幕間 四拾五話 夏休みデビューは至難の業 その5
お気に入り24690超、PV42280000超、ジャンル別日刊88位、応援ありがとうございます。
朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
モンスターの死体が消え、残ったドロップアイテムを唖然とした眼差しで眺めていると、突然通路に落ち着いた口調の声が響く。
「初めてのモンスター戦なら仕方ないけど、ダンジョンの中で何時までも動揺しているのは危険よ。まずは深呼吸をして、気を落ち着かせて」
モンスター討伐の現実に直面し動揺する俺達に、彼女は優しくも厳しい声を掛けてくる。そうだ、彼女の言う通り、ダンジョンの中で何時までも呆けているわけにはいかない。
そう思い俺は酸っぱい匂いが立ちこめる中、目を瞑りながら大きく深呼吸を繰り返した。
「……うん、とりあえず大丈夫そうだね」
「あっ、ああ、悪い。みっともない所を見せてしまった」
「気にしなくて良いよ。ダンジョン初挑戦の新人さんには、良くある事だからね。ただし……」
彼女……美佳と呼ばれていた女の子は顔に苦笑を浮かべながら、表面的な動揺を治めた俺達の足下を指さし一つ注意をする。
「何かペーパーや袋を持っているなら、後始末はしておいた方が良いよ。放置しているとマナーを守れない奴らって思われて、白い目で見られてココに来づらくなるからね」
「えっ!? あ、ああ、そ、それはそうだね。忠告ありがとう」
俺は彼女に指摘され、自分のやらかした醜態を思い出し顔を赤くしながら慌てて後片付けを行う。幸い、やらかしは小量だったので処理はすぐに終わった。匂いは残ってるけど、コレは気にしないでおこう。
そしてドロップアイテムの回収など色々後始末を終えた俺達は、改めて救援に駆けつけてくれた彼女らと自己紹介含めた話をする事となった。勿論、4階層の階段前広場に戻って来てな。
「遅くなったけど、助けてくれて本当にありがとう。俺は春樹で、コイツらが俺のパーティーメンバーで……」
「達治だ。危ない所、駆けつけてくれてありがとう」
「英俊と言います。ホント、助かりました」
「藤乃よ。危ない所を助けてくれてありがとうね」
「忠夫だ。救援感謝する」
俺達は軽く頭を下げながら、救援に駆けつけてくれた感謝の気持ちを伝える。あの時俺の上げた救援要請を聞き、彼女達が駆けつけてくれなければ、俺達の内の誰かしらかが大怪我を負っていただろうからな。改めてあの時対峙していた3体のハウンドドッグ達の姿を思い出すと、到底初めてダンジョンに挑戦する俺達が無傷で勝てたとは思えない。
ハウンドドッグ達と交戦する前に、彼女達が駆けつけてくれたのは運が良かったとしか言えなかった。後数秒、彼女達が駆けつけてくれるのが遅れていれば……。
「気にしないで良いよ。助けを求める声が聞こえたのを無視するのが何となく嫌だったから、勝手に首を突っ込んだだけなんだから。ね、沙織ちゃん」
「うん。流石にもっと下の階層で聞こえたのなら、私達の手には負えないだろうから悪いとは思いつつ無視したかもしれないけど、この辺の階層だと新人さんが主に活動してるからね。手に負えなくも無い範囲で助けを求められたのを無視したら、寝覚めが悪くなっちゃうから。実際、危ない所みたいだったしね」
と、彼女達はどうって事無いと言った軽い感じで俺達の感謝を受け止めていた。そっか……彼女達からしたらアレは、どうと言う事無い出来事なんだ。すると不意に、俺は自分達と彼女達と探索者としての差を思い知り、このまま彼女達のようにモンスターと戦う事が当たり前と思える様になるまで、俺達は無事に探索者を続けられる事が出来るのかという疑問が浮かんだ。
「あっ、そう言えば私達、自己紹介してなかったね。私は美佳」
「沙織です」
「夏前から探索者をやってるから、探索者としては貴方達の少し先輩になるかな?」
「夏前……」
と言う事は、彼女達の探索者歴は2,3ヶ月って事か……2,3ヶ月であんな事が出来るようになるのか?
俺は彼女達がハウンドドッグ達の足止めに使った手段を思い出し、2,3ヶ月程度で自分達が同じ事が出来る様になるのかと内心で首を捻る。ハウンドドッグの死体が消えた後に残っていたのは、ドロップアイテムの他に長い釘……いわゆる棒手裏剣というヤツだろう?ソレが落ちていたのだ。飛び掛かろうとしていたハウンドドッグ達の足に、俺達の背中越しにピンポイントでほぼ同時に投げ刺す……普通に達人技の部類なような気がする。
「あっ、そうそう。先輩探索者としてのお節介なんだけど、君達って今回が初めてのダンジョン探索なんだよね?」
「あ、ああ。最近ようやく全員が探索者免許を取れたから、今回が初めてだ」
「そっか、じゃぁお節介だろうけど一言。初心者講習くらい受けてから、ダンジョン探索はした方が良いよ。講習を受けておけば、ダンジョン内での基本的な行動や準備、モンスター退治の心構えなんかを教えてくれるからさ」
「今は貴方達のような夏休みデビューの新人さん達が大勢押し寄せて、ダンジョン内の特に上の方の階層は人口密度が過剰でモンスターとの遭遇率が悪いから、集中して地力を上げるには丁度良い時期だと思うよ」
と、彼女達は真剣な表情を浮かべながら俺達への忠告を口にする。ダンジョンの前にもバス停で先輩探索者パーティーの人にアドバイスして貰った時は、何なんだこのお節介な人?と思った。だが、モンスター戦を終えた今となっては、アレは本当にダンジョン初心者の俺達の事を真摯に考え忠告してくれていたのだと理解出来る。
となると、実際にモンスター戦でピンチに陥った俺達を見て助けた彼女達が敢えて忠告するという事は、つまりそう言う事なのだろう……。
「それは……」
「まぁ、いきなりこんな事を言われても納得出来ないだろうから、後で落ち着いてから皆と話し合ったら良いよ。……後々、後悔しないようにする為にもね」
「私達も経験した事あるから逸る気持ちってものも分かるけど、短気は損気って言う言葉があるから慎重に考えてね」
「「「「「……ああ(うん)」」」」」
歯切れの悪い思案顔を浮かべながら、俺達はただただ彼女達の忠告に頷くしか無かった。
俺達が幾分か落ち着きを取り戻した事を確認した彼女達は、再度探索を続けると言い立ち去ろうとした。既に探索を続行する気力が残っていない俺達は、気のない返事を返しつつ見送ろうとして……大事な事を忘れていた事を思い出し慌てて声を掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 助けてくれたお礼が、まだだった!」
「ん? お礼の言葉なら既に貰ってるよ?」
「違う違う、そっちじゃ無くコレの事だよ」
そう言って俺は、先程の戦闘後に回収した瓶を取り出し、彼女達に差し出す。ハウンドドッグ達が落とした、ドロップアイテムだ。中身は鑑定して貰っていないので、何か分からないが、多分、良く話に聞く、回復薬だろう。上で換金すれば、そこそこの額にはなると思う。助けて貰ったお礼としては安いだろうが、現状で渡せるモノはこれ位だからな。多少モッタイないと思いはしたが、それはまぁ、人情ってものだろう。
すると彼女は少し驚いた表情を浮かべた後、手の平を俺に向け立てながら頭を横に振った。
「いらないよ。モンスターを倒したのは貴方達なんだから、ソレは貴方達の勝ち取った戦利品だよ。感謝の印は、さっきのお礼の言葉だけで十分」
「そうだね。それに私達としては、初めての探索で苦労して手に入れたドロップアイテムを、感謝の印だとしても取り上げるような事はしたくないかな?」
彼女達は、優しげな微笑みを浮かべながら、ドロップアイテムの受け取りを、断ってきた。予想外の対応に、俺は目を見開き、驚愕の表情を浮かべ、思わず素直な感情を口にする。
「えっ、でも……」
「多分それ、瓶の形的に回復薬だと思うよ。換金すればそこそこの値段で買い取って貰えるから、それは自分達の為に使ったら良いんじゃないかな。交通費に充てるのも良いし、今回の探索で足りないと思った装備品を整えるとかにね?」
「新人さんは初めの内、色々資金面で苦労するからね……今回は運が良かったと思ってたら良いと思うよ」
「……」
俺達が彼女達の返事に思わず唖然とし若干不服そうな表情を浮かべていると、彼女達は小さく苦笑を漏らしながら妥協案を出してくれた。
「……もし何かしらの形でお礼がしたいって言うのなら、私達が困った時に手を貸してくれたら良いよ」
「俺達が、貴方達の力になれるとは思えないんだが……」
「手を貸すと言っても、何も探索者としてでなくても良いんだよ? こう見えても私達、ダンジョンの外ではタダの高校生でしか無いんだから」
「困った時に、助けを求められる人が居るっていうのは、結構大きな事だと思うよ? ……駄目かな?」
探索者としては、俺達は彼女達の足下にも及ばないだろう。だけと確かに、ダンジョンの外ではそんな彼女達でも一個人でしか無い。それならば、俺達でも、何らかの力には成れるはずだ。
それに、助けを求められる相手がいるという事の大切さは、今回の事で骨身に染みてたからな。
「……分かった。何かあれば、遠慮無く言ってくれ。俺達に出来る事なら、出来る限り力を貸すから。良いよな、皆?」
「「「「ああ、(うん)」」」」
「じゃぁ、何かあったときは頼りにさせて貰うね」
「そんな事に成らない事が一番良いんだけどね」
「まっ、その通りだな」
全員で小さな苦笑を漏らし合った後、彼女達がダンジョン探索に出発したのを見送り、俺達は探索者達の流れに乗って地上へ戻るべく歩き出した。
探索者達の流れに乗っていた為か、道中何事も無く地上に戻ってこれた。もしかしたら途中でモンスターが現れていたのかもしれないが、高レベル探索者パーティーも混じっているので鎧袖一触で蹴散らされていたのかもしれないな。
とは言え、ダンジョンを出たと言う安心感は思っていた以上に大きかった。モンスターとの戦闘以降張り詰めていた緊張感がプツリと切れ、俺達は近くの壁に背中を預けながら腰を下ろし大きな溜息を吐き出す。
「やっと出られた」
「そう、だな」
「「「……はぁ、疲れた」」」
ダンジョンの入り口近くの壁に腰を下ろした俺達を、ベテランパーティーは懐かしげな表情を浮かべ、新人パーティーは何か苦々しげな表情を浮かべながら流し見てきた。恐らく、昔の自分達を見ているような気になったのだろう。
とは言え、何時までもココで座り込んでいるのは迷惑だろう。
「……とりあえず、移動しよう」
「「「「……おう(ええ)」」」」
俺達は気怠さを感じつつ、重い腰を上げ移動を始めた。
そして衛生エリアを潜り、着替えをする為に更衣室へと入り……シャワーのありがたさが骨身に染みた。贅沢を言えば、温泉とまではいかずとも入浴施設が欲しいな、ホント。
「お待たせ……」
「あ、藤乃。大丈夫だ、俺達も今出て来た所だ」
汗を流しサッパリとしたといった表情を浮かべる藤乃と合流した俺達は、荷物を持って換金窓口へと移動する。今回手に入れた瓶状のドロップアイテムを換金する為だ。
彼女達の話が本当なら、交通費程度は期待出来るだろう。
「うわっ、ココも人が多いな……」
「まぁ、あの流れに乗っていたパーティーの大半が利用してるだろうからな。そりゃ多くなるさ」
十近くある窓口の前の待機スペースには、探索終わりのパーティが所狭しと詰めていた。暫く呆気に取られていた俺達も、発券機から整理券をもらい買取待ちの列に並んだ。げっ、番号待ちが50以上あるんだけど……。
そして30分以上待ち、漸く俺達の順番が回ってくる。換金手続きはマニュアルが出来ているらしく簡単で、提出物の査定を含め15分ほどで手続きは完了した。因みに、今回の探索で得た結果は……。
「1万500円か……」
「回復薬をゲット出来てなかったらヤバかったな……」
瓶の正体は彼女達が言ってた通り回復薬で、そこそこの値段で買い取って貰えた。後、一緒にドロップしたブロック肉も査定して貰った結果、千数百円になったので良かったよ。
とりあえず、今回と次回の交通費は賄えたかな? ただ、まぁ……。
「探索者……続けるか?」
「「「「……」」」」
この根本的な問題を片付けなければ、前にも後ろにも進めないんだけどな。ダンジョン探索をする前なら続行の一択だっただろうが、現実のダンジョン探索というモノを経験した今は……どうなんだろ?
しかし、先ずは……
「とりあえず、今日は帰ってユックリしよう」
「そう、だな」
「今日は疲れたもんな」
「そうね、この話は明日以降にでもしましょう」
「簡単に答えを出せる問題でも無いしな、慌てて今出す必要も無いだろうな」
ダンジョン探索で精神的にかなり疲れている状態で考えても、碌な答えは出ないだろうからな。ある程度時間を置いて、冷静になってから話し合うのが良いだろう。
こうして俺達は初めてのダンジョン探索を終え、疲れた体と頭に鞭をうちながら家路へとついた。
私と沙織ちゃんは先程階段前広場で別れた新人探索者パーティーの事を話しながら、お兄ちゃん達への愚痴を漏らしていた。
「はぁ、今回は何とか戦闘前に間に合ったね」
「うん。素直に助けを求めてくれるような人達なら、助けに入るのも簡単なんだけどね」
「何度か戦ってると自負があるから、中々素直に助けてって言える人がいないからね。下手に介入するとコッチは救援のつもりでも、横殴りだって思われちゃうもん」
「面倒は面倒だけど、犠牲者が出ないのは良い事だと思うよ」
「まぁ、そうなんだけどね。でも、お兄ちゃんも面倒な指示を出してくるよね」
「“夏休みの初めは表層階を回って、危なそうな新人パーティーを助ける事……もちろん無償で”だよね?」
沙織ちゃんの言葉に、私は不服そうな表情を浮かべながら頷く。
「新人に優しい先輩探索者ってイメージをつくって、評判を上げる為だって」
「夏休み明けには後藤君達のグループが立ち直って盛り返してるかもしれないから、牽制に使えそうな手は打っておくって事だよ?」
「そうみたい。はぁ、でも流石に飽きてきたよ。もっと深くに潜ってみたいな……」
「そうだね。流石にこの辺りの階層に出てくるモンスターくらいじゃ、もうそれほど歯ごたえが無いもんね……」
「……うん。やっぱりお兄ちゃんに頼んでみよう! 沙織ちゃんも一緒に御願いして!」
「そうだね。ダメ元かもしれないけど、やってみようか」
私と沙織ちゃんは探索条件の緩和を御願いする事を決意し、新しく聞こえてきた助けを求める声の元へと走り出した。
現実を体感した上で、続けるか続けないかの選択……難しい問題ですよね。
次話より新章スタートです。




