第300話 残念だけど、ココまで
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
俺の話を聞いた美佳と沙織ちゃんは足を止め、唇をかみしめ眉を顰めながら黙り込む。重苦しい雰囲気が俺達の間に漂い、暫し沈黙が流れる。まぁ、普通の高校生がするような会話ではないからな。だがしかし、探索者をこれからも続けるのならば、避けては通れない話でもある。
俺は考え込む二人に何も言わずに口を噤み、何かしらかの答えを出すまで静かに周辺警戒を続け待つ。そして……。
「……ねぇ、お兄ちゃん?」
「……何だ?」
「お兄ちゃん達が舘林さん達を探索者にって積極的に誘わなかったのは、こういう事が起きるかもしれないって考えてたから?」
「……ああ、少なくとも二人が自分達の意思で探索者になるって言いださない限り、俺達としてはこれからも無理強いをする気はないよ。目的も無く場の雰囲気に流され決めたら……川原さんみたいになる可能性があるからな」
どんな些細なモノでも、自分で決めた目標であれば、それを支えに人は頑張れるものだ。逆に言えば、流され支えとなる目的を持てなければ、追い込まれたイザと言う時に踏ん張りがきかずに人は容易に崩れる。
決断の結果は同じだったとしても、流されて決めたか自分で決めたか、その些細な違いの影響は大きい。
「……そう、だよね」
「ん? もしかして、舘林さん達になんか言ってたのか?」
「……うん。夏休みに、一緒にダンジョン行かない?って、聞いてみた事はある」
「ああ……」
美佳と沙織ちゃんは、言いづらそうに視線を背け、申し訳なさげな表情を浮かべていう。今回の事を知る前に誘っていたとあっては、俺も何とも言えず、微妙な表情を浮かべた。
「あっ、でも舘林さん達、資格試験の方に集中したいから御免って断ってたから大丈夫……だと思います、よ?」
沙織ちゃんは自分の発した言葉に自信なさげな表情を浮かべつつ、言葉尻をすぼめながら少しずつ俺の顔から視線を逸らしていった。
「ああ、うん、そうだね」
セーフ、なのか? まぁ取り敢えず後日、二人の意思確認をしておいた方が良いかもしれないな。資格試験の方に集中したいとの事だから、少なくとも試験終了まではウンとは言わない……かな?
ただまぁ、本心からやりたいと言うのなら一人前の探索者になれる様にシッカリ指導しよう。だが今は、それよりも……。
「……」
「「……」」
多少重苦しかった雰囲気が和らいだので、俺は真っ直ぐ美佳と沙織ちゃんの顔を見詰める。2人の瞳に、何かを決めた色が見えたからだ。
そして数瞬、俺達は無言で見詰め合った後、意を決したように美佳と沙織ちゃんが口を開く。
「辞めないからね」
「私も辞めません」
「……分かった」
真っ直ぐ俺の目を見返しながら、発せられた短い言葉ではあったが、二人の覚悟が伝わってくる、力強い宣言であった。つい先程、壊滅寸前に陥った梶原君達や、追い詰められ狂乱した川原さん、と言う実例を目にしたというのに、不安や動揺の色は隠せていないが、探索者を続けるという意思に、揺らぎは見て取れない。二人とも本気で、一人前の探索者になる覚悟を、決めたようだ。
なので俺も確認し直すような無粋な真似はせず、深く頷きながら短く一言で返した。
重苦しかった雰囲気を払拭し、俺達は7階層の探索を再開した。7階層は上層に比べれば人の影も大分疎らになり、モンスターとの遭遇率も少し改善している。まぁ本当に少しは、だけどな。
と言うわけで、2度目のゴブリンさんとのエンカウントである。
「エイッ!」
「ヤァッ!」
「「ギャッ!?」」
二人の繰り出した槍に胸の中央を貫かれ、遭遇した2体のゴブリンは碌な行動も起こさないままに絶命する。同数の敵なら、今の二人なら反撃の暇も与えず瞬殺出来るようだ。
後は、自分達より多数の敵と遭遇した時の対処が適切に出来るかどうかだな。
「お疲れ様二人とも、良い手際だったね」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「ココまで出てくるモンスターが相手なら、今の所問題ないですね」
仕留めたゴブリンから槍を抜きながら、美佳と沙織ちゃんは視線を逸らさず警戒を続けている。生命力の強いモンスターなら、致命傷を負わせたとしても最後っ屁を噛ましてくるヤツもいるからな。圧勝出来る相手だとしても、消えるまで気を抜いてはいけない。
そしてゴブリンが粒子化を始めたのを確認し、美佳と沙織ちゃんは緊張で胸に溜まった息を吐き出し気を抜く。
「さっきの事があったから、モンスターとの戦いに支障が出るかと思ったけど……大丈夫そうだね」
川原さんが狂乱した際に口走った戯れ言ではあるが、面と向かって放たれた言葉である事に違いは無い。悪意があって放たれた言葉では無いが、一切装飾されていない今にも心が壊れそうな者が放った悲痛な叫びである。二人がそれを気にして、動きの精細さを欠き怪我をするという可能性は十分にあった。
いざという時は介入する気で居たのだが……心配は無用だったらしい。
「……確かに、川原さんの言葉は気になるよ。でも……決めたから」
「はい。私達は彼女と違って、自分で探索者になる事を決めましたからね」
美佳と沙織ちゃんはそう言い、真っ直ぐに俺の顔を見てくる姿に安堵した。覚悟を決めた2人は、戯れ言ぐらいでは揺るがなかったらしい。
そして粒子化を終えたゴブリン達の跡には、2人の覚悟に答えるかのように一本の巻物がドロップしていた。
「やった、スキルスクロールだ!」
「ホントだ!」
スキルスクロールを見付けた美佳と沙織ちゃんは喜びの声を上げ、急いで駆け寄り拾い上げた。本日の探索に於いて初めての真面なドロップ品のゲットである。今まで碌なドロップ品を得られず不満が溜まっていた二人は、両手を挙げ喜びを表現していた。
取り敢えずコレで、赤字を出さずに済む収入は確保出来たようだ。碌なアイテムが得られず遠征費で足が出るかも……といった心理的負担は、コレで解消できたな。
「よぉし、この調子でドンドン進もう!」
「うん!」
スキルスクロールを得た事で、美佳と沙織ちゃんのテンションが上がった。どうやら、残り香のように漂っていた重苦しい雰囲気は完全に払拭出来たようだ。
そして俺達は出発の準備を整え、意気揚々と探索を再開した。
幾度かのモンスターとの戦いを経て7階層の探索を一通り終えた俺達は、8階層へと降りる階段の前に辿り着いた。
しかし、美佳と沙織ちゃんの表情は不満気で余り優れていなかった。何故なら……。
「はぁー、運が向いてきたと思ったんだけどな……」
「そこそこ戦ったのに、ホントに今日は不作だよね」
スキルスクロールを得て、意気揚々と探索を続けたのだが成果がパッとしなかったのだ。それなりの数のモンスターと遭遇し戦闘を行ったのに、出てくるドロップアイテムはコアクリスタルばかり……何も出ないよりはマシかな?と言った感じである。一本だけとは言え、スキルスクロールを得ていなかったら……目も当てられない結果になってたかもな。
俺は余りの不作に項垂れる美佳と沙織ちゃんに、このまま下に降りるかどうか問い掛ける。
「で、如何する? 何時までもココにいたら、他の人の迷惑になるぞ?」
「……」
「……美佳ちゃん、降りよ? 下の階段前広場なら、休憩も取れるし」
「うん、そうだね。確かにココで立ち話をするよりは、下で休憩しながら決めた方が良いかも」
今日の運の無さに辟易とした表情を浮かべる美佳は、沙織ちゃんの提案に乗り下の階段前広場に降りる事を決めた。先に進むか戻るか、中々判断が難しい選択だ。時間的な面で言えば、まだ探索を進める余裕はある。しかし、今日の運の無さを思えば……無理に続行せずに引き返すのも一つの選択だ。
と言うわけで、取り敢えず8階層の階段前広場に降りた俺達は空いてるスペースを見付け、レジャーシートを広げ腰を下ろす。
「「……」」
美佳と沙織ちゃんは水分補給をしながら、ダンジョンの奥へ続く通路を力の無い眼差しでで眺めていた。進むか引くか、色々考えが巡り迷っているのだろう。元々今日の探索は、探索条件の緩和を賭けた試験を兼ねている。美佳達にとって、本当ならココから先の探索こそが本番と言えるのだろうが……色々あった上に何とも言えない運の無さ。勢いに任せて先に進む……というのは流石に躊躇するというものだ。
そして暫しダンジョンの奥に眼差しを向けていた美佳と沙織ちゃんは、小さく溜息をつき何かを諦めたような表情を浮かべ口を開く。
「……ねぇ、沙織ちゃん?」
「……何?」
「悔しいけど、今回の探索はココまでにして引き返した方が良いと思うんだけど……」
「やっぱり、美佳ちゃんもそう思う? ……私も、今回はココまでにした方が良いんじゃないかなって思うよ」
無念さが滲む表情を浮かべた二人の声に、覇気と言うべき張りが微塵も無い。まぁ目的達成の寸前で引き返すとなれば、仕方が無いのかもしれないけどな。
だがまぁ、引き際という点で見れば悪くない選択だ。ケチがついている状況で探索を強行するのは、精神面に多大なストレスを発生させるからな。こう言う時は、悪い方悪い方へと考えが傾くものだ。まぁ最低限の利益はスキルスクロールを売れば確保出来るので、赤字というお財布に大打撃を与える事態は回避出来ると納得すべきだろうな。
「引き返す、って事で良いんだな?」
「……うん、今回はココまでにした方が良いと思う。時間的にはまだ余裕あるけど、色々あったしね」
「そうそう。意識しないようにしてますけど、ちょっと時間が空くと考えちゃうんだよね」
やっぱり何でも無いように見えても、アレは二人にそこそこの影響を与えていたみたいだな。まぁいきなりあんな場面に遭遇したんじゃ、無理もないと思うけど。
しかしこの先、何度も見る事になる筈の光景ではある。慣れる……とまで行かなくとも、深刻に受け止めず流せるくらいにならないと、この先の探索は辛いだろうな。
「そっか……。二人とも、何か相談したい事があったら気軽に相談してくれ。明確な解決法を示せるかは分からないけど、話を聞く事くらいなら俺にも出来るからさ」
「……うん」
「はい、その時は御願いします」
落ち込んでいた二人の表情が、若干良くなったように感じる。相談する、相談出来る所があると分かっているだけでも、少しは心が軽くなるからな。川原さんのように無理に溜め込まず、二人が気軽に話してくれれば良いんだけど。
そして俺達は暫く8階層の階段前広場で休憩を取った後、地上を目指して移動を始めた。
探索者達の移動の流れに乗って、7階層の階段前広場に到着した俺達は多少不安げな表情を浮かべながら辺りを見回し梶原君達が残っていないか確認する。ココで鉢合せしたら、何の為にあの時急いで出発したか分からなくなるからな。色んな意味で台無しだ。
そして幸いにも、辺りを見渡しても梶原君達の姿は見受けられなかった。もう地上に向かっているようだ、まぁ別れてから2時間近く経っているからな。
「どうやら……居ないようだな」
「うん、無事に上に戻れてたら良いんだけど……」
「流れに乗って移動していれば大丈夫だよ、多分」
美佳は梶原君達の無事の帰還を願い、沙織ちゃんは若干不安げな表情を浮かべていた。流れに乗って移動していたとしても、絶対にモンスターに襲われないというわけでは無いからな。パーティーとパーティーの間は、それなりに間を開けてあるのでポップのタイミングが悪ければ?良ければ?モンスターが襲ってくる事もある。
でもまぁ、流れに乗っていれば前後に他の探索者パーティーがいるから、助けを呼べば直ぐに加勢してくれるので大丈夫、の筈だ。前後が新人パーティーだったとかでなければ。
「ねぇ、お兄ちゃん? よくよく見てみれば、ココって……」
「……なんだか、雰囲気が少しおかしいですね」
辺りを見回し、階段広場で待機している人々を観察した美佳と沙織ちゃんは、何かを感じ察したのか表情を少し強ばらせる。……どうやら、気付いたようだ。
「……ココで待機しているパーティーの多くは、人型モンスターとの戦闘を乗り越えられずに燻っている連中だよ。どうしても人型モンスターと戦えなくて、ココより上の非人型モンスターを狩ってるんだ」
一歩踏み出す覚悟が持てないので進むに進めず、探索者を辞めるという決断も出来ないからこそ燻っている。その上、上層階で手に入るドロップアイテムを求める需要もあるので、そこそこの強さがあれば一定以上の収入を得る事は難しくない。たまにスキルスクロールなどのボーナス収入もあるしな。
だからこそ、どこのダンジョンでも境目である7階層の階段前広場は、羨望・願望・妬み・僻み・自責……色々な思いが混じり合った独特な雰囲気が漂っている。前回7階層まで降りてきた時は、美佳達も初めての人型モンスターとの戦闘で緊張して気付かなかったのだろう。しかし今回は2度目という事もあり、周りを見回す余裕が持てたからこそ今回7階層独特の雰囲気に気が付いたって所だろうな。
「「……」」
「絡まれたりはしないだろうけど、先に進むなら無用な接触はしない方が良いぞ。どちらにとっても、望ましくない状況になるかもしれないからな」
何故なら、留まる者に進む者、その意見が合う事は無いだろう。だからこう言う者達もいるのだと理解しておけば良いのだ、互いにな。
運が無い時に無理しても碌な事になりませんからね。




