第295話 見てない所で成長してるんだな
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
更衣室から出て来た美佳達と合流した俺は、この後の行動について全て二人の意向に任せると伝えた。こっから先の動きは全て採点対象だ、本当なら集合時点から始めた方が良いんだろうけど……まぁその辺りは気にしないでおく。
俺の金でタクシーに乗って移動しようとした事とかな。
「で、まずはどうする?」
「どうするって……」
美佳と沙織ちゃんは若干困惑した表情を浮かべながら顔を見合わせ、どのような行動を取るべきかとアイコンタクトを繰り返す。
そして……。
「えっと……まずは準備運動、かな?」
「う、うん。そうだね」
間違いが無いよねと確認し合うように頷き合いながら、美佳と沙織ちゃんは俺の反応を窺ってくる。俺はそんな2人の反応に軽く呆れつつ、溜息を吐きつつ口を開く。
「2人がそれで良いと思うのなら、その通りに動けば良いよ。一々、俺の反応を窺う必要は無い」
「えっ、でも……」
「今回の探索では、俺が何々をしろと言った風に口を挟む事はしないよ。まぁ、危ない事をしそうだったら流石に口を挟むけどな。例えば……下調べもせずに20階層以降に突撃するとかさ」
若干不安気な様な表情を浮かべながら尋ねてきた美佳に、俺は軽く笑みを浮かべながら少し突き放すような口調で頑張れと伝えた。すると美佳と沙織ちゃんは若干途方に暮れたような表情を浮かべた後、気合いを入れ直すように両頬を軽く叩き表情を引き締める。
そして……。
「……分かった。じゃぁまずは、準備運動する為に移動しよう。良いよね、沙織ちゃん?」
「うん、でも場所は広間で良いよね? 個室はちょっとお金が掛かるし……」
「うん。特に内緒にしないといけない話も無いし、個室は使わなくても良いと思うよ」
2人は俺の意見を聞く素振りも見せず、ハッキリとした口調で次に取る行動を口にする。そして俺達は他の探索者達が集まる広間で、探索中に怪我をしないようにと入念な準備運動を始めた。
うん、うん、中々良い感じだな。
「そう言えば美佳、沙織ちゃん。今日はどの辺まで潜るってのは決めてる? 一応日帰りだから、そう深くまでは潜れないと思うけど……」
「「えっ? ええっと……」」
「……考えてなかったのか」
俺の質問に、美佳と沙織ちゃんは目を泳がせ動揺を露わにした。俺任せって訳では無いのだろうが、コレまで俺達と一緒に潜るときは基本的に俺達が方針を決めていたからな、今回も俺が基本方針を決めると思い込んで2人で話はしていなかったのだろう。
一応2人のテストって事にしてるんだから、その辺の詳細もある程度考えていて欲しかったかな。
「そ、そんな事無いよ! ね、そうだよね沙織ちゃん!?」
「う、うん。も、勿論そうだよ」
明らかに嘘だと分かる引き攣った笑みを顔に貼り付け、2人は誤魔化しの笑いを浮かべていた。誤魔化す気があるなら、もう少しマシな誤魔化しかたをして欲しいよ。
「はぁ、まぁ良い。で、どうするんだ?」
「えっ、ええっと……とりあえず7階層を目指してみようかな。今は夏休みでダンジョン内にいる人も多い、余り深い階層まで潜ると日帰りするのも難しくなると思うし……」
「それに! 前にお兄さん達と潜った時は7階層まで行きましたし、夏休みまでの間に私達もそれなりに経験を積んでレベルアップしてますので、7階層までなら大丈夫だと思います。もちろん、様子を見てまだ潜れるようなら先に進んでみたいとは思いますけど……」
不安と自信のなさが混じった様な控え目な声で、美佳と沙織ちゃんは今回の探索での到達目標を口にする。まぁ、急に考えたにしては妥当な判断だろう。7階層までなら1度潜った事があるので、トラップやモンスターなどの出現傾向を把握しているだろうからな。
それに前回より経験とレベルが上がっているとは言え、人が多くいる今のダンジョンでは移動に時間が掛かる。無理に先へ進もうとすれば、日帰りが難しい時間になる可能性は無くも無い。
「成る程な、了解。じゃぁ、とりあえず7階層を目指して進もう。念の為言って置くけど、探索中は自衛以外では出来るだけ手も口も出さないからな。くれぐれも、俺を当てにした行動を取らないように」
「うん、了解」
「分かりました」
美佳と沙織ちゃんはとりあえず誤魔化せたと安堵しホッとした表情を浮かべ、俺に返事を返してきた。言って置くけど、誤魔化せてないからな?
そして準備運動を終えた俺達は、広間から場所を移動し多くの探索者が待つ入場待ちの列に並んだ。
入場待ちの列に並ぶ事40分、漸く俺達に入場の順番が回ってきた。噂に違わぬ盛況ぶりである。ダンジョンに入るだけでコレだ、ホント早めに入場制限掛けた方が良いぞ。
俺達はゲート脇の機械に探索者カードをかざし、認証を受け開いたゲートを潜りダンジョンの入り口へと足をすすめる。
「じゃぁ俺は2人の後ろから見ているから、頑張ってくれ」
「うん! ちゃんと見ててよね、成長した私達の姿!」
「はいはい、じっくり見させてもらうよ」
「合格を貰えるように頑張ります!」
「でも、無理はしたら駄目だからね?」
2人から一歩下がり動向を観察する態勢に入った俺と、良い所を見せようと気合いの入る美佳と沙織ちゃん。無茶をしないで欲しいな……。
と言っても、いきなり戦闘が起きるわけでも無く、俺達は先を行く探索者パーティーの背中を見ながらダンジョンの中を歩いて行く。人が多すぎて、ダンジョンの中でも行列が出来ているからな。先ずは、5階層ぐらいまで移動の流れに乗って進むようだ。
「……ここら辺で、単体のモンスター相手にウォーミングアップはしないのか?」
「私達も複数体のモンスターといきなり戦うより、そうした方が良いとは思うんだけど……ここ最近のダンジョンの状況じゃ、ちょっと難しいかな?」
「そうだよね。ここら辺の階層でウォーミングアップがてらにモンスターと戦おうと思ったら、捜すだけで1,2時間は時間を取っちゃいますよ」
「確かにそうだな。こんな人数がいたんじゃ、ウォーミングアップがてらにモンスターと戦う……なんて事は難しいか」
本番(複数戦)前に肩慣らし(単体戦)が出来ないのは残念ではあるが、索敵時間と移動時間を秤に掛け判断出来る冷静さを保てているのは合格だな。一つの目的に固執したばかりに本目標を達成出来なくなる、冷静さを欠いていると陥りやすいミスの一つだ。ダンジョンの中に入っても無駄な緊張をしない……2人もだいぶ場慣れしたな。 俺は幸先良く見れた二人の成長具合に感心しつつ、遅れないように二人の後について歩く。
そして……。
「うーん、まだまだ人が多いな。と言っても、夏休みデビューしたばかりの新人パーティーが減っただけ少しマシか」
「そうは言っても、まだまだ多いけどね」
第5階層の階段前広場に到着した俺は、辺りを見回し若干人口密度が減った事に一息つく。流石にこの夏デビューしたばかりの新人パーティーでは、この階層まで潜ってくるのはキツいだろうからな。
とは言え、夏休みは夏休み。新人パーティー以外の学生探索者の数は、学校があるときに比べ格段に多い。
「それより、そろそろ階層全体を歩き回ってモンスターを探そうと思うんだけど……」
「ん? 俺の事は気にするな、今日はお前等の判断で自由に動いてくれ」
「う、うん。じゃぁ、先ずはこの階層を探索してみるね。良いよね、沙織ちゃん?」
「うん、もちろん。そろそろ探索者の移動に乗って歩いて回るのにも飽きてきたしね」
顔の前で右手を軽く振りながら俺の意思を伝えると、美佳と沙織ちゃんは小さく息を吐き出し拳を胸の前で軽く握りしめながら気合いを入れ直した。
さぁて、いよいよここからが本格的なダンジョン探索だな。
5階層の階段前広場を出た俺達は、トラップに気を配りつつ歩きまわる。まだ広場近くなので人が多く、モンスターと遭遇出来ていない。もっと人が少なさそうな奥の方まで進まないと、遭遇出来ないかな?
まぁ、奥に進むか下の階層に行くかは美佳達の判断だけどさ。
「居ないね、モンスター」
「まぁこの辺も結構人が通るからね、出現してもすぐ倒されちゃってるんだよ。ポップ直後に討伐が……この辺のモンスターって移動出来てるのかな?」
「さぁ、どうなんだろ?」
余りにモンスターと遭遇せず暇なので、俺達は周辺警戒をしつつ雑談しながらダンジョンの奥へ奥へと歩いていく。まぁ雑談と言っても、ただ単に愚痴をこぼしているだけなんだけどな。
俺は普段もっと深い階層を中心に狩りをしているので気付きにくかったのだが、浅めの階層でのモンスターとの遭遇率の低下っぷりは目に余る、と言った感じだ。昔、入場規制が掛けられた頃と同等と言っても良いだろうな。ここまで遭遇率が低いと、新人探索者パーティーが無理して下の階層に潜るのも仕方が無いと思えてくる。
「無理な探索は止めておいた方が良い。そう先輩探索者や協会に言われても、この惨状じゃ無茶をする連中が出るよな。奥深くまで踏み込まないと、モンスターと遭遇する事さえ出来ないもんな」
「うん。お陰で最近の探索では、1回の探索で何回も無茶をして危険な目に遭ってる新人パーティーに遭遇したよ。皆、モンスターと遭遇出来なかったから深入りしたって言ってたね」
「救援が間に合う所もあれば、間に合わず怪我を負うパーティーもいて……」
美佳と沙織ちゃんは小さく溜息を吐きながら、少し憂鬱そうな表情を浮かべた。
無理は無いなと思いつつ、俺は軽く手を数回打ち鳴らし声を掛ける。
「俺が話を振っておいてなんだけど、二人ともちょっと気が逸れてるぞ」
「えっ、あっ、うん。ごめん、気を付ける」
「すみません」
「あっ、いや、俺こそ変な話を振って悪い」
俺達の間に少し気拙い空気が流れたので、軽く咳払いをして場の雰囲気を切り替え別の話題を振る。
「そ、そう言えば沙織ちゃん。沙織ちゃんは、今度のお盆休みの間はどうするの?」
「ええっと、お盆休みですか? お盆は、お父さんの実家に帰省する予定です」
「へぇー、近くなの?」
「はい。隣の県なので、車で簡単に行き来出来ます。高速道路を使えば、2・3時間って所ですね」
何とか話題の変更に成功し、場の雰囲気は明るいものへと変わっていく。それにしても沙織ちゃんはお盆休み期間は帰省か……家は今年どうすごすんだ? 俺は未だ明確に決まっていない家のお盆休みの予定に若干首を捻りつつ、沙織ちゃんの話を聞いた。
そしてモンスターを求め5階層を歩き回る事30分以上、遂に俺達はそれらと遭遇した。
俺達はそれぞれ武器を構え、鼻息の荒い5体のレッドボアと対峙していた。歩き回って漸く遭遇したレッドボア、確実に倒しておきたい。
しっかし、いきなり5体も相手か……最初は2,3体から始めたかったかな?
「美佳、沙織ちゃん。俺は手を出さないから、上手く立ち回ってくれよ」
「うん、任せてよ! お兄ちゃんの方には行かせないからね!」
「頑張ります!」
槍を構えた二人は気合い十分といった表情を浮かべ、元気よく返事をかえしてきた。俺は二人の戦闘の邪魔にならないように、正面を向いたままユックリと後退し距離を開ける。ここで背中を見せて離れたりしたら、レッドボアが俺を逃げる獲物と認識して襲ってくるからな。二人と距離を開けるにしても、レッドボアから眼を逸らさずユックリ動かないといけない。
そして俺が十分に……と言っても5メートルも無いが、距離を開けると美佳達とレッドボアの戦闘が始まった。
「やぁぁっ!」
「「「「「ブホオォォッ!?」」」」」
先に仕掛けたのは、美佳と沙織ちゃんだった。こちらの方が数で劣るので、先制攻撃で主導権を奪おうって考えなのだろう。先ずは美佳が手に持っていた槍を空中に投げ上げ、素早く腰のホルダーから投げ矢を取り出しレッドボア目掛けて投擲。投げ矢は狙い違わず5体のレッドボアの体に命中し、レッドボア達は突然の痛みに苦悶の唸り声を上げ動きを一瞬止めた。
そして、動きを止めたのは致命的だった。
「えいっ!」
美佳の投げ矢で動きを止めたレッドボア達の間合いに素早く踏み込んだ沙織ちゃんは、一番近くに居たレッドボアの眉間に槍を突き刺した。だが沙織ちゃんは動きを止めず、素早く突き刺した槍を引き戻し、2体目のレッドボアの眉間に槍を突き刺す。
そしてレッドボア達が初撃の混乱から立ち直った頃には、3体目の眉間に沙織ちゃんの槍が突き刺さっていた。
「「ブホッ!?」」
一瞬で起きた惨劇に、残ったレッドボア達は攻撃か撤退で動きに迷いを見せた。まぁ、初撃の痛みで気が逸れている間に、仲間が3体も葬られていたら当然だな。
しかし、レッドボア達はココでも致命的ミスを犯す。迷わずに即座に逃走していれば逃げ切れていたのかもしれないが時既に遅し、空中に投げ上げた槍を回収した美佳が間近まで距離を詰めていたからだ。そして……。
「やっ!」
「えいっ!」
美佳と沙織ちゃんの一撃で、残っていたレッドボアも眉間を貫かれ絶命した。どうやら美佳達にとって、レッドボア程度が相手なら既に苦戦する相手ではなくなっているらしい。
確かにコレなら、もっと下の階層に行かせて欲しいと言い出すはずだな。
男子三日会わざれば刮目してみよ、ですね。




