第291話 意外に有意義な休息日……だったかな?
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楽しげにメニューを眺める重盛に、俺は軽く唾を飲み込み息を整えてから話し掛ける。
「なぁ、重盛?」
「ん? 何だ、もう決めたのか?」
「それは全然。いや、そうじゃなくて、なんで俺をココに誘ったんだ? 普通、いきなりこう言った類いの店に友人を誘ったりはしないだろ。さっき店長との話を漏れ聞くに、前にも友達を連れてきて揉め事が起きてたみたいだし……」
事前に聞いていれば、俺も急用を思い出してただろうしな。
そんな俺の質問に重盛は首を傾げつつ一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、何か納得したような表情を浮かべる。
「ああ、いや、前々から友達を連れて来たかったんだよ。話し合える珍肉好き仲間を増やしたくってさ。日本で常食されるモノ以外でも、こんな美味しいモノがあるんだぞって知ってもらいたくてな。でも以前、そう思って友達をココに連れて来た事があったんだけど、思ったより忌避感が強かったらしくって食べる前にお開きになっちゃったんだよ」
「まぁ、だろうな。いきなり連れてこられたら……」
「だから、丁度良く暇そうにしていたお前を誘ったんだよ。探索者をやっているなら、その手の忌避感も無いだろうなって思ってさ」
タイミングが悪かった、とでもいうのか? 俺があそこにいなければ重盛と会う事も無かっただろうし、俺が暇そうにしていなければ重盛が気を遣って誘う事も無かっただろうし、俺が探索者で無ければ何も言わずココに連れて来る事も無かったのだろう。
だが……。
「あっ、いや、だが重盛? 何で探索者なら、珍肉に対して忌避感が無いと思ったんだ?」
「それはほらお前……ネットでよく書かれてるぞ。今回の探索で食べたモンスター肉は美味かったって。探索者って出来るだけ荷物減らす為に、食事の材料にモンスターがドロップする肉を入れて食べるんだろ?」
「……えっ?」
「……ん?」
おい、ちょっと待て、何だそれは? いや、まぁ確かに持参した食料が減ればドロップしたモンスターの肉を食べる事もあるんだろうけど……それは何日もダンジョンに泊まり込んで長期探索する探索者の場合の話だぞ?
俺達のように、日帰り探索が主なヤツは持参した食料だけで十分だ。
「……ち、違うのか?」
冷や汗を額に浮かべ焦りで若干表情が引き攣り始めた重盛が、ネット情報の真偽について弱々しく確認をしてくる。
そんな重盛に対して俺が出来るのは、ただ黙って頭を縦に振り事実を伝える事だけだ。
「長期間ダンジョンに潜って探索をする様なパーティーならいざ知らず、日帰りでダンジョン探索をするようなパーティーは持参した食料で事足りるから、先ず自分達でドロップしたモンスター肉を食べるような事はないだろうな。勿論例外はあるだろうけど」
「……因みに、お前等の場合は?」
「日帰りをメインに、たまに1泊2日だな」
「「……」」
俺が淡々と事実を告げると、いよいよ重盛の額に冷や汗が吹き出し引き攣った表情を浮かべる。どうやら自分の勘違いで、拙い事をしでかしてしまった事に気が付いたようだ。
そして……。
「わ、悪い、誤解してた!」
「あっ、いや、別に悪気があって、って事じゃないんだし……気にするなよ」
重盛は頭を下げながら、俺に謝罪してくる。
「でも、行き先だけでも教えておけば……」
「確かに進んで食べはしないけど、食べた事無いわけじゃ無いからそこまで気にしないでくれ」
「……そ、そうか?」
「ああ」
俺は小さく笑みを浮かべながら、居心地悪げに恐縮している重盛に優しく語りかける。
こうなってくると、英二さんにトカゲ肉料理を食べさせて貰っておいて良かった。
「とは言え、食べた事あるのは何回かお店で調理されたモノだけだから、キワモノ系は止めてくれよ。特に虫系や丸焼き系は食べたくも見たくもない」
「そうだな、確かに慣れていないのに、いきなりそれ系はキツいよな」
俺は重盛が気を取り直す前に、メニューの希望を伝えておく。注文する前に予防線を張っておかないと、自分が食べなくとも重盛が注文する可能性があるからな。
いまだ慣れてはいないが、元の姿が見えなければ何とか食べられる……と思う。
「良し、じゃぁこの話はここまでだ。何を注文するか決めよう。重盛、ココ初めてだから何が良いか教えてくれよ」
「あ、ああ! 任せてくれ!」
俺がメニュー表を広げ重盛に差し出すと、失敗を挽回しようと詳しくメニューにある品がどう言う料理か説明してくれる。まだ若干後を引きずっている様な表情を浮かべているが、重盛も何とか気持ちを立て直せたようだ。
気まずいまま食事会をするような事にならず良かった……珍肉料理だけどな。
運ばれてきた珍肉料理に箸を付けながら、俺は重盛が聞いてきた夏休み期間中に行っているダンジョン探索についてボカシながら話をしていく。
流石に、本当の事は言えないからな。
「へぇー、やっぱり夏休みになると学生探索者が増えるのか」
「ああ、真新しい装備を身に着けた、一年生っぽい学生が多く来てたぞ」
「夏休みからの探索者デビューってヤツだな。この間、テレビ特集でもやってたしさ」
「テレビ特集か……」
ダンジョン熱冷めやらぬ、ってヤツだな。最近では探索者になるメリットだけじゃ無く、探索者になるデメリットに関する情報も出て来ていると思うけど、いまだ探索者になる人の勢いは衰えない。
その原因の一つには、こう言ったメディアによる奨励染みた特集や報道が組まれている影響も小さくは無いだろうな。実際、ダンジョン出現と探索者業の誕生により、低迷していた経済が目に見えて上向きになったって言うのは大きい。逆に言えば、探索者業の衰退によって再び不景気になるのではという恐怖も、現在の探索者奨励の下支えになっているのだろう。
「そう言えば知ってるか九重、探索者を専門的に養成する学校を設立しようって話が出てるって」
「ん? ああ、聞いた事あるな。確か、探索者学生と非探索者学生との間に顕著な身体能力における差があるから、是正する為に全国の高校で学生が新規に探索者になる事を禁止しようとしている動きの事だろ?」
「そっ、そのせいで高校に通うと探索者になれないからと進学しない若者が増えるんじゃ無いかと言う声と、若い内から専門の教育を受けさせて優秀な探索者の数を増やそうって言う声があるから専門の学校を……って話みたいだな」
探索者になりたい学生の要望と進学率は下げたくないけど探索者を増やしたい政府の折衷案だな。まぁ普通の高校生が何のノウハウも無く探索者を始めるより、専門の学校で基本を教わってから探索者になる方が危険は少ないだろう。生き残りが増え脱落者が減れば、時間と共に優秀な探索者も増えるからな。
それに、ある程度一定数の探索者が毎年増える態勢が整えられれば、長期にわたって安定的にダンジョンからドロップされるアイテムの回収が出来るようになる。
「しっかし、進学せずに探索者一本か……ハイリスクハイリターンだな」
「確かにな。大怪我を負って探索者を続けられなくなったら、潰しも効かないだろうからな」
「回復薬を使えば大抵の怪我は治せるだろうけど、精神面でトラウマを負ったら続けられないだろうからな……」
俺は重盛にそう答えながら、ゴールデンウィークで会った宮野さんの仲間の事を思い出していた。PK探索者に襲われたせいで、精神に障害を負い日常生活さえ困難になったという話を。探索者を続けるという事は、如何してもそう言ったリスクがついて回るんだよな……。
と、話の流れが若干暗い方に流れ始めたところで、重盛が軽く咳払いをする。
「うっ、ううん、話題を変えよう。で、さっきの話の中にあったイベントには行ってみるのか?」
「イベント……ああ、ダンジョン関連企業の説明会の事か。暇があれば行ってみるのも良いかな、とは思ってる」
探索者としての自分達と世間のズレをはかるには、丁度良い機会だと思うからな。大人数を相手にする説明会なら、自社の良いところを見せようとしているモノの一般的専業探索者の平均値というモノが見れる。
もちろん自分達のズレ自体は自覚しているが、比較対象がダンジョンで会う探索者パーティーが主だからな。ダンジョン内で自分達と会うパーティー……つまりトップクラスの探索者ばかりという事だ。平均的なパーティーとは言えないよな。
「そうか、それで説明会はドコでやるんだ?」
「近くだと、隣の市にある展示場を借りてやるんだってさ。結構多くの企業が参加するみたいで、広めの会場を借りてるらしい」
この近辺では大きめのイベントが行われる時に、よく使われる建物だ。参加企業が多く、あそこを借りるしか無かったと言う事だろうな。
「へー、あそこの展示場が会場なんだ。気合い入ってるな」
「探索者業に対する啓蒙活動って意味もあるだろうけど、企業としてもダンジョン事業は成長産業だから事業拡大をしたいんだろうけど、フリーの探索者は少ないからな。学生探索者を引き入れようと思えば、積極的にアピールしないと入社してくれないだろうさ」
「命の危険がある仕事だからな、出来るだけ良い条件の会社にって思うのは当たり前の考えだろう。アピールしないと他の会社に人材を持って行かれるだけだ」
探索者の質が売り上げに直結する以上、優秀な探索者を囲い込みたいというのは当然だろう。その為にはまず、自分の会社について知ってもらう必要がある。ダンジョン産業黎明期の今だからこそ、上手く人材を確保し業績を伸ばせば業界内で一歩先んじ得ると言うわけだ。
ドコも積極的にアピールするわけだな。
「俺も行ってみるかな……」
「まぁ一般向けのイベントでもあるから、そこそこ見るモノはある……と思うぞ」
「そうか?」
「食品を扱う企業も出るみたいだから、ダンジョン食材を使った屋台くらいならあるんじゃないか? 一般的な屋台に比べたら高いだろうけど……」
珍肉好きの重盛なら、探せば気に入るダンジョン素材料理があるかもしれないな。
財布が持てば、だけど。
「ダンジョン食材料理か……高いんだよな全般的に」
「まだ流通量が少ないからな、値が下がるにはもう少し掛かるだろうさ」
「そうだな。そう言えば、九重達はダンジョン食材を普段食べてるのか? ほら、生産者特権的な意味で」
「ああ、たまに換金せずに持ち帰って食べてるぞ」
と、当たり障り無い範囲で持ち帰った食材を教えると、興味津々といった感じだった重盛の表情が一気に羨ましいといったモノに変わった。
「ミノタウロスの霜降り肉とか、超高級食材じゃないか。そんなのを食べてたのかよ、お前等……」
「まぁ、生産者特権だな。命がけで取りに行ってるんだ、この位のご褒美は……」
と言った感じで、珍肉料理を肴に俺と重盛の話は盛り上がった。その過程で重盛のヤツが、ダンジョン食材をその場で食べたいので探索者になるかと言っていたが、たぶん冗談だと思う……冗談だよな?
因みに、注文した珍肉料理は店長オススメなだけあって美味しかった。
予想外の珍肉料理食事会も終り、重盛と別れた俺は家への帰路についていた。元々用事も目的も無かったので、これ以上ショッピングセンター街をうろつく理由も無いしな。
そして途中でコンビニに寄り、オヤツ用にお菓子を数点購入し帰宅した。
「ただいま」
「お帰り、早かったわね」
「うん、まぁね」
リビングで俺を迎えてくれた母さんに返事を返しつつ、冷蔵庫から麦茶を取り出し飲む。
「そう言えば大樹、お昼は食べてきたの?」
「うん。町で偶然友達と会ったから、一緒に食事して話してきた」
「友達って、裕二君達と?」
友達との食事と聞いて、裕二達の名前が直ぐに挙がるのは普段の行いの成果だな。
もしかして母さん、俺が裕二達としか付き合いが無いと思っていたりとか……しないよね?
「いや、別の友達。……そう言えば、美佳はまだ帰ってないの?」
「ええ。夕飯前には帰るって言ってたから、まだ帰ってこないわ。何か用事でもあるの?」
「いや別に、コレと言った用事があるわけじゃ無いんだけど……」
美佳の在宅の有無を聞く俺に不思議そうな顔をする母さんに、何でも無いと答えリビングを出て自室に戻る。もう一度この間の事について謝っておこうと思っただけで、急ぐような用では無い。自分の身に降りかかって、改めて悪い事をしたと思ったからな。
そして自室に入った俺は買ってきたお菓子を広げつつ、今度行われるダンジョン関連企業によるイベントについて調べ始めた。何か美味しいモノを販売する屋台はあるかな……と。
珍味食事会は、探索者ならいけるという情報を鵜呑みにした重盛君の勘違いで起きていました。本人に悪気は一切ないんですけどね……。




