第279話 試食会へのお誘い
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ダンジョン探索を終えた翌日、俺達は今回の探索で消費した物資の買い足しの為に朝から町へと出かけてきていた。後、先日の探索で買い足しておいた方が良いと思った品もな。もう、あんな失敗は嫌だしさ。
と言うわけで、先ずはホームセンターで消費した食品の買い足しからだ。
「ええっと、保存食品のコーナーは……」
「あっちよ」
保存食コーナーの位置が分からず迷っていると、知っていたらしい柊さんに先導される形で移動する。近所のスーパーなら大体配置を覚えているから、迷わず分かるんだけどな。
そして少し歩くと、お店の隅に設置してある保存食コーナーに辿り着いた。にしても、探索者によるダンジョン探索が活性化して以来、保存食コーナーが常設してある店が増えたよな。
「さて、どれを買うかな……」
取り敢えず10分という時間を決め、俺達は思い思いに商品選びを始める、
保存食コーナーだけで一区画を占めているので、置いてある商品の種類が豊富でどれを買うか目移りしてしまう。米やカレーと言った基本的なメニューの商品は一通り購入済みなので、閉鎖的なダンジョン内での気分転換の為にも一風変わった商品を購入したい。まぁ、一目で変と分かるのはアウトだけどな。
「パスタ……いや、丼物も良いか?」
ホント、色々あるよな。だいたい思い付く物は、レトルトなりフリーズドライなりの形で商品化されている。これに缶詰系を加えると文字通り、何でもありだ。まぁ逆に、選択肢が増えすぎて今現在困ってるんだけど。
そして暫く悩みながら棚を眺めていると、保存食コーナーの棚の端にある一角で目がとまった。
「……全体的に赤いな」
俺が目をとめた一角は、一言で言い表すと赤かった。並んでいるパッケージの殆どが、赤をメインカラーにしているからだ。
つまり……。
「ここは、激辛コーナーか……」
明らかにヤバい雰囲気を醸し出す商品が幾つも並び、そのパッケージの表面ロゴには“激辛”や“舌が痺れる”と言った警告?アピール?表記が踊っていた。
いや、“激辛”ってのは分かるけど、“死神”や“地獄”って表記はどうなんよ?
「おっ、大樹。お前、激辛を買うのか?」
「ん? ああ、裕二か。いや、ちょっと目にとまっただけだよ。ほら、この一角だけ、真っ赤だしさ」
「ああ、なる程。確かに、この色合いは目立つからな」
別の場所で探していた裕二が、激辛コーナーの前で足を止めていた俺に声を掛けてきた。
まぁ、こんな所で足を止めてたら気になるよな。
「……で、買わないのか?」
「興味はあるけど……激辛だからな。辛さが分からないとなると、ダンジョン内で食べるのはちょっと、ね」
良くテレビで芸人が激辛を食べる番組があるが、食べた後に一日中トイレに籠もった等の話を聞けば、とてもではないがダンジョン内で食べられるようなものでは無い。腹を壊しながらダンジョン探索……普通に死亡フラグじゃ無いかな?
あとそんなレベルの激辛になると、匂いだけでも周囲に迷惑を掛ける。うん、ヤッパリ駄目だな。
「まぁ、そうだな。ああでも、ダンジョン内で食べるんじゃ無く家で食べるんなら、良いんじゃ無いか?」
「……やけに押してくるな。裕二、食べたいの?」
「いや? どんな味がするのかな……って、単なる興味だよ。まぁ辛いのは苦手だから、自分じゃ食べたくは無いけど」
「……おい」
いい顔して何、当たり前のように人に毒味を押しつけてるんだよ。俺だって嫌だよ、見るからにヤバそうなパッケージをしてる激辛商品なんて。それに絶対辛いって、コレ。
「何してるの、二人とも? もう、買う物は決まったの?」
「あっ、柊さん」
暫し裕二とどちらが激辛商品を買うか牽制し合っていると、怪訝気な表情を浮かべた柊さんが声を掛けてきた。まぁこんな所で商品を押し付け合いながら牽制し合っていれば、そんな表情を浮かべるのも仕方ないか。
俺と裕二はバツが悪い表情を浮かべ、柊さんに軽く状況を説明する。すると……。
「じゃぁ、私が買うわ」
「「えっ?」」
「何よ、その顔。私が買ったら駄目なの?」
「えっ、あっ、いや、別に悪くは無いけど……良いの? 激辛だよ? ほら、ダンジョン内で食べたら……」
俺と裕二は怪訝気な表情浮かべながら、激辛商品を買うと言い出した柊さんの様子を伺う。
「勿論、ダンジョン内では食べないわよ。刺激物だし、万が一体調を崩したら怖いもの」
「あっ、そう……。じゃぁ、家で食べるって事?」
「ええ、辛い物は好きな方だから、ちょっと興味もあるわ」
「へ、へー」
柊さんが辛い物好きだとは初耳だが、何と言うか……フラグ立ててない? 激辛を食べるバラエティ番組でも、辛い物好きだと言って出て来るゲストが毎回のように途中リタイアしてるしさ。
だが、そんな事を考えている内に、柊さんは激辛コーナーで一番辛いと書かれたポップを貼られた商品を手に取っていた。“死神の囁き 一撃必殺担々麺”……おいおい、どんな商品名だよ? 本当に売る気あるのか、コレ?
「そ、それを買うの?」
「ええ。折角食べるのなら、一番辛いって言われている物を食べてみたいわ」
「そ、そうなんだ……」
興味津々と言った表情を浮かべる柊さんの姿を見ていると、もはや何も言えない。何と言うか、商品を持つ柊さんの手から赤い瘴気?が漏れ出しているように見えるんだけど……きっと目の錯覚なのだろうな、うん。
俺と裕二は戦々恐々とした表情を浮かべつつ、赤い瘴気漂う商品をカゴに入れる柊さんの後ろ姿を見送った。
若干の一騒動があったものの、無事に食料品の補充は終了。俺達は次に、工具コーナーへと移動した。ココでは、前回の探索での失敗をカバーするアイテムを購入するつもりだ。
二度と同じ失敗を繰り返す訳にはいかないからな、羞恥心的な意味でも。
「それで大樹、何を買うんだ?」
「前回の失敗を繰り返さないように、天井までの距離を測れるものをね」
「距離……メジャーでも買うのか?」
「似たような物だけど、ちょっと違うかな。今回買おうと思ってるのは……あっ、あった」
裕二の疑問に答えながら辺りに目を走らせていた俺は、ガラスケースの中に入れられた目的の商品を見付け指さす。
「ん、何だそれ?」
「レーザー距離計だよ。レーザー光線を出して、計測器から対象までの距離を測るんだ。コレを使えば、飛び上がる前に天井までの距離を把握出来るよ」
「へぇー、そんなのがあるんだ」
説明を聞き興味が湧いたらしく、裕二はガラスケースの中に並べられたレーザー距離計を眺め始めた。俺も裕二の横でケース内を眺めたが、メーカーや機能で色々とある。だが、もう買う物はだいたい決まっている。屋外でも使え、それなりの距離がはかれる物じゃ無いといけないからな。
そう思いながら、俺は1万5千円程する距離計の商品引き換え券を手に取った。
「ねぇ、九重君? 思うんだけど、別に飛び上がらなくても他のやり方は出来ないのかな?」
「他のやり方? ……例えば?」
「そうね……カメラ付きのドローンを飛ばすとかどうかしら? アレならスマホにつなげてリアルタイムで映像を見れるみたいだし、家電量販店でも売ってるわよ?」
ドローンか……確かにありかも。但し飛行体に対するトラップや、飛行する系のモンスターが出てこなければだけど。まぁコレは、自分達がジャンプして飛び上がる時にも言えることだけどさ。
だけど……。
「ドローンを使うのは良い方法かもしれないけど、壊れる事を前提に採用しないといけないかな」
「まぁ……そうかもね」
「でも、ジャンプする前の様子見として飛ばすのは有りだと思う。この間は幸い飛行系モンスターは出てこなかったけど、事前に様子見をしておかないと危ないもんね」
グラスリザードばかりしか出てこなかったので失念していたが、あの時飛行系モンスターが出てくる可能性もあったのだ。空中でも迎撃することは可能は可能だろうが、初見では思わぬ損害を被る可能性はあった。ジャンプした時に、モンスターが襲ってくるかどうか事前に分かっていれば、回避するにしても迎撃するにしても心に余裕が持てるからな。
それにドローンとは本来、人間がやるには危ない仕事を人的損害を出すこと無く代行させる事を目的とした機械だ。ある意味、本来の目的に沿った使い方かもしれない。
「……よし、じゃぁ買っていって試してみよう。上手くいけば儲けものだし、駄目なら駄目でも事前偵察には使えるから無駄にはならないしさ」
「そうね、囮に使えるのなら無駄にはならないものね。でも、私が言い出したことなんだけど九重君ってドローンを飛ばせる? 私、飛ばしたこと無いわよ?」
「……えっ?」
「「……」」
俺達は顔を見合わせ、戸惑いの表情を浮かべつつ半目で見つめ合った。ドローンの利用を提案してきたのだから、てっきり操縦も出来ると思っていたんだけど……出来ないんだ。
すると、話を聞きながら俺達の様子を窺っていた裕二が、遠慮がちな声色で話し掛けてきた。
「ああ、その、何だ? 俺、簡単になら飛ばせるぞ」
「! 本当か、裕二?」
「あ、ああ。と言っても、何回か触ったことがある程度だから、凄技とかのパフォーマンスは期待するなよ? 取り敢えず、墜落させずに飛ばせる程度の物だ」
「いや、飛ばせるだけで十分だよ」
裕二の飛ばせるという言葉に、俺と柊さんはホッとしたような表情を浮かべた。買ったは良いが誰も飛ばせない、1回飛ばしただけで壊れたでは、本当に買うだけ無駄になるからな。
しかしコレで、ドローンを偵察兼囮として運用出来る。
「じゃぁ後で、ドローンを買いに家電量販店に行こう」
「おう」
「ええ」
と言うわけで、ホームセンターで買い物を済ませ俺達は駅近くの大型家電量販店へ向かう事にした。途中、ネットで軽くドローンの値段について調べてみたら、それなりに確りした作りの物となると数万、本格的な物になると十万近くするようだ。
無論、安い物になれば1万円を割るが……それなりの品を買っておいた方が、後々後悔しないで済むだろうな。
午前中一杯使って、一通りの買い物を済ませた俺達は近くのカフェで休憩を取っていた。因みに戦利品の殆どは、人目の付かないところで“空間収納”へ仕舞っているので殆ど手ぶらだ。
そして買い物も終わり、後は解散するだけだったのだが柊さんが待ったの声を掛けてきた。
「ねぇ九重君、広瀬君。お昼ご飯はどうするの?」
「えっ? うーん、家に帰って適当に何か食べる、かな?」
「俺もそうだな」
「じゃぁ特に誰かが待っているとか、予定があるわけじゃ無いのよね? それなら、この後一緒に食事をしない?」
柊さんから食事のお誘いである。女の子からの食事のお誘い、普通なら心が浮き立つイベントかもしれないが、嫌な予感をヒシヒシと感じた。
そして俺が若干警戒していると、裕二が話の続きを促すように質問をする。
「うん、別に良いよ。で、何処に食べに行くの?」
「ウチのお店。ほら、昨日言ってたじゃ無い? 試食会をしようって」
「ああ、そう言えばそうだったね。って、昨日の今日でもう大丈夫なの?」
「ええ。お父さん、アレの美味しい調理法を知ってたわ。何でも、修業時代に扱い方を教わったんだって。昨日、少し試作品を食べさせて貰ったけど美味しかったわよ」
「へぇー」
悪い予感が的中しちゃったよ!? えっ、マジで!? もう!?俺は柊さんと裕二の会話を聞きながら、内心でもの凄く焦っていた。何れ来るだろうとは予想していたが、昨日の今日かよ!?と。短くても1週間ぐらい余裕があると思っていたのに、全然心の準備をする暇が無いなんて……。
そして俺が驚愕し何も言えないでいる内に話は纏まり、昼食は柊さん家のお店でトカゲ肉の試食会をする事になった。
「ランチタイムを過ぎてからなら、来ても良いって」
「じゃぁそれまでの間、何処で時間を潰そうか」
「そうね。でも、移動時間を考えたら潰す時間は……1時間ぐらいかしら?」
お店と連絡が付いたので、二人は試食会までの空き時間の潰し方について話し出した。どうやら、試食会からの逃げ道は無いらしい。俺は後1時間?で、覚悟を決めないといけないようだ。
トカゲか……柊さんは美味しかったって言っているが、如何しても忌避感が拭いきれない。
「おおい、如何した大樹? 行くぞ?」
「あっ、えっ、ん? 行く? 何処に?」
「おいおい、聞いてなかったのかよ?」
「ゴ、ゴメン」
トカゲ肉実食のことで頭がいっぱいになっていたせいで、この後どうやって時間を潰すのか一切聞いていなかった。俺は眉を顰め若干不機嫌そうな表情を浮かべる裕二と柊さんに謝って、時間潰しの方法を聞き、店を後に時間潰しへと赴いた。
そして上の空の状態で時間潰しを終えた後、俺は柊さん家が経営する“らーめん本舗ひいらぎ”の前に立っていた。
補充物資の買い出しと、突然の試食会へのお誘いです。




