第294話 余り良い雰囲気では無いな……
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
好奇の眼差しを避けるように足早にホームに上がった俺達は、向けられる視線が無くなった事を確認し安堵の息をつく。
そして、俺は沙織ちゃんの方を向いて口を開く。
「ふぅ……。あらためておはよう、沙織ちゃん」
「お、おはようございます。すみません、私のせいで何だか変な感じになっちゃって……」
「いやいや、沙織ちゃんが悪いわけじゃ無いんだから気にしないで」
申し訳なさげな表情を浮かべる沙織ちゃんに、俺は苦笑を浮かべながら宥める。
ホント、沙織ちゃんが悪いわけでは無いのに何であんな雰囲気になったんだか……もしかしてアレか? 男1の女2で一緒の修羅場……とかって思われてたとか?
「は、はい……。あっ、そう言えばお兄さん、今日の予定ってどうなってるんですか?」
「ん?」
「この間は一緒にダンジョンに行けるって事に喜んで、詳細を聞いていなかったなーって」
沙織ちゃんがちょっと控え目な感じで予定を尋ねてきたで、美佳に教えた事と同じ事を伝えようとすると美佳が沙織ちゃんの肩を叩きながら割り込んできた。
「あっ沙織ちゃん、その事なんだけど……」
「えっ?」
美佳は肩に乗せた手で沙織ちゃんを引き寄せ、内緒話をするように耳打ちするように説明を始めた。別にそんなヒッソリとするような話でも無い筈なんだけどな……。
そして1分ほどの説明時間を経て、沙織ちゃんはやる気に満ちた表情を浮かべながら俺の顔を真っ直ぐ見てきた。
「頑張ります!」
「えっ、あっ、うん。 頑張って……」
「はい!」
沙織ちゃんは両手でガッツポーズをして気合い入ってますと言ったリアクションをしながら、元気よく返事を返してきた。おいおい美佳、何を吹き込んだんだ? 沙織ちゃん、えらく気合い入った感じだぞ?気合いが空回りしないか不安になってくるな……。
そして暫くそんな遣り取りをしていると、乗る予定の電車がホームに入ってきた。
「良し、じゃぁ乗ろう。席に座れると良いんだけど……」
「あっ、お兄ちゃん、あそこの席が空いてるよ!」
「ん? ああ本当だな、じゃぁあそこに座るか」
都合良く対面式のボックス席が空いていたので、俺達はその席に腰を下ろした。大人数で荷物を持っていると、こう言う作りの席はホントありがたい。
そして着席と同時に電車が出発し、一路ダンジョンの最寄り駅へと向かう。
ダンジョン最寄り駅が近付くに従い電車内には同類、大荷物を抱えた探索者の姿が一気に増えてきた。乗客の年齢分布は比較的若い層が多く、恐らく俺達と同様に夏季休校中の学生探索者なのだろう。企業系探索者なら、専用の社用車くらいあるだろうしね。
そうなると、公共交通機関を使用して移動する探索者は比較的、個人営業系や学生系が多くなるだろう。
「もうすぐ駅に到着するから、降りる準備をしよう」
「「うん!(はい!)」」
周りの探索者らしき乗客達も動き始めたので、俺達も荷物を纏め何時でも降りられる準備を始める。停車時間もそう長く無いし、降車客も多そうだから素早く降りれるようにしとかないとな。
そして駅に電車が到着し扉が開くと、大勢の探索者らしき乗客がホームへと降り始めた。って、随分と多いな。
「美佳、沙織ちゃん。波にのまれて倒れないようにな」
「大丈夫、慣れてるから。ねっ、沙織ちゃん?」
「うん。夏休みになってからは、ダンジョンへ向かう通勤ラッシュが毎回発生してるもんね」
予想以上の降車客の多さに少し驚いた俺に対し、美佳と沙織ちゃんは慣れたモノと平然とした様子で人波に乗って改札へと進んでいた。……数日見ない間に、随分たくましくなったな。俺は二人に遅れないように、後を追うように人波に乗りながら進んでいく。
そして改札を抜けた俺は、美佳と沙織ちゃんを連れロータリーへと向かった。
「うーん、ココも多いな」
目の前のバス乗り場に出来上がっている、ダンジョンへ向かうバスへの長蛇の列を眺めながら小さく溜息を漏らす。俺が普段使う駅でも同じような光景が広がっていたので、片田舎だろうが町中だろうがどこでも変わりはないんだなと思った。
「夏休み前と比べたら、人が倍くらいに増えたからね。仕方ないよ……」
「私達と同じ年代の新人さん達が、夏休みって事で一気に参入してきたもんね」
「……あんまり嬉しくは無いけど、やっぱり以前みたいに夏休み限定で入場数規制を掛けた方が良いよな」
以前、ダンジョン解放直後の参入者が多すぎた時、入場規制が掛けられ中々入場出来なかったという苦い経験がある。だが、実際アレで混乱が解消されスムーズになった。
今年はもう遅いかもしれないが、せめて来年は今年の状況を鑑みて夏休み限定の入場数規制を取り入れて欲しい。
「とは言え、ダンジョンに行くにはあのバスに乗らないと……」
「ねぇねぇお兄ちゃん、他にもタクシーって手段もあるよ?」
「……普段、自分達でタクシー代は出せんのか?」
「……」
あのバスの人混みを避けたいらしく、美佳がタクシーを使おうと提案してきたが、俺の返事に美佳は視線を顔ごと逸らし黙り込んだ。俺の財布を当てにしてやがったな、コイツ……。
俺は軽く溜息を吐きつつ、若干引き攣ったような表情を浮かべる沙織ちゃんに顔を向ける。
「……沙織ちゃんは?」
「えっと……バス移動で良いんじゃ無いかな、と」
美佳に少し呆れたような視線を向けつつ、沙織ちゃんは頬を指先で掻きながらバツの悪そうな表情を浮かべた。どうやら沙織ちゃんは、美佳のように他人の財布を当てにしてプチ贅沢する気は無いらしい。
ダンジョン探索終了後の打ち上げ費用位なら出しても良いが、始まる前からは……流石に駄目だろ。
「……と言う事らしいが、どうなんだ?」
「バスで良いと思います」
「そうか」
美佳は頬を膨らませ不満げな表情を浮かべながら、小さな声でバスで良いとバツが悪そうに返事を返してきた。バツが悪くなるなら最初から提案しなければ良いのに……はぁ。
しかしまぁ、このままってのもアレだしな、少しアメぐらい出してやるか。
「はぁ、探索終了後の打ち上げ費用位なら出してやるから終わるまで頑張れよ」
「!? えっ、それホント!?」
「まぁ打ち上げとは言っても、帰る前の軽食代だからな?」
「やった! ねぇねぇ沙織ちゃん、何奢って貰おうか!?」
俺のアメに美佳は両手を挙げ喜びの声を上げ、沙織ちゃんはそんな美佳の反応に苦笑を漏らしている。
「盛り上がるのは終わってからにしろ、コレからダンジョンに入るんだから余り気が抜けてると怪我をするぞ。後な、余りふぬけてたら打ち上げは無しだ」
「ええっ!?」
「いや、当然だろ? あくまでも、頑張った事に対するご褒美なんだからな」
上げて落とした形になるが、変に浮かれたままダンジョンに入るのは危なすぎる。締める所は締めておかないと、後々後悔するからな。
そして俺の返事を聞き美佳は打ち上げ無効にならないように、沙織ちゃんに発破を掛けてる。いやいや、気を付けるのは主にお前だからな?
「二人とも、そろそろ列に並ぶぞ、余りグダグダしてると探索する時間が無くなるからな」
「えっ? ああ、うん」
「はい」
打ち上げの件でテンションの上がった美佳を宥め、俺達はバス待ちの列に並んだ。ダンジョン行きの臨時便も出ているようだが、バスに乗って移動するだけでもだいぶ時間掛かりそうだな。
正直に言って、バスに乗るより走って行った方が早くダンジョンに着くような気がするが……ダンジョン探索を始める前に消耗するのも馬鹿らしいか。
到着したダンジョンでは、大勢の探索者が集まり大盛況と言う状況になっていた。話に聞いていたように、今年進学したらしき初々しい新人学生探索者パーティーの姿が沢山見られる。
あの中の何パーティーが、夏休み終了まで探索者を続けてるんだろうな……。
「大盛況だな」
「夏休みに入ってからは、いつ来てもこんな感じだよ」
「皆浮かれてて、見ているとヒヤヒヤしますよね。ああ言うのを見てると、お兄さん達って言う先輩探索者に指導して貰える私達って、本当に幸運だったんだなって思います」
「本当にそうだよね」
美佳と沙織ちゃんはしみじみと言った表情を浮かべ、周りの新人探索者パーティーと俺を見比べ頭を縦に深く振っていた。
うん。経験豊富な指導者が居るか居ないかで生存率はもちろん、負傷率も大きく変わるからな。
「まぁ確かにちゃんとした指導者を見付けるのは難しいだろうが、一応協会でも新人探索者講習を開いてるから受講すれば基本的なノウハウは学べる筈だ。そこら辺を賢く活用出来れば、新人探索者パーティーでも独力でそこそこ成功出来るだろうさ。それに多少投げ遣り気味ではあるけど、全部の新人パーティーに指導者を配置出来るわけでも無いしな」
「まぁ、確かにそうだよね」
「企業系なら新人育成でベテランパーティーを付けるとか出来ますけど、新人探索者パーティーがベテラン個人事業系探索者を指導者として雇おうとしたら資金的に無理ですもんね」
ベテラン探索者とも成れば、1日10万単位で稼ぐからな。そんなのを指導者として雇おうと思ったら、少なくとも数万は掛かる。1日歩き回って1・2度モンスターと遭遇するのがやっとの現状では、資金的にとてもではないが新人探索者パーティーがベテラン探索者を雇う事なんて不可能だ。
仮に協会が雇って斡旋するにしても予算案が通るか……短期間では難しいだろうな。
「協会も頑張ってはいるんだろうけど、設立して間もない組織だからな……制度整備が未熟なのも仕方ないと言えば仕方ないだろう。もう少し年月が経てば、不具合箇所の修正も出来て制度整備も進むんだろうけど……」
「今が疎かになる、って事ですよね」
「黎明期故の弊害と言えばそれまでだけど、その弊害に人の生き死にが含まれると考えると簡単には切り捨てられないよな」
「そう、ですね」
恐らく表立ってこそ居ないが、新人探索者パーティーの負傷者数は夏休みに入って急増しているだろうな。大きく取り沙汰されていないことから、今の所死者は出ていない……そう思いたい。
俺は軽く頭を振って嫌な予想を振り払い、美佳と沙織ちゃんに声を掛ける。
「さてと、そろそろ行こうか? この調子だと、受付をするにしても時間掛かりそうだしね」
「うん」
「はい」
俺達は和気藹々と楽しげな表情を浮かべている新人探索者パーティーの姿を横目に見ながら、少し足早に受付がある建物へと進んだ。
俺達は受付待ちの列に30分ほど並び、何とか受付をすませそれぞれ更衣室へと別れ入った。更衣室の構造自体は普段使っているダンジョンの施設と大して変わりないので、そう迷う事は無かった。
そして俺は割り振られたロッカーに荷物を詰め、着替えをする。
「うーん、やっぱり入るからと行って、無理にバッグ一つに荷物を詰め込むもんじゃ無かったな」
俺はジャージと防具を取り出し、中身がスカスカになったバッグを眺めながら感想を漏らす。今回の探索は日帰りなので、必要以上に食料や寝具などを詰めなくて良かったので、空いたスペースに着替えを詰め込んでいたのだ。だって、手荷物は少ない方が良いからな。
しかし、結局今着ている服は持ってきていた折り畳みエコバッグにいれロッカーにおいていくので、最初から2つに分けておいても良かったなと思う。
「……良し、忘れ物は無いな」
着替えをすませた俺は装備品の最終確認を素早くすませた後、中身が抜け萎んだバックパックを背にし軽く頬を叩いて気合いを入れてから更衣室を後にする。
今回の探索のメインは美佳達だが、だからと言って気を抜くわけにはいかないからな。
「美佳達は……まだみたいだな」
更衣室を出た俺は辺りを見回してみるが、美佳達の姿が見えない。恐らくまだ着替えが終わっていないのだろう。俺は近くに設置してあるソファーに腰を下ろし、辺りを観察しながら美佳達が出てくるのを待つ。
「……人数が増えてるのは勿論だけど、人が増えた事で待ち時間が延びたせいでベテラン勢が少し苛立っているようだな」
表立って新人探索者パーティーに絡んでいくような者はいないが、一部のベテランらしき探索者パーティーは苛立たしげな眼差しを和気藹々とし緊張感が乏しい新人探索者パーティーに向けている。恐らく浅い階層をメインの活動の場にしている、経験だけは長いと言った部類のパーティーなのだろう。浅い階層をメインに活動していても、平均的には稼げないがスキルスクロール等の一発大当たりがあるからな。新人探索者パーティーが急増したせいで、普段通り活動が出来ず場を荒らされていると感じているのだろう。ベテランなので安直にPKやMPK等は仕掛けないだろうが、新人が助けを求めても大怪我を負うまで助けない可能性があるだろうな。
余り良い雰囲気とは言えない現状に、更衣室から出て来た美佳達の姿を視界の隅に入れつつ俺は小さく溜息を漏らした。
新人の参入を快く思わないがベテランが醸し出す空気……新年度のはじめとかによく感じる空気ですよね。




