第277話 試みは成功したけど、要改善だな
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裕二と柊さんの冷たい視線を背に受けつつ、俺は32階層への階段があるであろう場所を指さしたまま、微動だにしない。場の空気を誤魔化そうと勢いで指さしをしたものの、裕二と柊さんが何の反応もしてくれないので、次の行動がとれないんだよ。
まぁ二人も、どう反応して良いのか分からないんだろうけどさ。
「「……」」
「……」
互いに何か話を切り出してくれとばかりに、気配で牽制しあい微妙な雰囲気が漂う。
そして暫しの沈黙を挟んだ後、裕二が溜息をつきつつ気まずげに口を開く。
「……ああ、まぁ、何だ? 大樹……気拙いって気持ちは分かるんだけどさ? 取り敢えずコレ、飲んどけよ。頭を強く打ったみたいだしさ」
「……ありがとう」
気拙げな動作で裕二が差し出してきたのは、対外向けに各自が持っている中級回復薬だ。上級回復薬の方が効果は高いが、流通量が極小の物を常備するのは流石にやり過ぎだからな。俺は差し出された物を受け取りながら、裕二に礼を言う。
多分大丈夫だとは思うが、頭部を猛烈な勢いで殴打?したのだ。可能性は低いと思うが、くも膜下出血等が起きている可能性も無くは無いからな。念の為に、中級回復薬を飲んで置けという裕二の言う事は尤もだろう。
「……ふぅ」
「良し、飲んだな? じゃぁ、この話はココまでだ。頭を切り替えるぞ」
裕二は俺が回復薬を飲んだのを確認し、大袈裟気味な動作で柏手をうって場に漂う気拙い空気を吹き飛ばすように新しい話題を切り出す。
「取り敢えず、だ。是非は別にしても無事に目標を見付ける事が出来たと言う事は、大樹のアイディアは有効と言うことだな」
「そ、そうね。入り口地点からゴールを見付けられるとなれば、階層攻略の大幅時間短縮が出来るわ」
柊さんも裕二の話に乗り、若干気拙そうでは有るものの俺のアイディアの成果を称賛?してくれる。落ち込んだ気持ちを少しでも盛り上げようとしてくれているのだろうが、今の俺には傷口を抉られているように感じる。
俺の気のせいなんだと言う事は分かっているのだが、静かに心の傷を癒やす時間が欲しいなぁ。
「そうだね。一番手間が掛かる階段の捜索時間が減らせるってのは、この視界が悪い階層においての意味は大きい。固有ドロップ品の旨味が少ないのならば、無駄に不利な場所でモンスターと戦う必要がなくなるからな」
グラスリザードが相手だと、トカゲ肉が落ちても今一食指が動かないからな。食べてみたら美味いかもしれないけど、未食の現状ではあまり魅力を感じない。トカゲの皮は……バッグやベルトなんかに使えるかな? まぁ強度的に考えれば、レザーアーマーなんかにも使えそうだけど。
ん? そう考えると、グラスリザードのドロップアイテムって結構有用なのか?
「あ、あのさぁ……」
「ん? 何だ、大樹? 何かあるのか?」
「あ、うん。その……取り敢えず、俺が見付けた場所に行ってみないか? 話が階段ありきで進んでるみたいだけど、本当にそこに階段があるかは実際に現地を確認してみないと、本当にこの方法が有用かは分からないんだしさ?」
「……言われてみれば、そうだな」
俺の発言に裕二と柊さんは、そう言えばそうだなと言った表情を浮かべる。もしかしたら反則対策に、幻影というかダミーが設置されている可能性も無くは無いからな。本当に現地に階段があるかを確認をしておかないと、この捜索方法が有効なのかは分からない。無駄足で済めばまだ良いが、階段に見えた場所が罠という可能性もあるからな。
最も、普段の二人なら言わなくても気付くことなんだろうけど、俺のポカというか醜態を忘れようと早足気味に話を進めてしまったのでスルーしてしまっただけなんだろうけどな。つまり、俺が悪いって事なんだよな……はぁ。
「じゃぁ、取り敢えず行ってみるか」
「そうね。確かに九重君が見付けた場所に階段が無ければ、さっきみたいな捜索方法をとっても意味が無いもの。確認してからでも遅くなかったわね」
と言うわけで、先程行った俺の索敵方法の評価は道すがら行う事にして、取り敢えず階段の有無の確認に赴く事になった。
どうやら、多大な犠牲を払って得られた索敵結果は当たりだったらしい。帰還開始のタイムリミットまで時間が無かったので、階段があるであろう場所への最短ルートを進んだところ、多数のモンスターと遭遇したのだ。今までの経験上、階段への最短ルート上に高密度でモンスターが多数潜んでいたからな。つまり進行方向の先に、33階層へ続く階段がある可能性が高いという事だ。
俺の犠牲が無駄にならなくて良かったよ、本当に。
「もうそろそろか?」
「そうじゃないかな? それなりに進んできたから、上の階層と似たような広さなら……多分」
襲い掛かってくるグラスリザードの群れを蹴散らし終えた俺は、入り口の階段に視線を向け現在位置との位置関係を考え裕二の質問に答える。距離的に見て、裕二が言うようにそろそろ見える筈だ。
「それにしても、やっぱり最短ルート上はモンスターが沢山出るわね。対処は難しくないけど、こうなってくると最短ルートを進むより、回り道になってもモンスターが少ないルートを進む方が早く移動出来るかもしれないわ」
「確かに。ルート上の障害によっては、最短ルートが必ずしも最短時間で踏破出来るルートって訳じゃ無いからね。今は良いけど、後のことを考えるとその辺の事も考慮したルート策定は要検討かな?」
とは言え、それを行うにはこれまた時間が掛かる。少なくとも、狩り場では無く通過階層として先に進むだけならば、そんな手間を掛けてまでルート策定を行う必要は無い。特に今の所、この辺りの階層には他の探索者パーティーは居ないので、以前やったみたいに強引に通過すれば良いからな。今回得たドロップアイテムの換金具合にもよるが、狩り場として利用するならば、その時に改めてモンスターの分布マップを作成すれば良いだろう。
まぁ暫くは、探索階層を広げる為に先に進む事が優先だろうから強引に突破する事になるんだろうけど。
「っと、あったぞ」
「良かった、ちゃんとあって」
「と言う事は、九重君の捜索方法は有効って事ね」
そして長草をかき分け進んでいくと、予想通り33階層に続く階段が俺達の前に現れた。コレで、あの方法が有効だったことが証明されたな。
まぁやり方は、要改善だけど。もう、頭を強かに打ちたくは無い。
「同じ失敗を犯さないように、違う方法を考えないといけないけどね」
「まぁ……確かにな」
「そう、ね」
俺がヘルメット越しに頭を撫でながら苦笑を浮かべつつ忠告をすると、裕二と柊さんは半目で微妙に生やさしい眼差しを向けてくる。やらかした直後だったなら羞恥心で傷ついたであろうその眼差しも、少し時間を置けば何のそのだ。確かに多少の恥ずかしさは残るものの、落ち着いてしまえば話のネタとして受け流すことは難しくない。
それよりも、そろそろ……。
「ココまで、かな?」
俺は時計で時間を確認しながら、裕二と柊さんに時間切れだと告げる。
タイムアップ、つまり帰還開始時間だ。
「みたいだな」
「何とかギリギリ間に合った、って所ね」
同じように時間を確認した裕二と柊さんは、軽く息を吐きながら今回の探索時間の終わりを受け入れた。
「気分を入れ替える為に一息入れたいけど、ココは見通しも悪いし……取り敢えず入り口の階段まで戻ろうか?」
「……そうだな。休憩を取るなら、見晴らしが良い方が警戒しやすいもんな」
と言うわけで、一先ず入り口の階段前広場まで戻り休憩をとる。なし崩し的に続けるより、1度きっちりとした休憩を入れ区切りを付けた方が、緊張感や集中力は長持ちするからな。
そして帰る前に、他のパーティーがいないココでやっておく事もある。
「さてと、今回の探索で得た物として何を提出する?」
換金に出す、ドロップアイテムの仕分けだ。コレばっかりは、他のパーティーの目が無いところでしておかないとな。
「取り敢えず、マジックアイテムやスクロール系は全部提出だな。大樹、何か取って置いた方がよさそうなのはあるか?」
「うーん、特にコレと言った物は……無いかな?」
「じゃぁ、全部換金に回して問題ないな。柊さんは、何か欲しいものある?」
「私も特に欲しいものは無いから、換金に回して良いと思うわ」
「それなら、マジックアイテムやスクロール系は換金行きっと」
手に入れたマジックアイテムやスクロールを、手分けして各自のバックパックに詰めていく。占有スペースの割に換金率が良いので、優先的に詰めていく。
そして、問題はココからだ。
「モンスター由来の素材アイテムなのだけど……どうする? 今回はトカゲ素材中心に持って帰る? それとも、ある程度実績がある既存の素材アイテムを優先して詰めた方が良いのかな?」
「レア度で言えば、到達パーティが少ないからトカゲ素材の方が高いだろうけど、需要があるかどうかって話になると、既存の素材アイテムの方が換金額は安定してるからな……」
「レア度を信じて、大金狙いでトカゲ素材を詰め込んで……ってのもリスク高いわよね」
回収したトカゲ素材の量的には、バッグの残り容量を全部トカゲ素材で埋めることは可能だ。ただ、柊さんが言うようにリスクは高い。俺達パーティが持つ資産的には特に換金額に拘る必要は無いが、ある意味換金額とは分り易いやる気のパラメータだからな。
余り低い換金額だと、流石に俺達でもテンションは下がる。
「……8対2くらいの割合で詰め込んだ方が良くないかな?」
「そう、だな。あまり大量にトカゲ素材を持ち込むのも、アレだしな」
「トカゲ素材ばかり換金に出すと、30階層以降をメインに狩り場にしてますよってアピールになっちゃうもの。妙な輩に目を付けられないように、何とか苦労して少数の素材を確保出来たと思わせる位が良いでしょうね」
まぁそれでも、トカゲ素材を持ち帰った時点で注目は浴びるんだろうけどな。そもそもの話として、協会はドロップアイテムの買取履歴で俺達が29階層を突破している事自体は把握している。少量のトカゲ素材ならば、30階層を探索中として判断してくれるだろう……多分。
とは言え、大量に持ち込み俺達から大々的に教えてやる事も無いだろうしな。
「じゃぁ、トカゲ素材は少量だけ持ち込むって事で良いかな?」
「それで良いと思うぞ」
「私も問題ないわ」
そして休息を兼ねたドロップアイテムの仕分けも終り、俺達は帰還準備を終えた。
後は地上を目指してダンジョンを走り抜けるだけだな、他の探索者パーティーに見られないように気を付けないと……。
「じゃぁ地上を目指して、出発」
「おう」
「ええ」
俺達はドロップアイテムを納めた限界まで膨らんだ背中のバックパックと、空間収納から取り出した擬装用の保冷バッグを携え足早に帰路へとついた。
うーん、他の探索者パーティーとあまり遭遇せず順調にいけば……地上まで2,3時間って所かな?
予定通り……と言って良いのか疑問は残るが、面倒な探索者パーティーに絡まれる事も無く、3時間程で地上近くまで戻ってこられた。20階層辺りは人も少なく、一気に駆け抜けることが出来たが、流石に一桁階層にもなると、人が多く早歩きが精々。まぁ逆に、モンスターと遭遇する事も少なかったので、モンスターとの戦闘で足止めされる事も無かったけどな。
「もうすぐ出口だね」
「そうだな。と言っても、まだココはダンジョンの中だ。出るまでは、気を抜くなよ」
「勿論、それは分かってるよ」
裕二は少しきつめの口調で、俺に向けて忠告を発する。出口が近くにある時こそ、遠征探索で張り詰めていた緊張の糸が切れやすい危険なタイミングだからな。1度緊張の糸が切れると、短時間での立て直しはほぼ無理だ。
そして最後まで集中力を切らすこと無く進み、俺達は1日ぶりにダンジョンから出る。ふぅー、終わった終わった。
「お疲れさま、二人とも」
「お疲れ」
「お疲れさま」
俺は腕を真っ直ぐ頭上に伸ばしながら、緊張で凝った体を軽く解す。肉体的には然程疲れていないから、気疲れだな。裕二も首や肩を解してるし、柊さんも背筋を伸ばしている。
やっぱり一般探索者以上の力があるとは言え、何だかんだ言ってダンジョン攻略中は緊張するよな、ホント。
「さてと、じゃぁ何時も通り、着替えをすませてからドロップアイテムを換金しに行こう」
「了解」
「分かったわ。じゃぁ何時も通り、早いほうが待合席で待ってるって事で良いわね」
「うん、そう言う事でよろしく」
そして待ち合わせの約束を取り決めた後、俺達と柊さんは更衣室の前で別れた。
改善は必要ですが、とり合えず捜索方法としては成功ですね。
そして無事に?、2度目のダンジョン泊終了です。