第24話 年の瀬
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俺達は初ダンジョン攻略が終わった後、放課後に重蔵さんに武術を習い週末の休みにダンジョンへ行くと言う生活パターンを繰り返していた。レベルアップの御陰で基礎身体能力に不自由しなかった俺と柊さんは、重蔵さんの指導の元で剣術と槍術を教わり腕を磨いている。
その過程で、レベルの差など些細な物だと言う事を俺達は十二分に実感していた。
「ほれ、どうした九重の坊主?動作は早いが、動きがなっとらんぞ?こんな見え見えの隙に引っかかりおってからに……」
重蔵さんの手によって。
何、この爺?無茶苦茶強いんですけど……。
俺は道場の床でお腹を押さえ這い蹲りながら、片目で重蔵さんを見上げていた。
「隙は見つける物ではなく、作る物だと何度も言っておろう?見付けたと思った隙は、相手の罠じゃと思え」
「いや……爺さん、アレは無理ないんじゃないか?」
重蔵さんの言い分に、裕二が疑問の声を投げかける。
俺も裕二の言い分に頷きたい。俺は確かに重蔵さんの竹刀を叩き落とし、無手にした筈だ。なのに何で俺は床に転がっているんだ?
「馬鹿孫が、そんな事を言っておるから相手に後れを取るんじゃ!」
「いや、竹刀を落としたら隙ってみるだろ、普通?」
「剣道の試合をやっとるんじゃないんじゃぞ?武器が竹刀だけじゃと誰が決めた?実戦武術では、使える物全てが武器じゃ。それにな、一つの武器に縋ればそれ自体が隙に繋がるんじゃ、現に九重の坊主もワシの武器が竹刀だけと思い込んでおった御陰でこのザマじゃ」
裕二と重蔵さんの話を聞くと、どうやら俺は重蔵さんの竹刀を落とし胴を横薙ぎに斬りかかろうとした所を、手首を軸に投げ飛ばされ床に叩き付けられ鳩尾に踵踏みを入れられたらしい。
道理で腹が痛む訳だ。
「九重の坊主、もう喋れるじゃろ?ワシの竹刀を叩き落とした時、竹刀以外でワシを攻撃する気はあったか?」
「……考えても見なかったです」
重蔵さんが、腹を摩りながら立ち上がろうとしている俺に話しかけて来た。
俺が竹刀を叩き落とした時、俺は重蔵さんが何か行動を起こす前に胴に竹刀を叩き込む事だけを考えていたからな。
「じゃろうな。それなら、ワシが竹刀を落とした可能性は考えたか?」
「落とした?……まさか!」
「今頃気が付いた様じゃな。アレはワシが坊主を誘導し、ワザと落とさせたんじゃ。打ち落とした時の手応えが、妙に軽かったじゃろ?竹刀が落とされる瞬間に力を抜いて、手に衝撃が伝わるのを逃がしたからの」
楽し気に企み事をバラす重蔵さんの姿に、肩を落とし俺は落ち込む。
結局、俺は重蔵さんの掌の上で踊らされていたって事か。
最初っから竹刀を撃ち落とされる事が前提だったら、撃ち落とされた後の行動が早いわけだ。重蔵さんの竹刀を撃ち落とした瞬間、俺はチャンスだと思い竹刀を打ち落とした位置から何も考えず切り返し、ガラ空きだった重蔵さんの胴目掛けて振り抜こうとした。
だが、それこそが重蔵さんが作った隙と言う事だ。俺が次に行う動作が分かっていれば、重蔵さんなら反撃は容易だろう。事実、切り返そうとして動きが止まった手首を持たれ投げ飛ばされているんだから。
「まぁ、動き自体は大分マシになって来たからの、後は経験の積み重ねじゃな」
ギリギリ及第点とでも言いたげな重蔵さんの態度に、俺は何とも言えない気分になった。基本的な身体能力でなら、俺の方が重蔵さんを圧倒しているはずなんだけどな……と。
ここ最近の重蔵さんとの稽古で、俺は武術と言う物の力を実感していた。身体能力が優れているだけでは、本当の武術家の前では良い様に弄ばれるんだなと。長年練り込まれ昇華された武術を知ると知らないとでは、体捌き一つ取っても大違いだった。
立ち上がった俺は最初の立ち位置に戻り、重蔵さんに頭を下げ礼を取る。はぁ、疲れた……。
「それでお主ら、ダンジョンの方はどうじゃ?ダンジョンに潜り始めて、随分時間が経つじゃろう?」
稽古を終え、夕日が差し込む道場で茶を飲んで休憩をしていると、重蔵さんがそんな事を聞いてきた。俺達は顔を見合わせた後、重蔵さんの問いに答える。
「まぁ、今は様子見って所だな。今の段階で無理に深く潜るのは危ないだろうから、3階層の辺りまでしか潜っていないよ」
「何じゃ、まだそんなもんか」
「そんな物って……爺さん。俺達まだモンスターと戦うのに慣れていないんだ、そうそう深くには潜れないよ」
裕二の回答に、重蔵さんは詰まらなさそうに鼻を鳴らす。
いや、つまらんて、アンタ……。モンスターと戦闘する度に、盛大な血飛沫が上がってるんだぞ?血に慣れる前に、そんな連続戦闘が出来るか!俺達の精神が持たんわ!
「大方、血に怯んどるんじゃろ?確かに、流血に慣れきってしまうのも問題じゃが、何時までも慣れん様ではいかんぞ?まぁ、血に酔うよりはマシなんじゃがな」
「……段々慣れては来ているんだぞ?来月には、もう少し深くまで潜って見るつもりだよ。ただ……」
3階層以降……今までの様に単独でモンスターが出てくるのではなく、複数のモンスターが一度に出現し始める階層だ。多対一ではなく、多対多の集団戦がメインになる階層だ。単独の敵に対してはそこそこ戦える自信は出来たのだが、チームワークにはまだ些かの不安があり、中々3階層以降に降りる踏ん切りが付かない。下手な連携で戦えば、最悪同士撃ちの危険が出てくるからな。
俺達が集団戦の事を思い不安気な表情を浮かべていると、重蔵さんがニヤリと笑う。
「ふむ、なる程の。では、今後は連携に重点を置いて扱くとするかの」
げっ。藪ヘビか!?
扱きがいがある玩具を見付た、とでも言いたげな重蔵さんの笑みに、俺達は顔色を変える。
ここ最近の重蔵さんの稽古には、一切遠慮や手加減と言う物が無かったからだ。高レベルIPSの御陰で常人以上の頑丈さを持っている俺達は、重蔵さんが本気で攻撃を打ち込んでも打ち身にはなるが重傷は負わない。その事を良い事に、重蔵さんは俺達に常人では致命傷になりかねない技の数々をかけて来た。
重蔵さんからしたら、修練した技量を十全に使って戦える俺達は、嘸かし頑丈で動きが早く打ち込みがいがあるだろうな。
はぁ……。
帰りの道すがら、帰り際に重蔵さんに言われた事を、思い出す。
「九重の坊主と柊の嬢ちゃん、悪いが年末年始の稽古はなしじゃ。年末年始に色々と行事があっての?ちょっと忙しくて、お主らの相手をしとる暇がないんじゃよ。ああ、素振りなんかの自主練習はしとくのじゃぞ?」
まぁ、裕二の家の家構えを見れば何となく事情を察せる。恐らくウンザリする程の忘年会や新年会、年始の挨拶回りがあるんだろう。もしかしたら、他流派との武術交流なんかもあるのかもしれないな。
まぁ、俺に言える事としては、ご苦労様の一言しかない。
「しっかし、明日でもう2学期も終業式かぁ……今年は色々あったな」
年の瀬の感慨にふける俺は、今年の出来事を思い出し溜息を漏らす。
色々思いを馳せていた高校生活が始まってみれば、2週間程で世界を様変わりさせる原因となったダンジョンが出現した。最初、政府放送が壮大なエイプリルフールネタかと思い、カレンダーの日付を確認したのが懐かしい。
あれを境に世界は大きく変わった。世間的に一番大きい事は、コアクリスタル発電の実用化だろうか?脱原発どころか、脱化石燃料が達成出来そうな勢いだ。新聞やニュースが言うには、来年日本各地に定格1000万キロワット級のコアクリスタル発電所が複数建造されるらしい。原発や火力発電所に比べ、用地買収等の建設条件が簡単で国が全面支援しているのが理由との事。大規模コアクリスタル発電所の完成を機に電気料金の大幅値下げも検討されているとの話もあり、日本の企業群は今まで省エネの為に抑えていた生産力を復活させようと躍起になっている。御陰で景気は上向きになり、デフレ脱却も夢ではない状況に来ていた。
まぁ反対に、産油国は大変な状況に陥っているけどな。新聞やニュースでは、コアクリスタル発電の普及と共に石油の価値が暴落すると考えられ、産業転換を行うかどうかで大騒ぎしているらしい。日本も産油国向けに石油化学繊維産業などへの振興支援を表明しているが、沈静化には今暫く時間が必要とみられている。一部産油国では、原油価格の釣り上げが始まって居るとも報道されていた。
しかし、これらはまだましな変化だ。最悪の分類に類する変化は紛争や犯罪の多発化だろう。元々火種が燻っていた地域で、ダンジョンに潜って力を得た者達が反政府運動を始めテロ活動を激化させていた。ダンジョンに潜る事により得たドロップアイテムをブラックマーケットに流す事により活動資金が潤沢になり組織力が強化され、戦闘員一人一人の戦力が強化された事により鎮圧までに掛かる時間が伸び物的被害や民間人の犠牲者が増大する傾向にある。他にも外国ではダンジョンで得た力を悪用する犯罪者が増加し、対策に奔走する警察が右往左往する騒ぎとなっていた。
「明日の終業式が終わったら、冬休みか……。重蔵さんとの稽古も休みだし、どうすっかな?柊さんも年末は家の手伝いで忙しいって言ってたし……」
予定が急に空き、俺は冬休みをどうすごすか思案する。単独でダンジョンへ行こうとも思いはしたが、色々な意味で時期尚早と思い考え直す。ゴブリンなどの人型モンスターを切り殺した後、一切動揺せず周辺警戒を疎かにしない自信は未だ持てないからだ。それが出来ない限り、単独潜行はまだハードルが高いと思う。実際、ダンジョンで怪我をする状況の第一位は、モンスターを倒した後に動揺し注意力散漫な状態になった時だそうだ。
「……寝正月で過ごすか。特にこれと言った用事もないしな」
この際ダンジョン関連の事は一旦忘れ、家族とのんびり正月を過ごそうかと思った。今年は美佳の高校受験が控えているので、家族皆で遠出をすると言う予定もないしな。去年は俺が高校受験と言う事もあって家族旅行は無かったので、今度は俺が美佳に付き合って家庭教師モドキをするのも良いだろう。
そうこう考えながら家路への道を歩いていると、何時の間にか家へ到着していた。
「ただいま」
「……お帰り!」
玄関を開けると、リビングの方から美佳の声が聞こえる。
玄関を上がりリビングの扉を上げると、既にリビングには全員が揃っていた。どうやら、帰宅は俺が一番最後だったようだ。
「ただいま。夕飯は今から?」
「お帰りなさい。今から用意するから、大樹は先に汗を流していらっしゃい。少し汗臭いわよ?」
「……?分かった、先に風呂に入ってくるよ」
汗臭いかな?俺は襟元を嗅いでみるが、自分じゃ良く分からない。
けどまぁ、母さんが言うなら汗臭いんだろ。さっきまで重蔵さんと稽古していた事もあるし、可能性は十分ある。俺は皆に一言断りを入れ、リビングを後にし部屋に荷物を置いて着替えを持ち浴室へと向かった。
手早く入浴を終えた俺が部屋着に着替えリビングへ戻ると、テーブルの上に夕食が並んでいる。
「いただきます」
TVを見ながら夕食を始める。年末が近い事もあり、どの放送局も特番が組んであった。
「そう言えば大樹、お前ダンジョンに行って居るんだよな?どうだ、調子は?」
「ん?今の所は順調だよ」
静かに夕食を食べていると、父さんが俺の近況を聞いてくる。
「そうか。いや、結構怪我人も出ているみたいだし、お前は大丈夫か心配でな」
「心配してくれて、ありがとう。無理はしてないから安心して」
「でも、気を付けなさいよ大樹。貴方が大怪我したなんて言う連絡は、貰いたくないわよ」
「うん。十分気を付けるよ」
父さんと母さんには、結構心配を掛けているようだな。これからも怪我をしない様に、十分注意しよう。さいわい裕二も柊さんも強引にダンジョン探索をするタイプじゃないから、大怪我を負う様な事態には早々直面しないだろう。
「そう言えばお兄ちゃん、この間言っていたドロップアイテムの査定って終わったの?」
「?ああ、その件な……」
「どうなったのか、私結構気になってるんだよ?」
美佳の言う査定。ダンジョン協会に預けた、鑑定待ちのスキルスクロールの件だ。数日前、ダンジョン協会から俺宛に査定通知が届いていた。通知書類にはスキルスクロールの名称と効果が書かれており、買取査定額が表記されている。
因みに、俺達が売りだしたスキルスクロールは硬化、防御力が少し上がるスキルだ。コレを売り出した理由としては、熟練度を上げる為に敵の攻撃を受ける必要があるから。ゲームでもないのに、敵の攻撃を受け止めるなんてリスクが高い。死にスキルと言っても良いんじゃないんだろうか?
しかし、スキルスクロール自体が品薄だったのか、査定額は公開されていた相場より少々色が付いて45万程で売れた。
「そこそこ良い値は付いていたよ」
「本当!?じゃぁじゃぁじゃぁ、今度何処かに連れて行ってよ!もう直ぐ冬休みだから、良いよね!?」
「ダメよ、美佳。あなた今年受験なんだから、チャンと勉強しないと」
「ええっ」
俺の財布で豪遊を目論んだ美佳は、母さんの指摘の前に崩れ落ちた。
まぁ、去年の俺もこの時期は追い込みで、勉強漬けの毎日だったからな。ご愁傷様。
……でも、まぁ。
「受験が終わったら、何処かに連れて行ってやるよ。だから頑張れ」
「本当!?お兄ちゃん、約束だからね!」
「はいはい」
まぁ、勉強ってムチだけ与えても学習効率が悪いからな。御褒美って言うアメも用意しないと。母さんも父さんも苦笑を浮かべるだけで俺の提案に反対しないから、問題ないんだろう。
はぁ、それなりに軍資金を稼がないとな。




