第292話 前半戦終了、かな
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
部屋で調べ物や日課のスライム討伐などをして時間を潰していると、何時の間にか日も傾き夕日が部屋に差し込んでくる。夏になり日が高い時間も長くはなっていたが、帰ってきてからそれなりの時間が経っていたらしい。
俺は椅子に座ったまま軽く背を伸ばし体を解した後、気分転換を兼ねて部屋を出る。
「……ん?」
階段を降りリビングの前を通った時、リビングの中から話し声が聞こえてきた。中から聞こえてきた声は3つ……3つ? 父さんが帰って来るには、まだ少し早いような気が……と思いながらリビングの中を覗いてみてみると、そこにはソファーに座りお喋りをしている3人の姿があった。……ああ、3人目は沙織ちゃんだったのか。
そして、俺が扉を開けた音に気付きこちらに振り向いた美佳が一言。
「……ん? あっ、お兄ちゃん、居たんだ」
「おいおい、居たんだって……酷い言い草だな」
「だってお兄ちゃん、私が家を出るときまだ寝てたじゃん。音もしないから、まだ出掛けてると思ってたもん」
「……」
そう言われると、何とも言い返しにくい。
俺は美佳から視線を逸らし左手の人差し指で頬を掻き誤魔化した後、俺と美佳のやり取りに若干反応に困っている様な表情を浮かべている沙織ちゃんに声を掛ける。
「ええっと、こんにちは沙織ちゃん。久しぶり」
「ええと、こんにちは」
俺が軽く手を上げながら挨拶をすると、沙織ちゃんも軽く会釈を返してくれる。前回会ったのは勉強会最終日だから、暫く間が開いたなと回想した。
そして、そのまま顔を見合わせたまま暫し会話が途切れていると……美佳が我慢出来ずに口を出す。
「お兄ちゃん沙織ちゃん、なに見つめ合ったまま二人して黙り込んでるの?」
「「はっ!?(あっ!?)」」
半目になり若干ふくれっ面の美佳に指摘され、俺と沙織ちゃんは弾かれたように顔を逸らした。
そして俺は不機嫌気な美佳を宥める為に、言い訳を口にする。
「ははっ、悪い悪い。挨拶をした後、何を話せば良いのか迷ってな……何も話題が出てこなかっただけだ」
「もう……それで、お兄ちゃんは何をしに来たの?」
「ん? 休憩をとりに降りてきたらリビングから声が聞こえたから、中を覗いてみただけだよ。特に用事ってほどの事は無いな」
「そっか……」
そこまで不機嫌だったというわけでは無かったようで、美佳の機嫌は直ぐに直った。俺はそれを確認した後、リビングに入り台所に向かう。
休憩しようと降りてきたんだし、今は何か飲んで一息つきたい気分だ。
「そう言えば美佳、母さんから二人で出かけたって聞いたけど、何処に行ったんだ?」
「えっ? ドコって……ショッピングセンター街で買い物してたよ」
「ショッピングセンター街? 美佳達も行ってたのか……」
「えっ? って事は……お兄ちゃんもあそこに居たの?」
「ああ。と言っても、行って直ぐ友達と会って別の場所に移動したから、あまり居たって感じでは無かったけどな」
ショッピングセンター街から、まさかの珍肉屋に直行だったからな。相手にお任せだったとは言え、事前の行き先確認は大事だよなホント。
と、重盛との食事会の事を思い出し黄昏れていると、俺の異変を察した美佳が怪訝気な表情を浮かべ話し掛けてくる。
「……何かあったの?」
「いや、別に何でも無い。それより美佳」
「……何?」
「このあいだは悪かったな、アレは本当にサプライズだとしても駄目だよな……」
「アレ? ああ、アレなら前ちゃんと謝って貰ったからもう良いけど……本当に何もなかったの?」
「ああ」
俺は以前行ったトカゲ肉のサプライズについて謝った後、心配気な表情を浮かべる美佳に向かって曖昧な笑みを浮かべた。今回の謝罪の言葉には、前回の謝罪より真摯な謝罪の念が込められたと思う。
そして俺は冷蔵庫から水出しコーヒーのポットを取り出し、コップに注いで空いてるソファーに腰を下ろした。本当なら座らずに部屋に戻る方が良いのだろうが、少し聞いておきたい事があったからだ。
「それはそうと、美佳、沙織ちゃん。ダンジョン探索の方は順調? 夏休み期間中は基本的に、二人で潜って貰ってるけど無理はしてない?」
「してないよ。お兄ちゃん達が言ってた様に、無理のない範囲ですすめてる」
「はい。美佳ちゃんの言うように、お兄さん達から色々なアイテムを譲ってもらって居るので無理なくすすめられています」
俺の質問に、美佳と沙織ちゃんは素知らぬ顔で素直に答えてくれる。だが俺は、二人の言葉尻に若干の不満さを感じ取った。
理由は多分、時期的なモノだろう。
「周りの新人探索者パーティーがドンドン先に進んでいるのに、自分達は俺達の指示のせいで中々先に進めない……って感じで不満が溜まってるって所か?」
「「!?」」
俺の指摘に、何で気付いたの!?と言った表情を浮かべる美佳と沙織ちゃん。二人の反応に小さく溜息をつきつつ、俺はコーヒーを1口含み喉を潤す。
そして俺が何と言うか心配げな表情を浮かべ、固唾を飲んで待っている二人に向かって口を開く。
「俺達も最近よくダンジョンに行ってるからな、夏休みに入って新人探索者パーティーが急増しているって事は実感として把握しているよ。だから、他のパーティーの進捗具合を目にして二人が不満に思うのも理解出来る」
「じゃぁ!?」
「でも、駄目だ。焦れば焦るほど、怪我をするリスクが増すからな」
「「……」」
俺の否定の言葉に、制限を緩和してくれるかもと、にわかに期待していた美佳と沙織ちゃんの表情が曇る。美佳と沙織ちゃんが抱く焦りは理解出来るが、焦りのままに進めばしなくていい怪我を負うリスクが高くなるだけだ。
俺と美佳と沙織ちゃんはお互いに無言のまま、相手が妥協するのを待ち睨み合う。すると、横合いから母さんが小さな溜息と共に声を掛けてくる。
「はぁ貴方達、睨み合うのもその辺にしておきなさい」
「「「……」」」
「大樹。詳しくは知らないけど、貴方がこの子達の事を心配して色々制限を付けている事は理解出来るわ。でも、一方的な押しつけは単なる束縛よ? ちゃんと話し合って、折れるところは折って折り合いを付けなさい」
「……はい」
母さんの言葉に、俺は少し冷静さを取り戻す。確かに二人の言い分を聞かずに、俺の考えだけを押しつけるのは拙いかな。と
そして俺が眼を逸らし自分の至らない点を反省していると見た母さんは、視線を美佳と沙織ちゃんに向ける。
「美佳、沙織ちゃん。二人もよ。大樹だって意地悪で色々制限を付けているわけじゃ無いはずよ? 先達として、自分達の経験を元に二人が覚えておいた方が良い、やっておいた方が良いと言う事を考えて指示しているんだと思うわ。確かに言われる事を全部鵜呑みにする必要は無いでしょうけど、ちゃんと話し合って聞くべき所は聞いて自分達の現状と合うように調整するようにしなさい。何の相談もせずにタダ反発するだけじゃ、我が儘を言ってるだけになるわよ」
「……うん」
「……はい」
母さんの介入で意気消沈し落ち込む俺の姿に天の助けと喜んでいた美佳と沙織ちゃんも、母さんにさとされ俺と同じように意気消沈し自分達の至らない点を反省していた。
つまりこの場は、母さんの一人勝ちって事だな。勝ち負けがあったかは知らないけど。
母さんに諭され、リビングでの集まりはお開きになり俺達3人は場所を俺の部屋に移した。流石に探索者関係の話を、探索者では無い母さんが居る場でモンスター討伐なんて血生臭い話をするのはアレだからな。
あと、金銭面の話も、ね。
「と言うわけで、話し合いをと思ってたんだけど……」
「さっきのメール?」
「うん」
話をしようとしていた俺がスマホを持ち眉を顰めるので、確認を取るように美佳が言ってくる。部屋に置いておいたスマホの着信ランプが光っているのに気付いて確認してみると、一通のメールが届いていた。
そのメールの送り主は……。
「裕二からのメールで「すまん、今度の探索には行けなくなった!」ってさ」
「今度のって、お盆休み前最後のダンジョン探索だ!って言ってたヤツの事?」
「そう、それ。お盆はお盆で休もうなって決めてたんだよ。皆、家の事で色々予定があるからさ」
家は家で隣県にある父親や母の実家に挨拶回りに行く予定だし、裕二は実家の道場が主催するイベント関連、柊さんはお店の手伝いだそうだ。つまり、お盆の期間中はどうあってもダンジョン探索は不可能だという事だ。
だから今まで休養日を短くし、ハイペースでダンジョン探索に行ってたのだけど……。
「お盆期間にする予定だったイベントに少し変更がでて、予定日より早く移動しないといけなくなったんだそうだ。元の予定だったら、泊まり込みの探索も大丈夫だったんだけどな……」
「イベントって、裕二さんの家が主催する武術系のイベントだよね?」
「ああ。親交のある流派を誘って、ダンジョンの登場による武術界の今後を実技を混ぜつつ話し合うイベント……っていう風に俺は裕二から聞いてる」
俺は以前裕二に聞いた話を、美佳と沙織ちゃんに話していく。今は未経験の探索者が自衛の為に武術を習おうと門を叩いて、門下生の加入爆増という稼ぎ時であるそうだ。今まで細々とやってきていたような道場にも、大手からあぶれた探索者が続々と入門しているそうで、武術界は空前の好景気らしい。
しかし、その流れもダンジョンブームに乗ったものである。時間が経てば門下生の減少が起きるのは必至だ。そうなる前に……と考える流派を集めて今後について話し合おうというイベントらしい。
「好調だからって、手放しでは喜べないんだね」
「確かにピークを過ぎれば、需要は減る一方ですもんね。需要を維持していく為にも、余裕がある内に対策を……と考えるのは自然です」
「好調だからと言って先を見ずに無軌道に設備や組織を拡大したら、いずれ吸収合併の統廃合の嵐が吹き荒れる事もあるかな、っていってたな」
歴史を振り返ってみれば、そう言った事例には事欠かないからな。好調に乗って経営規模を一気に拡大した結果、需要とニーズを捉えきれずに拡大した事が致命傷に成って倒産した企業とかな。
まぁ、今のダンジョンブームは政府や経済界の後押しや世界的風潮もあって息の長いものになるとは思うが、万一の事を警戒する危機意識というものは常に持っていないと危ういだろう。
「まぁそんなこんなで、裕二はダンジョンに行けなくなったから今度の俺達が計画していた泊まり込み探索は中止だな。一応、後で柊さんにも確認しておくか……」
「そっか、残念だね。泊まり込みでダンジョンに潜れる機会は少ないから、夏休み中は出来るだけ潜るぞ!って言ってたのに……」
「まぁ、予定が入ったんじゃ仕方が無い。無理にすすめるようなモノでも無いしな」
確かに美佳の言うように残念ではあるが、取り戻せない遅れというわけでも無い。ダンジョンがどこまで続いているか分からないんだし、焦らず気長に当たっていくしか無いな。
そんな風に考え次の探索を諦めていると、沙織ちゃんが何かに気付いたように声を上げる。
「あっ、じゃぁお兄さん。今度行く予定だった日は、予定が丸々空いたって事ですよね?」
「ん? ああ、そうなるな」
「じゃぁその日に、私達と一緒にダンジョンに潜りませんか? 私達の現状を直接目にして貰った方が、どれくらい制限を緩めるのか参考になると思うんです」
「……ああ、確かにそうだね。百聞は一見にしかずって言うし、直接見た方が納得しやすいね」
夏休みに入ってから若干放置気味だった事もあり、確かに現在の美佳と沙織ちゃんの成長具合を把握し切れているとは言えない。探索者である以上、レベルが一つ上がるだけでも動きが見違えてくる。
それにもし、何かしらかの有力なスキルスクロールを使用していれば……驚きの成長を遂げている可能性も無くは無い。
「……分かった、じゃぁ行って見るか。二人がどれくらい成長したか見せて貰うよ」
「それじゃぁ、成長してるって分かったら制限を緩めてくれるの?」
「ああ、と言っても俺の独断じゃ難しいから相談になるけどな。でも、制限を緩められるように説得はするって約束する」
「「やった!」」
俺の返事を聞き、美佳と沙織ちゃんは両手でハイタッチをしながら喜びの表情を浮かべる。それだけ俺達が設けた制限が鬱陶しかった……周りの新人探索者パーティーの動きに焦っていたって事なんだろうな。
それにしても泊まり掛けダンジョン探索が前回で終了となると、夏休みも前半戦終了ってところかな? 長いように思ってたけど意外に短い、気を抜いているとあっという間に夏休みも終わっちゃうよ。
夏休みも前半終了ですね。
次は幕間です。




