幕間 四拾壱話 夏休みデビューは至難の業 その1
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去年より更に厳しさを増したように感じる炙るような日差し、立っているだけで額に汗が噴き出してくる湿気を含んだ熱風……いよいよ今年も本格的に夏がきたなと感じる。こんな日はエアコンの効いた部屋で優雅に映画でも……と行きたいのだが、そう言う訳にもいかない。何せ今日は、待ちに待った一大イベントに参加するのだ。ダンジョン探索という名の、一大イベントにな。
高校に入学し、年齢制限と資格試験をようやくクリアした。あとは現地に行くだけだと言うのに……。
「ったく、遅いなアイツ……」
そんな一大イベントを控えた俺、日田春樹はパーティーを組む3人の友人南達治・晴田英俊・貴崎藤乃と一緒に、背中を滴る生温かい汗を感じながら駅構内の日陰で最後の一人が来るのを待っていた。
約束の時間まで後1分も無いって言うのに……遅刻か?
「ああ遅い……と言うか熱い」
「なぁ、先に中に入んないか? こんなとこに居続けたら、ダンジョンに行く前に倒れっちまうよ」
「賛成、このままじゃ汗まみれよ」
皆の口々から思わず愚痴が漏れる。約束の時間の10分前には到着していたので、日陰とは言え夏空の下での10分もの待機は中々にキツいからな。うん、時間が来たら容赦なく中に入ろう。そして何か飲み物を奢らせよう、無論拒否権は無い。
と思っていると約束の時間ぴったりに、背中に大荷物を背負った丸刈りの男が手を振りながら声を掛けてきた。
「おーい、ごめんごめん! お待たせ!」
「「「「遅い」」」」
遅れてきた丸刈りの男、厳島忠夫に皆で非難の突っ込みを入れる。
お前、5分前行動って聞いた事無いのか? こんな倒れそうになる夏空の下に、人を待たせるなよ。
「お前、何やってんだよ! もっと早く来いよ!」
「ええっ? でも、約束の時間には間に合ったぞ?」
「ギリギリだっただろが! もう少し遅かったら、お前を置いて先に行こうかってコッチは話してたんだぞ?」
「それ、酷くない? コッチは時間通りに来ただろう!」
暑さで気が立っていた俺は遅刻?を悪びれない忠夫とでは待ち合わせに対する認識の違いで意見が合わず、駅の構内で堂々巡りの言い合いを始めた。だが、流石に公共の場で大声で言い争うのは拙いと思ったのか、達治と英俊が止めに割って入り藤乃の提案で周りからの非難の視線を浴びつつホームへ移動する。移動中は忠夫との間に気拙い雰囲気が流れたが、達治と英俊に説得され互いに謝罪し取り敢えず互いに矛を収めた。
「はいはい二人とも、喧嘩はそこまでよ。それより今日の事について話しましょう」
「そうだな、過ぎた事で何時までも口論していても仕方が無い。未来の事について話し合う方が建設的だな」
「賛成。何せ初めてのダンジョン探索なんだからな、事前に打ち合わせしとく事は沢山あるぞ」
「「……ああ」」
俺と忠夫は、不承不承と言った感じで、電車が来るまで皆と、ダンジョン探索についての話し合いに、参加する。とは言え、皆が言うように、ちゃんとやっておかないと危ないからな。
電車とバスを乗り継ぎ、ダンジョンの近場の停留所まで来ると辺りの雰囲気が一変した。独特の緊張感が漂うその周辺には、筋骨隆々と言った感じに体を鍛えあげた人や眼光鋭く辺りを警戒する人、薄っぺらな笑顔を浮かべた妙に陽気な人に自信に満ちあふれ肩で風を切るように歩く人等々、様々な人間模様が広がり混沌としている。
初めてダンジョンにきた俺達としては、思わず恐縮し身を竦めてしまう様な異質な雰囲気漂う場所だった。
「こ、この先にダンジョンが……」
思わず俺の口からそんな弱気な言葉が漏れる。だが皆も口に出してこそ無いが、各々が浮かべる表情から緊張で場の雰囲気に飲まれ掛けている事が伝わってきた。つい先程まで高揚感に満ちていた心に、いきなり冷や水が浴びせられた気分だ。俺達……大丈夫だよな?と。
そして暫しの間思考停止しその場に佇んでいた俺達は、近くを通りかかった俺達の様子を心配した大学生パーティーの人達に声を掛けられ再起動を果たす。
「君達、大丈夫かい?」
「えっ、あっ、はい! 大丈夫です!」
優しげな笑みを浮かべながら心配してくれる言葉に、俺は無意識に胸に溜まっていた緊張を溜息と共に吐き出す。
そして、冷えた頭で、改めて声を掛けてくれたパーティーの姿を直視すると、相手は男3女2の混合パーティーだった。この独特の雰囲気が漂う場所でも、余分な緊張もなく、余裕を持った古強者とでも言う様な、雰囲気を身に纏っている所を見ると、おそらく、ダンジョン探索の経験が豊富なパーティーなのだろう。
「そうかい? でも大分緊張しているようだけど、調子が悪いようなら無理にダンジョンには入らない方が良いよ」
「あっ、いえ、ご心配して頂きありがとうございます。でも、大丈夫です。折角の初ダンジョン探索を、いきなり止めるってのもアレですし……」
「ん? 君達、ダンジョン探索は初めてなのかい?」
「はい、夏休みに入って直ぐ資格を取ったので、今日が初めてです」
「そっか、今日が初めてじゃぁココの雰囲気に飲まれるのも仕方ないか……」
初めてのダンジョン探索と聞き、大学生パーティーのリーダーらしき男性は俺達の顔を一瞥し納得したかのように首を何度か縦に振る。まぁ普通の探索者パーティーなら、こんな所で立ちすくんで居ないだろうからな。
「じゃぁ先達としてお節介を焼いておこうかな? 今回が初めてのダンジョン探索なら、今回はモンスターと戦う事よりダンジョンの雰囲気に慣れる事を目的にした方が良い。1階層で遭遇するモンスターは落ち着いて対処すれば初心者でも倒せるけど、場の雰囲気に慣れないうちに無理をすると怪我をするからね」
「はっ、はぁ……」
「とは言え、探索方針は君達の自由だ。お節介焼きの戯れ言とでも思って、頭の片隅にでも入れておいてくれ。じゃぁもう大丈夫そうだし、俺達は行くね」
「あ、ありがとうございました……」
そう言って、軽く手を振りながら大学生パーティーは俺達から離れていく。
そして名前も知らない彼等が去った後、俺達は暫し顔を見合わせタイミングを合わせたかのように一斉に溜息を吐いた。
「はぁ、こんなんでやっていけるのかな俺達」
「まっ、まぁ初めては誰にでもあるんだし、頑張ろう」
「そ、そうだよ。まだまだコレからだって」
「そうよ。それに折角ここまで準備してきたんだし、一歩も入らず帰るなんてあり得ないわ!」
「そ、そうだな。せめて投資分は回収しないと、今後の財布が……」
「「「「……そうだった」」」」
忠夫の呟きで自分達の懐事情を思い出し、弱気になり萎縮し沈んでいた雰囲気がやるしかないといった雰囲気に変わった。今回のダンジョン探索……探索者になる為に小遣いの前借りや今まで貯めていた貯金を全部放出したからな、アイテムを回収して幾ばくかの収入を得ないと。
俺達は自分の頬を叩き気合いを入れ直し、足を止めていた停留所からダンジョンへと動き出した。
ダンジョンへ到着すると、周辺には場慣れした探索者パーティーの他に、俺達と同じように、初心者パーティーが居心地悪げに、ダンジョン入場手続き受付の順番待ちの列に、並んでいた。
パッと見た感じ列に並んでいるパーティーの3分の1が初めて、もしくは数回の初心者のようだ。
「……とりあえず並ぼうか」
「そうだな」
と言うわけで受付の列に俺達も並んだのだが、列が一つ進む度に段々と頭の片隅に封じ忘れていた緊張が蘇ってくる。知らず知らずのうちに生唾を飲む回数が増えているのに唇は乾き、次第に周りの音が遠ざかり自分の心音が耳にいたいほど聞こえてきた。
そして永遠に近いような時間が経ったと思った頃、眼前の順番待ちの列は消え俺達の受付順が回ってくる。次の方どうぞ、と。
「「「「「お、御願いします」」」」」
「はい、お預かりします」
汚れ一つ無い真新しい探索者カードを受付係の人に差し出し、緊張した面持ちで手続きが終わるのを待つ。受付係の人は淡々と事務手続きを行っていくが、それを見守る俺達はキータッチ音の一つ一つがカウントダウンに聞こえて仕方が無い。何のカウントダウンかは知らないけどな。
そして長いようで短い待ち時間を経て、手続きが終り更衣室のロッカーのカギと探索者カードが返却された。
「コレで利用手続きは終了です。それと照会させて頂いたところ、皆様ダンジョンの御利用が初めてとの事ですが、初心者向け講習会の受講は御希望ですか?」
「……講習会、ですか?」
「はい。探索者を始めたばかりの方向けに案内している、協会主催の初心者向けの講習会です。協会所属の探索者の方が講師を務め、基本的なダンジョン内での戦い方や動き方等をお教えしています」
「そうですか……」
受付係の人の話を聞き、俺達は顔を見合わせ目線で確認を取る。一応免許取得時の座学で初心者講習の存在自体はしっていたが、受ける必要性については疑問があった。正直、受けるにしても1度ダンジョンでレベルアップをしてからかな……と。だって、探索者初心者向けの講習だろ?レベルアップしてない素人が受けてもな。
そんな事を思って結論を出せないままでいると、後ろから背筋が寒くなるようなプレッシャーを感じた。驚き慌てて背後を振り返ると……。
「「「「……」」」」
苛立ち無言の圧力を放ってくる、順番待ちをしている探索者パーティーの方々の姿が……。
や、やばい。急いで結論を出さないと……!?
「ええっ、その講習って今回でなくても受けられますか?」
「はい。講習自体は毎日開かれていますので、参加者の枠が空いていればご希望される日に申し込んでいただければ大丈夫です」
「そ、そうですか! じゃ、じゃぁ今回は見送りってことでお願いします!」
ここでお願いしますと言えば、更に事務手続きが増えて待ち時間が長引く……後ろからさらにプレッシャーが!? と言う訳で、いつでも受けられるなら今回はパスしよう。
「はい。では、手続きはこれですべて終了です。お気をつけて」
「はい、ありがとうございます!」
手続きが終了した俺達は、受付係の人に軽く会釈してから急いでその場を離れた。だって、早くどけって視線が痛いほど背中に突き刺さってくるんだもん。
はぁ、でもとりあえずコレでダンジョンに入れる……頑張ろう。
逃げ込むように更衣室に入った俺達は若干手間取りつつ、ダンジョン突入装備に着替えをすませる。ただ、購入時の試着と家での試着でしか着ていないので、互いの装備品に不備がないか確認するのに時間がかかった。特に忠雄の奴が、妙な道具をアレコレと沢山持ってきていたので面倒だったよ。
そして思っていた以上に時間をかけた後、更衣室を出るとそこにはお怒りの表情を浮かべ仁王立ちしている藤乃の姿があった。
「……遅い!」
「ごめん! 装備の確認に思ったより時間がかかった」
「そんなの来る前に確認しておきなさいよ、20分は待ったわよ!」
と、初めての場所で居心地悪げに一人待たされた藤乃の怒りを宥めるのに、更に時間がかかった。とはいえ、これは全面的に俺達が悪いので、平謝りするしかない。特に遅れた原因の忠雄が。それなのに、コイツときたら他人事のように……。
そして運動スペースで体操やストレッチなどの事前準備を終えた後、俺達はダンジョン入場ゲートの列に並んだ。
「……長い行列だな、おい」
「まぁ夏休み期間中だからな、俺達のような新規の学生探索者が増えて混雑してるんだろうさ」
入口ゲートまで続く、物騒なものを抱えた人の列が何重にもつづら折りになっている。ここがダンジョンという特殊な場所でなければ、集団暴徒による討ち入りか!?と思いたくなる光景だ。
しかも皆、モンスターとの戦いを前に殺気立ってるか、静かに周囲を警戒する重苦しい威圧感を醸し出してるし……。
「……早く先に進んでくれないかな」
「……そうだな」
初心者にはただ列に並んでいるだけで気力体力が吸われていくような場所だなと思いながら、俺達は遠い眼差しを遥か彼方の入口ゲートに向けた。ホント、いつかコレに慣れる日が来るのかな?
そして待ち時間の暇つぶしにと遠い目で長蛇の列を眺めていると、今まさに入口ゲートを潜ろうとしている同年代と思われる2人組の女の子に視線が止まった。何と言うか、妙に視線を集める子達だ。
「あんな子も、ダンジョンに潜っているんだ……」
槍を持った小柄な少女達で、パーティーメンバーである藤乃より華奢に見える。とは言え悲壮感や緊張感を感じさせない雰囲気を纏い、たった二人でダンジョンに挑んでいると言う事は全くの初心者と言う訳ではないのだろう。うん。あんな子達でも探索者をやっていけるなら、俺達も上手くやっていけるだろう。
後になって思えば、この時の俺は人を見る目が全くなかった。まさか、あの子達があんなに強かったなんて……。
夏休みのデビューした新人さん視点から見たダンジョン探索です。最後に出てきた2人組とは?




