幕間 四拾四話 夏休みデビューは至難の業 その4
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俺は突然現れた二人の女の子の姿を唖然とした眼差しで眺めた後、少しの間をおいて彼女たちが発した問いかけの意味を理解し慌てて無言のまま頭を縦に何度も振った。
救援のお礼なり何なり口にしたかったのだが、思うように言葉が出てこなかったんだから仕方ないだろ?
「そっか、間違いじゃないみたいで良かった。慌てて助けに入ってたのに、間違ってたら横殴りだ何だって面倒ごとになっていたかもしれなかったもんね」
「その様子だと、とりあえずは大丈夫そうですね」
「「「「「……」」」」」
言葉にこそ出せなかったが、俺達が救助要請を出した者だという事は理解してもらえたらしい。彼女達は軽く安堵の息を吐きつつ、横殴りの可能性が消えた事で若干不安げだった表情を引き締め、鋭い視線を牽制攻撃を受け蹲るハウンドドッグ達に向ける。
しかし……。
「えっと……君達だけ、かな?」
「ん? そうだけど?」
「あっ、いや……」
「?」
緊張で乾いた喉を絞り、ようやく出てきた俺の第一声は感謝の言葉ではなく問いかけの言葉だった。僅かに不安気な声色が混じった声で確認を取ると、彼女は何でもないような感じで軽く肯定の返事を返してくる。俺達の助けを求める声を聴き、迅速に救援に駆けつけてくれた事には感謝しているのだが、駆けつけてくれたのが小柄な女の子……救援者としては力不足のように感じていた。
ホントこの時の俺の目は節穴だったよ……探索者の実力が見た目で測れるモノではないと分かっていたのにな。
「それより貴方達、動きや装備品の具合を見たところ新人……初心者みたいだけど、何でこんな所にいるの? ダンジョン探索の経験の浅い内は、もっと上の階を中心に活動しないと危ないわよ?」
「えっ、あっ、その……上の階は人が多くって」
「……モンスターを探して、ここまで下りてきたって事?」
「……ああ」
ハウンドドッグ達から視線を逸らさないまま怪訝気な表情を浮かべ問いかけてきた彼女に、手短に事情を伝えると彼女達は呆れた様な表情を浮かべながら大きく溜息を吐いた。
「「……はぁ、またか」」
「「「「「……」」」」」
疲れた様に大きな溜息を吐いた後、彼女達は呆れたと言いたげな表情を浮かべながら鋭く細めた目で俺達を一瞥する。俺達はそんな彼女達の視線を受け、今にも襲ってきそうなハウンドドッグ達が近くにいるにもかかわらず思わず身を竦めた。
敵を前にして、無防備過ぎないかだって? いや、だって……ハウンドドッグ達より、目の前で静かに俺達を見詰めてくる彼女達の方が何倍も怖いし。
「ここ暫く多いのよ、貴方達のような理由で無理に降りてくる人達」
「確かに学校が夏休み期間に入ってから一気に新人さんが参入して、ダンジョン利用者が急増しましたよ? でもだからと言って、碌な経験を積まないままここまで下りてくるのは無謀ですよ」
「ホント、今週に入って何組目よ? 無理に潜って来たパーティーを助ける場面に遭遇するって……」
「こう何度も続くと、流石にいい加減にしてほしいかな……」
どうやら俺達より前にも、彼女達は何度も今と似た場面に遭遇していたらしい。頭が痛いとでも言いたげに、彼女達は額に手を当てながら小声で愚痴を漏らしているからな。
そんな彼女達に俺達は申し訳ないと言った表情を浮かべ顔を伏せつつ、チラチラと様子を探るように視線を送った。
「「「ヴゥゥゥッ!」」」
と、そんなやりとりをしていると牽制攻撃から立ち直ったハウンドドッグ達が、俺達を無視するなとばかりに威嚇の唸り声を上げ始める。
あっ、そう言えばコイツらがまだいたんだったっけ……。
「……ねぇ? 確認なんだけど、もしかして貴方達って今回がダンジョン初挑戦なのかな?」
「えっ、あっ……はい。今回が初めてです」
「となると、その様子じゃまだモンスターとは戦った事は無いんだよね?」
「……はい」
「「……」」
額に手を当てながら尋ねてくる彼女の質問に、俺は現状(実力を弁えない無理な潜行、勝てない敵と遭遇し即救援要請)を思い出し、視線を彼女達から逸らしつつ、バツの悪い表情を浮かべながら、言葉尻が尻すぼみになりつつ答える。
すると当然向けられるのは、彼女達からのホントに何をやってるの?と言った視線だ。まぁ、そんな反応になるよな。
「……はぁ、仕方が無いな。沙織ちゃん、良いかな?」
「うん、まぁ良いんじゃないかな? 元々、この敵と最初に遭遇したのはこの人達なんだし……」
「そうだよね……ふぅ。ねぇ、貴方達? ちょっと提案があるんだけど……」
そう言って、彼女達の口から驚くような提案が飛び出てきた。その提案とは曰く、私達がハウンドドッグ達の足止めをしてあげるから止めは貴方達がさしなさい……と言ったモノだ。正直何を言っているのか直ぐには理解出来なかったのだが、次第に言葉の意味を理解し思わず驚愕の眼差しを彼女達に向けた。だって、美味しいところは俺達にくれるという余りにも俺達に有利になる提案だったからな。
しかし、後ろでハウンドドッグ達が今にも攻撃を仕掛けようと威嚇している以上、彼女達の真意を問いただし吟味する時間も無く俺達は決断を迫られる。そして……。
「……分かった。ありがたく、その提案にのらせて貰うとするよ」
「決まりだね。じゃぁそろそろ向こうも我慢の限界みたいだし……頑張らないとね」
「と言っても美佳ちゃん、新人さんの為の足止めって事はアレを使うんだよね?」
「うん、そのつもりだよ。直接攻撃でダメージを与えたら、私達が倒しちゃうかもしれないからね。確実に足止めをするとなると、やっぱりコレまでの実績があるアレが一番だよ」
特に気負う様子も無く、彼女達は急転を繰り返す状況に今一ついて行けず唖然としている俺達の脇を抜け、軽やかな足取りでハウンドドッグ達の前に進み出る。アレが何を指しているのかは分からないが、その足取りから思うに実績豊富な足止め手段があるみたいだ。
そして俺は怯む事無く堂々とした足取りでモンスターの前に進み出る彼女達の背中を羨望の眼差しで眺めながら、無意識の内に拳を握りしめていた。
ハウンドドッグ達の前に進み出た彼女達……会話の中から美佳・沙織と言う名前らしい……は、左手に持っていた槍を構えるでも無く特に緊張したような様子もみせずに対峙していた。その姿は端から見ていると、相手が凶悪なモンスターであると認識しているのか?本当に戦う気があるのか?と疑ってしまう。
だが、そんな心配は直ぐに払拭された。
「「「ヴッ!」」」
「沙織ちゃん」
「うん」
咆哮と共に飛び掛かってきたハウンドドッグ達に対し、彼女達は短く声を掛け合うと直ぐに右の太股に手を伸ばしポーチから何かを取り出しハウンドドッグ達に向ける。
そして飛び掛かってきたハウンドドッグ達の動きを冷静に見極め余裕を持って素早く回避した後、右手に持っていた何か?で攻撃をしかけた。すると……。
「「「ギャンッ!?」」」
「「「「「……えっ?」」」」」
飛び掛かったハウンドドッグ達は頭から地面に着地し、前足で顔を押さえながら悶え苦しむように地面を激しく転がり始めた。い、一体何が……。
緊迫していた状況から一気にコミカルな状況に変化し、その余りに急転直下な光景に俺達は唖然としつつ首を捻る。すると、直ぐ近くからこの状況を作り出した原因達の暢気な声が聞こえてきた。
「やっぱり効果抜群だよね、コレ」
「うん、お兄さん達直伝だもん。上層階に出るようなモンスター相手なら、コレで十分抵抗力を奪えるって言ってたしね」
先程はハウンドドッグの攻撃に意識を持っていかれ、ハッキリと見えなかった手に持った何か、その正体が分かった。アレとは拳銃型の小型水鉄砲だ、昔夏休みに友達と公園で打ち合ったヤツに似ている。
……本当にアレでハウンドドッグを倒したのか?
「さて貴方達、下準備は整えてあげたわよ。ハウンドドッグ達が復帰する前に、手早くトドメを刺して。今日が初めてのダンジョンなら一人一撃入れておけばレベルアップする筈だから」
「行動不能にはしましたけど、反撃してくる可能性はあるのでクレグレも気は抜かないで下さいね」
「あっ、ありがとう……」
彼女達の余りにもアッサリとした物言いに、俺は間の抜けた表情を浮かべながら気の抜けた返事を返す。さっきまで俺達が感じていた絶望感って、一体何だったんだろうな……。
胸の奥から湧き出しそうになる、納得がいかない、腑に落ちないと言った感情を抑えつつ、とりあえず目の前に迫った危険が去った事に安堵しつつ、俺と同じく呆気に取られた表情を浮かべる仲間達に声を掛ける。
「ふぅ……達治、英俊、大丈夫か?」
「あっ、ああ、大丈夫だ。でも達治が……」
「だ、大丈夫だ。少し痛いが、肩を貸して貰えれば歩ける」
落とし穴から出ようとしている達治と英俊に手を貸しながら、俺は二人の状態を確認する。痛そうに顔を顰め足を押さえていた達治も、少し時間をおいた事である程度痛みが引いたらしい。ただし、歩けなくは無いようだが、足を痛めているのでこれ以上の探索行動は無理だろう。
まぁどちらにしろ、今回の俺達の探索はココを乗り越えたら終わりだけどな。
「藤乃、忠夫」
「大丈夫よ。それにしても、人は見かけによらないって言うけど……」
「どうやったら、一撃で行動不能とかに出来るんだよ……」
藤乃と忠夫は唖然とした表情を浮かべたまま、視線を悶える動きが鈍くなってきたハウンドドッグ達と彼女達の間を行き来させていた。まぁ、その気持ちは俺も理解出来る。力不足かも?とか思った俺、どんだけ節穴なんだよ。
まぁそれにしても、ここまでお膳立てされた以上やるしか無いか。
「とりあえず達治は一撃入れてくれ、英俊・藤乃サポート頼むな。俺と忠夫は個別で止めをさすぞ」
「「「「おう(ええ)」」」」
と言うわけで上手く動けない達治にサポートを二人付けつつ、俺達は武器を手にか細い悲鳴のような唸り声を上げながら蹲るハウンドドッグ達に近付いていく。
因みに俺達がダンジョン探索の為に準備した武器は、滑り止めテープを巻いたナタとガスパイプだ。本当はチャンとした武器をダンジョン協会のショップで買おうと思っていたのだが、年齢制限で購入出来なかったのでネット等の意見を参考に調べコレになった。まぁ当初考えていた武器購入予算より、安く購入出来たのは幸いだったけどな。
「……」
構え倒れ伏すハウンドドッグを前にし俺は、ガスパイプを持つ両手が震えている事に気付く。既に頭に狙いを定め振り上げているので、後は振り落とすだけで倒せる。だが、そのたった一動作が出来ないのだ。俺は浅い呼吸を繰り返し、開ききった目で倒れ伏すハウンドドッグを見つめる。
そして暫く沈黙した後、俺は意を決し目を瞑りながら振り上げたガスパイプを力一杯振り下ろした。
「……すまない」
俺は無意識に、謝罪の言葉を口にする。何かを砕き叩き潰した感触が、鉄パイプを通し俺の両手に伝わってきた。強烈な鉄臭も漂ってき、思わず喉の奥から込み上げてくるモノを感じたが気合いで飲みこむ。気のせいかもしれないが、靴の下に何か液体が入り込んだ感触を感じた。
そしてユックリ閉じていた目を開け、自分が上げていた手を振り下ろした結果を確認する。
「……っ!」
ガスパイプを振り下ろした先には、頭を砕かれ血を流し絶命しているであろうハウンドドッグの姿が横たわっていた。それはまかり間違えず、俺が自分で起こした行動の結果である。
そしてその姿を見た俺は、今度こそ腹の底から酸っぱいモノが込み上げてくる感触を覚え……我慢しきれなかった。
「ヴォェッ!」
周りの目も気にせず吐いてしまった俺は、荒い呼吸を繰り返しながら口を右手の甲で拭った。振り下ろす前以上にガスパイプを握った左手が震え、膝が震える足で数歩後ずさる。
これ……俺がやったんだ。
「……」
口を手の甲で押さえながら無言で血塗れのハウンドドッグを見ていると、死体が輝きだし光の粒子に分解されていく。暫く見つめていると、ハウンドドッグは消え倒れていた場所に一本の瓶が転がっていた。
多分アレが、ドロップアイテムというヤツなのだろう。だが俺はソレを、すぐに喜び手に取ると言う事が出来なかった。足が竦み動けなかったのだ。
「「「「「……」」」」」
だがどうやらソレは、俺だけに限った事では無かったようだ。達治も英俊も藤乃も忠夫も多少の違いはあるものの、皆優れない表情を浮かべながら自分が倒したハウンドドッグが倒れていた場所を無言で見つめていた。
コレがダンジョン探索、コレがモンスターと戦う探索者か……。
何とか難局は乗り越えましたが、探索者とやっていけるかどうかの第一試練ですね。




