第299話 相互理解の大切さ
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
美佳達が川原さんの看病をしている間、俺は一緒に歩哨を行っている梶原君と倉田君に気になった事を尋ねる。川原さんが狂態を晒し倒れた事にまだ呆然としている様子の二人は、ゆっくりとした動きで顔を俺に向けてきた。
やっぱり、心ここに在らずって感じだな。
「なぁ梶原君、倉田君ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?」
「……何ですか?」
「川原さんの事についてだ。余り踏み込んだ事を聞くのはマナー違反だとは思うけど、流石に目の前で狂乱されたら……ね?」
「そう、ですよね。それで、何ですか? 聞きたい事って……」
意気消沈し覇気のない声で返事を返してくる梶原君に、俺は幾つか質問を投げ掛ける。
「先ず君達は、この夏休みに入ってから探索者を始めた新人って事で良いのかな?」
「はい……俺達は夏休みに入ってから探索者を始めました」
「やっぱりそうか。じゃぁ、君達は上の混乱の影響を余り受けずに、比較的順調にココまで降りてこられたんだね?」
「はい、運良くモンスターと戦う機会が多くてレベル上げも順調でした。お陰で、同期の新人パーティーより早くココまで降りてこられました」
梶原君はコレまでの探索を思い出し、少し自慢気な雰囲気を滲ませながら話してくれた。確かに他の同期のパーティーと比べ、一歩抜きん出た成果を上げていれば自慢の一つもしたくなるだろうな。
ただし今回の場合、順調に進んで来れた事が不幸に繋がったとも言える。
「そっか、それは運が良かったな。今の上の混雑状況を考えると、殆どのパーティーは中々モンスターと遭遇しないだろうし」
「はい。知り合いに聞いても、中々モンスターと遭遇しないって愚痴ってました」
「だろうね。とは言え、夏休みに入ってからダンジョン探索を開始して今ココにいるって事は、殆ど毎日ココに通ってるのかな?」
「はい。ダンジョンに潜れば潜るだけ、自分達のレベルが上がるのが実感出来るのが楽しくて……」
やっぱり、毎日通っていたか。梶原君と倉田君の顔には控え目だが、楽しくて仕方が無かったという笑みが浮かんでいた。その笑みは新人探索者に良くある、レベルアップによる他者より明確に優れた身体能力や獲得スキルによる全能感や優越感、と言った物に浸っている笑みだ。
まぁ、ある種仕方が無い感情であるとは思うが、何時までも浸り続けて良い感情では無いな。
「それは、休養日を取らずに通っていたのかい?」
「えっ、まぁ、はい。お盆期間中は皆それぞれ家の用事があったりするので、その時に休めば良いよな……って事で取ってませんでしたね」
「……」
中々モンスターと遭遇出来ない他のパーティーを尻目に、自分達は順調にレベルアップ出来る事が楽しすぎて休養日を取らずに連日ダンジョン探索か……それは拙いだろ。
俺は思わず顔を抑えそうになる自分の右手を左手で押さえながら、最後の質問を投げ掛ける。
「ああ、じゃぁもう一つ良いかな?」
「ああ、はい。どうぞ」
「川原さんは積極的にダンジョン探索……探索者になったのかな?」
俺は今回の出来事に関する、一番大事だと思う懸念事項を口にした。
予想では恐らく……。
「積極的……ではなかったですね。俺達が誘ったから賛成してくれたって感じでした」
「……川原さんの性格って、自己主張が控え目で押しに弱い方かな?」
「言われてみると、そんな感じもありますね」
「うん、言われてみるとそうだね」
梶原君と倉田君は、そう言えばそんな性格だよなといった表情を浮かべている。そんな2人の姿に、俺は我慢しきれず天井を仰ぎ見ながら顔を右手で押さえてしまった。
……悪い予感が当たったよ。
「……」
「「どうしました?」」
話の途中で突然天井を仰ぎ見た俺のリアクションに、梶原君と倉田君は不安と怪訝が入り交じった表情を浮かべる。俺はそんな2人の様子に頭痛を感じながら、眉間を右手で揉みつつ天を仰いだ理由を口にする。
2人には……3人には辛い推測だろうけどな。
「ああ、うん、その、何だ? 今聞いた話を纏めると、だ。探索者になる事に積極的で無い女の子を、連日モンスターと戦いつつダンジョン内を連れ回したって事になるんだけど……あってるよね?」
「「……」」
「それと推測なんだけど、探索が順調だったって事は、君達のパーティーはコレまで誰も大きな怪我を負う事無くココまで潜って来れたんだよね?」
「……えっ、あっ、はい。確かにコレまで怪我はしましたけど、小さな切り傷とか打撲くらいでした」
「やっぱり……。そして人型モンスターのゴブリンとの戦いは今回が初めてで、その戦闘で初めてパーティーメンバーから大きな怪我人が出た」
俺がソコまで口にすると、梶原君と倉田君は顔色を引き攣ったような表情に変え、俺が何を言いたいのか察したようだった。
そして俺は、そんな2人の様子に溜息をつきたいのを我慢しつつ、推測の結論を口にする。
「たぶん川原さんは、息抜きも出来ないまま連日の探索者業という向いてない事でストレスを溜め込んで、初めての人型モンスターとの戦い、パーティーメンバーである倉田君の大怪我、絶望的な防衛戦、突如現れた俺達、色々と許容しきれない出来事が連続でおきて、今まで我慢していたものが一気に溢れ出して爆発したんだろうね」
「「……」」
「運良く混雑していてもモンスターと何度も遭遇して、運良く順調にレベルが上がって、運良く他のパーティーより成果を上げて、運良く誰も大きな怪我をしなかった」
果たしてコレは、本当に運が良かったのだろうか? 少なくとも、乗り気で無かった川原さんにとっては運の悪い事が連続してしまっていたのだろう。
もし運悪くモンスターと中々遭遇しなければ、もし運が悪く中々レベルが上がらなければ、もし運悪く平凡な成果しか上げられていなければ、もし運悪く誰かが骨折などの怪我をしていれば……一つでも運が良かった事が欠けていれば、休養日くらい取れて溜まったストレスをリフレッシュ出来ていたかもしれないな。もしくは向いていないと仲間に相談し、探索者を辞められていたかもしれない。
「ダンジョン探索が順調に進んで皆が勢いに乗っていたからこそ、自己主張が控え目で押しの弱い川原さんは水を差すような事が言えずに、とうとう嫌と言えないまま限界を迎えてしまった……多分だけどね」
「「「……」」」
「「……」」
俺の推測を聞き、梶原君と倉田君は悔しそうに拳を握りしめながら俯き項垂れ、看病しながら話を聞いていた筒井さんは目に溢れんばかりの涙を溜めながら横になっている川原さんに申し訳ないといった眼差しを向ける。
そんな3人に、俺達は何とも言えない眼差しを向けながら黙って見守る事しか出来なかった。
暫くして、川原さんが目を覚ました。目を覚ました川原さんは暫くウツラウツラとしていたが、特に問題なく会話も可能で落ち着いている様子だ。
そして幸か不幸か、川原さんは狂乱していた時の記憶を覚えていないらしかった。何で自分が倒れているのか理解してなかったみたいだし、心を守る為の自己防衛本能みたいなものかな?
「ええっと……助けて下さり、ありがとうございました」
「ん? ああ、気にしないでくれ。偶々、助けられる所にいたから、助けただけだよ。助けられるのに見捨てると、寝覚めが悪くなるからね。助けに入ったのは俺達の都合なんだから、余り気にしなくて良いよ」
「……はい」
先程狂乱していた人とは思えない穏やかさだ。基本的に、川原さんは穏やかな気質の人なのだろうな。だからこそ、控え目で押しの弱い性格のせいでココにいる事になったんだろう。
俺は気拙そうに川原さんから視線を逸らし俯く3人に、出来るだけ何でも無いかのような口調で話し掛ける。
「えっと、川原さんも起きた事だし、取り敢えず階段前広場まで移動しようか? 倉田君もそれなりに出血している事だし、これ以上の探索続行は難しいだろ?」
「……あっ、はい。そうですね」
「流石に地上まで送る事は出来ないけど、階段前広場までなら送るよ。後は、上に移動する探索者達の移動の流れに乗れば比較的安全に帰れるはずだしさ」
「……すみません、お世話になります」
俺の提案に、パーティーを代表し意気消沈している梶原君が軽く頭を下げてくる。推測話を聞いた後、記憶を飛ばしている川原さんの姿はキツかったようだ。倉田君も筒井さんも、肩を落とし落ち込んでるしな。
とてもではないが、コレでは続行不可能だ。肉体的な損耗は勿論の事、特に精神的ダメージが大きい。川原さんは当然だが、他の3人もカウンセリングを受けた方が良さそうだ。
「と言うわけだ、美佳、沙織ちゃん。彼等を階段前広場まで誘導するぞ」
「……うん」
「……はい」
一連のやり取りを見ていた美佳と沙織ちゃんも、梶原君達と同様に意気消沈し落ち込んでいた。まぁ確かに、見ているだけでもクル事態だったからな。この手の事態に初めて遭遇したのなら、こうなるのも無理は無い。
梶原君達を送った後で、フォローしとかないと……。
「あっ、そう言えば回復薬の御代……」
さぁ移動しようとした準備を始めた時、筒井さんが思い出したかのように呟く。そういえば、回復薬の御代を貰ってなかったな。川原さんのアレのお陰で、すっかり忘れていた。
俺は視線を筒井さんに向けた後、梶原君と倉田君にも視線を向ける。
「……そう言えば、まだお支払いしてませんでしたね。すみません」
「すみません、助けて貰ったのに……」
梶原君と倉田君は失念していた事を謝り、軽く頭を下げる。まぁあんな事があった後だし、仕方ない部分もあるので、俺からは特に何か言う気は無い。こちらから言う前に、自分達から回復薬の話題を出しただけマシであろう。
因みに初級回復薬は、協会販売のモノが凡そ1万円である。この場で1万円……小銭は持っていても万札を持っている可能性は少ないな。となると……。
「えっと、すみません。財布を持ってきていないので、ドロップアイテムの現物払いでお願い出来ませんか? 勿論、地上に同行して貰えるのなら現金でお支払い出来るんですが……」
「うーん、地上まではチョットね。一応俺達は、この後も探索を続行する予定だからさ。現物払いで御願いするよ」
「そう、ですか。分りました、じゃぁ階段前広場に到着したらお見せしますので何が良いか選んで下さい」
俺が地上までは同行出来ないと言った時、梶原君達は残念そうに小さく溜息を漏らしていた。彼等からすると、同行という名の護衛をして貰いたかったと言うのが本音だったんだろうな。
とは言え、今回の探索は美佳達主導だから、俺が勝手に地上まで同行するよとは言えない。本来ならココで別れるのが良いんだろうけど、流石にそれはアレだしな。助けた以上、階段広場まで送るのが最低限のフォローというモノだろう。
「分かった、じゃぁ今度こそ行こうか」
「はい」
梶原君は倉田君に肩を貸し、筒井さんが川原さんのフォローをしながら歩き始め、俺達は彼等を間に挟むように前後に別れ進んで行く。階段前広場からはそれほど離れていないので、そんなに時間は掛からないだろう。
それにしても、彼等のドロップアイテムは……余り期待出来ないだろうな、低階層だし。
階段前広場に到着した俺達は、梶原君達から回復薬代替わりのドロップアイテムを受け取った後、探索を続行すると伝えソコで別れた。別れ際に、美佳と沙織ちゃんが心配そうに彼等を見ながら後ろ髪引かれるような表情を浮かべていたが、俺はそんな2人の背中を押しながら別れの言葉を告げつつその場を立ち去った。
最低限の安全を確保した以上、これ以上の長居は無用だ。色んな意味でな……。
「ねえ、お兄ちゃん? あの人達、地上まで送った方が良かったんじゃ無いかな?」
「私もそう思います。何と言うか……心配です」
「二人は優しいね。でも、最後まで面倒を見る覚悟が無いなら、深入りはしない方が良い」
「……覚悟?」
「……深入り、ですか?」
美佳と沙織ちゃんは俺の物言いが引っ掛かりを覚えたのか、怪訝気な表情を浮かべ首を傾げる。俺は表情を消し、何故急いで彼等から離れたか理由を教える。
「昔……と言っても半年ほど前の事なんだけど、俺達も今回と似た場面に遭遇した事があったんだよ。その時の状況は、探索者パーティーが他の探索者に襲われているって状況だったんだけどね」
「……それって、PKってやつ?」
「うん、それだ。助けに入るのが間に合ったから皆無事だったよ……肉体はね」
「肉体は、ですか?」
不穏な空気を感じたのか、美佳と沙織ちゃんは不安げな表情を浮かべる。
「肉体面は回復薬で回復出来たんだけど、トラウマって問題が残ってね……日常生活にも支障が出てるって後で知ったよ。あの事件の時、俺達も今の二人みたいに心配して手を貸そうとしたけど、重蔵さんの忠告に従い手を引いたんだ。曰く、『精神に傷を負った者が回復するには長い時間が掛かる。回復する最後までを面倒見る覚悟が無いのなら、中途半端に手を出すな。中途半端に関わる事こそ、両者が共に傷を負う最悪の事態だ』ってね?」
「「……」」
俺の抑揚の無い口調の話を聞き、美佳と沙織ちゃんは息を飲んだような表情を浮かべたまま何も言葉を出せず黙り込んでしまう。
「俺達が幾ら探索者として力を持っても、所詮は高校生の子供でしか無いんだってその時に思い知ったよ。とてもじゃないけど、独り立ちもしていない子供が背負える事じゃ無いんだなってね」
「「……」」
俺は宮野さん達の事を思い出しながら、梶原君達が同じ道を歩まない事を祈る事しか出来なかった。
本当にダメなら周りの雰囲気に流されずノーと言う勇気、難しい事なんですけどね。




