幕間 四拾参話 夏休みデビューは至難の業 その3
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
俺の提案は意見の相違により若干揉めたモノの、先立つものが得られなければジリ貧だという現実もあり、最終的には皆で3階層以降へと降りる事を決めた。
何、今まで何も無かったんだし少し深く潜るくらい大丈夫だろう。
「よし、じゃぁ行こうか?」
「「「「おう(ええ)」」」」
と言うわけで、3階層の階段前広場を出て、4階層へと向かおうとする、ベテランぽい探索者達の移動の流れに乗った。1、2階層で流れに乗っていた探索者達には、俺達と同じような、今日が初めてと言った、初心者が多く混じっていたが、3階層の流れにも成ってくると、全くの初心者と言った感じの者の数は、大分減っている。多分、多くの新人パーティーは人の多さにウンザリとして諦めて帰ったのだろう。全く、余裕がある連中は羨ましいよな、コッチは少なくとも交通費は稼がないと詰むって言うのに……。
そして俺達は暫く流れに乗って移動した後、念の為に3階層も見て回る事にした。ココでモンスターと遭遇出来れば、4階層に降りずにすむからな。だが……。
「いないな」
「ああ、いないな。……と言うか、ココでも状況は変わらないな」
多少人口密度は減ったかな?と思う程度で、3階層でも上と状況は然程変わらずモンスターの姿は影も形も見えない。
その上、俺達と同じく傷一つ無いピカピカの装備を身に着けた探索者の数は減っているが、何度か修羅場を潜ったと思わしき雰囲気を身に纏う先輩初心者パーティーが目を光らせている。口では何も言わないが、まるでココは俺達の縄張りなんだから余所者は出て行けとでも言いたげな眼差しだ。
「「「「「……」」」」」
突き刺すような牽制の視線で、中々に長居しづらい空間である。階層にいる人が多いせいでモンスターと遭遇する機会が得られずイライラがつのる視線に共感しつつ、俺達はその場を後にし4階層へ向かう探索者達の流れに戻った。もちろん他の分かれ道で流れから離れ探索してみたが、どこもかしこも同じ状況だ。むしろ全くの初心者が減っている分、縄張り意識が強くなっている。
出現するモンスターの数が限られている以上、皆で仲良く分け合って……とはいかないだろうからな。
「結局、この階層でもモンスターと遭遇する事が出来なかったな……」
「そもそも、あんな視線の中でモンスター捜しなんて出来ないわよ。だいたい、何よアレ? 余所者が出しゃばって来るなー、って視線!」
「まぁまぁ、それだけあの人達もモンスター捜しに必死だったんだろうさ。とは言え、あの雰囲気はどうなんだろ?とは思うけどさ」
手こそ出してこなかったが、目は雄弁に語るといった感じだ。特に、高確率でモンスターが出現すると思わしきエリアは、殺伐とした雰囲気が漂っていた。
「だからと言って、見るからに初心者を威嚇して良い訳ないじゃ無い。それに一応、ダンジョンも公共の場なのよ? 自分勝手な主張でダンジョンの一角を、縄張りとして専有して良いってモノじゃ無いでしょ?」
「本当はそうなんだろうけど、ダンジョンがこんな状況じゃね。高確率でモンスターが現れる場所を、自分達のパーティーで確保しておこうって気持ちは分からない訳でも無いしさ」
藤乃の主張は間違っていないが、常に正論が通るというわけでも無い。特にダンジョンの中では明言こそされていないが、弱肉強食にも似た風潮が漂っているように感じる。流れに乗ってもっと下の階層を目指す探索者パーティーの多くからはその手の蔑み侮る様な視線は感じないが、1、2、3階層であった先輩新人探索者パーティーからよく向けられたからな。
そして、先輩探索者パーティーに憤る藤乃をなだめつつ、俺達は遂に4階層の階段前広場に到着した。
俺達は4階層の階段前広場で休憩をとりながら、探索前の最終確認をしていた。
「じゃぁコレから4階層の探索を始めるけど、みんな十分に気を付けて」
「ああ。ネットで調べた感じだと、この階層からはトラップも仕掛けられて居るみたいだしな」
「今までのように何の気なしに歩いてたら、引っ掛かるだろうね」
「やっぱり私、一度もモンスターと戦わないままここまで潜るのは早いと思うわ……」
「大丈夫だって。だいたいトラップと言っても、資格取得試験の時に経験したモノよりは簡単なんだろ? よく見てから進めば、大丈夫だって!」
4階層に降りる事に一番消極的だった藤乃が、不安げな表情を浮かべ考え直さないかと小さな声で口にする。だが実際に降りてきたと言う事もあり、藤乃を除く皆の意気込みに押されるように流されるように押し黙った。
そして俺達は十分に休憩を取った後、遂に4階層へと足を踏み出した。まぁ最初は、移動の流れに乗ってだけどな。
「……何か、余り変わらないな」
「そうだな」
ここからが本当の本番だと意気込んでいたのだが、探索者達の流れに乗って移動する分には今までの階層と余り変わらない。ときおり前を歩くパーティーが歩く場所を通路の中央部から左右に移動する場面があったので、種類までは分からないが恐らくあの場所に何かしらのトラップが仕掛けられていたのだろう。後になってよくよく見てみると、地面の一部が若干質感や色が周りと違っている箇所があったからな。この薄暗く見えづらい中で、良く瞬時に見分けられるなと感心する。
だが、今は移動の流れに乗っているから他のパーティーの動きで簡単に気付けるけど、俺達だけで単独行動するときはもっと注意深く動かないとマズイな。そして……。
「良し、あの分岐で流れから外れて別の道に行こう」
「おう、いよいよだな」
「意外と床とトラップの差異が見えづらいし、ユックリ進もう」
「……本当に気を付けて進んでよね」
「大丈夫大丈夫、トラップがあるって最初っから分かってんだから早々引っ掛かったりしないって」
未だ不安げな藤乃に対し、忠夫は根拠の無い自信に胸を張る。
そして俺達は移動の流れからハズレ、曲がる者が誰も居ない道へ進む。暫く進むと上の階層と比べ、4階層の状況が見えてきた。
「人に会う間隔が、少し広くなってきたな」
「ああ、上に比べたら明らかに人の数が減ったよな」
「とは言っても、それなりの数は居るけどな。でも、コレなら……」
「上の階層に比べたら、モンスターと遭遇出来る可能性はだいぶ上がったわね。って忠夫、下!?」
「ん? うおっと!?」
上の階層と4階層を比べ人口密度の低さについて話しながら歩いていると、足下の注意が疎かになっていた忠夫が危うく床の変質箇所……トラップのスイッチを踏み抜きそうになっていた。
おいおい、大丈夫だろうって言っていた本人が、最初に踏み抜こうとするなよ。
「何やってんだよ、忠夫! 上の階層と違ってトラップが仕掛けられてるって分かってるだろ、足下の注意を怠るなよ」
「悪い悪い、会話に夢中になってた」
注意不足でトラップを発動させ掛けたというのに、軽い調子で謝罪する忠夫の態度に俺は思わずムッときて口にする言葉が思わず強くなる。
「悪い悪いって……どんなトラップが仕掛けられてるか分からないんだ、もしかしたら一発でパーティーが全滅する系のトラップだってあるかもしれないんだぞ!」
「ああ、だから悪いって言ってるだろ! コレからはもっと注意するって!」
「! おい忠夫、何だその言い草……!」
忠夫の態度に俺は思わず激高しかけたが、拙い空気を察した達治と英俊が間に割って入り止めに掛かった。
「おおっと、ストップ! そこまでだ春樹、それ以上はココを出てからにしろ」
「忠夫もだ。悪いと思ってるなら、次はトラップに引っ掛かりそうにならないように気を付けろよ」
「「……」」
「二人とも?」
「「ああ」」
俺と忠夫は互いに不機嫌さを隠そうともせず、短い返事を口にしつつ顔ごと視線を逸らしあう。本来なら大したことでは無いのだが、探索が上手くいかない事でイライラが募っていたのか、小さな出来事が切っ掛けで不満が噴出してしまった形だ。仲裁して貰ったお陰で事は大きくならなかったのだが、俺と忠夫は互いに気拙い感じになってしまった。
小さくも大きな出来事がおきつつ、幾つかのトラップを回避しながら通路を進んでいくと不意に他の探索者パーティーが近くに居ないという空間が出来た。
「……妙に静かだな」
「近くに、他のパーティーが居ないからだな。ここに来て、初めてじゃ無いか?」
今までダンジョン内では目の届く範囲に他のパーティーが近くに居る状況が続いていたので、周りに誰も居ないとなると急に不安感が大きくなってきた。無音で妙に静かな空間、夜道を彷彿とさせる薄暗い照明、無風で澱んでいるように感じる空気……改めて周りを見てみると何とも言えない不安を誘う空間が広がっている事に気付く。
……そうだ俺達、ダンジョンにいるんだよな。
「「「「「……」」」」」
周りに自分のパーティー以外に誰も居ないと言う状況を実感し、改めて自分達がモンスターが跳梁跋扈し危険なトラップが張り巡らされているダンジョンに居る事に気付いた。すると今まで気分が高揚していた為に、無視出来ていたモノが次々に吹き出してくる。
そう、不安や恐怖といった感情が。
「な、なぁ? 今更だけど、大丈夫だよな俺達?」
「い、今更なに言ってんだよ。大丈夫、の筈だ……」
「そ、そうだよ! 装備品だってちゃんと揃えてるし、無事にここまで降りてこられてるのがその証明じゃ無いか……」
「ねぇ、今更だけど何かある前に上の階層に戻りましょ? やっぱり私達には、ココはまだ早いわ」
「……」
1度漏れ出した不安という濁流によって、次々に新たな不安が連想される。みんな不安気な表情を浮かべ、心細げな口調で現状に対する不安を口にし、落ち着きを無くしたように挙動不審げにソワソワとしだした。
自分達しかこの場にはいない、その状況になって漸く自分達が初めてのダンジョン探索で深入りしている事に本当の意味で気付いたのだ。
「「「「「……」」」」」
「なぁ、なぁ皆? ちょっと提案なんだけど……」
俺は不安気な表情を浮かべたまま、少し上擦ったような声で皆に撤退を進言しようとする。
だが、それは時既に遅し……手遅れだった。
「!? な、何だ!?」
皆に撤退を提案しようと口を開いた途端、薄暗い通路の先が薄らと光り何かが現れた気配を感じた。普段の生活で気配を感じたなどと言っても軽く流す程度の戯れ言であるが、今この場に於いては間違いなく気配と言えるモノを確かに感じとったのだ。
明確に俺達に対して敵意を向けてくる、何かの存在の出現を。
「「「「「……」」」」」
全員何かの気配を感じ取ったのか、無言で通路の先を睨み無意識に生唾を飲み込んでいた。各々武器を持った手に力を入れ、及び腰になりながらも体を何かが居る通路に向ける。
武器を構えるでもなく、陣形を組むでも無く、ベテラン探索者から見れば到底戦闘態勢と言えるモノでは無いが、自分達が出来る精一杯の出迎えの準備を整える。
「な、なぁ? もしかしてコレって、出たのかな?」
「あ、ああ。ヒョッとすると、ヒョッとするかもな……」
「か、かもしれないな。何か知らないけど、向こうから背筋がゾクゾクするモノを感じる」
「……ね、ねぇ? こ、コレからどうするのよ」
「どうするって……戦うか、逃げるしかないだろうな」
1度テンションが下がってしまったと言う事もあり、俺達は漸く巡り会ったモンスターとの戦闘という状況に混乱しテンパってしまっていた。これが30分前であれば、勢いに任せ意気揚々と戦っていたのだろう。だが、戦闘より撤退をと意識してしまった瞬間での遭遇……タイミングが悪い。
俺達は互いに目配せをし、そして結論を出す。
「撤退しよう。やっぱり俺達、先走りしすぎてる」
「そ、そうだな。先ずは時間が掛かっても、上の階で経験を積むべきだよな」
「あ、ああ、その通りだな。俺達には、この階層はまだ時期尚早だったんだよ」
「そ、それなら早く引き上げましょう。今なら少し通路を戻れば、他の探索者パーティーが近くに居るはずよ」
「折角遭遇したモンスターを、他のパーティーに取られるのは残念だけどな」
俺達は、体を何かが居る通路の方に向けたまま、ジリジリと後退しながら、何かが行動に移る前に撤退を始める。だが、結果としては、この後退は失敗だった。何が失敗だったかって? モンスターと遭遇し、テンパって視野狭窄になった素人が、後ろ歩きでトラップが仕掛けられている通路を、移動したのだ。
結果は……言わなくても分かるだろ?
「「うわっ!?」」
「!? 達治! 英俊!」
後ろ歩きで移動したせいで、地面に設置されたトラップのスイッチを気付かず踏んだ事によって作動した落とし穴に、達治と英二の二人が落下したのだ。
「っ!?」
「!? お、おい達治!? くそ……足を捻ったのか」
「無事か、達治、英俊!? 無事なら早く穴から出てこい」
「悪い、達治が足を捻挫したらしい。直ぐに出るのは難しい」
幸い落とし穴は1メートル程と浅く、中にも追撃のトラップこそ仕掛けられていなかったが、落下の影響で達治が足首を押さえ苦悶の声を上げていた。
しかも事態は悪化を続け……。
「春樹、モンスターが3体も出た……!」
「クソ! よりにもよってかよ!」
「おいおい、どうすんだよコレ!? いきなりこんな数のモンスターを相手に立ち回れるか! しかも、達治が怪我をしてるんじゃ撤退も出来ないし……」
姿を現したモンスターは、ハウンドドッグ。素早い動きで探索者に近づき。牙や爪で攻撃してくるモンスターだと講習で習った。よりにもよって足の速いモンスターが出てくるなんて、しかも3体も!? 落とし穴に落ちた達治と英俊を助け出したいが、目の前に迫るモンスターの存在も無視出来ない。想定外の事態の連続で、俺達はいよいよ追い詰められてしまった。
進退窮まったと言える状況に、俺は必死に頭を動かし打開策を練る。その結果、一つの打開策が頭を過ぎり直ぐに実行した。
「どうすれば……そうだ! 誰か助けて下さい!」
「は、春樹!? いきなりどうしたのよ!?」
モンスターが目の前に居る状況で突然、助けを求める大声を出した俺に藤乃は驚愕と困惑の表情を浮かべていた。
「俺達の手に負えない以上、助けを求めるしか無いだろ! 声が聞こえれば、近くにいる探索者パーティーが駆けつけてくれるはずだ!」
「! そ、そうね。アレだけ居たんだから、声が聞こえれば近くに居るパーティーが助けてくれるかもしれないわね」
「そう言う事だ! 誰か助けて下さい!」
俺は一縷の望みを掛け、再度大声で助けを求めた。
だが、助けを求めたからと言って、即座に助けが来てくれるわけでも無い。目の前に迫っていたハウンドドッグ達も最初の大声は戸惑い動きを止めていたが、再度の大声に痺れを切らせたらしく唸り声を上げ俺達を威嚇してきた。そして……。
「くそ!忠夫、藤乃! 助けが来るまで時間を稼ぐぞ!」
「っ! ええ、こうなったらやってやるわよ!」
「ああ、もう! こうなったらヤケだ! 来い、俺がヤッツケてやる!」
モンスターの殺気で震える手と足をなけなしの意地で抑え込み、俺達3人は襲い掛かってくるモンスターと対峙する。
そしていよいよ、今まさに飛び掛かって襲ってくるといった瞬間、キラリと光る細長い何かが飛来しハウンドドッグ達が苦悶の悲鳴を上げた。
「「「ギャン!?」」」
「「「……えっ?」」」
「えっと、さっき助けを求めたのは貴方達で良いんだよね?」
「大丈夫ですか?」
時間を稼ごうと決死の覚悟を決めた俺達の前に現れたのは、若干困惑と呆れた様な表情を浮かべた槍を持った二人組の女の子だった。
無理と思ったら、迷わず助けを求める。……簡単なことのようで、何だかんだ難しいんですよね。




