流れたが、美佳が自分の頬を両手で叩き口を開いた事で霧散する。
「はい、お終い! この話はココまで! これ以上は何を話しても雰囲気が暗くなるだけだよ! もっと別の話をしよう!」
「えっと、ああ、そうだな」
「う、うん……そうだね」
美佳の強引すぎる話題転換に、呆気に取られた俺と沙織ちゃん。だがまぁ確かに、何時までもこの話題のままだと暗い雰囲気が続くばかりだしな。強引だけど、話題を変えるにはこのぐらい強引な方が丁度良い良い切っ掛けだ。
そして話題を変え、暫く話していると買取窓口の方から俺達の持つ整理券の番号が呼ばれた。
「あっ、私達の番号だ」
「早かった、早かったのか? まぁ良いか、ともかく窓口に行こう。査定して貰う物を、出し忘れないようにね」
「大丈夫です、こっちのバッグに一纏めにして用意してあります」
沙織ちゃんが見せてくれたバッグを持って、俺達は買取カウンターへと歩み寄った。
「お待たせしました、ご用件は?」
「買取査定を御願いします」
「はい。では、探索者カードと査定品の提出を御願いします」
俺達は係員の指示に従い、カードとドロップアイテムを詰めたバッグをカウンターに置く。
「お預かりします。では査定が終了しましたらお呼びしますので、呼び出しが聞こえる近くでお待ち下さい」
「はい。よろしく御願いします」
特に手間を取る事無く受け付けを済ませ、俺達は受付カウンターから離れた。
さて、今回の探索の稼ぎはどれくらいになるかな……。
査定は5分ほどで終わり、俺達はカウンターに呼ばれた。
まぁクリスタルや肉が少々と、スキルスクロールが1本だけだからな。そんなに時間は掛からないか。
「お待たせしました、査定が終了しました。こちらが査定内容になります」
「ありがとうございます」
渡された査定書類に目を通すと、今回のドロップ品の合計換金額は1万円に届いていなかった。無論、鑑定待ちであるスキルスクロールの査定額は除いてだけどな。やっぱりスキルスクロール以外の査定は、余りパッとしない金額だな。スキルスクロールがドロップしていなかったら、赤字にこそなりはしないだろうが殆ど無報酬だった。
やっぱり探索者の収入って、如何に査定額の高い品を入手出来るかという運に左右されるな。
「……はぁやっぱり、こんな結果になっちゃうよね。すみません、買取手続きを御願いします」
「はい。振り込みの方は、3分割でよろしいでしょうか? それとも、どなたかのカードに一括で?」
「俺は良いので、2人のカードに分割して振り込んで下さい」
「分かりました。では、お二人のカードに分割して振り込み手続きをさせて頂きます。それとスキルスクロールの査定結果は、後日お知らせしますのでこちらの書類の内容を確認し御記入下さい」
「はい」
スキルスクロールのお預かり書類は沙織ちゃんが代表して目を通し記入をし、その間に美佳は窓口の係員から振り込み証明書類を受け取っていた。
ふぅ、コレで今日の探索は終わりかな? 色々と疲れたな、ホント。
ダンジョン前のバス停からバスに乗った俺達は、取り敢えず駅まで移動してきた。打ち上げは奢ってやると約束していたので、良さげな店がありそうな駅まで戻ってきたのだ。一応ダンジョンの周りにも探索者需要を当てにした飲食系のお店もあるが、万一梶原君達とバッタリというのも嫌なので念の為である。
「さて、駅まで戻ってきたけど、どうする? 探索上がりだから普通の食事でも良いとは思うけど、ガッツリ系のヤツはやめておいた方が無難だと思うんだが……」
「そうだね。夕食時まで時間はあるけど、何処かのお店で軽食って感じかな? 沙織ちゃんはどう?」
「うん、私もその方が良いと思う」
そんなわけでガッツリ系のお店は避けて、どこかの喫茶店で打ち上げをする事になった。と言っても、お店の選択権は二人に任せているのでどこに行くかは分らないんだけどな。
二人はスマホを弄り始め、駅近くの良さげなお店を検索し始めた。どこでも良いから、手早く決めてくれよ。
「ココは如何かな? 写真のコレ、美味しそうだよ」
「どれ? ……確かに美味しそうだけど、奢って貰うには高くないかな?」
「ん? 別に少しくらい高くても大丈夫だぞ。良さそうな店が見付かったんなら、色々と迷うよりソコに行こう」
「良いの!? やった!」
「あの、本当に良いんですか?」
「ああ」
と言うわけで、二人が選んだお店に移動して打ち上げをする事になったのだが、俺はこの時に価格を確認しておくべきだったと後になって後悔する。何せ、美佳が美味しそうだと言っていた、お店の目玉パフェが一つ三千円近くもするとは思ってもいなかったからだ。
結果、何でも良いぞと見栄を張った手前、やっぱり止めたとも言えず俺の財布が少し軽くなってしまった。
スキルスクロールがゲットできてなかったら赤字でしたね。




