幕間 四拾弐話 夏休みデビューは至難の業 その2
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
入場待ちの列に並ぶ事30分近く、漸く俺達の順番が回ってきた。ただダンジョンに入るだけでこの混雑具合……中は大丈夫なんだろうか? モンスターと戦うのにも順番待ちするなんて事、無いよな?
そして俺達は入場ゲートの傍に控える男性係員さんの指示に従い、真新しい探索者カードを読み取り機にかざす。何か、駅の改札機みたいだよなコレ。
「ん? えっと、君達は今日が初挑戦の新人さんかな?」
「えっ、ああっ、はい」
探索者カードの読み取り内容をモニターで確認していた係員さんが、俺達が初挑戦であると言う事に気付き、少し心配げな表情を浮かべながら話し掛けてきた。
俺達の前に通過した人達には簡単な挨拶程度のやりとりしかしてなかったのに……何だろう?
「そっか……余計なお世話だと思うけど、一言言わせてもらっておくよ」
「……何ですか?」
「学生さんが夏休み期間に入ってから、多くの新人さんがココに押し寄せてね。その影響で、内部もかなり混雑しているんだ」
「ああ、やっぱりそういう事になってますか……」
若干申し訳なさげな表情を浮かべる係員さんの話を聞き、俺達は入場待ちの列の長さとダンジョン内部に入っている人数を考え顔を顰める。
すると係員さんは目を細めながら表情を引き締め、少し堅い口調で言葉を続ける。
「だから、モンスターと中々遭遇出来ないって状況が多々起きている。だけど、決して無理はしないでくれ。新人さんに良くある事なんだが、モンスターと遭遇出来ないからと下の階層に降りて、怪我を負うというケースが最近よく起きている」
「えっと……」
係員さんの忠告に、俺達は微妙な表情を浮かべる。モンスターと戦う為にダンジョンに来たのに、今のダンジョンではモンスターとは遭遇出来づらいと宣言された上、新人は下の階層には降りるなと……そんなご無体な事を言わないで下さいよ。
そんな俺達の表情から心情を察した係員さんは、表情を崩し自身の言葉の無力さを自覚しているような不器用な笑みを浮かべる。
「だが、あくまでもコレは俺からの個人的な忠告だ、君達が唯々諾々と従う義務も義理も無い。だけど、頭の片隅にでも残して置いてくれると嬉しいかな」
「……えっと、ご忠告ありがとうございます?」
「ははっ、まぁ頑張ってくれ。健闘と無事の帰還を祈っているよ」
そう言って小さく手を振る、男性係員さんに見送られながら、俺達は入場ゲートを通過し、ダンジョンの入り口前まで足を進めた。それにしても、いくら俺達が、ダンジョン初挑戦の新人だからと言って、係員さんが態々忠告してくれたって事は、内部はそうとう混雑しているみたいだな。
はぁ、ダンジョンに入る前から何だか気が重い。
ダンジョンの中に一歩足を踏み入れた時に先ず思った事は、何で中に入っても行列が続いているんだよ!?である。ココ、本当にダンジョンか? 実はどこぞのテーマパークで、俺達は今アトラクション待ちの列に並んでいる……って事本当に無いよな?
「なぁ、何か想像していたのと違わなくないか? 入る前と余り状況が変わってないぞ?」
「そうだな。今の所、全然ダンジョンの中って感じはしないな」
「ダンジョンに入ったら直ぐにでもモンスターが襲ってくる、ってイメージを持ってたんだけど……コレじゃなぁ」
「前を見ても後ろを見ても、探索者パーティーしか居ないものね。ホント、モンスターってどこに居るのよ?」
「歩けど歩けど、先に見えるは探索者の背中ってか?」
俺達は想像していたモノと違うなという違和感と脱力感を抱きながら、前のパーティーの背中を追うように列の一部として特に緊張する事も無く足を進めて行く。
そして暫く列の流れに乗って道を進んで行くと通路の先が二股に分かれており、列に並ぶ探索者パーティーの大部分が右側の通路に流れていくのが見えた。パッと見、年季が入った装備や古強者的風貌の探索者パーティーが右側に進み、真新しい装備を身に着けた初々しいパーティーが左側に進んでいるようだ。
「うーん、どうする? 流れに乗って右側の通路に行くか、同輩らしきパーティーにならって左の通路に行くか……」
「どうするって……このまま流れに乗っていても、モンスターと遭遇しなさそうだしな」
「とは言っても先に別のパーティーが進んでいるって事は、仮にモンスターと遭遇したとしても先行するパーティーに戦闘の優先権があるからな……」
「後を追うように進んでも、実際にはモンスターと戦う機会は無いって事よね……」
「となると、他のパーティーが進んで居ない道にいかないと俺達がモンスターと戦うチャンスはないな。……もう少し先に進んで、様子を見て流れから外れよう」
俺達はもう暫く流れに乗って歩き続けなければならないと結論を出し、小さく溜息を吐き疲れた表情を浮かべた後、達観したような眼差しで前を進む探索者パーティーの背中を眺めた。係員さんが言ってた、モンスターと遭遇しないってこういう事かと。
そして流れに乗ったまま通路を曲がり角を5つほど進んだ後、漸く見える範囲で先に角を曲がるパーティーが居なくなった。危うくこのまま流れから離れられず、下の階層まで進まないといけないかと思ったよ。
「良し、ココで列の流れから離れて先に進もう。皆、それで良いよね?」
「「「「おう(ええ)」」」」
と言うわけで、俺達のパーティーは探索者達の列から離れ角を曲がった。
さぁて、コレからが俺達の本格的なダンジョン探索の開始だ!
探索者達が作る大きな流れを離れ、いざ探索スタートと意気込んだまでは良かった、良かったのだが……。
「……全然いないな、モンスター」
「いないな、これっぽっちも」
「影も形も無いな」
「と言うか、進めど進めど探索者パーティーとしか遭遇しないわ」
「ココのダンジョンにはレアモンスターしかいないのか!?責任者出てこい!って怒鳴り散らしたとしても、誰にも責められない状況だよなホント」
俺達は何時まで経ってもモンスターの一匹とも遭遇出来ず、イライラが募り口々に人目も憚らず愚痴を漏らす。流れから離れた当初は近くに他の探索者パーティーもおらず、直ぐにモンスターと遭遇すると思い気を引き締め直していたのだが、ほんの少しの間を置いてその幻想は砕かれた。
何故かって? 居ないと思っていた探索者パーティーの背中が見えたからだ、それも複数。
「そもそも論で、出現するモンスターに対して探索者の数が多すぎるだろ」
「完全に飽和状態だろうな……」
「この状況じゃ、モンスターもポップした瞬間に狩られてるだろうな」
「逃がしたら、次に何時遭遇出来るか分からないものね。皆必死に成って、袋叩きにしてる筈よ」
「ポップした瞬間に、血眼になった冒険者に襲われるモンスターか……どっちが悪者だって絵面だな」
忠夫が言った情景を思い浮かべ俺は顔を顰めた、確実に探索者側が悪役になる絵面である。
しかし……。
「とは言え、このまま何も成果が無い状態で帰るって訳にもいかないしな」
「そうだな、このままじゃ素寒貧だもんな」
「初期投資のお陰で、お年玉貯金なんかも底をついてるからな全員」
「今回それなりに稼げないと次回の旅費……探索資金も出せないわ」
「夏休み最初で最後の探索か……来月のお小遣い、前借り出来るかな?」
俺達の表情が一様に曇る。世知辛い話だが、お金が無ければ次回の探索も何も無いからな。最低でも今回の探索で全員分の交通費、1万程は稼ぎたい。だがその為にも、モンスターと戦いドロップアイテムを手に入れなければならないのだが……このままじゃドロップアイテムの獲得どころか、モンスターとの遭遇さえ無理っぽいな。
となると、現状他にする方法としては……。
「先……下の階層に移動しないか?」
「……大丈夫なのか、それ?」
「とは言え、今のままじゃどうしようもないってのが現実だしな」
「でも、下の階層に行ったからと言って、モンスターと遭遇出来る可能性は、そう高く無いと思うわ」
「まぁ、人数が上手く分散してくれれば遭遇率も上がるんだろうけど……」
俺達は頭を付き合わせ、コレからの行動方針について話し合う。現状ではモンスターと遭遇し戦闘出来る可能性は少ない。下の階層に進めば状況も変わり遭遇率も上がるかもしれないが、下に潜れば潜るだけ帰路も長くなりリスクも上がる。とは言え、不確かな可能性でも多少無理しないと成果は得られない。
この時、俺達の頭から先輩探索者パーティーの助言や入場ゲートにいた係員さんの忠告は消え去っていた。後になって思えば、何故せっかくの忠告を軽視し無視してしまったのかと反省し後悔している。
そして暫しの話し合いの結果……。
「よし、下の階に行こう」
「まぁ確かにココで幾ら粘っても、一日待って一体のモンスターと戦えるかも?じゃなぁ」
「それも他のパーティーが近くに居なければって条件だけどな」
「横取りはないでしょうけど、どっちが戦うのかって言い争いは起きそうよね」
「文字通り、千載一遇のチャンスだもんな。明らかに優先権が相手にあるのなら素直に譲るんだろうけど、微妙な場合だったら引くに引きづらいだろうからね……」
と言うわけで、少しでもモンスターとの遭遇率を上げる為に俺達は下の階層へ移動する事を決めた。ハッキリ言って、ダンジョン初挑戦の初心者が取るべきではない方針だとは思うが、実際問題としてモンスターと戦えないのではどうしようもない。モンスターと戦わない事には、ドロップアイテムも得られないし探索者としての力、レベルアップも望めない。探索者として成功を収める為にも、大前提としてモンスターとの戦闘は避けられないからな。
無論、自分達でも無茶な方針だとは思っているので、免許取得時の講習で教わったモンスターが単独出現しトラップの無い階層まで、どんなに混雑していても第3階層までしか潜らないと決めた。
「じゃぁ方針も決まった事だし、来た道を引き返して移動の流れに戻ろうか。あの流れに乗ってれば、安全に下の階層に行けるはずだしさ」
「またあの流れに乗って歩くのか……」
「何かアレ、嫌なんだよな……アトラクションの順番待ちの列みたいでさ」
「分かるわ、私も何となく苦手よ。特に途中で列から離れていくパーティーを、力の劣る脱落者として見てくる視線なんかが」
「そんな視線を向けてくるのは、極一部の素行の悪い連中だけなんだろうけどな」
俺も行列を離れるときに感じた視線を思い出し、若干眉を顰め不快な気持ちが湧き上がってくるのを感じた。忠夫の言う様に、あんな視線を向けてくるのはごく一部のモノだという事は理解しているが、不快なものは不快だしな。
とは言え、ダンジョン初心者で内部の地理に不慣れな俺達が確実に下の階層に向かうには、あの流れに乗って進むのが確実だ。我慢するところは我慢しないといけないだろうな。
一抹の希望に縋ったものの、状況は余り変わらなかった。探索者の流れに乗り3階層まで降りてきたのだが、一階層辺りの人口密度という意味で大きな変化は無く、むしろ増えているようにも感じられる。だが、考えてみれば当然の結果とも言えた。夏休みが始まってダンジョンへの入場者が増えたと係員さんが言っていたのは、俺達のような新人探索者が夏休みに急増したという意味だったのだ。
すると当然、新人探索者が狩り場にするのは3階層までの表層階が主になる。増えた人員が同じ狩り場に集中すれば、当然この様な過密状態になるよな。
「はぁ……当てが外れたな」
「そうだな……」
俺達は、3階層の階段前広場で休憩を取りながら、周囲を見渡しつつ、溜息を吐き愚痴を漏らす。流れに乗って、2階層に降りたまでは良かったモノの、2階層も、1階層と変わらぬ、過密具合だったのだ。二股の角を曲がれば、探索者パーティーの背中が見え、三叉路を行けば、探索者パーティーの背中が見える……人の居なさそうな方向に進んでも、その先に見えるのは、探索者の背中なのだ。
ほんと、モンスターとはどこに行けば遭遇出来るんだよ!
「……ん?」
持ち込んだ麦茶で水分補給をしつつ意気消沈しながら愚痴を漏らし合っていると、近くの席で楽しげに話をしている探索者達の噂話が聞こえてきた。
「知ってるか? 最近このダンジョンに現れるようになった槍使いの二人組の噂」
「ああ、確か小柄な女の子のコンビだったか?」
「そう、それ。何でも二人揃って凄腕の槍使いらしくてな? 複数のハウンドドッグをタダの一撃で仕留めて回ってるらしい、それも傷一つ負う事なくな」
「へー、と言う事は、その子達は高レベル探索者なのか? 高レベルの連中なら、出来なくも無い芸当だと思うけど……」
「いや、噂じゃどうも新人らしい。ダンジョンで姿を見かけるようになったのも最近らしいからな、時期的に見て武芸の覚えがある新人だろうってさ」
「それでもう高レベル探索者張りのご活躍か……才能があるヤツってのは羨ましいねぇ。こちとら、表層で日銭を稼ぐのに四苦八苦してるってのに」
皮肉気な響きが込められたその噂話を聞き、俺は胸の中で何かモヤモヤとするモノが湧き上がってくるのを感じた。タダの噂話だ、見知らぬ人の話だと思い言い聞かせるが、胸の中のモヤモヤは何時まで経っても収まらない。むしろ次第に、どす黒く色がつき始めているような気さえする。
そして噂話をしていた探索者達が休憩を終え席を立った後、暫く何かを考え込むように沈黙していた俺は顔を上げ、徒労感と諦念の色を滲ませる表情を浮かべている皆に向かってある提案をする為に口を開く。
「……なぁ皆、もう少し下の階層まで降りてみないか?」
それが嫉妬と慢心から来る勇み足への第一歩だとも考えず。
思うように成果を出せず、無謀な挑戦に出る……失敗への第一歩ですね。




