第289話 噂の元だとはバレてないようだ
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売です。よろしくお願いします。
34階層での偵察飛行を終えた俺達は、帰還開始時間も過ぎたのでソソクサと撤収する事にした。あまり未練たらしく長居していると、帰宅時間が遅れに遅れるからな。
戦いだろうが何だろうが、潔い引き際と言うものは重要だ。
「じゃぁ、帰ろうか?」
「おう」
「ええ」
と言うわけで、来るときに通った順路を逆走しながら俺を先頭に進む。33階層、32階層はモンスターのリポップが間に合わなかったのか、ほぼ素通りに近い形で通り抜ける事が出来た。
その内、リポップ時間の調査とかもやらないといけないな。
「っと、流石にこの辺りになるとリポップしてるな」
「そうだな。と言っても、ヘビじゃ無いからそう手間は掛からないけどな」
そんな事を言い合いつつ、倒したグラスリザードが粒子化するのを見守りながら周辺警戒をしつつ小休憩を取る。34階層からここまで歩きっぱなしだったからな、同じような光景が続くので多少の息抜きは必要だろう。
そしてグラスリザードが粒子化し終え消えると、後にドロップアイテムとしてスキルスクロールが出現した。
「おっ、スキルスクロールか。ラッキー」
「で、大樹。スクロールの中身は何だ?」
「ん、ちょっと待って……」
俺はスキルスクロールを拾いながら、“鑑定解析”スキルを使う。
すると……。
「おっ、これは当たりだな。“熱耐性”スキルだ」
「おー、珍しいのが出たな。まぁ、皮にも熱耐性効果があるから、それ関連だろうな」
「耐性系スキルはダンジョン対策以外でも需要があるから、結構高値で買い取って貰えるものね」
当たりスクロールに、俺達は小さく笑みを浮かべながら喜びの感情を漏らす。耐性系のスクロールは物によるが、おおよそ6桁円後半から7桁円前半で取引されている。
因みに今回の“熱耐性”スキルなら、軽く100万超は固いだろう。
「“熱耐性”スキルとなると……消防系が買ってくれるかな?」
「製鉄関連の企業や自衛隊、海保って線もありそうだけどな」
「熱耐性だから炎そのものには効果無いけど、長時間高温熱環境に耐えられるってだけでも、それ系の職業に就いている人には需要があるものね」
人間は長時間、高温熱環境の場所に滞在し作業は出来ない。通常生活内の軽運動でさえ、気温や室温が50度もあれば容易に死者が発生する。ましてや救助活動の為とは言え、高温の火災現場に飛び込む消防士などは専用装備を着けても数分の活動が限界である。
その事を考えれば、人が耐えられる熱環境の温度条件を緩和させる“熱耐性”のスキルは垂涎もののスキルだ。耐熱限界が10度変わるだけでも、高温熱環境下での作業時間は大幅に延長するからな。
「自衛隊系の探索者が先行調査してたから、官関係の所にはそれなりに流れてるかもしれないけど、民間需要は全く満たしてないだろうね」
「まぁ人命が関わるところに優先して回されるのは、自然の流れだよな」
「逆に言えば、自衛隊系が確保したのが官関係に回るから、私達が確保した分が民間企業に回るって事よね。民間系探索者のレベルが全体的に上がれば互いの需要を食い潰し合わない分、良い役割分担になるかもしれないわ」
「まぁ全体のレベルが上がるには、後一年ぐらいは掛りそうだけどね」
時間が経てば有効な棲み分けかもしれないが、現状では機能してない仕組みである。その分、他の企業に先んじて有利性を確保しようとする企業が高値で買ってくれているんだろうけどな。でないと、コスト管理に厳しい民間企業がスキルスクロール1本に100万以上を出すはずがない……と思う。所謂先行投資だな、うん。
まぁ恩恵にあずかる俺達からしたら、特に不満は無いけど。と思いつつ、回収したスクロールを“空間収納”に仕舞った。
「良し、っと。回収も終わったし先に進もう」
「おう」
「ええ」
小休止を終えた俺達は、再び地上を目指し歩き始めた。
20階層まで上がってきた俺達は、階段前広場で昼食を兼ねた休憩を取る事にした。ココから上の階層に成ると、結構降りてこられる探索者パーティーが増えてくるからな。近くで数組の探索者パーティーが同じようにキャンプベースを張ったり休憩を取ってたりするが、気にしても仕方が無いので適当な距離を取りつつ自分達も昼食の準備を進める。
と言っても、ココは人目があるので簡易携帯保存食になるんだけどな。
「シリアルバーとチョコレート菓子か……温かい汁物とか欲しくなるな」
「腹持ちとカロリー摂取という面で考えれば十分なんだろうけど……何かわびしいよな」
「もう少ししたら帰れるんだから、我慢するしかないわよ」
俺達はゲンナリとした表情を浮かべながら、シリアルバーにかじりついていた。無論“空間収納”には十分な食料品は仕舞ってあるし、背負っているバックパックにも少量ではあるがレトルト食品やインスタント食品も入っている。
だが……。
「……とは言え、こんな状況じゃ食べづらいよな」
「そう、だな。そうとう悪目立ちするだろうな」
「そうね。食べ物の恨みは怖いって言うし……」
俺はシリアルバーを咥えつつ、辺りを見渡し気が滅入る。暗い表情を浮かべ袋麺をそのまま食べている探索者パーティー、1つの缶詰を巡り目を血走らせ剣呑な雰囲気を醸している探索者パーティー、悟りを開いた様な表情を浮かべ白湯を飲んでいる探索者パーティー等々……どうしたお前等!?と言いたくなる探索者パーティーが揃っていた。
無論、階段前広場には俺達の他にも数組のパーティーがいたが、彼等の雰囲気に飲まれ居心地悪げに同様に保存食を囓っている。
「……休憩は早めに切り上げて先に進んだ方が良いかな」
「そうだな、その方が良いだろうな。主に精神的な面で……こっちまで昏くなってくる」
「休憩が休憩にならないものね、こんな状況じゃ」
「「「……」」」
俺達は小声で愚痴?を漏らし合いつつ無言で頷き合った、サッサと食べ終えて先に進もうと。正直このままでは、精神的疲労が溜まる一方でしかないからな。下手に長居して絡まれても厄介だし、食料を分けてくれなど言われても困る。
つまり、関わりを持たれる前に移動するに限るという事だな。
「「「……」」」
俺達は黙々と食べるスピードを上げ、早々と昼食を食べ終え移動の準備を始める。すると俺達の行動に呼応するように、ゲンナリした雰囲気で食事をしていたパーティーも移動の準備を始めた。
どうやらどのパーティーも、この雰囲気には耐えかねていたようだ。まぁ、当然だな。
「良し、片付けも終わったし出発しよう」
俺達は荷物を持ち、例の探索者パーティー達を避けるように距離を取りながら上層に向かう階段に歩み寄った。
しかし……。
「あの、ちょっと良いですか?」
「「「……」」」
あと少しで階段に辿り着くと言ったところで、女性の声に呼び止められる。正直に言って、振り返りたくない。
だが、そんな俺達の心情を知ってか知らずか、呼び止めた者は再度声を掛けてくる。
「すみません、もし余裕があるようでしたら水を少し分けて貰えないでしょうか? もちろん、対価は支払いますので……」
振り返っていないので顔は見ていないが、恐らく袋麺をそのまま囓っていた探索者パーティーの人だろう。しかも、水か……。ピンポイントで声を掛けられた上で水の無心、俺は思わず以前の事がバレてるのか?と疑ってしまう。
正直、このまま聞こえなかった振りをしながら、急いで上層に逃げてしまおうか、と考えたのだが……。
「あのすみません、水を分けて貰う事は出来ませんか?」
足を止めた上で3度も声を掛けられてしまっては、聞こえなかったフリをするにはタイミングを逸しすぎているだろうな。
俺は内心で溜息をつきつつ、声を掛けてきた女性?の方に振り返り声を掛ける。もちろん、返事の内容は……。
「ああ、えっと、すみません。手持ちの水にはあまり余裕が無いので、申し訳ありませんがお譲りする事はチョット……」
俺は出来るだけ申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、顔を左右に振りながら声を掛けてきた女性に水を融通するのは無理だと答えた。
ココで前回同様に柊さんが水を出してしまえば、収拾がつかなくなるからな。ダンジョン内の有料移動給水場……流石に嫌すぎる通り名だよ。
「その、少しで構わないのですが……無理でしょうか?」
「すみません。この先何があるか分からない以上、出来るだけ残量には余裕を持っておきたいので……ほんと申し訳ないです」
「……そう、ですか。そう、ですよね。すみません、無理を言ってしまい」
「い、いえ。こちらこそお力になれず、すみません」
彼女は期待外れと言った若干失望したような表情を浮かべた後、軽く頭を下げ俺達の前から立ち去っていった。アッサリと身を引き深く追求してこなかった様子を見るに、どうやら前回の事は詳しくは広まっていないらしい。
そしてそれを裏付けるように、彼女は俺達と同じように階段前広場から立ち去ろうとしていた他の探索者パーティーに同様に水を譲って貰おうと声を掛けていた。
「「「……」」」
表に出さないように内心でホッとしながら、俺は裕二と柊さんに申し訳なさが滲むような口調で声を掛ける。
「……行こうか」
「ああ、そうだな。行こう」
「ええ」
例の食糧難探索者パーティー達が彼女の行動を皮切りに周囲に物資の無心を始めた声を耳にしながら、俺達は逃げるように階段を足早に登り始めた。
ふぅ、一番乗りで動き出して良かったよ、もう少し遅れてたら、アレに巻き込まれてたな。
新人ベテランが混ざり合う酷く混み合った表層のチュートリアル階層を抜け、俺達は漸くダンジョンの外へと出てくる事が出来た。思わず背伸びをして体を解したのも悪くは無いだろう。
それにしても、ゲートの前には依然として長い列が連なっており、ダンジョンの盛況ぶりが窺える。
「やっと出られた……」
「何か、今回の探索は色々と精神的にクル事が多かったからな……」
「入る前から入った後も、ね。……ほんと今回の探索はあまり良い事無かったわ」
「まぁこう言う時もあるって、次回の探索に期待って所だね」
今回の探索に関しては、最初から最後まで疲れる事の連続だった。協会からの呼び出しから始まり、予定外の時間超過による探索計画の変更、最後はダンジョン内で他のパーティーから物資の無心……何か祟られる様な事したかな?
ここ1日2日の出来事を思い返し、顔を上に向けた俺は天井を達観した眼差しで眺めた。
「おおい大樹、何黄昏れてんだ? そんなとこで立ち止まってたら邪魔になってるから、サッサと行くぞ」
「えっ、ああ、悪い。いま行くよ」
出口の前で立ち止まり天井を仰ぎ見る俺を邪魔そうな眼差しで見ながら避けていく他の探索者パーティーの姿に気付き、俺はバツの悪い表情を浮かべながら更衣室の方に向かう裕二達の後を足早に追った。
「じゃぁ、また後でね」
そして着替えを済ませた後、柊さんと合流しドロップアイテムを換金する為に窓口がある建物へと移動する。今度は呼び出されたりしないよな……と若干警戒しつつ。
「今度は何事も無く終わる、よね?」
「だと良いんだけどな……」
「協会だって、そう何度も呼び出したりしないわよ……たぶん」
ここ1日2日の事を思えば、不安が不安を呼ぶ。俺達は眉を顰め若干陰鬱とした雰囲気を纏ったが、それは結果としては心配のしすぎなだけだった。ドロップアイテムの買取自体は多少の待ち時間はあったとは言えスムーズに進み、特にこれと言った指摘を受ける事も無く、当然協会からの呼び出しも無い。
そして無事にドロップアイテムの換金手続きをすませ、俺達は受付窓口がある建物を後にした。
「心配のしすぎだったみたいだね」
「そうだな。特に何も言われなかったし……色んな面倒事が連続して起きたからって警戒しすぎたみたいだ」
「まぁ、無警戒に不意打ちを貰うよりはマシだけど……疲れたわね」
俺達はバスロータリーで麓の駅行きのバスをベンチに座りながら待っていた、心底疲れた表情を浮かべながら。肉体的にはどうって事無いのに、精神的疲労が凄いよ、ホント。
まぁその分、見返りは十分にあったけどな今回の探索。
「それにしても、まさか換金査定額が100万超えるとはね……スクロール抜きで」
「ヘビ皮が結構良い値で売れたからな。まぁ確かに高性能な防具の素材として見たら、素材自体の強度もさることながら、薄くて軽くてそれなりの伸縮性もあるから利用用途の幅が広い品だろうさ」
「既存の防具の裏地に張るだけでも、結構な防御力向上に繋がるもの。一般用途向けでも、使い道は色々出て来る品物よ。それなりの値段がしても、不思議じゃ無いわ」
因みにヘビ皮のお値段、15万円だった。厄介な敵だったが、中々美味しい換金素材である。夏休み中は出来るだけ先に進むと決めているので、夏休みが明けたら集めてみるのも良いかもしれないな。
そして暫く愚痴混ざりのお喋りをしていると、駅行きのバスがロータリーに入ってきた。
「そう言えば、この後どこかに寄ってから帰る?」
「……今日は何か疲れたし、寄らずに解散で良いんじゃ無いか?」
「そう、ね。今日は寄らずに、そのまま帰りましょう」
「……うん、賛成」
と言うわけで、今日はファミレス等に寄らず直帰する事にした。
ふぅ、ホント今回の探索は疲れたよ。帰ったら風呂に入って寝よう。
熱耐性が上がれば、真夏日でもエアコンの使用率を下げられそうですね。




