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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第13章 夏休みはダンジョン探索三昧
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第280話 試食会はどちらの得に?

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 俺が店を前に躊躇し二の足を踏んでいる内に、柊さんは何の緊張感もなく入り口の扉を開け声を発する。


「ただいま、お父さん。2人を連れてきたわよ、試食会の準備は出来てる?」

「おう、お帰り。準備できてるぞ」


 店の中から、威勢よく張りのある英二さんの声が聞こえてきた。どうやら予定通り、お昼のラッシュは終わっている時間帯になったようだ。

 そして柊さんに続き、裕二が店の中に入り挨拶をする。


「お邪魔します、英二さん。今日はよろしくお願いします」

「広瀬君か。こちらこそ、今日の試食会では腕を振るわせてもらうよ」

「ははっ、楽しみにしてます」


 空いた扉の隙間から、裕二と英二さんの和やかな雰囲気漂う掛け合いの声が聞こえてくる。楽しげな雰囲気から、今回の試食会は英二さんも乗り気だという事が推し量れる。

 それよりも、何時までもこうして立ち尽くしている訳にもいかないな。良し……次は、俺の番だな。


「……こんにちは。お久しぶりです、英二さん」

「おお九重君、久しぶりだな。雪乃から聞いてるよ、あんまり乗り気じゃないんだって?」

「ははっ、まぁ何となくって程度なんですけどね? 食べた事が無い部類のモノなんで、ちょっと一歩引いてるって感じです」

「まぁ誰でも初めてのモノをってなると、そういう反応を示してしまうモノさ。だが俺が今回、それを食わず嫌いだっただけなんだって思わせてやるよ」

「……ははっ、よろしくお願いします」


 俺は若干引き攣ったような苦笑いを浮かべながら、尻窄まり気味の小声で英二さんに返事を返した。これで完全に逃げ場はなくなったな。

 そして俺達は英二さんに言われ、店の奥のテーブル席へと移動した。


「さて試食会だが、お前たちが持ち帰ってきたトカゲ?の肉を調理した料理をいくつか出していく。率直な感想を聞かせてくれ。反応が良さそうなら、商品化も考えようと思っているから」

「商品化……ですか?」

「ああ。と言っても、レギュラーメニューって訳じゃなく、期間限定とかの形だけどな。いくら美味くとも、日本ではトカゲ肉はゲテモノ扱いになるから、食べる前から客によって好き嫌いが分かれる。ちょうど、九重君のようにね」

「……」

「さっきも言ったが、その反応自体は別に悪い物じゃない。ある意味、当然の反応だよ」


 英二さんは俺達の反応を見ながら何度か頷いた後、お皿を差し出してきた。 


「と言う訳で、最初の一皿目は見た目を工夫したコレだ」

「コレだって……唐揚げですか?」

「そっ、トカゲ肉の唐揚げだ。まずは見た目からくる忌避感をなくすためにも、普段から見慣れた料理から箸をつけるさせるのが無難な選択だろうな。味を知ってもらう為にも、まずは一口食べてもらわないとどうしようもない」


 英二さんから受け取ったお皿には、櫛切りレモンとレタスが添えられたキツネ色のから揚げが載っていた。見た目は完全に、鶏のから揚げである。黙ってこれが出されたら、何の疑問もなく鶏のから揚げと思いこんだまま手をつけるだろうな。

 そして俺はトカゲの唐揚げを自分の取り皿に取り、じっと見つめる。


「……」

「おお、美味そうだな! 確かにこれなら、トカゲ唐揚げって言われないと分からないな」

「見た目は、完全に唐揚げだものね」


 躊躇する俺を差し置き、裕二と柊さんがトカゲのから揚げを口にする。

 

「!? 旨っ! 英二さん、これ美味いっすね!」

「そうだろ? ササミに近い肉質をしてるくせに、もも肉並みのジューシーさだからな」


 美味そうにトカゲのから揚げを食べながら、驚きを含む満面の笑みを浮かべながら感想を口にする裕二と、幸せそうな微笑みを浮かべる柊さん。2人のそんな姿を見ていると、トカゲのから揚げを眺めながら口にするのを躊躇している自分が馬鹿らしく思えてくる。

 そして俺は小さく息を飲んだ後、意を決しトカゲのから揚げを口にした。


「!? 旨っ!」


 トカゲ唐揚げのおいしさに、俺は思わず目を見開き感想を漏らす。英二さんの言うように、ササミのような肉質にもかかわらず溢れ出すたっぷりの肉汁。丹念に下処理をしているお陰か、癖も無くブランド鳥の唐揚げと比較しても負けていない。英二さんが宣言していた通り、俺が持っていたトカゲ肉に対する先入観が砕け散った瞬間だった。

 そんな俺の様子を目にし、英二さんは何処か誇らしげな苦笑を漏らす。


「どうだ、美味いだろ?」

「はい、まさかここまで美味しくなるとは思っても見ませんでした」

「トカゲの肉自体は、世界の色んな地域で食べられているものなんだよ。ただ、小さいから食べられる身を多く取れなくて、牛や豚のように商業ベースに大々的に乗るような常食肉にはならないんだ」

「へー」


 俺達は残りのトカゲ肉の唐揚げを食べながら、英二さんのトカゲ肉の世間的扱いという名の話を聞く。味に問題が無く、生産量が理由で商業ベースに乗らないと言うのなら、コレから探索者がトカゲ素材を持ち帰る様になれば食卓……は難しくとも取り扱う飲食店は増えるだろうな。






 トカゲ肉に対する忌避感も消え、和やかであり楽しげな雰囲気のまま試食会は終わる。英二さんの腕も有り、出てくるトカゲ肉料理はとても美味しかった。 

 そして試食会を終えた俺達は、お昼休憩している英二さんを交えつつダンジョン探索に関する話をする。


「そう言えば3人とも、8月いっぱいはずっとダンジョン探索に出かけるのか?」

「えっ、ああ、はい。取り敢えず、お盆の期間を除いて、出来る限りダンジョンに潜ってみようと思っています。長期休み中じゃ無いと、移動に時間が掛かるダンジョンの深い階層までは潜れませんから」

「そうか……。まぁ、そう言う理由でダンジョン探索に精を出すのは良いが、疲労を溜め込まないように程々に休養を挟んで怪我をしないように」


 英二さんは心配げな表情を浮かべながら、俺達……主に柊さんに向かって釘を刺す。一応和解と言うか、話し合いは済んでいるものの、ダンジョン探索に娘が赴く事は心配だろうからな。

 なので、俺と裕二は英二さんの目を真っ直ぐ見ながら、強く頷きつつ返事を返す。


「はい、それは勿論。体調不良を押して、ダンジョン探索なんて危なすぎますからね」

「安全第一、無理はしませんよ」

「そうか、それなら良いんだ。態々言わなくても大丈夫だとは思っているんだが、ヤッパリ心配な物は心配でね。如何しても、心配事が口に出てしまうな……」


 英二さんは苦笑を浮かべつつ心配しすぎたなと自嘲しているが、俺達はそんな英二さんの姿に少々心苦しさを覚える。

 一応、俺達は家族と話し合った上で許可を貰い、探索者としてダンジョン探索を行っているが何時大きな怪我を負うか分からない。今までは大きな怪我を負うこと無く探索者業を行ってこれたが、コレからもそうであるとは限らないので家族には探索中は常に心配を掛けている状態だからな。

 

「……大丈夫よ、お父さん。確かに最近は良くダンジョンに行っているけど、ちゃんと休養は取っているし事前準備も十二分に整えているわ」

「そうは言うが……」

「それにね? 他の探索者をしている人達から見れば、私達が採っている方針は石橋を叩いて渡っているほど慎重よ」


 心配ないと言う柊さんの主張に対し、英二さんは理解はすれど納得しきれないといった表情を浮かべている。本人が何と言っても、心配する親心が根底にある以上、完全に納得は仕切れないだろうな。

 それにしても……うん、まぁそうだね。柊さんの言うように、俺達の行動方針は他の探索者からしたら臆病とも取れるだろうな。石橋を叩いて渡ると言うより、石橋を叩き砕いて建て直した橋を命綱付きで渡るくらい慎重だ。実態を知られたら、他の探索者からしたらサッサと先に進めよ!?と言われるだろうな。


「……そうか。じゃぁまた、近い内にダンジョンへ行くのか?」

「ええ。その為の買い物も午前中の内にすませてきたし、お盆の前まではこのペースでやっていくつもり」

「……本当に無理はするなよ?」

「ええ、勿論」


 一先ず、柊さんの方の話は纏まったようだ。とまぁそう言うわけで、俺と裕二はそろそろお暇しようと思う。あまり長居していると、夕方の営業の仕込みに支障が出るからな。

 なので、俺と裕二はタイミングを合わせ、試食会の終わりを切り出す。


「じゃぁ柊さん、英二さん。俺達、そろそろお暇しようと思います。あまり長居していたら、お邪魔になるでしょうし」

「英二さん、試食会を開いて貰いありがとうございました。どの料理も、とても美味しかったです」

「おう、こう言う事なら何時でも相談してくれ。俺としても、新しい食材を使った料理の勉強になるからさ」

「はい、また機会があったら相談させて貰います」


 試食会という突然の御願いをしたのに、英二さんは料理人としては勉強になるからまた誘ってくれと言ってくれた。まぁ、柊さんのお父さんというのもあるだろうが、俺達が珍しい……最新のダンジョン食材を持ってきてくれるというのにも期待しているんだろうな。

 まだ、世に少量しか出まわっていない新食材を、優先的に研究出来る。あれ? 研究熱心な料理人にとって、俺達の御願いを聞いて、試食会を開くデメリットより、メリットの方が大きい様な気が……って、まぁ良いか。


「あっ、そうだ。はい、二人ともコレ」

「コレは?」

「お土産だよ。トカゲ肉の唐揚げが入ってるから、お家の人にも食べて貰って感想を聞いてくれ。試食の感想は、幅広い人達に聞いた方が良いからな」

「分かりました、お土産ありがとうございます」


 そう言って、俺と裕二は英二さんが差し出してきた唐揚げの入った袋を受け取る。味自体は美味しいが、やはり俺も持っていた慣れない物に対する忌避感が問題だろうな。

 美佳の奴……食べる前に教えたら食べるかな?


「じゃぁ柊さん、また明日」

「お疲れ、試食会ありがとう」

「ええ。九重君も広瀬君も、また明日ね」


 柊さんはもう少し英二さんと話してから帰るらしいので、俺と裕二はお土産片手に店を後にした。






 帰りの道の途中で裕二と別れた俺は、お土産の唐揚げを持って帰宅した。

 

「ただいま」

「お帰りなさい、大樹。あら? 荷物が少ないようだけど……お買い物は出来たの?」


 リビングでテレビを見ていた母さんが、帰宅した俺に気付き声を掛けてくる。

 あっ、拙い。買い物した荷物を出すのを忘れてた。


「あっ、うん。今回の買い物はダンジョン探索で使った物の補充だったから、買った物は裕二に預けてあるから大丈夫。それよりコレ……お土産」

「あら、唐揚げ? ありがとう」


 俺は失敗を誤魔化すように口早に言い訳を口にした後、お土産のトカゲ肉の唐揚げの入った袋を渡す。母さんは受け取ったお土産の袋を開き中身を確認しているので、ダメ押しにと唐揚げの正体を母さんに伝える。

 コレで慌ててくれれば、誤魔化しきれるはずだ。


「それは、この間のダンジョン探索で手に入れたグラスリザードのお肉を使って作って貰った特製の唐揚げだよ。お昼に試食させて貰ったけど、美味しかったよ」

「グラスリザードのお肉?」

「えっと、簡単に言うと……トカゲ肉の唐揚げだよ」

「トカ!?」


 唐揚げの正体を知った母さんは予想通りというか期待通りに反応し、咄嗟に袋を持った腕を伸ばし唐揚げを遠ざける。


「えっと、母さん? そんなに驚かなくても大丈夫だよ、見た目は普通の唐揚げだし、プロの柊さんのお父さんに調理して貰ってるから凄く美味しかったよ」

「そ、そう……」


 母さんは恐る恐ると言った動きで、唐揚げの入った袋を再度覗き込み匂いを確認する。

 

「……確かに、普通の唐揚げみたいね」

「流石にそこまで変な物だったら、お土産として持ってこないって。夕食に出す時は、皆が食べるまで正体は隠しておいた方が良いと思うよ。さっきの母さんみたいな反応になると思うからさ」

「そう、ね。確かに正体を知らない方が、食べやすそうね」

「まぁ、味については保証するよ」


 俺がそう言うと、母さんは少々戸惑いつつ唐揚げが入った袋を持って台所へ向かった。

 よし、コレで荷物の件は取り敢えず誤魔化し切れた……はずだ。


「じゃぁ部屋に行くから、夕飯の時間になったら教えてよ」

「ええ、分かったわ」


 と言うわけで俺は自分の部屋に戻り、明日からのダンジョン探索の準備を始めた。まぁ今回買ってきた補充品は“空間収納”に仕舞ってあるので、特に荷解きもしなくて良いのだけど。

 そして家族揃っての夕食が始まり、食卓に上がったトカゲの唐揚げを食べ美味しいとの好評を得ることが出来た。ただし食後に唐揚げの正体を教えたところ、美佳との間に何故食べる前に教えなかったのかと言う些細な騒動が発生。……うん、探索者になった兄妹での喧嘩は御法度だな、危なすぎるから。















食べてみれば、意外に美味かったという結末ですね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] > 他の探索者からしたらサッサと先に進めよ!?と言われるだろうな。 読者からも思われてるよ、きっと。
[一言] 都会っ子はこれだからだめだんべ! 世界の貧困地域を考えれば貴重なたんぱく源だって分かるぺさ。
[一言] >食べてみれば、意外に美味かったという結末ですね。 うん、まあこれは妹が正しい。 世の中宗教絡み、アレルギー、トカゲならペットで可愛がってる人もいるし そも他人を勝手に冒険させるのはNGだ…
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