第298話 ああっ、そう言う反応か……
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4人組の探索者パーティーは、1人の男の子が怪我を負い倒れ、1人の女の子が青ざめながら治療をし、一人の男の子が必死の形相でゴブリンの攻撃を凌ぎ、一人の女の子が恐怖に震え身を震わせ涙を流しながら蹲っていた。
どこからどう見ても、敗北寸前のパーティーの姿である。
「っ! お兄ちゃん、沙織ちゃん!」
「待て、美佳。まだ大丈夫だ、行きなり飛び込むな」
4人組の危機的状況に美佳は目の色を変え、急いで助けに入ろうとしたが、俺は美佳の肩を手で押さえ押しとどめた。確かにあの状況を目の当たりにしたら、急いで助けに入ろうという気持ちは理解は出来る。コレまでの探索でも、沢山の新人パーティーを助けてたと言ったしな。
だが、我武者羅に突っ込んで割り込めば助けられる訳では無い。どう見ても、前衛でゴブリンの攻撃を凌いでいる探索者は錯乱しているしな。あれは恐らく、仲間の危機に視野狭窄に陥っているのだろう。下手に飛び込めば、助ける為に割って入ったのに反射的に攻撃を仕掛けてきそうだ。
「彼なら、まだ少し持ちこたえられる。まずは声を掛けて、こちらの存在を認識させないと敵と思われ攻撃を受けるぞ」
「う、うん。ごめん、お兄ちゃん。ちょっと焦りすぎてた」
「気にするな、あんな光景を目にしたら誰だって慌てるものさ。それより……」
「うん! 大丈夫ですか、助けはいりますか!?」
俺の注意で落ち着きを取り戻した美佳は、大声で彼等に救援の有無について問い掛ける。
すると、美佳の大声に少し驚いた様な表情を浮かべながら、仲間の怪我の治療をしていた女の子が直ぐに返事を返してきた。
「お願い、助けて!」
「うん!」
女の子の返事を聞いた美佳は、短く返事を返しながら直ぐに行動を起こした。腰のポーチから投げ矢を取り出し、男の子と対峙しているゴブリン達に目掛けて投擲する。
「「「「「ギャッ!?」」」」」
「えっ?」
投げ矢が命中したゴブリン達は悲鳴を上げ、ゴブリンの攻撃を必死に凌いでいた男の子は突然の事に呆気に取られたような声を上げた。
「行くよ、沙織ちゃん!」
「うん! お兄さんは、怪我人の方を御願いします!」
「おう、任せろ」
そう言い残し、美佳と沙織ちゃんはそれぞれ武器を構え、投げ矢で怯んだゴブリン達に突撃していった。ゴブリンの数が多いので多少不安は残るが……まぁ大丈夫だろう。
俺は二人の方の様子を気にし何時でも援護に向かえるようにしながら、脇腹から血を流し苦悶の呻き声を上げている男の子の元に向かった。
「……大丈夫、な訳ないよな。回復薬は?」
俺は男の子の怪我の具合を確認しながら、青ざめた表情を浮かべながらタオルで傷口を抑え止血している女の子に回復薬の有無を尋ねる。運良く内臓は傷ついていないようなので、この傷なら初級回復薬でも治療は可能だ。まぁ初級回復薬では失った血は補填出来ないので、貧血でフラつくだろうけど。
だが、俺の質問に女の子は無念そうな表情を浮かべ、力無く頭を左右に振った。
「ありません。持って来ていた分は、前の階層で怪我をした仲間を治療する時に使ってしまいました」
「……そっか」
だから、タオルで傷を押さえ止血していたのか。まぁ確かに、持っていればタオルで押さえる前に使ってるよな。
そして暫く何か言いづらそうな表情を浮かべ沈黙していた女の子は、意を決したように俺の顔を真っ直ぐ見つめ口を開く。
「あ、あの、回復薬持っていませんか? その、持っているのでしたら、譲って頂きたいんですが……」
「えっ?」
俺は女の子の御願いに一瞬、怪訝気な表情を浮かべる。
正直言って、回復薬を譲ってくれと提案してくるとは思っていなかったからだ。治療を手伝ってくれ、治療セット提供してくれならば分かるのだが……。
「も、勿論、お代はお支払いします! お願いします!」
「……」
女の子は、必死に頭を下げ頼み込んでくるが、俺は、その姿を若干呆れを含んだ眼差しで見つめた。急いで仲間を助けたいという彼女の気持ちは、分からないでもないのだが、ダンジョン内ではあり得ない提案だ。何故なら、彼女は回復薬を……命綱を譲ってくれと言っているのだから。例えるなら、地上数十メートルの鉄塔の上で作業中に、落下防止の安全帯を譲ってくれ、そう言っているのと変わりない。
保有数に余裕があれば、譲渡・販売・提供するなどの提案をこちらからするかもしれないが、間違っても自分から分けてくれと言うのは御法度だろう。実際、ある程度深い階層まで潜る探索者間においては暗黙の了解で、物資の融通は基本的に行われていない。ダンジョン内では物資の残量を考慮し進むか引くか判断し行動すべきなのに、回復薬を全て消費した上で先に進むと判断したのは彼等の判断ミスだ。
なので……。
「……今の自分達が陥っている状況を分かった上で、他の探索者に回復薬を分けてくれという事の意味は分かってるんだよな?」
「……へっ?」
「ああ、やっぱり理解してないのか……」
俺の問い掛けに、女の子は困惑の色が混じった懇願の表情を浮かべながら気のない疑問の声を漏らした。思わず溜息が漏れそうになるが我慢し、俺は女の子に自分が何を口走ったのか簡単に意味を伝えた。
すると女の子は、困惑の表情から驚きの表情に顔色を変え、慌てて謝罪と弁明を口にする。
「ご、ごめんなさい! わ、私、そ、そんなつもりじゃぁ……!?」
「あっ、うん、分かってる。 慌てないで良いよ、君がそんなつもりで言ったんじゃ無いって事は分かってるからさ。でも、ダンジョン内での回復薬のやり取りにはそんな意味も含まれてるから、簡単に口にしない方が良いからね。下手をすると、それだけで諍いの原因になるからさ」
「……はい」
女の子は意気消沈したように肩を落とし、男の子の傷口を押さえながら顔を俯かせた。多分コレ、回復薬を譲って貰えないと思ってるんだろう。
まぁ確かに、この話の流れではそう思うのが普通だよな。だが……。
「まぁそれはそうと、まずはコイツの治療だな」
「……え?」
「おい、お前。意識はあるんだろ? 口を開けて、コレを飲め」
無念さと苦悶の表情を浮かべ痛みに耐えている男の子に、俺は有無を言わさず回復薬の瓶の蓋を開け口に突っ込んだ。俺の行動に女の子は目を見開き驚きの表情を浮かべ、口に瓶を突っ込まれた男の子は一瞬苦しそうな表情を浮かべたが喉を鳴らしながら一気に回復薬を飲み込んだ。
すると十数秒後……。
「あれ? 痛みが……」
「どうやら回復薬が効いたみたいだな。だけど一気に動くな、傷は治っても流れ出た血は回復してないんだからな?」
「えっ、あっ、はい。すみません……」
回復薬が効いたらしく、男の子の傷が治り体を起こそうとしたので、俺は肩を押さえ動かないようにと指示を出す。血を多く失った状態で急に頭を上げたりしたら、頭に血が回らず目眩を起こすからな。
そして、そんなやり取りの横で女の子は心底安堵したという表情を浮かべていた。
「良かった、倉田君。もう駄目かと……」
「ごめん、筒井さん。心配掛けちゃったね」
涙声を尻すぼみにしつつ安堵の表情を浮かべる筒井さんに、倉田君は横たわったまま優しげな声でお礼を言いっている。うん、何か二人の間の空気が微妙に甘い。この二人、彼氏彼女の関係かな?
しかも雰囲気が雰囲気だから、動くに動けないので俺は全力で気配を消す。
「倉田君」
「筒井さん」
あー、もう! 凄く居心地が悪いんですけど!
俺は二人の寸劇?を横目で眺めつつ、早く時間過ぎろと祈った。
二人の寸劇は、ゴブリンを倒し終えた美佳達が近付いてきた事でやっと終わりを迎えた。寸劇中、近くに俺がいる事を思い出し、二人は耳まで真っ赤になり一緒に慌てて謝罪してきた……俺、疲れちゃったよ。
そして、取り敢えずゴブリンの脅威を退け一息付けたので倉田君を起こし、周囲を警戒しつつ話をする。本当は階段前広場まで戻る方が良いんだろうけど、もう一人の女の子を落ち着かせないと移動は厳しそうだしな。
「まずは、助けてもらってありがとうございます」
「いえ、偶々近くを通ってただけですから」
「それでも、ありがとうございます。貴方達が来てくれなかったら、本当に俺達は……」
男の子は俺達に感謝の言葉を述べながら、表情を少し青ざめさせつつあり得たかもしれない万が一を想像しているようだ。まぁあの状況だと、俺達が介入していなかったらかなり高い確率で起きえていた事だろうな。少なくとも、余り良い未来は待っていなかっただろう。
そして今度は、倉田君と筒井さんが声を掛けてくる。
「先程は失礼しました。俺も貴方達が回復薬を使ってくれたお陰で助かりました。本当に、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
二人とも未だ少し顔が赤いが、顔を合わせお礼を言う事が出来るくらいには回復したようだ。まだ微妙に何とも言えない空気が漂うが、まぁ気にしないでおこう。
そして最後に、女の子がお礼を……言えなかった。次は彼女かなと彼女に俺達が視線を向けると、彼女は怯えた表情を浮かべ震えながら男の子の背中に隠れて仕舞ったのだ。
「おっ、おい どうした川原、彼等は俺達を助けてくれたんだぞ! その態度は失礼だろ!?」
「で、でも、梶原君。この人達、ア、アレを殺したんだよ! 人みたいに動くアレを! それも何の躊躇も無く!」
「か、川原! お前、何て事を言うんだ!?」
「だ、だってそうじゃない! あんな事を平然とする人達の側になんて居られないよ!」
川原さんと呼ばれた女の子は錯乱したように、泣きながら恐怖と怯えの表情を色濃く顔に浮かべ、梶原君と呼ばれた男の子と言い争いを始めた。まさかの事態に倉田君も筒井さんも慌てた様子で川原さんを宥めようと近寄る。
しかし……。
「何で皆平気な顔をして、こんな人達の側に居られるの!? 何時この人達が私達に襲い掛かってくるか分らないのに!?」
「川原! いい加減にしろよ、彼等は俺達を助けてくれた命の恩人なんだぞ!?」
「もし川原さんの言うように、俺達を襲うような人達なら態々助けたりしないよ!」
「そうよ川原さん、落ち着いて! もうゴブリンは居ないから! もう危険はないから!」
俺達は唖然とした表情で、彼等のやり取りを眺めている事しか出来なかった。特に美佳と沙織ちゃんは、川原さんの狂態に衝撃を受けているようだ。
まぁ、人があんなに取り乱している姿は、先ず見る機会は無いだろうからな。
「もう嫌! 帰る! こんな所、もう居たくない!」
「落ち着け、川原!」
「川原さん落ち着いて!」
「川原さん!」
もう、収拾がつかない。川原さんと呼ばれた女の子は、ヘルメットの裾からたれるポニーテールに纏めた髪を振り回しながら、悲痛な叫び声を上げていた
そして川原さんは荒い呼吸を繰り返した後、唐突に膝から力が抜けるようにして崩れ落ちる。
「「「「「あっ!」」」」」」
「おっと、危ない」
余りの状況の急転具合に咄嗟に反応出来なかったらしく、誰も倒れる川原さんを受け止められそうに無かったので俺が動く。あの勢いのまま倒れるとヘルメットを被っているとは言え、頭を強打し脳挫傷や脳出血など命に関わる怪我を負う可能性が高いからな。
そして俺は、地面スレスレという、際どいタイミングではあったが、受け身も取れない、危ない体勢で倒れようとした川原さんを、頭を打たないように庇いつつ受け止めた。
「……どうやら、失神したみたいだな」
「大丈夫なの、お兄ちゃん?」
「ああ。受け止めたから頭は打ってないし、大丈夫だ。ちゃんと対処すれば、直ぐに意識も戻る」
俺は、受け止めた川原さんを、壁際の地面に寝かせ、女の子3人を手招きしながら、呼び寄せる。緊急事態とは言え、女の子が近くに居るなら、女の子に処置させた方が、良いだろうからな。
俺は呼び寄せた3人に、重蔵さんから指導された失神者の対処法を思い出しながら口頭で教える。
「先ずは襟のボタンやベルトを緩めて、呼吸がし易いようにしてやってくれ。それと失神の原因には血圧低下が良く関係してるらしいから、足を頭より高く上げるんだ。頭より高くなれば良いから、彼女の荷物を足の下に挟めば良い。後は……頭や首筋に冷たいタオル、水で濡らしたタオルなんかを当てると良いはずだ」
俺は一通り指示を出した後、未だ唖然とし立ち尽くしている倉田君と梶原君に声を掛け、治療に入った彼女達に背を向けながら、モンスターへの警戒要員として歩哨に立たせた。戦力としては当てにならないが、何かしているという役目を与えておかないと、彼等も落ち着かないだろうからな。
全く、本当ならこんな所で治療行為はしたくないのだが、この手の対処は出来るだけ早めに施した方が後遺症が出にくくなるからな……はぁ。
初めてのゴブリン戦闘、新人ならこの手のパニックに陥る人は幾人かは出てきますよね。




