第296話 順調ではあるけど中々……
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
警戒し武器を構えていた二人の前で、倒したレッドボア達が粒子化を始めた。どうやら二人とも、的確に急所を攻撃出来ていたようで一撃で倒せたらしい。多数の敵と戦う乱戦になると、確実に急所を捉え仕留められる攻撃の正確性は極めて重要だからな。倒したと思って意識を逸らしていたら、急所を外し生きていたので攻撃を受けた……場合によっては致命傷になりかねない。
それを思えば、二人の手際は無駄の無い見事なものだと言って良いだろう。
「お疲れ様。二人とも、良い手際だったよ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
「見られてると思って、ちょっと緊張しちゃいました」
「その割には、スムーズに連携も出来てたよ。随分と練習したみたいだね?」
最初の美佳の投擲から、躊躇無く一気に間合いを詰める動きは見事だった。美佳が確実に投げ矢を当てられるという信頼が無ければ、一人で先行し敵陣に突っ込むなんて事は中々出来ないからな。幾ら元々気心が知れた親友だったとは言え、全幅の信頼を寄せ死地に単身飛び込む覚悟など、一朝一夕では身につかない。
それは、二人が多くの練習と経験を積み重ねた事の証明だ。
「うん。ダンジョンに行かない日も、重蔵さんに色々教えて貰ってるよ」
「あの投げ矢とかか?」
「うん。中遠距離攻撃手段が無いって相談したら、こんなのはどうだ?って」
「私も習っているんですけど、美佳ちゃんの方が上手ですね。一本投げや連続投擲なら似たような出来なんですけど、複数同時投擲での命中精度は美佳ちゃんの独走状態です」
美佳の初撃の投擲を思い出し、確かにアレは見事だったと俺は思い返す。連続投擲と複数同時投擲では、難易度が段違いだからな。連続投擲は一本ずつ的に確りと狙いを付けて素早く投擲を繰り返す事であり、複数同時投擲は一本一本違う的に狙いを付けて同時に投擲する……同時に違う場所に投げるのだ。手から矢を離すタイミングがコンマ数秒以下ズレただけでも、投げた矢は大きく的を外す。
確かに探索者特有の身体能力強化の恩恵で、連続投擲に対する難易度は一般人に比べれば低いだろう。だが複数同時投擲となれば、本人の才能と努力の世界だからな。あの技量は、美佳の才能と努力が合致した成果だろう。
「そうなんだ。凄いな美佳、何時の間にそんな事が出来るようになってたんだ? 教えてくれても良かったのに……」
「ああっ、うん。でも、実戦で使える形になってきたのは最近の事だったし……」
俺が沙織ちゃんの話を聞き美佳の事を褒めると、美佳は照れ臭そうに顔を逸らしながら謙虚な返事を口にする。確かに、面と向かって褒められたら照れ臭くもなるわな。
と、そんなやり取りをしている内に、倒されたレッドボアの粒子化は終わり跡地に幾つかのドロップアイテムが転がっていた。
「ん……微妙だな」
「……うん。そうだね」
「お肉が2つですね」
ドロップアイテムの内容を見て、二人は微妙な表情を浮かべる。今回の戦闘でドロップしたのは、肉が2つだけだった。つまり今回の戦闘で得られた報酬は、良くて数千円と言う事だ。この夏デビューした新人探索者の報酬としては上々の成果であるが、美佳達のようなそれなりの経験を積んだ探索者の成果としては少なめである。
稼ぐヤツは新人でも、1回の探索で十数万円は稼ぐからな。
「まっ、コレは運次第だからな。良い時もあれば悪い時もあるさ」
「……そうだね。まっ、コアクリスタルが出るよりはマシかな?」
「コアクリスタルだと、良くて一個数百円だもんね」
二人は残念そうな表情を浮かべていたが小さく溜息を漏らした後、気を取り直しドロップアイテムと投げ矢を回収していく。確かに最近だと、コアクリスタルより値段は下がってきたが肉の方がまだ高く買い取ってくれるからな。
そして回収作業を終えた二人は、念の為に先程の戦闘で装備に不備が出ていないかを確認してから俺に向かって出発する事を告げる。
「……うん、特に先も曲がってないかな。再使用に問題は無しっと」
「じゃぁ美佳ちゃん、出発しても良いかな?」
「うん、私は大丈夫だよ。お兄ちゃんも良い?」
「ああ、問題ない」
「それじゃぁ、出発しましょう」
沙織ちゃんの掛け声を合図に、俺達は再びダンジョン内の探索を再開した。
暫く5階層を歩き回った結果、更に2回ほどモンスターとの戦闘を行った。普段以上に利用者が多い現状では、結構良い遭遇率だ。
ただし、成果は今一パッとしないんだけどな。
「もう、何でこんなのしか出ないのよ……」
「まぁまぁ、美佳ちゃん。こんな時もあるよ」
「そうだな。何の成果も無いよりはマシ、そう思ってた方が精神衛生的には良いぞ」
「そうだけど、流石にコレじゃぁ……」
美佳は残念気な表情を浮かべつつ、回収したドロップアイテムが仕舞ってあるバックパックの中身を見て小さく溜息を吐く。そのバックパックの中には、肉が二つとコアクリスタルが3つだけ入っていた。
……換金額は、5千円いくかな?
「まぁ、まだ時間はあるんだし焦るな。その内、何か良いモノが転がり込んでくるさ」
「……うん、そうだね」
俺は少し楽観的な意見を述べ、意気消沈している美佳を励ましておく。目に見える成果があるとやる気も出るというものだが、成果が無いとやる気がそがれるのも事実だ。スキルスクロールとまではいかないが、回復薬なんかがドロップしてくれたら交通費くらいは賄えるんだが……まぁ運次第だからな。
そんな事を考えていると、俺達のやり取りを静かに見守っていた沙織ちゃんが口を開く。
「それはそうと、どうします? 下に行く階段もココからなら近いですし、6階層の方に降りてみますか?」
「うーん。俺としてはどうしろこうしろという気は無いけど、二人はどうしたい」
沙織ちゃんの言う通り、もう少し進めば6階層に降りる階段がある。このまま5階層を回ってモンスターを探すのも良いが、取り敢えずの目標を7階層に到達する事にしているのでそろそろ6階層に降りるのはありだろう。
まぁ、この辺の意思決定は二人しだいなんだけどな。
「私は下に降りても良いと思うよ。それに気分転換も兼ねて、そろそろ1度お茶休憩も取っておいた方が良いんじゃないかな。沙織ちゃんはどう思う?」
「うん、私も1度休憩を入れるのはアリだと思う」
「じゃぁ、決まりだね。お兄ちゃんもそれで良いよね?」
「ああ、良いぞ」
と言うわけで、俺達は6階層へ降りる為に階段を目指して歩き始めた。するとやはり階段が近くなると一気に人の気配が強くなり、ざわめき声が聞こえてくる。
やっぱり、下に行く人で通路が混んでるんだろうな。
「相も変わらず、混雑してるみたいだな」
「うん。夏休み期間中は変わらないかもね」
「そう言えばお兄さん、お兄さん達が何時も行っているダンジョンはどうなんですか? やっぱりココと変わらず、混んでるんですか?」
俺と美佳が少し眉を顰めウンザリとした表情を浮かべていると、沙織ちゃんが他のダンジョンの混雑具合について話を振ってきたので俺は素直に答える。
「ああ、あまり混雑具合は変わらないよ。まぁ山奥な分、ココよりは少しマシかもしれないけど」
「へー。あっ、じゃぁお兄さん達が活動してる階層も混んでるんですか?」
「ん? ああ、いや、確かに混んではいるけど、15階層も超えれば大分減るな。基本的に普段以上に混んでるのは、12、3階層辺りまでかな?」
「12、3階層ですか……」
俺の話を聞いた沙織ちゃんから尊敬の眼差しと共に、羨望にも似た少し遠い眼差しを向けられる。まぁ、まだ10階層にも到達していない沙織ちゃん達からすると大分先の話だからな。とは言え、5階層も超えれば夏休みデビュー組は実力不足で降りて来れないので混乱は大分緩和されている。
その分、美佳達のような早期デビュー組や表層専門のベテラン組が多く居るんだけどな。
「実力的には二人とも10階層でも通用するとは思うけど、急ぎすぎるのも怪我の元だからな。焦れったいだろうけど、経験を重ねて確実に攻略を進めた方が良い」
「私達、実力的には通用するんだ……」
「実力的にはな。ただし、経験不足が足を引っ張って致命的状況に陥る……なんて事も起きかねない」
ダンジョン探索は、何もモンスターと戦えれば良いと言う物では無い。探索に行くまでの下準備、探索中の他の探索者達に対する言動……一つ間違うだけでも物資不足に陥ったり、無駄な敵対者を作る事になる。浅い階層限定で活動するならば致命傷にならずに済む事もあるが、少し深く潜れば途端に致命傷に陥る。
現に俺達も深い階層まで潜った探索者パーティーが、ちょっとしたトラブルで物資不足に陥っている姿や、対立関係のせいで協力し合えない姿を目にしていたしな。
「「……」」
「その辺を見るのも、今回の探索でのチェックポイントだ。とは言え、一朝一夕で身につく類いのモノでは無いから、気にしすぎる事は無いぞ」
「い、いや、流石にそう言われると……」
「気にしないってのは難しいんじゃ無いかな……と」
美佳と沙織ちゃんは俺の話を聞き、少し引き攣った難しそうな表情を浮かべる。
そして若干微妙な雰囲気が俺達の間を漂い沈黙している間に、下の階層に向かう探索者達の姿を見付けその流れに乗って移動を始めた。
6階層の階段前広場に到着した俺達は、一先ず空いてる壁沿いのスペースにレジャーシートを広げ腰を下ろした。流石にこんな階層にも成ると、備え付けのテーブルやベンチなどの設備は無いからな。
そして美佳と沙織ちゃんは腰を下ろし背負っていた荷物を降ろし、持ってきていた麦茶を1口飲んで喉を潤し愚痴を漏らす。
「ふぅ……なんだか疲れたね」
「そうだね、ここまで大きな休憩は取ってなかったもんね」
「まぁ小さな休憩は小まめに取ってたけど、ダンジョンに入って2時間ぐらいだからな。肉体的には兎も角、精神的には疲れるかもしれないな」
それなりのレベルアップの恩恵を受ける探索者の身体能力なら、数度の戦闘と2時間ほどの探索ならば大した消耗はしない。だが、精神面においては話は別である。常に緊張と重圧に晒され警戒行動をとり続ける、それなりに経験を積み慣れているベテラン探索者なら別だが、新人に分類される美佳達にはかなりの負担になっているだろう。小まめに小休憩は取っているが、短時間で抜ききれるモノでは無いからな。
俺はそんな2人の様子を見ながら、少し助言……と言うか苦言?を入れる。
「……やっぱりまだまだ経験不足だな」
「「……」」
「もちろん、俺達だって探索を行ったら精神的に疲れるさ。だけど、あからさまにそれを表に出すのは止めた方が良い。簡単に緊張の糸が切れるからな」
1度緊張の糸が切れると、張り直すのに苦労するからな。軽口のつもりで口に出した言葉だったとしても、意外に影響が出るからな……特に新人時代は。ダンジョンの外に出てからなら幾らでも口走って良いが、少なくとも今は口にしない方が良い言葉である。
そんな俺からの苦言?を聞き、美佳と沙織ちゃんは少し落ち込んだ後、すぐに気合いを入れ直したように力強い眼差しで俺を真っ直ぐ見てきた。
「うん、ごめん。そうだね、確かにお兄ちゃんの言う通りかも。少なくとも、表には出さない方が良いよね」
「すみません、少し気が抜け過ぎてたみたいです」
「いや、ただ思った事を口にしただけだから、別に怒っているわけじゃ無いよ」
美佳と沙織ちゃんの謝罪を、俺は小さく手を振りながら軽い調子で流す。真っ正面から謝罪を受けると、本当に俺が怒ってた様な堅い雰囲気になるからな。
それに多分、美佳達の気が抜けたのも俺が同行しているという事が大きな要因だろうしな。今回は庇護者ではなく試験官と言うべき立場だが、自分達より遙かに強く常に気に掛けてくれる人が側に居るとなれば、無意識的に依存してしまう事はある。
「まぁコレも経験だと思って、次に同じ事をしないようにすれば良いよ。良く聞く事だろ?」
「うん、気を付ける」
「はい!」
沙織ちゃんの元気な返事で、俺の苦言?のせいで一時的に重くなった場の空気が軽くなった。
そして場の空気が軽くなった俺達はお茶を飲み雑談をしつつ、確りと休憩を取ってから再び探索へと出発した。
頼るなと言われても、無意識にアテにし頼ってしまう。アテにする気はないんですが……何でなんでしょうね?




