第297話 探索はコレからが本番だ!
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
7階層に向かう探索者達の流れから外れ、俺達はモンスターを求め6階層を歩き回る。若干人が減っていたように感じていた5階層に比べ、6階層は妙に人が多い。気になってスレ違う探索者パーティーを観察してみると、比較的新しい感じがする装備を身に着けた探索者パーティーの比率が多かった。
それに幾つかの探索者パーティーは、憂鬱そうと言うか、微妙に自信を喪失し暗い表情を浮かべている。おそらく……
「7階層のゴブリンに引っかかって、ここで燻っている……って所かな?」
「ゴブリン……」
「ああ確かに、アレはキツイですもんね……」
妙に人が多い原因を推測し口にすると、美佳と沙織ちゃんは昔の事を思い出したのか、嫌そうに表情を顰めた。まぁ、二人も初めてゴブリンを相手にしたときは、顔が引きつってかなり気分が悪そうだったからな。
「私達はお兄ちゃん達が見ている前で戦ったからまだいいけど、他のパーティーの人達じゃ……」
「油断と言うか、人型モンスターを手にかけた精神的衝撃で呆然自失になって……だよね」
「ああ、他のゴブリンから追撃を受けて、自身や味方が負傷って所だろうな。見事にトラウマを抱える状況の出来上がりだ」
トラウマが恐怖となり身を縛り、怪我から回復しトラウマを振り切ったものと思っていても、無意識的に7階層に降りるのを拒絶、結果として6階層にベテラン未満新人卒業間近のパーティーが大勢屯しているって所だろう。
まぁ人型モンスターと闘った後、躊躇せずに前に進めるパーティーの方が少ないだろうけど。
「とは言え、別にそれが悪い訳じゃない。それを乗り越え一角の探索者になるか、それを乗り越えられず留まるか去るか……全ては本人の意思次第さ」
「……うん。そう、だよね」
俺の言葉に、美佳は考え込むような表情を浮かべながら頷く。
まぁ、その判断を出すのが一番難しいんだけどな。特に一人で思い悩んでいる内は、中々決断が出せない。
「近くに支えフォローしてくれる人がいれば、多くの探索者さんは乗り越えられるとは思うんですけど……中々そんな相談に乗ってくれる人はいませんよね」
「そうだな。探索者になる前からの知り合いだったり、会社関連やパーティーに勧誘した先輩後輩みたいな関係じゃないと積極的なフォローには動かないだろうな。一応協会の方でも、お悩み相談と言うか簡単なカウンセリングを受ける事が出来るらしいけど、外聞を気にしてこの手のサービスって中々利用されないみたいだからな」
協会もこの手のトラウマを抱えた探索者の事は気にしているのか、お悩み相談と言う名目でカウンセラーを各支部に配置しており、利用予約を申請すれば受けられるようにしていた。
しかし、設置からあまり時間が経っておらず探索者達の認知度は低く、協会が想定していたよりも利用者はさほど多くはないとのことらしい。その上ウワサでは、『トラウマを抱えたからと言ってカウンセリングを利用するなど、覚悟が出来ていない証拠だ! そんな不甲斐ない輩は探索者失格だ!』という風潮が何故か新人探索者達の間で流れているらしい。何でそんな風潮が出来るんだ?と思うのだが、おそらく俺達を含む先達の探索者達がカウンセリング制度に頼る事無くトラウマを乗り越え、今なお多くの人が探索者を続けていると言う事実が悪い方に転がり、風潮と言う形で悪影響をだしているのだろう。
その上、自分の実力に自負を持つのは結構なのだが、新人探索者の中には常人を超えた高い身体能力やスキルに酔い変にプライドが高くなり、無闇に外聞を気にして見栄を張りたがるやつが多いからな。膨れ上がった自尊心に質の悪い風潮、折角のカウンセリング制度の利用を妨げる最悪な組み合わせである。
「取り敢えず、上の階層に比べて妙に人が多い原因には納得がいったし、先に進もうか? 人が多いって事は、それだけモンスターと遭遇しにくいって事だしな」
「う、うん。確かに今のペースだとモンスターと遭遇するのにも、上の階層より時間が掛かりそうだもんね」
「そうだね」
美佳と沙織ちゃんは少し後ろ髪惹かれる様な表情を浮かべながらも、当初の目的を思い出しモンスターを求めダンジョンの奥へと足を進め始める。
そして俺もそんな二人の後を追うように、覇気の乏しい暗い表情を浮かべる新人パーティーを横目に見ながら歩き始めた。
6階層を歩き回る事、およそ1時間。2度ほどモンスターと遭遇したが、美佳達は慌てる事無く冷静に対処し無傷で倒した。美佳達の基本戦略、美佳の投げ矢による足止めからの沙織ちゃんの突撃が上手く嵌まっており、この階層にいるモンスター達が相手なら一方的に勝利を得られる練度に達していると判断出来た。
但し、まだ片手で数えられる数の相手としか同時には遭遇していないので、10を超える敵と遭遇した場合に対処しきれるかは未知数だ。如何に単体戦力が高くとも、数で押されたら万一という事もあり得るからな。まぁ、そんな数に同時に当たるようになるのは、まだまだ下の階層の話だけど。
「戦闘面は特に問題無さそうだな」
「うん。この位なら、問題なく対処出来るよ」
「はい。前にお兄さん達と一緒に探索した頃より、色々経験して一杯練習しましたから」
自分達が努力し培った実力に対する自信と自負からか、俺の言葉に美佳と沙織ちゃんは何処か誇らしげな表情を浮かべていた。自信も自負も行き過ぎれば慢心になるが、俺達や重蔵さんといった存在のお陰か、今の所二人が浮かべる表情からその手の感情は見受けられない。何だかんだで、良い感じで成長しているみたいだ。
このまま慢心する事無く、着実に探索者として成長してくれれば良いんだけど……。偶にレアスキルを得て、際限なく増長する輩もいるからな……その点は不安だ。
「でも、今回は本当に運が無いかも……」
「また、コアクリスタルしかドロップしなかったもんね……」
「そ、そうだな。だ、だけど、まだ探索は続けるんだし、今度こそ良いモノがドロップするかもしれないぞ?」
「「本当にそう思う(いますか)?」」
「うっ……」
ドロップ運の悪さに意気消沈し気落ちする二人に希望的観測……励ましの声を掛けるが、陰鬱とした表情を浮かべ若干恨みがまし気な眼差しを向けてくる美佳と沙織ちゃんに、俺は頬を少し引き攣らせつつ返事に窮した。どうにも、今回の二人のドロップ運の悪さは中々のモノっぽいからな……。
そして暫し何とも言えない空気が俺達の間を流れた後、何とか場の空気を変えようと時計を確認した美佳が声を上げる。
「あっ、そうだ! それはそうとお兄ちゃん、そろそろお昼にしない? 潜り始めて、結構良い時間経つし……ねっ、沙織ちゃん!?」
「う、うん! もう少し進めば、7階層に降りる階段も有りますし、丁度良いと思いますよ?」
「そ、そうだな。今回の探索での行動は二人に任せてるから、二人が良いと思うタイミングで昼食も取ると良いぞ」
「じゃっ、じゃぁ決まりだね! 下の階段前広場でお昼にしよう!」
「う、うん! そうだね、そうしよう!」
とまぁ勢いに任せた感じになったが、7階層の階段前広場で昼食を取る事が決まった。7階層は今回の探索で一応の目的地にしていた階層なので、昼食を取るのなら丁度良いタイミングと言えるな。
そして目的が決まった事もあり、若干テンションが高くなった美佳と沙織ちゃんは足早に移動を開始し、俺もその様子に少し苦笑を漏らしつつ遅れないように後をついて行く。
7階層に降り辺りを見回し感じた感想は、少し陰鬱としているな、だった。どうも人型モンスター、ゴブリン戦になれていない探索者が意気消沈しながら休憩しているのが空気を重くしている原因のようだ。血で汚れた防具を脱ぎ怪我を治療しているパーティーや、暗い表情で不平不満や恨み言を俯き小声で呟いている者達……ある意味ダンジョンではよく見る光景ではあるが、見ていて気持ちが良いモノでは無い。
この雰囲気の中で食事というのは中々に気の進まないシチュエーションではあるが、探索者としてやっていこうと思っているのなら、この程度の事を気にして食事が出来ないと言うのでは話にならないからな。ホント、気は進まないけど。
「……さて、どこら辺に陣取るんだ? 見たところ、腰を下ろして休憩を取っている奴らは少なそうだから、場所は選び放題だぞ」
「う、うん。ええっと……」
「あそこ……とか良いんじゃないかな?」
「えっ、でも彼処だと……」
俺の質問に美佳と沙織ちゃんは辺りを見渡し、悩ましげな声を上げながら相談し始めた。先程の休憩と違って、食事となるとそれなりに気が抜け警戒が薄れてしまうからな。そうなってくると、万一の事態を想定しておかなければならないので、腰を下ろす陣取りは重要になってくる。ダンジョンの奥へと続く入り口までとの距離、休憩している探索者達の実力、階段広場前で休憩している探索者パーティー達との間合い……休憩する場所決め一つとっても考慮しなければならない条件は幾つもあるからな。
今はまだ周りに沢山の探索者パーティーがいるから仮に万一があったとしても対処出来るだろうが、今から適当に選んでいると、探索者パーティーの数が減ってくるこの先の階層で選定基準が分からず苦労する事になるだろう。基本的に探索者は自分の身は自分で守るだが、複数のパーティーと共同で対処した方が楽で安全だからな。今の内に自他の力を見定める観察力を身に付け、いざという時協力し合える適切な位置取りを保つ感覚を身に付けていた方が良い。
「えっと、じゃぁお兄ちゃん、アソコの壁を背にして休憩しようか?」
相談の結果、美佳は6階層に続く階段とダンジョンの奥に続く通路との中間地点にある壁際の場所を指さした。周りに誰も腰を下ろしているパーティーがいないので、気兼ねなくシートを広げられそうだ。
まぁいざという時、他のパーティーとの連携はアテに出来ない位置取りだけどな。
「ん? アソコで良いのか? 他にも空いてる場所はあるぞ? 例えば、ほらアソコとか」
「ううん、アソコが無難だと思う」
「はい。見た感じ、休憩を取っているパーティーの多くは疲弊しているようですから、無理に連携するより私達が動きやすい位置に陣取った方が良いと思います。下手をすると、彼等の不手際に巻き込まれかねません」
「……成る程、そう言う事ならアソコで食べようか」
沙織ちゃんの言う様に、現在広場で休憩しているパーティーの多くは治療中や精神的に参っているなど即応が難しい者達だ。こんな状況で万が一の事態が起きた場合、ベテラン勢と比べ経験がそれほど多く無さそうな彼等では下手をするとパニックに陥りそうである。そうなれば連携し迎撃するどころか、敵味方入り乱れての乱戦一直線だ。確かに広場には、もっと下の階層でも通用する実力あるパーティーもいるが、そう言う連中はあくまでもこの階層をメインに活動する者では無く通過者である。何時立ち去るか分からない通過者という不確定な戦力をアテにしていては、落ち着いて休憩を取る事も出来ないだろう。最適解とは言えないが、ベターな選択であるとは言える。
そして移動した俺達はレジャーシートを広げ、腰を下ろし昼食を取り始めた。と言っても、途中のコンビニで買ったオニギリなんだけどな。
「さて、食べるか」
「うん。あっ、お兄ちゃんは梅とツナマヨなんだ」
「ああ、梅は疲労回復に効果あるって聞くしな。美佳は……辛子明太子と辛子高菜か」
「ピリッとした物の方が食が進むもん。沙織ちゃんは……」
「私はエビマヨと唐揚げマヨですね。私はマヨネーズが入ってる方が食べやすくて……」
周りの陰鬱とした雰囲気に反し、俺達は比較的和気藹々とした和やかな雰囲気で昼食を取る事が出来た。まぁ、周りから僻みというか嫉妬というか負の感情が乗った視線が向けられたけどな、主に俺だけに!
とまぁ、そんな感じで昼食と腹ごなしの休憩を取った後、俺達は本日の目的である7階層の探索を再開した。
下の階層へと移動する探索者の流れから外れ、7階層の奥へと歩き始めて直ぐに進行方向の先から音が聞こえてきた。恐らく何処かの探索者パーティーが、モンスターと戦闘をしている音だろう。ある意味、ダンジョン内では良く聞く音である。俺達は戦闘の邪魔に成らないようにと歩く速度を落とし、前方のパーティーの戦いにケリが付くのを待った。
しかし、ユックリとした足取りで近付いて行く内に様子が変わってきた。初め聞こえてきていた打撃音が減り、悲鳴や苦悶の声が多く混じり始めて来たのだ。それもモンスターが発する悲鳴では無く、明らかに人間だと分かる悲鳴が。
「!? お兄ちゃん、沙織ちゃん、少し急ごう!」
「ああ、その方が良さそうだな」
「うん!」
焦った表情を浮かべる美佳を先頭に、音が聞こえる方に早足で駆け寄ると、俺達の眼前にゴブリンにヤラれ脇腹から血を流す仲間を庇いながら、青ざめた表情を浮かべながら戦う新人らしき4人組の探索者パーティーの姿が飛び込んできた。
精神的に不安定な時こそ、誰かに話を聞いてもらうだけで大分負担が軽減できるんですけどね。




