第281話 すみません、ご相談が……
お気に入り23870超、PV38840000超、ジャンル別日刊81位、応援ありがとうございます。
朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売中です。よろしくお願いいたします。
短くも賑やかな休養日も明け、今日も今日とてダンジョン探索だ。昨日行われた試食会は思わぬ出来事だったが、戦々恐々としていた自分が馬鹿みたいに思えるほど、トカゲ肉料理は美味しかった。突然のお願いだったのに、上手に調理してくれた英二さんに感謝だな。
だけどまぁ、オチが良くなかったけど……。
「それは……サプライズだったとしても大樹が悪いだろ。大樹だって、実際に食べる時は躊躇してたじゃないか? それを食べるまで黙ってたら……な?」
「そうね。普段から常食にするようなものじゃないんだから、先に一言言っておくべきだったんじゃないかなと私も思うわ」
「ああ、うん。やっぱりそうだよな……」
ダンジョンへ向かうバスの中で、時間潰しのネタとして、昨日の夕食で起きた、美佳との一悶着について話しをすると、裕二と柊さんは、半目で若干呆れた様な表情を浮かべながら、俺の悪戯を悪ふざけが過ぎたなと、窘めてくる。
はい、自覚してるし反省もしてます。
「だから、直ぐに謝ったよ。黙ってて悪かったってさ、でも……」
俺がその後に起きた事を思い出し、額に手を当てながら疲れたように溜息を吐いた。
すると、そんな俺の姿を見て裕二も柊さんもつられた様に溜息を吐きながら口を開く。
「……両方探索者だと、兄妹喧嘩も軽々しく出来ないんだな」
「突っ込みのつもりで強めに叩いたら、叩かれた本人が痛がるんじゃなくって、座っていた椅子に罅が入るんじゃね……」
「……うん、アレは本当に驚いたよ」
唐揚げに使われている肉の正体を教えると、美佳は小さな悲鳴を上げながら口を押えながら笑い声を押し殺した様な表情を浮かべる俺を睨んできた。それに対し俺は悪びれる事なくサプライズが成功した達成感を感じつつ謝罪すると、口先だけ感が伝わったらしく不機嫌気な表情を浮かべる美佳に肩を叩かれたのだ。無論、避けようと思えば避けられるし受け止める事も出来たのだが、俺も悪戯を仕掛けた側だったので美佳の一撃は避ける事なく敢えて受けたのだが……今思い返してみれば、避けるか受け止めるかすべきだったな。
不快感と怒気を露わにした表情を浮かべた美佳が、振り上げ俺の鎖骨辺りに目掛けて平手を叩き降ろした瞬間、何かが裂けた様な乾いた破裂音が、リビングに響き渡ったのだ。
「最初は叩かれた俺の骨が折れた音かと思ったけど、強化された俺の体の骨が新人探索者である美佳の一撃で折れる訳はないんだよな」
「確かに美佳ちゃんも探索者ではあるけど俺達、特に大樹とはかなりのレベル差があるからな。美佳ちゃんが武器を持ってケガを負わせる気で本気で大樹を攻撃したのなら可能性はなくもないだろうけど、じゃれ合いの延長の上に素手じゃ……」
「九重君に痛打を与えるには、攻撃力不足よね」
2人の評価は妥当とも言えるが、何か聞いていると無性に悲しくなってくる。一応、椅子が壊れるような攻撃を食らったんだけど……体大丈夫だったか?くらい言ってもらいたいかな。
まぁ、自分でも白々しいとは思うから無理か。
「まぁ怪我は無かったから良いけどさ……椅子が壊れた事でちょっとグダグダしちゃったよ。美佳はやらかしちゃったって顔して焦るし、母さんも壊れた椅子の代わりを買いに行かないといけないわって困ってた上、父さんにはサプライズも程々にしろって小言貰っちゃったからな」
「最初から素直に、唐揚げの正体を教えとけば良かったな」
「変にサプライズ演出をしたのが、仇になった形ね」
「……ホント、そうだね」
俺は肩を落としながら遠くを見るような眼差しで、窓の向こうに広がる燦燦と太陽が輝く雲一つない夏空を眺めた。
この胸の中のモヤモヤを解消させる為にも、早くダンジョンに到着しないかな……。
ダンジョンに到着した俺達はいつも通り、受付でダンジョン利用の手続きを行おうとしたのだが、いつも通りにとはいかなかった。本人確認の為に探索者免許を提示した所、受付係の人の表情が若干鋭くなり手続きが中断したのだ。
そして受付係の人は少し堅くなった声で、念を押すように話し掛けてくる。
「あの……チームNESの皆様ですか?」
「えっ、あっ、はい。そうですけど……何か?」
「皆様に面会を希望している者がおります。この後、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「はっ、はぁ。面会、ですか……? ドナタがですか?」
俺達が困惑した表情を浮かべていると、受付係の人が少しカウンターから身を乗り出し小声で話し掛けてくる。
「探索者ランク管理担当部署の者が、皆様とお会いしたいとの事です」
「ランク管理、ですか?」
「話の内容は存じませんが、皆様がお越しになったら連絡を寄越すようにとの通達がされています」
「はぁ、はぁ……分かりました」
「では、申し訳ありませんが、少々お待ち下さい」
そう言って受付係の人は受話器を取り、内線で担当部署と連絡を取り始めた。
にしても……探索者ランク管理担当部署から呼び出し? 俺達何かしたかな?と考えつつ、顔を見合わせながら首を捻り待っていると、連絡が付いたのか受付係の人がメモ用紙に何かを書き込み始めた。
「はい、では失礼します。お待たせしました、担当の者と連絡が付きました。これから面会を御願いしたいとのことですが……」
「あっ、大丈夫ですよ。で、何処に向かえば良いんですか?」
「ありがとうございます。内密にとの事なので、あちらの建物の会議室で行いたいとの事です」
こちらの建物にある探索者が探索前の打ち合わせで借りる貸しミーティング室で行わないとなると、お話というのは他の探索者には余り聞かれたくない系の話のようだな。
そして少々不穏な雰囲気が漂いだした話しに不安げな表情を浮かべ始めた俺達に向かって、受付係の人は先程記入していたメモ用紙を差し出してきた。
「こちらが、使用する予定の会議室の場所と、担当者の名前です。2階にある事務所の方で声を掛けて頂ければ、対応いたします」
「あっ、ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、貴重な時間を割いて頂きありがとうございます。それとダンジョンの利用手続きの方も終わっていますので、お話が終わりましたらそのままダンジョンに向かわれて結構ですので」
「はい」
と言うわけで、ダンジョン探索前に協会とお話し合いをする事となった。話の内容はランクに関する事らしいが……それだけで終われば良いんだけどな。
俺達は受付係の人に軽く一礼してから受付を離れ、ドロップ素材などの買取窓口のある建物へと向かって移動し始めた。多少、俺達の後ろに並んでいた探索者達から怪訝な視線が向けられたが気にしないでおこう。別に、問題行動を起こしたから呼び出されたって訳じゃ無いんだしさ……多分ね。
ドロップアイテムの換金手続き待ちで受付前の待合室にたむろする探索者達を尻目に、俺達は利用者がいない2階へ続く階段を上っていく。まぁ用事が無ければ、事務所がある2階へなんか上らないからな。
そして探索者で賑わう1階とは違い、2階は協会の職員が机に座りパソコンと睨み合っている静かな空間だった。何か……話し掛けるのが申し訳ない気さえするな。だが気圧されたまま、何時までも黙っているわけにも行かないので……。
「あの、すみません」
「……はぁい、何の御用でしょうか?」
俺の声に反応し、カウンターの近くの席に座っていた女性事務員の人が応対に出て来てくれた。多少気怠げな対応だが、まぁ気にしないでおこう。
受付係の人に渡されたメモを確認しながら、俺はサッサと用件を伝える。
「えっと、ダンジョン利用受付の方から此方に行くように言われたんですけど……探索者ランクの管理を担当されている真壁さんって方いらっしゃいませんか? 受付の方から、面会の連絡はして頂いていると思うんですが」
「ランク管理の真壁ですか? 少々お待ち下さい」
一言断りを入れた後、顔を右斜め後ろに回し目的の人物の姿を確認すると“真壁係長、御客様です”と言う女性事務員の声が事務所内に響く。内線で呼び出すとかじゃ無いんだ……。
とまぁ女性事務員の行動にそんな事を思っていると、真壁さん?らしきガッシリした体つきの目付きが鋭い中年男性が席を立ち此方に歩み寄ってきた。
「お待たせしました、真壁です。御連絡をさせて頂いた、チームNESの方ですか?」
「あっ、はい。受付の方から、お話があるから訪ねて欲しいと言われ伺いました」
「お忙しいところ、時間を割いて頂きありがとうございます。詳しい話は会議室の方で行いたいと思いますが、宜しいですか?」
真壁さんは俺達が高校生であると知っても上からの物言いをせず、丁寧な対応をしてきてくれる。横柄な輩だったら、相手が高校生だと知れば直ぐにマウントを取ろうと上から目線でくるからな。
呼び出しという事で少々不安だったが、この対応を見るにそう悪い用件というわけでは無いらしい。
「はい、大丈夫です」
「では、会議室の方に案内しますね。えっと……小坂さん、私は資料を取ってきますので、彼等を第3会議室まで案内して頂けますか?」
「あっ、はい。分かりました。では皆さん、案内しますので此方に」
女性事務員の小坂さんは真壁さんの俺達に対する対応を見て、少々緊張した面持ちを浮かべながら俺達を会議室へ誘導してくれる。どうやら俺達のことを、お客では無く御客様として扱わなければならないと思ったらしい。そんな上等なモノじゃ無いと思うんだけどな、俺達って。
そして真壁さんは小坂さんに俺達の案内を任せた後、足早に先程まで座っていた自分のデスクに戻り荷物を纏め始めた。はてさて、一職員で無く係長さんが出張るお話か……どうなることやら。
椅子が6脚用意された、8畳間ほどの第3会議室に案内された俺達は、資料を持った真壁さんが現れるまでの短い間に、小声で相談を行っていた。
「なぁ、どんな話をすると思う?」
「探索者ランクの管理担当者が相手だからな、やっぱりランクに関する事だろうな」
「パッと思いつくモノとしては、ランクアップについてじゃ無いかしら? ほら私達って、稼いでいる割に今まで一度もランクアップ申請をしていないし」
「ああ成る程……業を煮やして、って所かな?」
このダンジョンを利用している探索者達の中で、俺達は間違いなくトップグループに属している。換金額にしても、他の学生探索者やプロ探索者に比べ俺達は遙かに稼いでいるだろう。
そんな俺達のランクは、ランク制度が始まった時に査定され交付されたDランクのまま。
「ウチのダンジョンでは、Dランクが最前線張ってるんだぞ!……じゃ、見栄えも聞こえも悪いよな。AかBランクとかだったら、胸を張って宣伝も出来るんだろうけど……」
「つまりは、協会支部間や世間に対する見栄の張り合いって所か?」
「Dランクがトップなんて話が広まったら、よっぽど辺境にあるのかとか、上級ランカーが見向きもしない旨味が少ないダンジョンなのかと思われて、新規探索者やダンジョン関連企業が集まってこなくなるモノね。確かにそう考えると、攻略トップ陣にはある程度のランクになって貰わないと困るわよね」
まぁ俺達を宣材……宣伝材料に使いたいと考えているのかは別にしても、潜行階層やアイテム換金額がトップクラスの俺達がDランクランクのままでは、色々なところから不平不満が出て来ているのかもしれない。
力を持っているのなら、それ相応の立場に立って貰いたい……そう言う話かもしれないな。
「でも、ランクか……。うん、別に上げなくても良いんだけどな」
「まぁ今の所、ランクが上がったからと言って何かメリットがあるわけでも無いしな」
「高ランクになれば、企業からダンジョン素材の納品依頼を依頼して貰えるって話を聞いたことがあるけど……別に私達はいらないわね。むしろそんな依頼を受ければ、探索の際の行動が制限されて面倒よ」
「依頼を受けたら、優先して採取ノルマを達成しないといけなくなるからね。確かに学生探索者をやっているウチに企業に顔を売っておけば、自前の探索者を揃えたい企業にスカウトされる可能性は高くなるけど……現在進行形でスカウトは全部断ってるもんね」
「それに下手に企業とかから依頼を受ける立場になって、毎回毎回断っていたら知らないところで俺達の評判が悪くなっていた……なんて事にもなりかねないぞ」
うん。考えれば考えるほど、ランクを上げるメリットが感じられない。少なくとも、学生探索者をやっている内は今のランクでいる方が気楽に思える。後は、真壁さんの話を聞いてからだけど……余程のメリットが無いとランクアップは無いかな。
そして3人で話しながら待っていると、ノートパソコンと紙の資料を持った真壁さんが会議室に姿を見せた。
これだけ成果を上げていたら、ランクアップ申請(半強制?)のお誘いが来るのも仕方がない……ですよね?




