第293話 3人で近場のダンジョンへ
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美佳と沙織ちゃんが美佳の部屋で祝杯?を上げているのを横目に、俺は自室に戻り裕二と柊さんに連絡を入れる。報・連・相はしっかりしておかないとな、先ずは裕二からだ。
そして数度のコール音の後、裕二が電話口に出る。
「もしもし、裕二か? 少し相談したい事があるんだけど……」
電話口に出た裕二に、俺は手短に美佳達の要望を伝え相談する。
最終的に話は、見極めには自分も参加したかったが判断は俺に任せるとなった。ただし、基準は厳しめにとの事だ。まっ、当然の要望だな。
「分かった、じゃぁ結果が出たらまた知らせるな。集会、頑張ってくれ」
「おう、お前も頑張れよ」
短く別れの挨拶をして、俺は電話を切る。
良し、先ずは一人目はクリアっと。次は……。
「あ……もしもし、柊さん? ちょっと相談があるんだけど……」
柊さんはお店の手伝いに出ていたらしく、何度か時間を置いて掛け直した末に繋がった。仕事中という事もあり手短に用件を伝え話し合ったところ、柊さんも裕二と同じく条件付きで了承。戦闘はもちろん、しっかりと周辺警戒が出来ているかも見定めて欲しいとの事だった。
「分かった、その辺にもちゃんと目を張り巡らせておくよ」
と言うわけで、二人目との交渉もクリア。とりあえず行動条件の緩和が出来るかは美佳達次第だが、俺の判断での許可出しが貰えたのは十分な成果だろう。
軽く背伸びをし凝った肩を解してから、俺は部屋を出て美佳の部屋へと向かう。
「おおい、美佳? 入っても良いか?」
「ん、お兄ちゃん? うん、入って良いよ」
俺はドアをノックし、美佳の許可を貰ってから部屋に入る。
部屋の中では、美佳と沙織ちゃんがジュースとお菓子を広げお喋りをしていた。
「裕二と柊さんに連絡が取れたぞ。条件付きだけど、今度の探索の結果次第では条件を緩和しても良いって許可が貰えた」
「えっ! ホント!?」
「本当だよ。まぁ判断基準は厳しめに、とは言われてるけどな」
「「やった!」」
美佳と沙織ちゃんは俺の言葉を聞き、両手を挙げながら喜びの声を上げた。
「二人共、まだ許可が出せるって決まったわけじゃ無いぞ? 今度の探索での出来次第だからな?」
「分かってる。でも、上手くやれば許可が貰えるんだよね?」
「明確なチャンスがあるだけでも、嬉しいです」
口では分かっていると言ったような事を言っているが、美佳も沙織ちゃんも満面の笑みを浮かべながら既に条件緩和後の事を想像しているようだった。
「そっか……。でも勘違いしないで欲しいんだけど、出来次第と言っても、探索であげた成果じゃ無くて、探索中の出来って意味だからな? 幾ら成果を上げても、探索中の行動に不備があれば俺も許可は出せないぞ」
浮かれ気味の美佳と沙織ちゃんに、俺は自制を促す意味も込め念を押しておく。成果次第だと、ドロップアイテムの数を稼ごうと無茶をしたり、時間を気にし急いで先に進もうと周辺警戒を軽視するかもしれないからな。
だが、俺達が見たいのはソコじゃない。
「えっ、ああ、うん」
「は、はい」
「大丈夫かな……」
何か微妙に怪しいが、時間が経って落ち着けば大丈夫だろう。俺は二人の様子に若干の不安を抱きながら、今度行くダンジョン探索についての話を進める。
何の準備も無く、って訳にもいかないからな。
「はぁ、とりあえず予定を確認しておこう。ダンジョンに行く日は、2日後で良いか? 流石に明日ってのも急だしな」
「うーん、そうだね。いきなり明日って言われても、準備にバタつくだけだし」
「私もそれで良いと思います」
と言う事で、2日後にダンジョンへ行く事になった。因みに、今回行く予定のダンジョンは俺達が普段使っているダンジョンではなく、美佳達が通っている近場のダンジョンだ。
夏休みで利用者が増え入場するにも時間がかかり、ダンジョンに行くまでの移動時間を考えると、普段俺達が使っているダンジョンだと探索に使える時間が短くなりすぎるからな。特に日帰りだと。
「それと念の為に言っておくけど、基本的に今度のダンジョン探索では俺は手を貸さないつもりだから、そのつもりで準備を進めておけよ。荷物の量とかな」
「ええ、手伝ってくれないの!?」
「当たり前だろ? お前等は普段二人で動いてるからな、持てる荷物の量も自然と減る。戦闘行動に支障を来さずに、どれくらいの荷物を持てるかをキチンと把握しておくのも大切な事だ」
何だかんだで、荷物持ちにさせられるのは避けたいしな。それに実際、大量のドロップアイテムを得られたからと言って、欲張って詰め込みまくってモンスターとは戦闘出来ませんでは意味が無い。
そういう所の自制心も、今回の判断項目だ。適量と言う物は、何にでもついてくる……例外でも無ければな。
「お兄ちゃんが一緒に来てくれるんなら、持って帰れる量が増えると思ってたのに……」
「欲張りすぎは身を滅ぼすぞ、マジで!」
「分かってるって、普段はチャンと考えてるよ」
そう言って、美佳は口を尖らせながら眼を逸らす。
本当に理解しているか疑わしいが、まぁ気にせず話を進めよう。
「そっか。それはそうと、指示というか課題というか……そっちはどう?」
「ん? それって、困ってる新人を助けて回れってヤツ?」
「そうそう、順調か? まぁ、順調なのは順調でまずいんだろうけどさ……」
出した課題が順調という事は、それだけピンチな状況に陥る新人探索者が多いって事だからな。
まぁ、助けられなかったって結果よりはマシなんだろうけどさ。
「うん、順調……って言ったらまずいけど順調だよ」
「今月に入って、1回の探索で5組は新人パーティーを助けてます」
「平均5組か……協会も、もう少し積極的に新人講習の事を周知させてくれないかな」
掲示板のポスターや口頭で案内しているのは知っているが、探索者に受講義務は無いので無視される事が多い。特に新人は初めてのダンジョン探索という事もあり、逸る気持ちや視野狭窄で初心者講習受講への案内を無視してダンジョンへ足早に突入する事が多い。
正直、とっとと受講を義務化してしまえと思う。
「時間が経てばその辺も改善されるとは思うけど、それまでに重大事故が発生しそうだな……」
「実際、それに近い場面には何回か遭遇したよ」
「明確に助けを求めてくれないから、自分達でやれるのか本当に危険か判断するタイミングが中々掴めなくて……」
「横殴りにならないようにする為に、被害が出てから慌てて介入するしかないか……」
探索者間のマナーとして、明確に助けを求められなければ下手に手を出せないからな。特に今のように人が多い時期だと、モンスターと遭遇出来る機会は貴重だ。基本的に最初にモンスターと遭遇したパーティーに交戦権があるので、下手に割り込んで戦えば揉め事の原因になる。探索者同士の揉め事……文字通り血の雨が降りかねない。
昔、ダンジョン解放初期の頃はそれが理由で偶にダンジョン内での探索者同士の乱闘がおきていたからな。
「まぁ見極めが難しい問題だからな、見かけたら出来るだけ助けてやってくれ」
「うん、危ないのに見捨てるのも寝覚めが悪いしね」
「そう言う場面に遭遇しないのが一番なんですけどね……」
「頼むな」
俺の御願い?に美佳は消極的ながら頷き、沙織ちゃんも疲れた様な苦笑を浮かべながら頷いた。本来は、協会が積極的に対策すべき案件なんだろうけどな。まぁネット情報などを見てみると、俺達以外にも新人保護活動をしているパーティーがいるようなので協会もその内に動くだろう。動かなかったら、要望書なり嘆願書なりの提出も考えよう。名指しでランクアップ要請の呼び出しをするくらいだ、有力探索者からの要請として話くらいは聞いてくれるだろう。
人気稼ぎの面もある活動だが、被害者は少ない方が良いに決まってるしな。
「良し、じゃあ2日後にダンジョンに行くから、それぞれ準備は万端にな」
「うん!」
「はい!」
若干重苦しい雰囲気が漂ったものの、俺の最終確認の言葉に二人は場の雰囲気を振り払うように元気よく返事を返してきた。
晴天に恵まれた約束の日、俺と美佳は互いに探索に使う道具の入った荷物を持ち玄関に立っていた。
「美佳、忘れ物は無いか?」
「うん、昨日チャンと確認したから大丈夫だよ! お兄ちゃんは?」
「大丈夫だ、昨日チェックしてるよ」
今回は美佳達との探索なので<空間収納>は使えず、久しぶりに通常のバックパックに色々荷物を詰め込んでいる。バックパックは荷物でぱんぱん、探索者の高い身体能力のお陰で重みは感じないが……もう少し荷物減らして置いた方が良かったかな?
俺は今にも破裂しそうなバックパックを見つめ、荷造り失敗したかなと考えた。
「良し、じゃ行くか?」
「うん!」
「二人とも、気を付けなさいよ」
美佳と確認し合っていると、母さんが玄関まで見送りに出て来てくれた。
「うん、夕方くらいには帰ってくるよ」
「行ってきまーす!」
俺と美佳は母さんに返事を返し家を出る。沙織ちゃんとは駅で落ち合う約束をしているので、約束の時間まではもう少しあるが早めに着いてるかもしれないし急ぐ。
そして駅に向かう途中、美佳が今日のダンジョン探索について尋ねてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん? 今日はどこら辺まで潜る予定なの?」
「ん、特には決めていないぞ? 時間的に考えると、10層辺りが妥当だろうけど……その辺の判断も見定めのポイントかな? 今回の探索では自分達の調子を自分達で見極め、どの辺で引き返すのかとかな」
「そっか、そうだよね……」
俺の返事を聞き、美佳は少し歩く速度を緩め考え込むようにアゴに手を当て視線を地面に落とした。
自分達で引き返す見極めが出来なかったら、とてもではないが制限の緩和は出来ないからな。変に欲をかき、もう少しもう少しと先に進んでいたら何れは大変な事になる。強い自制心を持ち、好奇心や功名心に流されずに引く。難しい事だが、コレが出来ないようでは二人だけでの単独行動は危険すぎる。
「下を向きながら歩いてると危ないぞ、考え事をするにしても視線は前に向いて歩け。ダンジョン内で同じ事をしてたら、知らず知らずにトラップに掛かったりするからな」
「えっ、あっ、うん。ごめん、気を付ける……」
俺の注意に美佳は慌てた表情を浮かべながら、思考を打ち切り視線を前に向ける。うん、別にこんな事で減点になんてしないから、そんな縋るような眼差しを向けてくるなよ。
美佳の視線から顔を背ける様に、俺は少し歩幅を広め美佳の一歩前に出る。
「まぁそんな事よりも、そろそろ駅に着くぞ。美佳、お前のスマホに沙織ちゃんから連絡とか来てないか?」
「ううん、まだ何にも来てないよ」
「と言う事は、約束の時間よりまだ早いし俺達の方が先に到着したって事かな?」
美佳はスマホをチェックしながら、俺の質問に素早く答えてくれる。俺は沙織ちゃんが既に駅に到着し待ってるのならば、連絡の一つくらい入れてくるかなと思っただけだ。だから、そんなに必死にならないでくれ。
そして駅に到着した俺と美佳は改札口の前、券売機が並ぶ構内で待つ事にした。
「お兄ちゃん、待ってるよって沙織ちゃんに連絡入れておく?」
「いや、別に良いんじゃ無いか? まだ約束の時間前だし、焦らせて急がせるような事はしなくて良いよ」
「うーん、そうだね。じゃぁするにしても、約束の時間過ぎてからするよ」
「ああ、それが良いだろうな」
そんな訳で、俺と美佳は沙織ちゃんが来るのをノンビリと待つ事にした。
と言っても、5分とせずに沙織ちゃんも待ち合わせ場所に姿を見せたんだけどさ。
「すみません、お待たせしました!」
「気にしないで、俺達の方が約束の時間よりだいぶ早く来てただけなんだしさ。なっ?」
「うん。それにまだ約束の時間前だしね」
構内で待つ俺と美佳の姿を見付け走り寄ってきた沙織ちゃんが、挨拶一番に謝罪してきたので慌ててなだめる。別に何も悪い事はしてないんだから謝らなくても……それに周りの視線が痛いからホント止めて。
俺は周囲から向けられる視線を気にしながら、平静を装いながら沙織ちゃんに朝の挨拶をする。
「それよりも、おはよう沙織ちゃん。調子はどう、ダンジョン探索は大丈夫そう?」
「えっ!? あっ、はい! 体調はバッチリです!」
「そっか、じゃぁ今日はよろしくね」
「はい、こちらこそよろしく御願いします!」
若干まだコチラを窺うような周囲の視線が気にはなるが、元気そうに返事を返す沙織ちゃんの様子に安らぎを覚え安堵する。
そしてその感情が僅かながらでも表情に出ていたのか、口をとがらせ若干不機嫌そうな美佳に脇腹を強めに突かれたのはご愛敬だろう。
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